天高く、馬鬼娘は風を駆る~冤罪処刑人は異端の少女とレースに挑む~

龍威ユウ

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第一章:咎人、異端の少女と出会う

第5話:どん底からの再起

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 有体に言えば、今にも倒壊しそうで非常に落ち着かない。

 隙間風の音色が絶え間なく奏でられ、静寂というものがない。

 およそ妖怪……もとい、人が住む環境ではない。

 雷志は強烈な不安に苛まれる中、改めて周囲を一瞥する。

 ここには、本当になにもない。質素といえばそれまでだが、明らかに度を超えている。

 差し出された湯呑一つにしても、ひどくぼろぼろだ。

「いやぁ、さっきはありがとうなぁ」

 のそのそと、依然として緩慢なテンダン。

 もてなし、なのだろう。運ばれた料理については、あまり言及したくない。

 目にも鼻にも、食欲を著しく衰退させるナニか。

 ここで嘔吐しなかっただけでも、よくやったものだ。そう自らを称賛した。

「い、いえ。お気になさらず……それより、いくつかお話を伺いたいのですが」

「なんだぁ? オラでよかったらなんでも聞いてくれぇ」

「で、では……」

 なにから聞けばよいのやら……。

 雷志の中にある疑問は、一つや二つどころでは済まない。

 それでも、この先生きていくなら情報は必要不可欠だ。たくさん知って損はない。

 

 何者なのか――この問い掛けに、テンダンは愉快そうに笑った。

「何者もなにもぉ、オラたちはぁ等しく妖怪だぁ」

 遥か古の時代より、人と共にあった存在。

 彼らが裏であれば、人は表。同じ世界に位置しながら決して交わることのない両者。

 稀に、人の世界に遊びにくるモノもいるらしい――それが、世間でいう妖怪として広まったみたいだ。

「では、先程あの者たちが口にしていた“れえす”というのは?」

「レースは昔っからオラたち妖怪の間で流行っている遊びだぁ。馬鬼を走らせて賭けるんだぁ」

「つまり、賭博の一種……ということですか」

 賭博は人も妖怪も魅了させる魔性を秘めているらしい。

 雷志は小さく溜息を吐いた――なにがそこまで人を焚きつけるのかさっぱりだ。

「オラみたいな馬鬼飼いはぁ、馬鬼競争組合に強い奴を育てて献上するか、自分で出馬するんだぁ」

「なるほど。しかし、あの者たちの言い分だと強い馬鬼がここでは育っていないみたいで……」

「そりゃあ、仕方ないさぁ」

 テンダンが深い溜息を吐いた。漂う異臭にたまらず眉をしかめる。

(この異様なまでの異臭……もはや兵器だな)

 妖怪とは未知であり、だからこそ末恐ろしい。その片鱗を味わった雷志はゾッとした。

「見ての通りオラの牧場はお世辞にも整ってるとは言い難いさぁ」

「まぁ、それは確かに……」

 飼育する場所としては劣悪で、同時によく病気にならないものだと感心する。

 裏を返せば、それだけツキノヨルノオウカが特別であるということ。

 他の馬鬼が痩せこけ脆弱であるのに対し、彼女の生命力がぎらぎらと輝いている。

 ツキノヨルノオウカならば、現状を打破できるかもしれない。雷志はそこに可能性を見た。

 だが、それを実現するためにも環境は必要不可欠である。

「こんな場所だしぃ、人手を募集してもなんでか集まらないんだよなぁ」

「それはそうでしょう」

 無意識に、つい本音を吐露してしまう。

 テンダンの外見が不衛生である、とまでは口にせずに済んだのは唯一の良心か。

 とにもかくにも、不用意な発言で彼の尊厳を傷つけず内心でホッと安堵した。

「そ、それはどうしてだぁ!? なにが悪いのかオラに教えてほしいんだぁ!」

「……はじめてここに訪れて、劣悪な環境だったらまず誰も働きたいとは思いませんよ」

 後は、もう少し見た目に気遣いをしたほうがいい――理性でぐっと堪え、内心だけに留める。

「ならお前がオラの牧場を手伝ってくれないかぁ?」

「……それは、こっちとしても考えていました」

 悩んだ末の妥協案。今の雷志には当然行く当てがない。

 早急にここから立ち去れば、少なくとも現状よりまともな環境が手に入ろう。

 ツキノヨルノオウカとの出会いさえ、なければ……。

 これも一つの贖罪なのだろうか――そんなことを、ふと思う。

 答えは、わからない。贖罪と思うのも身勝手な都合にすぎない。

 いくら償ったところで、それで死者が蘇るわけもない。

 けれども、今はなにかしなければ落ち着かない己がいた。

「本当かぁ? そりゃあありがたいなぁ」

「……しかし、どうしてこうなるまで放置してたんですか?」

 すべての責任はテンダンにある。

 その追及に、テンダンがさっと目線を逸らした。

 後ろめたさがあるのだろう。己の汚点を晒すのが相当堪えたと見える。

「オラだってぇ、ちゃんとこれでもやってたんだぁ」

 力ない一言に、雷志は察した。

 確固たる根拠はなく、これは現状証拠だけで構築した仮説の域を脱しない。

 仮説だが、真実であるとう自信が雷志にはあった――牧場を運営するだけの才覚が、きっとないのだ。

「……これからは私も手伝います。まずは、この環境を立て直すところから始めていきましょう」

「よろしく頼むんだなぁ! もうオラにはお前しか頼れる奴がいないんだぁ!」

「わ、わかりましたから身を乗り出さないでください!」

 臭いがより一層鼻腔を突く。

 どうにかテンダンを落ち着かせたところで、雷志は何気なく窓を見やった。

 視線の先、家畜小屋でのんびりとしている件の少女――もとい、馬鬼娘。

 今後、未来を切り開くにはどうしても彼女の力がいる。

 同時に、こちらの都合に巻き込むことへの申し訳なさも胸中に渦巻いた。

 一度、きちんと話し合っておくべきだ――雷志は席をすっと立つ。

「少し、あの娘と話してきます」

 では、と軽く一礼して外へと出た。
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