佐瀬京志郎の異文譚~甘美なるその夢に鬼は安らぎを見るか~

龍威ユウ

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第二章:現代の神隠し

第16話:一難去って吸血姫は甘える

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 鬼神――京志郎をその異名で呼ぶ者は極めて多い。

 誰よりも凄烈に、最前線でその武威を振るう。それ故の鬼神だ。

 そんな彼にはもう一つ、誰も知らない異名があった――雷神。

「――雷ノ祓イカズチノハラエ……俺が唯一、名前を付けた技だ」

 電光石火の一閃――目にも映らぬ速さ。

 本気を出せば、京志郎は神の領域に達する。

 何故、ただの人間がこの域に達することができたか――すべては、偶然だ。

 あるいは、人はそれを神託ともいう。

「……ありえない」

 アリアの口からもそりと、驚愕の言葉がもれる。

 二丁の拳銃の銃身が、中ほどから切断されていた。

 鋭利な刃物による断面図は、つい惚れ惚れとしてしまうぐらい美しい。

 とはいえ、敵手からすればこれは由々しき事態だ。

 得物を失った以上、もはや抗う術はなきに等しい。

(そうでなくても、俺の剣が先に届く)

 速さなら、こちらが圧倒的に有利のはずだ。京志郎は冷静にアリアを睨んだ。

「それが、あなたの異能なの?」

 異能。そう口にしたアリアの顔は痛く険しい。

 初対面ではないにせよ、仇敵を見やるかのような鋭い眼光に、京志郎も竦むように身を固くした。

 一瞬。たった一瞬でも怯んでしまう自分をひどく叱責する。

 もしも銃が健在だったなら、その時はこちらが死んでいただろう。

「質問に答えなさい。あなたは、異能を持っているの?」

 有無を言わせない圧力に、京志郎は――ほっと一息吐く。

 強張った顔から緊張がすっと解け、身体も柔らかくなる。

 平然とした面持ちで、静かにその唇を開く。

「異能とはなんのことだ?」

 京志郎は素直に疑問を投げた。

 アリアの言っていることが、いまいちよくわからない。

「ふざけないで。それだけの速さを生むなんて……人としてありえないわ」

 怒りさえも露わにし始めるアリア。

「確かにそうだな」

 京志郎も否定せず逆に同調する。

 アリアの言い分は、一般人からすれば当然すぎる考えだ。

 人はどれだけ努力しようとも神にはなれない。ごく当たり前の現実だ。

 しかし世の中には、そうした当たり前を無遠慮に壊せる人間がいる。

「俺はその異能とやらについてはなんのことだがさっぱりわからん。だが――」

 この身に与えられたのは天与の恵みかもしれない。そんなことを、京志郎はふと思った。

「さて、武器を失ったわけだがまだやるつもりか?」

 アリアは答えない。

 無言の圧力に京志郎もまた、冷静に見据え返す。

 重苦しい沈黙がしばし流れ――

「はぁ……とりあえず、今日はここまでにしておくわ」

 と、アリアが両手を小さく上げた。

 途端に空気が和らぎ、自然と安堵の溜息が出る。

 くるりと踵を返すアリアに戦意はもう感じない。

「――、改めて忠告しておいてあげるわ」

 不意に歩みを止め、振り返ることなくアリアが口火を切った。

「あなた、今自分がどれだけ危機的状況に陥っているか全然理解していないみたいね」

「何の話だ?」

 陽動のつもりなのだろうか。

 意図が読めないだけに、京志郎の視線も極めて鋭い。

「そこにいる吸血鬼と居続けると……あなた、死ぬわよ」

「なに?」と、京志郎はエルトルージェのほうに横目をやった。

 目が合った時、びくりと小さな身体が過剰に震える。

「あ……う……」

「エルトルージェ……?」

 口籠るエルトルージェの表情はひどく固い。

 違うのであれば、違うとそう断言すればそれで事足りる。

 欲しい言葉がなかなか口から出ない――本当に、そうなのか。京志郎の胸中に疑念が渦巻いた。

「まぁいいわ――また会いましょう。佐瀬京志郎」

「なっ……!」

 京志郎は唖然とした。

 名乗っていないはずなのに、どうして名を知っているのか。

 京志郎がそれを尋ねようとした時には、アリアの姿はもうどこにもなかった。

 音も気配もなく、すっと煙のように消える様はどこかプラージェと似ている。

 なんとなく、そんな気がした。

「……エルトルージェ」

 二人きりになってしばらく、京志郎は囁くように彼女の名を呼んだ。

「ッ……」

 返答は、ない。

 口を固く閉ざし、それより先を紡ごうとしない。

 それが余計に彼女への疑念を皮肉にも強めてしまった。

(エルトルージェは俺を騙していたのか?)

 疑念は消えるどころかどんどん増大していく。

 なにか、決定打がほしい。

 エルトルージェの口から違う、と――たったその一言が。

「エルトルージェ……」

 まっすぐと赤い瞳を見つめる。

 この時、京志郎は身をかがめ彼女との視線を合わせた。

 目線の高さによって、例え気がなくとも威圧感を与えてしまいかねない。

「俺は、お前からの言葉が聞きたい」

「……わ、わたくしは――」

 ついにエルトルージェの口から言葉が紡がれた。

 おずおずとして、しまいには大粒の涙を目端に浮かべる。

 それでも、京志郎はただ待ち続けた。

 下手に促しては、エルトルージェも言いにくいだろう。

 いくらでも待つ。京志郎はひたすら傾聴の姿勢を一貫した。

「わたくしは、キョウシロウさんにそんなことしない……絶対にしない、もん!」

 決壊した涙腺からは絶え間なくぼろぼろと涙が落ちる。

 声は震え、だがそこには迷いのない強い意思が宿っていた。

「そうか」

 欲しい言葉を耳に、京志郎はふっと口角を優しく緩めた。

 そこには信憑性がないのかもしれない。

 この言葉さえも、その場しのぎの嘘という可能性だってあろう。

 構わない。例え嘘でも、それでいいと思える自分を京志郎は否定しない。

 これが、かつて鬼神とまで謳われた男の思考とは誰も思うまい。

 随分と甘くなったものだ、と京志郎は自嘲気味に笑った。

「それにしても、アリア……」

 正体がつかめないだけに、心の奥が燻る。

 銃の所持はともかくとして、彼女の言動は意味深なものが多い。

 そして、一つとしてその真意がわかっていないのが現状だ。

(目的を明かすつもりがない……いや、目的を明かせられない理由があるのか?)

 依然として納得のいく回答は出ず、京志郎は難色を示すとうんうんと唸った。

「キョウシロウさん……」

 袖を引く小さな手。エルトルージェの赤き瞳がジッと顔を覗きこむ。

 相変わらず、魔性の赤だ。いつまで見つめても飽きがこない。

「どうしたんだ? 安心しろ、もしまた奴がきたのならその時は俺が守ってやる」

「それも嬉しい、けど……その、さっきの話」

「さっきの話……って、どれのことだ?」

 京志郎ははて、と小首をひねった。

 エルトルージェの頬が一瞬だけ膨らみ、すぐにほんのりと赤みを帯びる。

 か細い声とは裏腹に、揺らぎない決意が同時に表明された。

「添い寝の話……だけど」

「……あぁ」と、京志郎は頭をわしゃりと掻いた。

 一時的とはいえ、アリアの対応ですっかり失念していたのは事実である。

 京志郎もそのことについて否定はせず、しかし承認するのとは訳が違う。

「添い寝はしないぞ」と、きっぱりと否定した。

「なんで!?」

 この世の終わりのような顔でエルトルージェが悲痛に訴える。

「いやどれだけ添い寝がしたいんだよ、お前は……」

「で、でもさっきはいいよって、そう言ってくれそうな雰囲気だったのに……」

「……気のせいだ」

「気のせいなんかじゃないもん!」

 外見相応らしい駄々をこねるエルトルージェに、京志郎は明後日のほうを見た。

 アリアの介入がなければ、今頃彼女の魔性に飲まれていたかもしれない。

 そう言う意味では、アリアにほんの少しだけ感謝しないわけでもなかった。

「うぅ~……!」

 犬のように唸るが、いかんせん覇気がない。

 ほんわかとした雰囲気があるせいで、せっかくの威嚇も愛らしい。

 当人はその事実に、おそらく気付いてはいない。

「姫様」

 突然、アルバトロスがエルトルージェにそっと耳打ちをする。

 すると、エルトルージェの顔にパッと花が咲いた。

「キョ、キョウシロウさん」と、おそるおそる口を開くエルトルージェ。

「な、なんだ?」

「また、さっきのバンパイアハンターに狙われるかもしれないから、
わたくしの傍で守って?」

 そうきたか。要らぬ入れ知恵をしたアルバトロスを、京志郎はじろりと睨む。

 元凶はどこ吹く風といった体で、呑気に口笛を吹く始末である。

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