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第二章:現代の神隠し
第17話:安らぎは子守歌の中で
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案内された空間にまず圧倒される。
質素な自室と比較することさえもおこがましい。
豪華絢爛だがそこに下品さはなく、室内を覆う雰囲気は清楚にして神聖だ。
白を基準とした内観を、色とりどりの宝石が美しく飾る。
その光景はどこか、広大な宇宙を連想させた。
「ここが、エルトルージェの部屋か」
「うん、わたくしのお気に入りだよ。それでね、この宝石なんだけど――」
自室の自慢が始まった。
ひけらかすつもりは、きっと本人にもない。
純粋にもっと自分のことをたくさん知ってもらいたい。
紡がれる言葉に京志郎はそう感じた。
何気ない会話もそこそこに、いよいよその時が訪れる。
「なぁ……」と、京志郎は億劫そうに口火を切った。
「本当に一緒に寝ないとだめなのか?」
例えるならば、それは処刑台に向かって歩く囚人のよう。
冷たいギロチンではなく、待つのはふわふわとして暖かい布団の感触。
天幕付きともなれば、いつも以上の快眠を得られよう。
これが一人だけだったならば……。京志郎はすこぶる本気でそう思った。
「うん」と、即座に返すエルトルージェ。
瞳の奥で輝く意思の強さは、炎のようにぎらりとして熱い。
そして揺らめきがまったくない。
「仕方がないか……」
ここまできたのなら、後はもう腹をくくるしかない。
先に寝るように促され、京志郎はおずおずと横になった。
全身を包むふわりとした柔らかさがひどく心地良い。
一瞬でも気を抜けばすぐにでも意識は深淵に落ちてしまいかねない。
疲弊した状態でこれは、快楽以外のなにものでもなかった。
幸い、それを許さなかったのがエルトルージェ本人である。
「えへへ……キョウシロウさん、あったかい」
隣にもぞもぞと入り、わざわざ身体を密着までしてくる。
ダブルベッドサイズなので、広さならば十分に余裕がある。
二百年といえば、京志郎からすればもう立派な大人も同じだ。
人間よりも遥かに生きているのだから、大先輩と呼んでも過言ではない。
(二百歳っていっても、人間でいえばまだまだ子どもってことなのか?)
いずれも、エルトルージェの持つぬくもりはほのかに甘く慈しみがあった。
「それじゃあ寝るぞ」
「もう、寝ちゃうの?」
何故か不満そうに唇を尖らせたエルトルージェ。
京志郎は一瞬だけ、いぶかし気な顔を示した。
「いや、もうやることもないんだから寝るしかないだろ」
「もっとお話ししたい」
「お前……修学旅行の中学生じゃないんだぞ?」
「ちゅうがくせい……って、なに?」と、エルトルージェが不思議そうに小首をひねる。
世界がそもそも違うのだから、知らないのも無理はない。
いちいち説明するのも面倒なので「気にしなくていい」と、京志郎はそれだけ返した。
「教えてほしい、もっとキョウシロウさんのこと……いっぱい知りたい」
円らな赤い瞳をきらきらとさせて、ずいと迫る様子に眠気は感じられない。
エルトルージェは、このまま夜更かしするつもりでいる。
京志郎はなんとなく、そんなことを思った。
「俺のこと? 別に、そう語ることはないぞ」
「なんでもいいの! お願いだから話して……!」
「そう言われてもだなぁ……っ」
つい、欠伸がもれる。
全身を絶え間なく包んでいた誘惑に、ついに意識が屈しそうになる。
もちろん、京志郎がそれを拒む道理はこれっぽっちもない。
夜なのだから寝る。人である以前に、生物としてそれは当然の行動なのだから。
「ダメ! 寝るのはもうちょっと後で……!」
「おいおい……」
だが、どうあってもエルトルージェはそれを許すつもりはないらしい。
身体を揺さぶってまで眠気を妨害する吸血姫に、京志郎は苦笑いを浮かべる他なかった。
「はぁ……わかった、わかったから! 身体を揺さぶるのをやめろ」
あっさりとエルトルージェは解放し、期待に満ちた顔で傾聴の姿勢に入る。
心なしか、その姿に小型犬ならではの愛嬌を感じた。
「さて、どこをどう話せばいいのやら……」
京志郎は沈思した。
身の上について話すのは、エルトルージェが二人目となる。
一人目は、すでにこの世にはいない。
天国が本当にあるのだとすれば、彼女はきっとそこにいる。
底抜けに明るく、最期を迎える一秒前までも優しい笑顔を絶やさなかった。
そんな人間が地獄に行くなど、京志郎はどうしても思えなかった。
(ここは、話すべきではないな)
聞いても心地良いものではない。
ましてや子ども相手にするべき話でないのは明確だ。
エルトルージェに相応しい話とは、なかなか骨が折れそうだ。
「俺は語り部じゃないから、うまく話せるまでの保証はしないぞ」
「大丈夫。どんな話でも、わたくしは聞きたいから」
「そこまで言うのなら……」
当たり障りのない話をする。
内容的には、それほど面白いとは京志郎自身も思わない。
第三者からすれば、さぞ退屈極まりない話に違いなかった。
それでもエルトルージェは、にこにことした顔を崩そうともしない。
一つ、ひとつにいちいち反応しては遠慮なく疑問をぶつける。ずっとそれの繰り返し。
時間がゆったりと流れ、さっきまであった眠気も今はすっかり鳴りを潜めてしまっている。
(本当に不思議なやつだ……)
未だ続く話の最中に、京志郎はふと考える。
出会ってまだ間もないはずの彼女に、何故こんなにも話せるのだろう。
これこそが吸血鬼……もとい、エルトルージェだけが持つ魔性なのかもしれない。
恐るべきは、そこに何の違和感も不快感も抱かない己がいること。
つい余計なことまでも口走りそうになっては、理性でハッと口を閉ざしたのも数えきれない。
不思議だ……こう思うことさえも、己の意志であるかどうかさえも、疑わしくなってきた現在。
「っと……」
くらり、と軽い眩暈がした。
瞼は瞬時に重みを増し、開けることさえも難しい。
とうとう限界に達したらしい。京志郎はそう察した。
「エルトルージェ、もう今日はここまでにしておこう……」
「もっとお話ししたかったのに……」
「お前は吸血鬼だから大丈夫だろうが、俺はそうじゃないんだよ……」
真の夜行性である吸血鬼と同じ括りにしないでほしい。
そう思いながら京志郎はそっと目を閉じる。
程なくして、耳元でエルトルージェが囁く。
「じゃあ、わたくしが子守唄を歌ってあげる」
いらない――たったこれだけを口にするのさえも、今の京志郎には気怠かった。
「レーヴ ニ・ウーム ア ニコリュージャ フェリティーヒ ア・モーラ……」
無言を肯定と受け取ったのだろう。かわいらしい咳払いの後、聞こえてきた声色は玲瓏だった。
(あぁ、この歌は確か……)
はじめて、エルトルージェと出会った時の記憶が瞼の裏によぎる。
馴染みのない言語で意味まではわからない。
とりあえず、その歌は美しくもどこか儚い。心に印象深く残る。
湖を背にして優雅に歌う、あの時の姿を思い出したところで京志郎は意識を手放した。
質素な自室と比較することさえもおこがましい。
豪華絢爛だがそこに下品さはなく、室内を覆う雰囲気は清楚にして神聖だ。
白を基準とした内観を、色とりどりの宝石が美しく飾る。
その光景はどこか、広大な宇宙を連想させた。
「ここが、エルトルージェの部屋か」
「うん、わたくしのお気に入りだよ。それでね、この宝石なんだけど――」
自室の自慢が始まった。
ひけらかすつもりは、きっと本人にもない。
純粋にもっと自分のことをたくさん知ってもらいたい。
紡がれる言葉に京志郎はそう感じた。
何気ない会話もそこそこに、いよいよその時が訪れる。
「なぁ……」と、京志郎は億劫そうに口火を切った。
「本当に一緒に寝ないとだめなのか?」
例えるならば、それは処刑台に向かって歩く囚人のよう。
冷たいギロチンではなく、待つのはふわふわとして暖かい布団の感触。
天幕付きともなれば、いつも以上の快眠を得られよう。
これが一人だけだったならば……。京志郎はすこぶる本気でそう思った。
「うん」と、即座に返すエルトルージェ。
瞳の奥で輝く意思の強さは、炎のようにぎらりとして熱い。
そして揺らめきがまったくない。
「仕方がないか……」
ここまできたのなら、後はもう腹をくくるしかない。
先に寝るように促され、京志郎はおずおずと横になった。
全身を包むふわりとした柔らかさがひどく心地良い。
一瞬でも気を抜けばすぐにでも意識は深淵に落ちてしまいかねない。
疲弊した状態でこれは、快楽以外のなにものでもなかった。
幸い、それを許さなかったのがエルトルージェ本人である。
「えへへ……キョウシロウさん、あったかい」
隣にもぞもぞと入り、わざわざ身体を密着までしてくる。
ダブルベッドサイズなので、広さならば十分に余裕がある。
二百年といえば、京志郎からすればもう立派な大人も同じだ。
人間よりも遥かに生きているのだから、大先輩と呼んでも過言ではない。
(二百歳っていっても、人間でいえばまだまだ子どもってことなのか?)
いずれも、エルトルージェの持つぬくもりはほのかに甘く慈しみがあった。
「それじゃあ寝るぞ」
「もう、寝ちゃうの?」
何故か不満そうに唇を尖らせたエルトルージェ。
京志郎は一瞬だけ、いぶかし気な顔を示した。
「いや、もうやることもないんだから寝るしかないだろ」
「もっとお話ししたい」
「お前……修学旅行の中学生じゃないんだぞ?」
「ちゅうがくせい……って、なに?」と、エルトルージェが不思議そうに小首をひねる。
世界がそもそも違うのだから、知らないのも無理はない。
いちいち説明するのも面倒なので「気にしなくていい」と、京志郎はそれだけ返した。
「教えてほしい、もっとキョウシロウさんのこと……いっぱい知りたい」
円らな赤い瞳をきらきらとさせて、ずいと迫る様子に眠気は感じられない。
エルトルージェは、このまま夜更かしするつもりでいる。
京志郎はなんとなく、そんなことを思った。
「俺のこと? 別に、そう語ることはないぞ」
「なんでもいいの! お願いだから話して……!」
「そう言われてもだなぁ……っ」
つい、欠伸がもれる。
全身を絶え間なく包んでいた誘惑に、ついに意識が屈しそうになる。
もちろん、京志郎がそれを拒む道理はこれっぽっちもない。
夜なのだから寝る。人である以前に、生物としてそれは当然の行動なのだから。
「ダメ! 寝るのはもうちょっと後で……!」
「おいおい……」
だが、どうあってもエルトルージェはそれを許すつもりはないらしい。
身体を揺さぶってまで眠気を妨害する吸血姫に、京志郎は苦笑いを浮かべる他なかった。
「はぁ……わかった、わかったから! 身体を揺さぶるのをやめろ」
あっさりとエルトルージェは解放し、期待に満ちた顔で傾聴の姿勢に入る。
心なしか、その姿に小型犬ならではの愛嬌を感じた。
「さて、どこをどう話せばいいのやら……」
京志郎は沈思した。
身の上について話すのは、エルトルージェが二人目となる。
一人目は、すでにこの世にはいない。
天国が本当にあるのだとすれば、彼女はきっとそこにいる。
底抜けに明るく、最期を迎える一秒前までも優しい笑顔を絶やさなかった。
そんな人間が地獄に行くなど、京志郎はどうしても思えなかった。
(ここは、話すべきではないな)
聞いても心地良いものではない。
ましてや子ども相手にするべき話でないのは明確だ。
エルトルージェに相応しい話とは、なかなか骨が折れそうだ。
「俺は語り部じゃないから、うまく話せるまでの保証はしないぞ」
「大丈夫。どんな話でも、わたくしは聞きたいから」
「そこまで言うのなら……」
当たり障りのない話をする。
内容的には、それほど面白いとは京志郎自身も思わない。
第三者からすれば、さぞ退屈極まりない話に違いなかった。
それでもエルトルージェは、にこにことした顔を崩そうともしない。
一つ、ひとつにいちいち反応しては遠慮なく疑問をぶつける。ずっとそれの繰り返し。
時間がゆったりと流れ、さっきまであった眠気も今はすっかり鳴りを潜めてしまっている。
(本当に不思議なやつだ……)
未だ続く話の最中に、京志郎はふと考える。
出会ってまだ間もないはずの彼女に、何故こんなにも話せるのだろう。
これこそが吸血鬼……もとい、エルトルージェだけが持つ魔性なのかもしれない。
恐るべきは、そこに何の違和感も不快感も抱かない己がいること。
つい余計なことまでも口走りそうになっては、理性でハッと口を閉ざしたのも数えきれない。
不思議だ……こう思うことさえも、己の意志であるかどうかさえも、疑わしくなってきた現在。
「っと……」
くらり、と軽い眩暈がした。
瞼は瞬時に重みを増し、開けることさえも難しい。
とうとう限界に達したらしい。京志郎はそう察した。
「エルトルージェ、もう今日はここまでにしておこう……」
「もっとお話ししたかったのに……」
「お前は吸血鬼だから大丈夫だろうが、俺はそうじゃないんだよ……」
真の夜行性である吸血鬼と同じ括りにしないでほしい。
そう思いながら京志郎はそっと目を閉じる。
程なくして、耳元でエルトルージェが囁く。
「じゃあ、わたくしが子守唄を歌ってあげる」
いらない――たったこれだけを口にするのさえも、今の京志郎には気怠かった。
「レーヴ ニ・ウーム ア ニコリュージャ フェリティーヒ ア・モーラ……」
無言を肯定と受け取ったのだろう。かわいらしい咳払いの後、聞こえてきた声色は玲瓏だった。
(あぁ、この歌は確か……)
はじめて、エルトルージェと出会った時の記憶が瞼の裏によぎる。
馴染みのない言語で意味まではわからない。
とりあえず、その歌は美しくもどこか儚い。心に印象深く残る。
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