シリウスをさがして

朽縄咲良

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第三章

第四十三話 城跡

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 少しだけ勾配のある砂利混じりの土の道を数分歩いた僕たちは、目的の場所に着いた。

「ここだよ、宙」
「おっ、ここかぁ……」

 宙は、僕が指さした先を見ると、その光景に感嘆の声を上げる。

「思ったよりも広いんだな」
「一応、江戸時代にはここらへんを治めてた殿様が住んでたお城の中心部だからね」
「そっか……」

 僕の言葉に頷きながら、低い枯草が茂る本丸広場へ足を進めた宙は、ふと振り返ると怪訝そうに首を傾げた。

「……でも、城の中心って言う割に、何にも無いじゃん。もっといろいろ建ってるもんじゃないのか? 立派な天守閣とか、大きな門とかさ」

 そう言いながら、彼は広場を指さす。
 確かに、彼が言った通り、サッカーグラウンドくらいの大きさの広場には何の建造物も無く、ガランとしていた。
 不思議そうな顔をしている宙に微笑みかけながら、僕は小学校の頃に習った作倉城の知識を披露する。

「もちろん、江戸時代の頃には、大手門とかやぐらとかが建ってたらしいよ。天守閣もね。でも、明治時代になってから、取り壊されちゃったんだって」
「えぇ? 壊しちゃったのか?」

 僕の説明を聞いた宙は、いかにもガッカリしたという声を上げた。

「もったいないなぁ。壊さずに残していおけば、今頃は観光地の目玉になったんじゃねえの?」
「ははは、そうかもね。……でも、しょうがないよ。昔の人たちにも、色々な事情があったんだろうし」
「まあ……そうだけどさ」

 宙は僕の言葉に頷きつつも、なおも残念そうな表情で、だだっ広い本丸広場を見回す。

「なんか……こんなに広いのに何にも無いと、すげえ物寂しい感じがする」
「まあ……それはそうだね」

 彼に同意した僕は、「……でも」と言葉を継いだ。

、君をここに案内した一番大きな理由なんだ」
「え?」

 僕の言葉を聞いた宙は、キョトンとした顔をする。

「それって……どういう意味だ?」
「……見てみなよ」

 彼の問いかけられた僕は、微笑みながら頭上を指さした。

「……うわぁ」

 僕の指につられて夜空を見上げた宙の口から、嘆声が漏れる。

「すごいな……こんなに星がいっぱい見えるなんて……」
「でしょ?」

 宙が上げた感嘆の声に嬉しくなりながら、僕も雲一つない夜空を彩る星々に目を凝らした。

「周りに何も無いから、ここからだと星が良く見えるんだ。小高い丘の上だから、街の光も邪魔にならないし……」
「……視界を遮る高い建物も無いから、マジで三百六十度パノラマって感じだな」

 僕の説明を聞いた宙が、小さく息を漏らす。

「スバルがおススメだって言ってた理由が分かったよ。確かに、ここは星を見るには最適な場所だ」

 そう呟くように言った宙は、視線を僕に戻して柔らかく微笑んだ。

「やっぱ、子どもの頃から住んでるだけあって、ここらへんのことに詳しいんだな、スバルは」
「あ……えっと」

 宙から賛辞された僕は、少し困って頭を掻く。
 そして、少し気まずい思いをしながら、「いや……」と小さく首を横に振った。

「実は……この本丸広場には小さい頃から何度か来たことがあったけど、こんなに夜空がキレイだなんてことは、中学の頃に理科の先生から教えてもらうまで、全然知らなかったんだ」

 そう言った僕の脳裏に、当時のことが蘇る。
 胸の奥がズキリとうずくのを感じながら、僕は再び夜空を見上げ、少しかすれた声で言葉を継いだ。

「それで……僕はあいつを誘って、真夜中にここで天体観測をしたんだ――」
「あいつ……?」
「…………北斗だよ」
「……っ」

 宙が、ハッと息を呑んだ気配がした。
 それには気づかなかったフリをした僕は、夜空に浮かぶ半分の月に目を凝らしながら話を続ける。

「あの日の夜空は、とても良く晴れてて……新月だったから、今日よりもずっと星がたくさん見えたよ。普通じゃとても見えないような六等星まで……。それを見て、北斗は『天然のプラネタリウムみたいだ』って言ってたっけ……」
「……」
「その中でも、一番輝いてたのが、シリウスだった……」

 ……なぜか、夜空に輝く半月が、陽炎かげろうのようにゆらりと揺らいだ。

「いっしょに……夜空を見上げながら、アイツは言ったんだ。『今日のことを死ぬまで忘れない』って……」

 半分の月は、その形をどんどん失っていく。
 こみ上がる感情でうまく動かない声帯を懸命に動かして、僕は更に言葉を継いだ。

「なのに……あの日からまだ六年くらいしか経ってなのに、こんなに早く死んじゃうなんて……ホント、何やっ……てんだよ……北斗。……あの……バカ……がっ」

 かすれ声でそう言うのが精いっぱいだった。その後の言葉は、声にならない嗚咽へと変わる。
 泣きながら、僕はあの時感じた温もりを思い出す。
 冬の夜風で凍えた僕の手を包み込んでくれた、北斗の手の温もりを。
 ……でも、
 その温もりの記憶は、ぞっとする冷たさへと上書きされる。
 ……ほんの数日前、棺に納められた北斗の手に触れた時の、冷たい肌――。

「あ……あぁ……っ」

 無意識に悲鳴混じりのうめき声を漏らしながら、僕は自分の手を胸に抱えるようにして身を丸める。
 とても立っていられず、その場にうずくまりかけた――その時、

 僕の体を、何かが力強く支えた。

「……っ!」

 一瞬遅れて、僕は自分が固く抱きしめられていることに気づいた。
 熱さすら感じる温もりと、ほのかに香る男ものの香水の匂いで、僕はそれが何なのか悟る。

「そ……宙……?」
「……いいんだよ。スバル」

 僕の体に回した腕になおも力を入れながら、宙はささやくように言った。

「ここにはオレしかいない。だから、思う存分、ぶちまけていいよ」
「……!」
「ずっと我慢してたんだろ? この際、全部吐き出しちゃえよ。オレが全部聞いてやるからさ」

 そう言って、宙はいったん口をつぐむ。
 そして、気持ちを落ち着けるように小さく息を吐いてから、言葉を継いだ。

「……アイツ……ホクトへの気持ちを、さ」
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