佐瀬京志郎の異文譚~甘美なるその夢に鬼は安らぎを見るか~

龍威ユウ

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第二章:現代の神隠し

第15話:凶弾、そして嗤う鬼

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 聞き覚えのある音だった。

「銃声、だと……」

 まず、異世界にも銃があることに京志郎は驚愕した。

 京志郎にとって銃とは、資料の中だけの存在でしかない。

 狙って撃つ、たったこれだけの簡単な動作だけで、昨日市民だった者が兵士に瞬時に化ける。

 恐るべきは、罪の意識を軽減すること――研修でもう何度耳にしたか覚えていない。

 あっさりと人の命を奪えるから、衛都士でもほんの一部のみしか所持を許されない。

「まさか銃を所持していたとは驚きだ……」

 視線の先、見知った顔がゆらりとその姿を晒す。

 京志郎は愛刀をすらりと抜くと、エルトルージェの前に立った。

 彼女は、バンパイアハンターだ。ならば狙いは当然、エルトルージェしかいない。

 二度目の襲撃に、京志郎も殺気を鋭い眼光にして容赦なく浴びせる。

「へぇ」と、アリアが不敵に笑った。

 意外なものを見た、とそう言わんばかりで平然としている。

「……この銃を前にしても、なかなかいい殺気を放つじゃない」

 二つの銃口がゆっくりと京志郎の頭を捉える。

 口径は極めて大きく、そこに用いられる弾丸の威力もすぐに察しがついた。

 全身が銀色に煌めき、滑らかな形状には繋ぎ目一つすらない。

 まるで一つの鉄からすべてを形成したかのようだった。

「それが、お前の戦装束か?」

「どうかしらね。まぁ、なかなか着心地はいいわよ」

 ローブの下にあったその恰好は、修道女をイメージさせる。

 最大の違いは、肌の露出が極めて多いことにあった。

 深いスリットのせいで、健康的な二の足を惜しげもなく大胆に晒す。

 恥ずかしがる様子は当人からはこれっぽっちも感じられない。

 このような状況でなければ、とそんなことを京志郎はふと思い――背中に突然帯びた鈍痛に顔をしかめた。

「なっ……!」

 背後からの強襲者に、思わず目を開いてしまう。

 むっとした顔をしたエルトルージェが、背中をぎゅっと抓っている。

 痛みはそこそこで、不服の度合いからしてかなりご立腹であるらしい。

「お、おいエルトルージェいったいなんのつもりだ!?」

「……キョウシロウさん、鼻が伸びてる――エッチ」

「こんな時に言ってる場合か!?」

 すぐ眼前には死が迫っている。

 この危機的状況であるのにエルトルージェはあろうことか嫉妬を丸出しにした。

 明らかに、今ここですべき言動でないのは言うまでもなく。

 だがエルトルージェがそれに対して、おもんぱかろうとする様子は欠片さえもなかった。

「……肝が据わっているのか、それともただの馬鹿なのか。あなたたち正気なの?」

 アリアがそう言うのも無理はない。

 エルトルージェの行動はすべてにおいて、場の空気に適さない。

「何故俺までそこに含まれるんだ?」

 対象はエルトルージェだけであって、自分はなにも関係ない。

 だが、アリアの認識では自分までもが含まれてしまっている。

 京志郎はどうしても、それが不服で仕方がない。

「いえ、あなたも含まれるわよ。私がこうして銃口を向けているのに背を向けたじゃない」

「それは……」

 指摘されて、京志郎はハッとした。

 現場で先のような行動は自殺行為にも等しい。

 いつ如何なる時でも常に警戒せよ――夢定心刀流剣術の奥義は、ここより始まる。

 日常生活においても、あらゆる危機的状況を想定し対処する。

 これは、常人では決してできない。心休まる暇など皆無であるし、精神的に持たない。

 京志郎は、見事それを成し遂げた。

(奥義修得までしたっていうのに、なんだこの様は……)

 エルトルージェといると、どんどん自分らしくなくなっていく。

 不思議と、そうなっていくことへの危機感も嫌悪感もない。

 だからこそ、そこに生じた違和感に胸の奥がずきりと疼いた。

(今は、目の前に事に集中しろ……)

 京志郎は静かに深呼吸をした。

「――一応尋ねる。このまま大人しく引き下がってくれる気はないか?」

 無駄な提案だ、京志郎は内心で自嘲気味に笑う。

 アリアの目を見やれば、彼女にその意思があるか否か知るのは実に容易い。

 殺意で満ちてこそいるのに、奥に宿る揺らぎのない輝きは美しくて雄々しかった。

「私にあると思う?」

「いや、はじめからあるとはこっちも思ってはいない」

「なら、これからどうするかは言わなくてもわかるわよね?」

 冷ややかな笑みに虚栄心の欠片はない。

 あの女は、自分が絶対に勝つことになんの疑いも抱いていない。

 その時点で相当な実力者であることが容易に窺えた。

 暴力的な修道女というのも、いかがなものと思えなくはないが……。

 創作では、あまり珍しくもない。

「あぁ、言われずとも……」。

 京志郎は愛刀を正眼に構え、そっと目を細めた。

 神経はいつもより静かで、それでいて冴え渡っている。

 様子見、などとはこの修道女の前では命取りになろう。

 やるのであれば、最初から全力で――すぐに終わらせてやる。京志郎はゆっくりと呼吸をした。

 次の瞬間――京志郎は地を蹴った。

 銃を前にしてあろうことか、自ら前に出た。

 第三者からすれば、その行動はあまりにも軽率と言わざるを得ないだろう。

 強力無比な武器に無策で挑む。戦場では、猪武者からどんどん死んでいく。

 京志郎も所詮は猪だったか――断じて、否である。

「銃を前にして突撃してくるなんて、あなた相当狂ってるわね」

 アリアの容赦ない射撃は、命を的確に狙う。

 正確無比な弾道はまっすぐと心臓と頭、それぞれ急所目掛け空を裂く。

 赤い稲妻は、亜音速に達する鉛弾をするりと抜けた。

「――ッ! 

 アリアの目がわずかに開く。

 すぐに冷静さを取り戻し、二度目の射撃。

 先程のが威嚇であれば、今度は本命――連続しての射撃により、鉛の雨が降った。

 それさえも京志郎には掠りさえもしない。

 今度こそ、アリアの目がカッと限界まで開かれた。

「銃弾が当たらない速さとかあなた正気なの!?」

 先程までの余裕はなく、その言葉にも焦りの色が濃く滲み出ている。

 銃弾を避ける――フィクションならば、この手のシーンは珍しくもなんともない。

 現実では可能か否か……これに関する回答は、もちろん否だ。

 人間が亜音速に達するなど不可能と断言してもいい。

(銃はまっすぐにしか飛ばない。だから銃口さえしっかりと見ていれば……!)

 避けるのはそう難しいことではない。

 もっとも、並大抵のものならば見切る云々以前に即死しているが……。

「……直線がダメなら、こういうのはどうかしら?」

 刹那――すぐ後ろでけたたましい金打音が鳴った。

 ぞくりと肌が粟立ち、心臓が張り裂けそうなぐらい一際大きく跳ねた。

 なにかが、やばい。そう察した京志郎は咄嗟に転がった。

「くっ!」

 足にじんわりと熱が帯びる。

 直撃こそ免れたが、ズボンの二の足部がすっぱりと皮膚ごと裂けていた。

「これさえも避けるなんて、想像以上ね」

 満足そうにからからと笑うアリアを、京志郎は冷たい眼光を返す。

「今のは、跳弾させたな?」

 創作だからといえど、侮れない。

 先の芸当も、よく読んでいた本に実際に出てきたからこそ結びついた。

「一発でわかるなんて素敵よ――えぇ、私の持つ技の一つってところね」

「本で見た時にはそんなことができるのかと疑ったものだが……実際にできる奴に出会うとはな」

「銃の弱点を把握しないわけがないじゃない」

「ごもっともだ」と、京志郎は深く息を吐いた。

 そしてすぐに刀を構え直す。

「ここから先は、俺も本気でやらせてもらう」

 紡ぐ言葉はいつもと変わりなし。

 むしろ、いつもよりずっと穏やかですらある。

 それは殺し合いという状況ではいささか不釣り合いだと言わざるを得ない。

 現にアリアに対し向ける表情も、戦う者としての勇ましさも雄々しさも皆無だった。

 優しい目……ただし、その奥に広がる青色に輝きはなし。

 とん――羽がふわりと舞うがごとく、軽やかな一歩は京志郎を雷に変えた。
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