天高く、馬鬼娘は風を駆る~冤罪処刑人は異端の少女とレースに挑む~

龍威ユウ

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第二章:初レース

第8話:敵情視察は大事

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 日が高く昇ったと同時に、雷志は町へと出た。

 妖怪たちが跋扈する世界は、おどろおどろしいものの活気は異様に明るい。

 平穏な時間を、各々が思い思いにすごす。

 真の泰平とは、この目前にある光景こそが相応しい。

 いつか、真にかような日が人々にも訪れるのだろうか……。雷志はそんなことを、ふと思う。

 そうなれば、罪人の首を斬らない日がもしかするとあるのかもしれない。

 それはとても、素晴らしいことなのだろう。

「しかし……」

 改めて周囲を見やる雷志の表情は、ひどくぎこちないものだった。

 彼らにとって、やはり人とは非常に物珍しいらしい。

 町に入ってからずっと、好奇心の視線が絶え間なく向けられていた。

 敵意こそないものの、落ち着かないのは言うまでもあるまい。

「…………」

「どうかしましたか?」

 町にきてから、ツキノヨルノオウカの表情が終始固い。

 あれほど活気的な性格が嘘のように、今はすんと大人しい。

 原因は、影を落としたように沈んだ顔を見やれば一目瞭然だった。

(数百年に一度の異質……疎外にするにしても、理由がいささか弱すぎる)

 テンダンは、災いを呼ぶという。

 そのような事実が、果たして本当にあるのかどうか。

 今の雷志にそれを知る術はない――いずれ、徹底的に洗ってもいいだろう。時間ならばいくらでもある。

 いずれにせよ、ツキノヨルノオウカが肩身の狭い生活を強いられているのは確かだ。

 何故――鋭い視線から感じる軽蔑。

 そのまま絡まれることを雷志も危惧したが、彼らは一様に蔑視を送るだけ。

 とはいえ、舌打ちや陰口と心のない行為もまた、立派な暴力だ。

 幼気な少女に対する仕打ちとしては、いささか大人気がない。

 だが、この視線と彼女は戦わなくてはならない。

 今日の視察も、そうした理由があった。

「オウカ、あなたがこれから戦うのは馬鬼だけではありません」

「……」

 オウカは何も語らない。

 表情は依然として固いままだ。下唇をきゅっと噛み、どうにか不安を押し殺そうとしている。

「この町……いや、この世界のすべての妖怪が敵といっても過言ではありません」

 不用意な慰めは、返って幼い少女の心を傷付けかねない。

 現実は、今のうちに知っておくに限る。そうした上で――

「ですが、私はなにがあろうと君の味方です」

 と、雷志はまっすぐと想いを告げた。

 オウカの、ハッと息を呑む音が異様に鼓膜に響く。

 まっすぐと向けられた視線は、懐疑的……嘘偽りがないか。あたかも、そう尋ねているかのよう。

 雷志はそれにゆっくりと、それでいて力強く首肯する――この気持ちに、嘘偽りは一切なし。

「この傷に誓ったはずですよ? 私は、君を強くすると……」

「ライシさん……」

「君は妖怪ですが、私からすればまだまだ幼い。なら、君を守るのが大人としての責務です」

「ん……」

 そっと頭を撫でれば、指間をするりと心地良い質感が抜けていく。

 オウカは一瞬だけ、肩を打ち震わせた後……目を細めておずおずとしながらも、雷志の手を受け入れる。

「……きれいな髪ですね。さらさらしていてとてもいい」

 劣悪な環境だったが手入れだけは行き届いているらしく、せめてもう少しまともな環境を作るべきと、雷志の胸中
に妙な使命感が湧いた。

 女性は男性以上によい環境が必要なのは、これまでの生活から雷志は痛いほど知っている。

 化粧品一つ、満足に買えないと呆れられたのが懐かしい。

 雷志はふっと、しかし自嘲気味に小さく笑った――あれは、少々目に余るワガママな気がする。

「――、ここが“れえす”場というところか……」

 有体に言えば、江戸城よりもずっと大きい。

 円形の造形は非常に珍しく、怒号にも歓声が外にまで響き渡る。

 雷志が唖然としている間にも、多くの妖怪たちがこぞって中へと入っていく。

 ずらりとできた長蛇の列を見やるに、今日中に中に入れるかも非常に怪しい。

 その不安は、思いのほかすんなりと入れたことで杞憂に終わった――受付の手際には、思わず目を見張る。

「すごい人だな……」

「私もはじめてここにきましたけど……すっごく多いヒトです!」

 二人して忙しなく周囲を物色する。

 はじめて目にするものばかりで好奇心が絶えず、この時ばかりは雷志も本来の目的を忘れてしまった。

 隣にいるツキノヨルノオウカも例外にもれず。むしろ興奮する様子は、彼女がわずかに強い。

「……確か、この通りを抜けた先に無料で観戦できる場所に繋がってるそうですね」

 迷宮のごとく入り組んだ中を、案内板を頼りに進む。

 それでも尚二人して迷い、ついに眩い光を目の当たりにした時は安堵の息を盛大に吐いた。

 事情を知らぬ者には、さぞ大袈裟に反応する変わり者として、映ったに違いあるまい。

 光を抜けてすぐに、万雷の喝采が鼓膜をがつんと殴った。

 妖怪たちの熱狂は最高潮に達し、彼らの声以外の音がなに一つ入らない。

 それほどまでに彼らを魅了するレースに、雷志もいつしか見入っていた。

「なんだ、これは……」

 異形の怪物が、ただ走っている――絵面でいえば、たったこれだけにすぎない。ひどく不気味だ。

 しかし、力強く大地を駆り、一陣と疾風となるその姿は雄々しい。

「これが、“れえす”……!」

 気が付けば、拳を強く握りしめる己がいた。

 趣味嗜好についてこれといったものはなく、強いて言えば修練ぐらいなものと雷志は口にする。

 そんな男があろうことか、異形の文化に強い関心を抱いていた。

 胸が異様に高鳴り、一挙一動見逃すまいと目も限界まで開いている。

 これは、ほんの少しでも見逃してしまうのはあまりにも惜しい。

 ふと、隣を見やる。

 ツキノヨルノオウカは相変わらず口を堅く閉ざしている。

 対照的にレースを見やる表情は真剣そのもの。

 ジッと馬鬼を見やる視線の輝きようは、それこそ日本刀が如く。

 いつか自分もあの舞台に立つ……近い未来を夢想しているのだろう。

「……オウカ。次にこの観客を盛り上げるのは、君です」

「……はい!」

 迷いのない返答に、雷志も口角をそっと緩めた。
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