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第十六章 惑わぬ娘は、惑う少女に何を伝えるのか
第十六章其の拾 真空
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「そ……その姿は……!」
自身の放った無数の魔弾をことごとく無効化したルナの姿を見たハーモニーは、思わず声を上ずらせた。
細部のデザインは違うものの、その狼を模った仮面の青い装甲は、いつしか装甲戦士ツールズを救出しに向かった時に見た、装甲戦士テラのそれと同じものだった。
ハーモニーは、ギリリと奥歯を噛みしめると、星明かりの下に立つ狼の装甲戦士に向けて叫んだ。
「どうして! アナタが、あの男と同じ装甲を――!」
「あれ、知らなかったんだっけ?」
ルナは、ハーモニーの反応を見て、訝しげに首を傾げる。
「私……装甲戦士ルナは、『装甲戦士テラ』のライバルファイターなの。装甲アイテムも、テラと同じコンセプト・ディスクで、お互いの装甲アイテムをアナザーフォームとして纏う事も出来るんだ。……こんな風にね」
そう言いながら、彼女はハーモニーに自分の姿を見せつけるように、大きく手を広げてみせた。
だが、ハーモニーは、彼女の説明を聞いていられる程、冷静ではいられなかった。
「――気に入らない!」
彼女は、ルナの事を睨みつけると、吐き捨てるように言う。
「よりにもよって……アイツの装甲を纏って、あたしと戦おうだなんて……!」
「ごめんね。別に、嫌がらせのつもりじゃないんだよ」
ルナは、拝むように片手を挙げて、軽く頭を下げた。
「でも、私のライトニングチーターは、あなたに大分痛めつけられたせいで、そろそろ限界だったし。もうひとつあるルナの装甲アイテム――シャドウオウルディスクは、まだ手に入れてもいないし……。だから、ね」
「そんな事、関係ないッ!」
ハーモニーは更に声を荒げると、手にした“聖者のフルート”を砕けんばかりに固く握りしめる。
「見てなさいっ! その忌々しい装甲、すぐにあたしの技で剥がしてやるからッ!」
そう叫ぶや、彼女は口元に“聖者のフルート”を当て、一際強く息を吹き込んだ。
「狂詩曲・鎌鼬――ッ!」
必殺の旋律と共に、幾筋もの真空の刃が発生し、ルナに向けて一斉に解き放たれる。
「――ッ!」
自分の元に殺到する真空の刃を前にしたルナは、すぐさま腰を低く落とし、
「は――ッ!」
ウィンディウルフの能力で全身に風を纏うと、その力を利用して高く跳躍し、必殺の鎌鼬から逃れた。
そして、上空を舞いながら、指を伸ばした右腕を大きく振り抜く。
「ウルフファング・ウィンドッ!」
「――ッ!」
ルナが手刀を振って創り出した蒼い真空の牙が、ハーモニーを襲った。
「くぅっ!」
咄嗟に横に跳んで、ルナのウルフファング・ウィンドを避けるハーモニー。
だが、安堵する暇は与えられなかった。
「は――ッ!」
彼女が横に跳んでウルフファング・ウィンドを避ける事を読んでいたルナが、上空で身体を反転させるや、纏った風を後方に噴射しながら急降下してきたのだ。
「痛ぅっ!」
体勢を崩されていたハーモニーは、頭上から降ってきたルナの蹴りを鳩尾に食らい、苦痛の声を上げながら後方に吹き飛ばされた。
一方、ハーモニーに蹴撃を見舞ったルナは、クルリと身体を一回転させると、再び身体に風を集めて地面を蹴る。
そして、追い風を背中に受けながら、吹き飛ぶハーモニーを追う。
ハーモニーを自身の間合いに捉えたルナは、腕を大きく振り上げながら叫んだ。
「もらッ――」
「す――超音速縮地ッ!」
「――ッ!」
ルナの拳が炸裂する寸前、ハーモニーの姿が忽然と消えた。吹き飛ばされながらも、ハーモニーは超音速縮地で自身の身体を加速させたのである。
ハーモニーの姿を見失ったルナは、蹈鞴を踏んで止まり、焦りを浮かべながら周囲を見回す――。
「――狂詩曲・音の壁!」
「――っ!」
背後から聞こえてきたハーモニーの声に、慌てて振り返ろうとしたルナだったが、その反応は遅きに失した。
耳を劈く様な高音の音圧が、彼女の身体と鼓膜を激しく揺らしながら通り過ぎる。
「く……ふぅっ……!」
吹き飛びこそしなかったものの、超高音圧をまともに食らったルナは、頽れるようにその場に蹲った。
そして、身体を激しく痙攣させながら、耳を押さえて苦しがる。
「……いくら装甲戦士といっても、三半規管と脳をダイレクトに揺らされたらひとたまりも無いでしょう? しばらくの間、アナタはまともに立ち上がる事すら出来ないわよ」
「う……うぅ……う」
ハーモニーの言葉に反論する余裕も無く、ルナはまるで嵐の中で漂う小舟に乗っている様な感覚に襲われた。
平衡感覚が全く掴めず、視界はグルグルと渦を巻くように回り、脚も言う事を聞かず、プルプルと激しく痙攣するばかりで、全く力が入らない。
それでも、彼女は諦める様子もなく、生まれたての小鹿のように身体を震わせながら、それでも気合で立ち上がった。
「……まったく。往生際が悪いわね」
そんなルナの様子を見て、ハーモニーは不満げな声を漏らす。
「さっきの一撃じゃ足りなかったみたいね。……だったら、これ以上説教がましい口を利けないように、もう一発お見舞いして、確実に戦闘不能にしてあげるわ」
ハーモニーはそう言うと、“聖者のフルート”を口元に上げ、
「狂詩曲・音の壁!」
再び高音圧の旋律を奏でた。
と――、
その瞬間、ルナが動く。
「……はああああああああっ!」
彼女は狼の如き咆哮を上げながら、その右腕を曲げ、地面に向かって振り下ろした。
音速で振り下ろされたその拳は地面を穿ち、それに伴って、周囲の空気を弾き飛ばす。
そして、一瞬の間、ルナの拳を中心とした直径二メートル程の範囲は、完全な真空となった。
「なっ――!」
ハーモニーの口から、驚愕の叫びが漏れる。
彼女の放った超高音波が、ルナの張った真空の領域にぶつかるや、嘘のように掻き消えてしまったからだ。
ハーモニーは、自分の技が消えた理由を悟る。
(そ――そうか……! 音は、空気の波。空気が無い真空状態じゃ、音は伝わらない……!)
タイプ・ウィンディウルフは、風――空気を操るフォーム。
空気を操る事が出来るという事は、真空状態を作り出す事もまた可能だという事だ。
その事に思い当たったルナは、力を込めた一撃を地面に打ちつけ、自分の周囲の空気を全て弾き飛ばしたのだ。
(で……でも、それって、自分の身を真空に曝すって事じゃない……! 一歩間違えば、自分の命を失いかねない……! そんな危険な真似を、躊躇いも無く――!)
ハーモニーは、ルナの覚悟に思い至って愕然とするが、すぐに自分の身にも差し迫った危機が迫っている事に気付く。
「くっ……! か、身体が……引っ張られる……!」
ルナの一撃によって弾き飛ばされた空気が元に戻ろうとして、真空状態のルナ周辺の領域に向け一気に吹き込み始めたのだ。
その空気の流れに、ハーモニーの身体も巻き込まれる。
「くぅッ……!」
ハーモニーは、何とか耐えようとするが、
「――キャアッ!」
その努力も空しく、彼女の脚は宙に浮いた。
そしてそのまま、真空の中心――即ち、ルナの元に吸い寄せられる。
「ああああああっ!」
「……」
真っ直ぐ自分の方へと飛んで来るハーモニーの身体を見据え、ルナは無言で右腕を振りかぶった。
そして――、
「――ウルブズ・バキューム・テリトリーッ!」
凄まじい勢いで引き寄せられたハーモニー目がけて、鋭い拳撃を叩き込んだ――!
自身の放った無数の魔弾をことごとく無効化したルナの姿を見たハーモニーは、思わず声を上ずらせた。
細部のデザインは違うものの、その狼を模った仮面の青い装甲は、いつしか装甲戦士ツールズを救出しに向かった時に見た、装甲戦士テラのそれと同じものだった。
ハーモニーは、ギリリと奥歯を噛みしめると、星明かりの下に立つ狼の装甲戦士に向けて叫んだ。
「どうして! アナタが、あの男と同じ装甲を――!」
「あれ、知らなかったんだっけ?」
ルナは、ハーモニーの反応を見て、訝しげに首を傾げる。
「私……装甲戦士ルナは、『装甲戦士テラ』のライバルファイターなの。装甲アイテムも、テラと同じコンセプト・ディスクで、お互いの装甲アイテムをアナザーフォームとして纏う事も出来るんだ。……こんな風にね」
そう言いながら、彼女はハーモニーに自分の姿を見せつけるように、大きく手を広げてみせた。
だが、ハーモニーは、彼女の説明を聞いていられる程、冷静ではいられなかった。
「――気に入らない!」
彼女は、ルナの事を睨みつけると、吐き捨てるように言う。
「よりにもよって……アイツの装甲を纏って、あたしと戦おうだなんて……!」
「ごめんね。別に、嫌がらせのつもりじゃないんだよ」
ルナは、拝むように片手を挙げて、軽く頭を下げた。
「でも、私のライトニングチーターは、あなたに大分痛めつけられたせいで、そろそろ限界だったし。もうひとつあるルナの装甲アイテム――シャドウオウルディスクは、まだ手に入れてもいないし……。だから、ね」
「そんな事、関係ないッ!」
ハーモニーは更に声を荒げると、手にした“聖者のフルート”を砕けんばかりに固く握りしめる。
「見てなさいっ! その忌々しい装甲、すぐにあたしの技で剥がしてやるからッ!」
そう叫ぶや、彼女は口元に“聖者のフルート”を当て、一際強く息を吹き込んだ。
「狂詩曲・鎌鼬――ッ!」
必殺の旋律と共に、幾筋もの真空の刃が発生し、ルナに向けて一斉に解き放たれる。
「――ッ!」
自分の元に殺到する真空の刃を前にしたルナは、すぐさま腰を低く落とし、
「は――ッ!」
ウィンディウルフの能力で全身に風を纏うと、その力を利用して高く跳躍し、必殺の鎌鼬から逃れた。
そして、上空を舞いながら、指を伸ばした右腕を大きく振り抜く。
「ウルフファング・ウィンドッ!」
「――ッ!」
ルナが手刀を振って創り出した蒼い真空の牙が、ハーモニーを襲った。
「くぅっ!」
咄嗟に横に跳んで、ルナのウルフファング・ウィンドを避けるハーモニー。
だが、安堵する暇は与えられなかった。
「は――ッ!」
彼女が横に跳んでウルフファング・ウィンドを避ける事を読んでいたルナが、上空で身体を反転させるや、纏った風を後方に噴射しながら急降下してきたのだ。
「痛ぅっ!」
体勢を崩されていたハーモニーは、頭上から降ってきたルナの蹴りを鳩尾に食らい、苦痛の声を上げながら後方に吹き飛ばされた。
一方、ハーモニーに蹴撃を見舞ったルナは、クルリと身体を一回転させると、再び身体に風を集めて地面を蹴る。
そして、追い風を背中に受けながら、吹き飛ぶハーモニーを追う。
ハーモニーを自身の間合いに捉えたルナは、腕を大きく振り上げながら叫んだ。
「もらッ――」
「す――超音速縮地ッ!」
「――ッ!」
ルナの拳が炸裂する寸前、ハーモニーの姿が忽然と消えた。吹き飛ばされながらも、ハーモニーは超音速縮地で自身の身体を加速させたのである。
ハーモニーの姿を見失ったルナは、蹈鞴を踏んで止まり、焦りを浮かべながら周囲を見回す――。
「――狂詩曲・音の壁!」
「――っ!」
背後から聞こえてきたハーモニーの声に、慌てて振り返ろうとしたルナだったが、その反応は遅きに失した。
耳を劈く様な高音の音圧が、彼女の身体と鼓膜を激しく揺らしながら通り過ぎる。
「く……ふぅっ……!」
吹き飛びこそしなかったものの、超高音圧をまともに食らったルナは、頽れるようにその場に蹲った。
そして、身体を激しく痙攣させながら、耳を押さえて苦しがる。
「……いくら装甲戦士といっても、三半規管と脳をダイレクトに揺らされたらひとたまりも無いでしょう? しばらくの間、アナタはまともに立ち上がる事すら出来ないわよ」
「う……うぅ……う」
ハーモニーの言葉に反論する余裕も無く、ルナはまるで嵐の中で漂う小舟に乗っている様な感覚に襲われた。
平衡感覚が全く掴めず、視界はグルグルと渦を巻くように回り、脚も言う事を聞かず、プルプルと激しく痙攣するばかりで、全く力が入らない。
それでも、彼女は諦める様子もなく、生まれたての小鹿のように身体を震わせながら、それでも気合で立ち上がった。
「……まったく。往生際が悪いわね」
そんなルナの様子を見て、ハーモニーは不満げな声を漏らす。
「さっきの一撃じゃ足りなかったみたいね。……だったら、これ以上説教がましい口を利けないように、もう一発お見舞いして、確実に戦闘不能にしてあげるわ」
ハーモニーはそう言うと、“聖者のフルート”を口元に上げ、
「狂詩曲・音の壁!」
再び高音圧の旋律を奏でた。
と――、
その瞬間、ルナが動く。
「……はああああああああっ!」
彼女は狼の如き咆哮を上げながら、その右腕を曲げ、地面に向かって振り下ろした。
音速で振り下ろされたその拳は地面を穿ち、それに伴って、周囲の空気を弾き飛ばす。
そして、一瞬の間、ルナの拳を中心とした直径二メートル程の範囲は、完全な真空となった。
「なっ――!」
ハーモニーの口から、驚愕の叫びが漏れる。
彼女の放った超高音波が、ルナの張った真空の領域にぶつかるや、嘘のように掻き消えてしまったからだ。
ハーモニーは、自分の技が消えた理由を悟る。
(そ――そうか……! 音は、空気の波。空気が無い真空状態じゃ、音は伝わらない……!)
タイプ・ウィンディウルフは、風――空気を操るフォーム。
空気を操る事が出来るという事は、真空状態を作り出す事もまた可能だという事だ。
その事に思い当たったルナは、力を込めた一撃を地面に打ちつけ、自分の周囲の空気を全て弾き飛ばしたのだ。
(で……でも、それって、自分の身を真空に曝すって事じゃない……! 一歩間違えば、自分の命を失いかねない……! そんな危険な真似を、躊躇いも無く――!)
ハーモニーは、ルナの覚悟に思い至って愕然とするが、すぐに自分の身にも差し迫った危機が迫っている事に気付く。
「くっ……! か、身体が……引っ張られる……!」
ルナの一撃によって弾き飛ばされた空気が元に戻ろうとして、真空状態のルナ周辺の領域に向け一気に吹き込み始めたのだ。
その空気の流れに、ハーモニーの身体も巻き込まれる。
「くぅッ……!」
ハーモニーは、何とか耐えようとするが、
「――キャアッ!」
その努力も空しく、彼女の脚は宙に浮いた。
そしてそのまま、真空の中心――即ち、ルナの元に吸い寄せられる。
「ああああああっ!」
「……」
真っ直ぐ自分の方へと飛んで来るハーモニーの身体を見据え、ルナは無言で右腕を振りかぶった。
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