シリウスをさがして

朽縄咲良

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第四章

第五十話 提案

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 「え……?」

 僕は、青井さんが口にした“提案”の意味を測りかねて、戸惑い混じりの声を上げた。

「あ、青井さんのことを……考えてみる?」

 唐突すぎたのと、さっきから色々な話をされて翻弄されてしまっているせいでか、頭がうまく回らない。……ただ、僕のことをまっすぐに見つめる青井さんの真剣な眼差しは、今彼が言ったことがただならぬものだったという事を雄弁に伝えていた。
 彼の視線にたじろぎながら、僕はおずおずと訊き返す。

「あ、あの……それって……一体どういう……」
「……少し分かりづらかったかな? 私としては、出来るだけ分かりやすく伝えたつもりだったんだけどね」

 そう言って、青井さんは困ったように笑いながら頬を掻いた。そして、天井を見上げるように顎を上げ、気持ちを落ち着かせるように息を吐いてから、再び僕の顔を真剣な目で見つめ、「つまり……」と続ける。

「……北斗くんや望月宙ではなく……私のことを愛してくれないだろうか? ――そう言ったのさ」
「え……っ?」

 青井さんの言葉を聞いた瞬間、僕は思わず息を呑んだ。
 さすがに、今度は彼が何を言ったのか理解できた。……理解は……できたけど……。

「か……」

 無理やり口の端を上げて強張った笑みを作りながら、僕は言う。

「っからかわないで下さい。いくら何でも僕だって――」
「からかっても、冗談を言ってもいないよ」

 軽口めかした僕の声を途中で遮った青井さんの声色から、その言葉が嘘ではないことが如実に伝わってきた。
 ……彼は、本気なんだ。
 本気で、僕のことを……。

 ――それじゃあ北斗は?北斗とのことは?

「……」
「……どうかな?」

 彼の言葉にふつふつと怒りが湧いてくる。どう応えるべきか分からないまま、ただ目をパチパチと瞬かせる僕に、再び青井さんは言った。

「私の恋人になってくれないか?」
「……あ、あの……っ」

 質問とも懇願とも聞こえる青井さんの問いかけに何とか答えようと、僕はうまく回らない舌を懸命に動かす。

「でも、……どうして……」
「さっきも言っただろう? 君のその素直な性格を好ましく思うって」

 そう言うと、彼はニコリと微笑んだ。

「まだ、知り合って二週間も経ってないけど、既に君は既に私の心を惹きつけているんだよ。……それだけが理由じゃダメかい?」
「だ、ダメって訳じゃ……」

 青井さんに訊き返された僕は、慌てて首を左右に振る……が、すぐにハッとして、目を輝かせて口を開こうとする彼よりも早く言葉を継ぐ。

「あっ……い、今のは別に、そういう意味じゃなくって……北斗が亡くなってすぐなのに。どうしてすぐに気持ちの切り替えができるんですか。北斗のこと、真剣じゃなかったってことですか。それとももう死んだら、北斗がいなくなったら、もうそれで終わりなんですか……」

「……」

 僕の言葉を聞いた青井さんは、わざとらしげに大きく肩を落とした……が、すぐに口元を緩め、「でも……」と続けた。

「――『ダメって訳じゃ』ってことは、可能性はあるってことだね」
「え? あ……その……そうじゃなくて…」

 胸の中から湧き起こってきた小さな怒りと疑問に身を任せて、僕は声を上げた。

「たった二週間で北斗のことを過去にできるんですか。青井さんは大人で、カッコよくて、優しくて…すぐに恋人もできるだろうし、モテると思います。だからって――それじゃあ北斗があまりにも可哀そうです」
「できるわけがない!」

 僕の声にかぶせるように答え、小さく――だがはっきりとかぶりを振った青井さんは、僕の顔をまっすぐに見据える。

「確かに、私にアプローチをかけてくる人は多いよ。大体は女性だけど……男性からもね」
「……」
「でも……今まで、私がその気になるほどの相手は居なかった」

 そう言った青井さんは、ふっと哀しげな表情を浮かべ、少し沈んだ声で付け加えた。

「……ひとりを除いてね」
「あ……」

 彼の顔と声色で、僕はその“ひとり”が誰なのか察する。

「北斗……」
「ああ」

 僕の呟きに、青井さんは力無く微笑んだ。

「私は、彼……北斗くんに夢中だった。なんとしても彼を自分に振り向かせたいと、ずっと思っていたんだ。そして……三ヶ月前にようやく彼が私の気持ちを受け入れてくれて……」

 そこまで言った彼は、こみ上げてくるものを堪えるように唇を噛み、「でも……」と震える声で続ける。

「そんな彼も、もう居ない」
「……っ」
「行ってしまったんだ……永久に手の届かないところに。――私の……」

 そこまで言ったところで、青井さんは不意に口元を手で覆い、言葉を止めた。
 数秒間、そのままでいたが、気持ちを落ち着かせるように細く長く息を吐く。
 そして、カウンター席に置いてあったグラスの水を一口飲んでから、再び口を開いた。

「正直ね……後を追おうかなって思ってたんだ」
「え……?」
「彼の葬儀に出て、その後で……って。――で、あのセレモニーホールに行ったら……」

 そこで一旦口をつぐんだ青井さんは、熱を帯びた目で僕の顔を見る。

「――君に出会ったんだ。すぐにわかったよ」
「……!」
「出棺前の最後のお別れの時に、北斗くんの棺の前で泣き崩れる君の姿を見て……ああ、彼が、北斗くんが一番大切に想っていた相手なんだ……ってね」
「なんで……そう思ったんですか?」
「何度も聞いていたからだよ。北斗くんはね、本当に楽しそうに君と過ごした話をしていたんだよ。『自分にとってかけがえのない存在の幼馴染』だって……『そんな大切な奴のことを、俺はとてもひどく傷つけてしまった』……とも」
「……っ!」

 青井さんの言葉を聞いた瞬間、僕は心臓を手で掴まれたように息を呑んだ。
 そんな僕の顔を見つめながら、彼は言葉を継ぐ。

「もちろん、北斗くんは、自分が君に特別な想いを抱いているとは言わなかった。……まあ、君の話をしている時の彼の目を見れば一目瞭然だったけどね」
「……」
「正直……君に少しジェラシーを感じていたんだ」
「じぇ、ジェラシー? 僕に……?」
「当然だろ?」

 思わず当惑する僕に、青井さんは苦笑いを向けた。

「晴れて恋人同士になれたはずなのに、ようやく私の気持ちを受け入れてくれたんだって。でもね、一緒にいるとわかるんだ。悔しいことに――彼の心の中には別の大切な存在がいて、それは多分、現在いまの恋人である私よりも大きい面積を占めているんだって」

 そう言った瞬間、彼は眼鏡の奥の目をスッと細め、僕を射止める。

「……おそらくは、、ね」

 僕はそんな彼の瞳を見つめ返す。そこには寂しさや、やるせなさ、諦め、絶望、あらゆる負の感情が渦巻いていて、今にも吸い込まれそうになるくらい、真剣さが宿っていた。

「―――だから君にこうして提案しているんだ。ねぇ……昴くん、私の恋人になってくれないかい」
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