はーとふるクインテット

kromin

文字の大きさ
117 / 129
番外編集 アレな世界のいろいろな話

八尾とウミガメのスープ

しおりを挟む
私は所謂戦災孤児で、頼れる親族もおらずそのため終戦後は浮浪児同然の生活をしていた。

おとぎ話のような存在に思っていたが、異能の力を持つ六人の英雄が文字通り軍神の如き働きをしてくれ本国は大勝利を収めたものの、やはり6人という少数精鋭では大規模な空襲は守り切れるものでは無く、戦中戦後は本州や各地にそれなりの被害も出てしまった。

勝利に導いてくれた英雄達には感謝こそすれ恨んだ事は無いが、やはりどうして自分の家族や実家は助からなかったのかと悔しく思う事はあった。


そうして浮浪児同然なので当然食い扶持ぶちなぞなく、悪い事だというのは重々承知しているが仕方なしに食い逃げや盗み等で腹を満たしていた。

どうにか保護してもらって孤児院に入ろうかとも考えたが、戦前や戦後しばらくは悪質な施設も多く、国からの支援金目当てだけに設立して、支援金の大半は偉い者の懐に納まりやはり最低限の暮らししか出来ない所もままあると聞いたのでそれよりはと気ままな浮浪児暮らしを送っていた。


当然だがそんな暮らしが長く続けられるわけも無く、ある日置き引きしようとした荷物が軍人さんの物であったらしく、普通なら少年院かアレ更生所行きだが戦災孤児というのを考慮され、普通の少年院などよりは自由と人権が尊重された特殊な更生施設へ私は入れられる事となった。

初めはもう一巻の終わりかと悲観していたものの、過度な折檻や体罰は無く入って見れば悪質な児童施設よりは随分ましだったので私は安堵し、大人しくそこで教育を受けたり社会復帰を目指して様々な作業を行い穏やかに過ごすようになった。


そこで出会ったのが八尾くんであった。

彼は初めて見た時から綺麗な緑色の長髪をしていたが、ある食事時隣に座る機会があったので聞いてみたらこれは遥か昔に人魚を食べてこうなったのだという。

そこで私は彼が完全な不老不死であるという事を知った。
普通なら世迷言か妄想癖のアレな人間だと思う所であろうが、例の英雄のように不老者等は時折いたし、このアレな世界ならそういう事もあるだろうと私は直ぐにその話を信じた。

彼は私に配慮してかあまりに陰惨な話題は語らなかったが、その名の通り800年以上前から生きているという事だったので、相当な地獄や凄惨なものも見て来たのだろうことはすぐに想像がついた。

それでも明るく前向きで、常に飄々としている彼を私は兄貴分のように慕うようになった。


そこで平穏に暮らし数年し、私が十代後半くらいになった頃の事だった。

その時は船の整備や操縦を学ぶために施設近郊の海に小型の船で沖まで出ていたが、予想外の故障が起きたり悪天候で舵がきかず陸に連絡も取れなくなり、現在位置も分からず完全に漂流する羽目になった。

元々数時間で帰港する予定だったので水や食料もあまり積んでおらずあっという間に食料は尽き、数日間何も食べずに僅かな水のみで過ごし救助も来ず、これは今度こそ一巻の終わりかと覚悟していたその時。

「…おい、しっかりしろ。仕掛け網にウミガメが掛かった。食いやすいよう捌いてスープにしたから、これを食って精をつけろ」

不老不死ゆえに我々の中で唯一元気のあった八尾くんが、倒れ身動きのとれなくなった仲間達にウミガメ肉のスープを振舞ってくれたのだ。

私は無我夢中で八尾くんに差し出されたスープにがっつき、大きいウミガメだったようでお代わりもたくさんあるとの事で腹一杯になるまでそのスープを流し込んだ。

「…ああ、助かったよ。本当にありがとう、八尾くん。…でも、こういう時は何を食べても美味しいものだと思ってたけど、正直味はあんまり美味しく無かったかなあ。ごめんね」
「おいおいお前、こういう時はお世辞でも美味かったって言えよな~。まあでもそんな軽口がたたけるくらいならもう大丈夫だな。他の奴等も似たような感じだし」


そうして振舞って貰ったスープで持ち直し、翌日通りがかった漁船に気付いてもらい私達はどうにか救助され陸に帰る事が出来た。

私達は命を救ってくれた八尾くんに深く感謝し、生涯その事を忘れる事は無かった。


そして更に数年後、十分な教養と技術を身に付け、所内での態度も模範的だった私は過去に盗み等を働いてしまったが状況的に仕方ないとの事で特別に恩赦を受け前科も付かずに済み、資金援助を受けつつ施設近郊の整備工場に就職することとなった。

私は恩情をくれた世間や施設に報いるため必死に働き、成人して数年後には結婚して子宝にも恵まれ、人並みに幸せな家庭を築く事が出来た。


そしてあっという間に歳月は流れ、私はもう初老と言える年齢に差し掛かっていた。

子育ても一段落し、金銭的にも余裕が出た私はある時ふと思い立ち一人で岬の少し高級なレストランで食事をとっていた。

「お客様、運が良いですね。本日は特別にアレウミガメ肉を入荷しておりますので、そのスープなどいかがでしょうか」
それを聞いた私は、もう数十年前の遭難した時のことを思い出し懐かしくなり、そのスープを注文した。


だがしかし、運ばれて来たスープを一口飲んだ瞬間私は凍り付いた。

あの時食べたスープと味が全く違って、随分とそれは美味しかったのだ。

私はすぐにウェイターを呼んで、このスープは本当にウミガメの肉が使われているのか聞いた。

「…はい、こちらはクローン培養なものの、間違いなくウミガメ種では一般的なアレウミガメの肉を使用しておりますが」

その回答を聞いた瞬間、私は少々気分が悪くなりながら昔食べたあの肉の正体を悟った。


もう八尾くんには長らく会っておらず現在の住所や連絡先も知らないが、いつか再会できたら文字通り身を挺して・・・・・振舞ってくれたあのスープを不味いと言ってしまった事を謝らねばと私は深く考えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

男子寮のベットの軋む音

なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。 そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。 ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。 女子禁制の禁断の場所。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...