佐瀬京志郎の異文譚~甘美なるその夢に鬼は安らぎを見るか~

龍威ユウ

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第四章:夢現の狭間にて君がために踊る

第29話:死闘の末にあるもの

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 冷たい風が静寂を切る。

 骨身を刺す冷たさが、火照る身体にはちょうどいい。

 狂炎者の狂気を孕んだ笑い声は、もうしない。

「……終わった」

 本当に、これですべてが終わったのだろうか……。

 京志郎は自らにそう問うた。

 胸の内では、怨嗟の炎がくすぶっている。

 まだ、終わりではない。そんな考えが頭から離れない。

 痛む身体に激を入れる。

 決して比喩ではない。魂を燃やさねば今すぐにでも横になりたかった。

 ちらりと脳裏によぎる甘い考えを払う。

「ぐっ……」

 一歩踏み出すたびに自然と顔が強張る。

(これだけの痛みは……あぁ、クソ。あの時と同じか)

 まるでこれは過去の再現だ――結果は、当時と大きく異なっているが。

 ようやく狂炎者の傍らに立った。

 京志郎はもう、満足に刀を振るうだけの余力は残っていない。

 気力を振り絞る。辛うじて、なんとか刀を持ち上げた。

 それでも構うものかと、京志郎は刀を振るう。

 見てくれは、ゆっくりと降ろしただけ。そこに必殺の威力があろうはずもなし。

 切先がほんの少しだけ、肉体を傷付けただけに収まった。

「おい、まだ生きているんだろう……?」

 京志郎は問いかける。返答は、ない。

「お前が、この程度で死ぬわけがないだろう。下手な演技はやめろ……!」

 細かな傷を幾重にも怨敵に刻む。

 それでも、狂炎者が応じることはなかった。

 この男はすでに死しているのだから、至極当然の結果だ。

「……本当に、終わったのか」

 京志郎の手からするりと刀が滑り落ちる。

 乾いた金属音と共に、ついに京志郎はそこで背中から倒れた。

 視界を鉛色の雲が覆う。ひらりと舞い落ちる雪が、今日だけはどこか幻想的で美しい。

「……なんだ。こんなものなのか」

 復讐を成した。そこで得られる快感はすごいものだと、そう勝手にイメージしていた。

 実際は、快楽などなかった。厳密にいえば、なんの感慨も湧かない。

 あるのは虚無――やるせない気持ちばかりが、どんどん胸の内であふれていく。

(復讐っていうのは、こんなにも呆気ないものだったのか……?)

 時代劇であるような復讐劇は、どうやら偽物だったらしい。

「…………」

 どれだけしこですごしただろうか――京志郎はふと思った。

 身体に帯びた痛みはもうない。

 心が、肉体に反比例して稼働しそうにもない。時間ばかりがいたずらに流れていく。

「――無事に終わったみたいね」

 見知った顔が覗き込んだ。

「アリア、か……」

「せめてアリアさんと呼びなさい。これから私の部下になるのよ?」

 呆れた口調に、しかし京志郎は意に介さない。

「それよりも、情報漏れがあったぞ」

 早速、不備についてを指摘した。

「狂炎者が異能者だってことかしら?」

 アリアがあっけらかんと答えた。

 彼女はこのことを把握していたらしい。

 京志郎は深い溜息を隠そうともしない。

「知っていたくせにして、記載しなかったのか?」

「してもしなくても、あなたの気持ちは変わらなかったでしょう?」

「だとしても、だ。事前情報のあるなしとでは戦術も変わってくる」

 相手は、あの狂炎者だ。

 無傷で勝つ……などという甘い考えは、京志郎も最初からない。

 とはいえ、それに越したことがないのも然り。

「それで?」と、アリアが静かに口を開いた。

「復讐を無事に成した今はどんな気持ち?」

「…………」

 アリアからのその問いを、京志郎は沈黙をもって返した。

 わざわざ律儀に答える気はなかった――正確には、どう答えればよいかがわからない。

 静けさを切るように――

「そう……」

 と、アリアが一言だけ口にした。

 それ以上の言及もない。アリアは、多分わかっている。

 確固たる証拠はなかったが、京志郎はなんとなくながらもそう感じた。

 いずれも、根掘り葉掘り尋ねられるよりかはずっとよかった。

(意外に気遣いができるんだな……)

 見た目だけで判断すれば手痛い目に遭う。

 アリアが正しく、いい例題となっている。

「とりあえず、こちら側としては約束を守ったわよ」

「言われるまでもない」と、京志郎はゆっくりと身体を起こす。

 どんな形であれ、佐瀬京志郎と言う復讐劇はこうして無事に幕を閉じた。

 これより先は、別の物語が始まる――対価を支払う時がきた。

「神隠しの首謀者を処罰する――忘れてはいないわよね?」

「そこまで耄碌するほど年は取ってないぞ」

 これでもまだ辛うじて二十代前半だ。京志郎は蔑視を向けた。 

「冗談よ――あなたのいう【夢幻の遊戯場】とやらには、私たちでも干渉はできない」

「あぁ……」

 【夢幻の遊戯場】は、選抜された者のみが立ち入ることを許される。

 アリアが言うように、物語に終止符を打てるのは現状一人のみ。

 これは自分だけにしかできない極めて重要な役目だ。他人ではいささか荷が重かろう。

 京志郎は握った拳にそっと目線を落とした。

「――これは、あなただけにしかできないことよ」

「わかっている」

 足に上手く力が入らない。

 ふらふらとした足取りで京志郎は屋上を後にした。





 いつもの帰路につく。

 町は相変わらずクリスマスムードの真っただ中だ。

 笑顔が絶えず、空気は彼らの陽気によって暖かい。

 つい先ほど喧騒があったことさえも、彼らは知る由もない。

 それで、いい。京志郎は人々を横目にふっと口角を緩めた。

 周りにいるのは牙なき羊たちの群れだ。

 平穏しか知らぬのは果たして罪か――少なくとも、京志郎はそうは思わない。

 平和ボケであるのが一番いい。血生臭い世界をあえて、知る必要もあるまい。

 我が家が見える――ぼろぼろ外観に、自然と安堵の息がもれた。

 京志郎はドアノブに手を伸ばし――ふと、その手を止めた。

「…………」

 自宅を前に京志郎は踵を返す。

 それは本当に突拍子もない思い付きに他ならなかった。

「久しぶりに、実家に帰るか……」

 なんの用意もないまま、着の身着のままその場を離れる。

 タクシーを拾い、窓の向こうで流れる景色をぼんやりと眺める。

 活気づいた町並みは、やがて緑豊かな自然へと変わる。

 木々が鬱蒼と生え、昼間であるにも関わらず辺りは薄暗い。

 自然道を行くのだから、車体は上下に何度も揺れた。

「お客さん、申し訳ないけど車じゃあここが限界かなぁ」

「いえ、大丈夫です。ここから先は歩いていきますので」

「……いったいこんな鬱蒼とした森の中になにがあるんです?」

「別に、普通に家があるだけですよ」

 怪訝そうな顔をして走り去るタクシーを見送って――

「……久しぶりだな」

 と、京志郎は改めて周囲を見やった。

 人気は皆無で、しんとした静けさだけがどこまでも続いている。

 変わり映えしない景色が方向感覚を大いに狂わせる。

 得体の知れない不気味さがかもし出す中で、だが京志郎の顔は非常に穏やかだ。

 すっかり安定した足取りで森の中を進む。

 しばらくして――

「ここに帰ってくるのも久しぶりだな」

 と、木々の隙間より見えるそれに京志郎は頬を緩めた。

 佐瀬家は、かつては時の帝に剣術指南役として仕えたこともあった。

 この森はいわば、佐瀬家が所有する土地でもあった。

 あの時のままだ――何百年という歴史ある武家屋敷を前に京志郎は懐古の息をそっと吐いた。

 復讐だけに生きた男は、もうここにいない。

 一度は空っぽとなり、虚ろだった瞳に少しずつ輝きが灯っていく。

「ここにはもう、戻ってくることはないと思ってたんだがなぁ……」

 きっかけは、両親とのすれ違いだった。

 いたずらに剣を世に広めることを良しとしなかった父。

 使ってこそ意味も価値もあると説いたその息子。

 相容れぬ両者はついに袂を分かった。

 二度と顔を合わせてやるものか――そう、誓ったはずなのに妙に懐かしくなった。

 どうして今更になって両親の顔がふと浮かんだのか。それは京志郎もよくわからなかった。

「ただいま……」

 京志郎の言葉に返す者はいない。

 立派な門をくぐる――静謐の中でどっしりと構えた屋敷は妙に物寂しい。

 かつては多くいた使用人も、両親ももうここにはいない。

 京志郎は自嘲気味に小さく笑った。

 無駄に拾い屋敷の中、京志郎の足はまっすぐとある場所を目指す。

 放置して数年が経過するが、奇しくも中は意外と当時のままだった。

(もっと埃とかがすごいと思ってたんだが……)

 幼少期をすごした自室に、京志郎は懐古の情に浸る。

 その中で、ふと疑問が生じた――こんなにも狭かっただろうか。

「それだけ俺が大人になったってことか……?」

 誰に言うわけでもなく、京志郎は部屋の中央でごろりと寝転がった。

 匂いは記憶と密接な関係にある――プルースト効果という。

 ふわりと香る畳の匂いに伴って、幼き頃の記憶が次々とあふれだす。

 どれもこれも、かけがえのない優しい思い出ばかり。

 確かにこの家ですごしたという実感がどんどん湧いてくる。

 全身の脱力は、安らぎからくるもので心地良い。

「母さん、父さん……今の俺を見たら、二人はなんていうかなぁ」

 故人に投げる質問にしては、あまりにも遅すぎる。

 しかし、そうとわかっていても口にせずにはいられなかった。

 そっと目を閉じる。今は少し休みたい。京志郎はそう思った。

「――いや。まだやることが一つだけあったな」

 閉じた瞳を再び開ける。

 【夢幻の遊戯場】の件は忘れたわけではない。

 焦らずとも、あそこへはまた行き着く。

 もう一人だけ、決着をつけなければならない者がいた。

 臆病で、好奇心旺盛で、時折大人顔負けに美しい白月の姫君。

 あの者は今もきっと、こちらがくるのを心待ちにしているに違いない。

 夢という現実ではない者にこれから逢おうとする。

 そして京志郎もまた、彼女との再会に年甲斐もなく心を踊らせていた。

 およそ現実的ではない思考だ。

 だが異能という存在に触れたことで、現在は確証がある。

「まったく……これじゃあ、年頃の娘が恋するみたいだな。娘いないけど……」

 鼻で一笑に伏す――結論はもう、出ている。

「いくか」と、京志郎は目を閉じた。

 意識は驚くほどあっさりと、深淵の闇へと落ちていった。
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