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#2かつての仲間

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「あ、やっぱりシルウェだ!」
そんな溌剌な俺の名前を呼ぶ声を聞いて鞘に伸びかかってた手を戻して言葉を発する。

「あ…ひ、久…」
ダメだ。言葉がうまく出ない
人と話すのがあまりに久しぶりすぎて、会話のための言葉が出ないのだ。
…まあ、あと少しこいつにビビってしまっている

「あはは…やっぱらここら辺にいたんだ…探したんだよ?シルウェ、何で私に何も言ってくれなかったの?」
言葉はうまく出ないが思考は出来る。
こいつはなぜ俺の居場所を知ってるんだ?
俺は移住する際、誰にも移住先がバレないよう細心の注意を払っていたが、こいつに関しては特別警戒していた。なのに何故…?
彼女はリエン。かつて魔王討伐の旅を共にしていた仲間で、もう一人の仲間であるエルフの姫のお付きだった。
行く先々の情報を収集してくれたり、後方から弓でサポートに徹したり、宿を予約してくれたり料理をしてくれたり…とにかく気が利く奴で、彼女にはかなり助けられた。
だが、少し欠点というか、困ったところがある。

「ねえ、話聞いてる?私怒ってるんだよ?」
俺の思案に彼女の声が交じり中断される。
怒っている?何に対してだ?彼女に怒りを覚えられる覚えがなく、疑問が口に出る。

「な、何に…?」
「何にってシルウェが私に言わずにいなくなったからだよ。まあでも家がわかって良かった、次は絶対逃がさないから。」
ドス黒い目をこちらに向けながら、真顔で淡々と言葉を発する。なにやらとんでもない言葉が聞こえた気がするが、聞こえなかったふりをしよう。

彼女の目にはハイライトがない。
うまく思い出せないが、旅をしてる時は確かにあったはずだ。俺が嵌められて孤立してしまったあたりからだろうか…
その目と整った顔つきはあの頃と変わらず、エルフは老いないというのは本当なんだなと少し驚く。
彼女はその頃からやけに距離が近くなったり、俺のことを気にかけてくれるようになった。
だがあの頃の俺は人の好意を素直に受け取れず、そんな自分に嫌気が差し彼女にも申し訳なさでまともに目を合わせられなくなり、彼女を遠ざけるようになった。
なにより、彼女が俺と関わっていると彼女も巻き添えで悪い印象を持たれてしまう可能性があった。
そして人間達からの冷えた目がキツかったのもあり、この辺境の地への引越しを決め、さっき言った通り情報を漏らさないようにしたのだが…
今、何故か彼女は俺の家に来ている。

「ねえねえ、シルウェの家、入っても良い?」
「ん…ああ、立ち話も何だしな、入ってくれ。」
先程俺を探しているような口ぶりだったし、もしかしたら大事な話があるのかもしれない。
何で俺の家がバレてるかはもう気にしないことにしよう…
少しずつ会話にも慣れてきたし、たまには言葉を交わさないと人間性が損なわれそうで怖い。
俺は基本的には誰も信用していないが、彼女に関しては別だ。離れた理由も彼女の優しさが痛かったからであって、彼女に非はない。

彼女を招き入れリビングに案内する。
ここはもともと空き家であり、誰の目にも付かないので昔は盗賊などが隠れ家に利用していたそうだ。
魔王が現れてからは人里離れたこの場所は危険でもはやその用途にも使用されていなかったが。
あの時の少ない知人に誰の目にもつかないところで生活したいと言ったら紹介してくれて、かなり快適でお気に入りだ。リビングの窓からは日が差し込み、その日を浴びながらお茶を飲む朝の時間は至福の一言に尽きる。
そんなことを考えながら彼女を連れて案内していると、ガタッと、リビングの方から物音がする。

「は…?シルウェ、まさかとは思うけど誰かと住んでたりとかしないよね?」
グッっと腕を掴まれる。
ミシミシと言って俺以外の普通の人間なら腕が折れてしまいそうなほどの力だ。
振り向くとただでさえ何かの間違いみたいに黒い彼女の目の黒がさらに深くなっている。

「な、ないない…同居人どころかペットすら…」
そこでハッとする。そうだ、あまりに彼女の来訪が衝撃的すぎて忘れていたが、それに負けず劣らずくらいの衝撃的な事があったじゃないか。

「何、ペット飼ってるの?性別は?オス?メス?」
先程よりは力が弱まったが、それでもギリギリと悲痛な音を上げている俺の腕。
リエンさん、痛いです。

「性別はわからないんだ。そもそもそういう概念があるかどうかすら…」
「両生類ってこと?それとも無性類?無性類なら良いけど両生類だと穴が…」
「リエン。」
思わず声に力がこもる。端正な顔つきでとんでもないことを口走ってる彼女をみて、静止させずにはいられなかった。
というか彼女からみて俺はそんな誰彼構わず、人外にもそういうようなことをするとんでもないやつに見えてるのだろうか。かなりショックだ。

リビングに着くと机に置いておいたはずの例の野菜が床に転げ落ちている。
寝返り(?)をうって落ちたのだろうか。
抱き抱えて大丈夫か確認するが、特に傷は見当たらない。というか落ちてもまだ起きてないのか…
野菜を机に戻し、しまっていた予備の椅子を取り出して、机を挟んで俺の席の反対側に置く。

「それ何?魔物…?」
「わからない。だが、大厄災の前触れとして前例がある。これは俺が育ててた野菜だ。」
事情と過去の出来事を照らし合わせた推論を話すと、彼女は何だ、と言って席についた。

「何だって何だ?」
「話したかったのにそれが含まれてるの。大厄災が近いかもしれないって。」
「そんなこと俺に話してどうする?」
今更何かするつもりはない。大厄災が起こったところで俺は自分の身は自分で守れる。
そもそも俺は…

「…ねえ、シルウェ、姫様と会ってくれない?」
「無理だ。」
リエンの言葉を即座に否定する。

「あいつと会う?何を言っているんだ。お前は俺たちの間に何があったか知ってるだろ?」
何が目的なのかさっぱりわからない。
リエンは彼女のお付きであり、あの頃の俺に寄り添ってくれてもいた。まさか知らないわけではないだろう。罠にハメるにしても流石に下手すぎだ。

「姫様、本当に後悔してるんだよ。あの時の姫様はお母様に追いつこうと必死だったの…それで人間の悪い奴らや権力目当ての姫様の重臣に口車に乗せられて、あんなことをしちゃったんだよ。」
「それで?一体何を話すんだ?仲直りしましょうってか…?俺はそんな気は一切ないし、そもそも俺は後五「五年も生きられない、でしょ?」
割り込まれて思わず驚いてしまう。何故リエンがそのことを知っているのだろう。

「姫様が人間の学者に聞いたり、過去の人間に対する濁ったマナの実験結果を調べてたんだよ。人間は私たちエルフや魔物と違って濁ったマナに対する耐性がないんだよね。」
その通りだ。俺たち人間はそもそも他の種族と比べマナとの相性があまり良くなく、簡易的な魔法ですら使えない人が割合にして半分くらいいる。
そんな人間が濃度の高いマナやマナが濁っている環境に長時間いる。ましてや魔王と戦闘をしたら当然体が無事なわけがない。
俺はかなりマナとの相性がいい方だったが、それでも寿命は縮んでしまう。
知り合いの闇医者に見てもらったとき、三十五まで生きれたらいい方だろうと言われた。
俺は十五で成人してそこから冒険者になり、四年後に人間族を代表して旅に出て、そこから一年で魔王を討伐。そしてスローライフを満喫して早十年。
もうあとはこの野菜…キャべ吉と余生を過ごして静かに孤独死するもんだと思っていた。

「姫様はもう一度君にあって謝りたいだけ。というか、シルウェがこのまま死んじゃったら姫様はずっと心に引っ掛かりを持ったまま。私は姫様も大切だから、それは避けたいの。」
「え?」
発言に違和感を覚えてしまう。
あまり覚えていないが、俺を慰めてくれていた十年前の当時のリエンは俺を裏切った姫様なんて嫌いだし最低とかなんとか…
この十年で絆が修復されたのだろうか。
実際はどうかわからないが、エルフである彼女らは不老不死と言われている。長い付き合いだろうし、立場上仲が悪いとないと色々と不備が発生するだろうから、そうなのだとしたらそれはめでたいことなのだが…

「シルウェにどうこうしてもらうつもりはないの。ただ一回姫様にあって欲しい。謝らせてあげて欲しいの。お願いできないかな…?」
「…」
正直、大厄災の話を持ち出したのに何故か今は何もしてもらうつもりはないと言っていたり、言ってることが俺の知るリエンのはかけ離れていたりと色々と不可解なところはある。
だが、あいつ…ノアが後悔していて俺に謝りたい、と言っていたところは嘘をついているようには見えなかった。

もしかしたら…もしかしたら、俺についての貶めるための噂を撤回してくれるかもしれない。
もし、それが叶ったのなら、残りの少ない時間を育った村で、親や友人と共に過ごせるのかもしれない。のたれ死んで俺の死体が腐ることもなく、みんなと同じところに埋葬してくれるかもしれない。
そんな淡い期待…かつて夢に見てすでに諦めていた光景が目に浮かぶ。

仮に罠だったとしても俺にはもう思い残すこともない。強いていうならキャベ吉だが、まあそもそも今日の朝拾った得体知れない何か、だ。そこまで気がかりじゃない。
あと五年の余生、やり直せるかも知れない。
そんな夢のような状況に対する期待。多少の不信感よりそれは完全に勝っていた。

「…わかった。俺も話をしたい。出発はいつだ?」
「…!え、えっと、いつでもいいんだけどなるべく早い方がいいから、明日とかどうかな?」
本来なら畑が気がかりだが、もう全滅してる以上何も気にすることはない。

「わかった。明日出発しよう。」
「あ、ありがとう…本当に嬉しいよ…はは」
リエンの顔を見る。言葉に反してその表情に見える感情は複雑そうだ。
だが今の俺にはそんなことは気にならず、少し浮かれているのを理解しながらリエンに質問をする。

「明日はリエンが連れて行ってくれるんだろ?今日は泊まっていくといい。夜ご飯もご馳走しよう。」
「え゛」
「え?」
リエンがピシッと固まる。
どうしたんだ…まさか俺の料理が不安なのか?
そりゃあリエンには敵わないかも知れないが、これでも自炊は長い間やってきた。任せて欲しい。
俺は浮かれながら鼻歌混じりで明日の支度を進めるのだった…

この時、俺はもっと注意すべきだった。
このリエンの違和感に、
もっと疑いを持つべきだった。
そうしたら、あんなことにはならなかったのに…
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