装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜

朽縄咲良

文字の大きさ
216 / 345
第十六章 惑わぬ娘は、惑う少女に何を伝えるのか

第十六章其の壱拾壱 星天

しおりを挟む
 真空状態となった空間に空気が一気に吹き込んだ為に巻き起こった突風がようやく収まり、舞い上がっていた土埃もようやく収まった。

「か……は……っ」

 突風が吹き込んだ中心部で、大の字になって横たわっていたのは、白い装甲を纏ったハーモニーだった。
 彼女の胸の装甲は、蜘蛛の巣状の亀裂が走って大きく凹んでいる。それは、先ほど交差法気味に食らったルナの拳によるものだ。
 やがて、胸に走った亀裂は、ピシピシと音を立てながらだんだんと全身の装甲に及び、そして――“びしぃ……ッ!”という一際大きな音を立てると、ハーモニーの全身を覆っていた装甲は、淡い光を放ちながら消え去る。
 光が消え去ると、そこには、胸を上下させて浅い息を吐く、メガネをかけたおさげ髪の少女の姿が横たわっていた。
 一方――。

「――ぷはぁっ!」

 ウルブズ・バキューム・テリトリーで、自分の周囲の空気を弾き飛ばして真空状態にしたルナは、拳撃を放った体勢のまま、それまでずっと止めていた息を一気に吐き出した。
 そして、肩を激しく上下させながら、一心不乱に新鮮な空気を肺に取り入れていたが――急に口元を押さえる。

「うっ……! き、気持ち悪……うっぷ!」

 左手で仮面の口元を押さえながら、彼女は右手でコンセプト・ディスク・ドライブのイジェクトボタンを押した。

『イジェクト』

 淡白な機械音声と微かなモーター音を上げながら、ディスクトレイがゆっくりとせり出す。
 それと同時に、ルナの体を覆う蒼いウィンディウルフの装甲が溶ける様に消え去った。

「うぅ……あ、頭がグルングルンするぅ……」

 装甲を解除した碧は、口元と鳩尾を押さえながら、その場に蹲った。

「うぅ……目が回る……。マジで吐きそぅう……」

 戦いの間には忘れていた、ハーモニーの狂詩曲ラプソディ音の壁シャゥルマウアーによって与えられた三半規管と脳への影響が、津波のように彼女を襲う。

「うぅ……う……はぁ……」
「……ちょっと、アナタ……大丈夫……?」

 その傍らで横たわったままの天音が、思わず彼女に声をかけた。
 天音の声を聞いて、碧は蹲ったまま、軽く右手を上げてみせる。

「う……うん……。大丈夫……たぶ――うぷっ!」
「無理しない方がいいわよ……! 吐きたいんなら、我慢しないで吐いちゃった方が楽になるって」

 天音の心配げな声を耳にしながらも、碧は小刻みに首を横に振ってみせた。

「う、ううん……大丈夫。す……少し楽になってきた……気がする。っていうか……と、年頃の女の子が、人前で吐いちゃったらダメでしょ。色々と……」
「そんな事言ってる場合じゃないと思う……。そんな風にしちゃったあたしが言うのもなんだけど」

 意固地な碧の言葉に、天音は思わず呆れる。
 小さく息を吐いた彼女は、寝ころんだまま空を見上げた。
 空には、宝石箱の中身を巻き散らかしたような満天の星空が広がっている。

「……綺麗――」

 かつて自分が住んでいた日本ではとても見られなかった絶景に、彼女の心は大きく揺り動かされた。
 ――同時に、ずっと胸にわだかまっていた澱のような何かが、スッと消えた様な気がした。
 天音は、首を横に向けると、自分に背を向けて蹲っている碧に向けて、ぼそりと呟く。

「……ごめんね」
「……え? 何か言った?」
「……ううん、何でもない」

 振り返った碧の問いかけに、天音は口の端に微笑を浮かべながら首を横に振った。
 と、

「うぅ……やっぱり無理ぃ。横になる……」

 碧は顔を顰めながらそう言うと、その場にゴロンと寝転ぶ。
 そして、先ほどの天音と同じように空を仰ぎ見ると、その眼を大きく見開きながら小さく叫んだ。

「ねえ! 見てみなよ! 空が凄いよ! 星だらけ!」
「……もう見たわよ。――っていうか、『星だらけ』って……。アナタ、もう少し女の子っぽい、可愛らしい言い方が出来ないの?」
「いいじゃん! ホントに星だらけなんだからさ! それとも、『お空キレイ~』の方が良かった?」
「……ぷっ!」

 碧の口調に、天音は思わず噴き出した。
 胸の痛みを堪えつつ、それでも愉快そうにクスクスと笑い声を上げる天音の横顔を不思議そうに見ながら、碧は首を傾げる。

「今のやり取りで、そんなにウケる要素あった?」
「ふふ……いえ、そうじゃなくってね……」

 碧の問いかけに対し、軽く頭を振りながら天音は言葉を継いだ。

「……ついさっきまで、命を懸けて戦ってたはずのアナタとこんな風に話をしてるのが、何だか不思議って言うか面白いって言うか……」
「……そういえばそうだね」

 天音の言葉に、碧も微笑みを浮かべて頷いた。
 そして、ふと表情を引き締めて、再び口を開く。

「……で、どうする? まだやる?」
「……ううん」

 碧の問いかけに、天音は小さく頭を振る。
 そして、掌の中の小さな鈴を掲げるように見せながら言った。

「今のアナタの攻撃で、あたしのカナリアラプソディはボロボロになっちゃったからね。すぐには使えないわ」
「そっか……じゃあ――」
「……うん」

 天音が、今度は小さく頷いた。

「この戦い……アナタの勝ちよ。ええと……」

 そう言いかけると、天音はふと言い淀んだ。
 そして、戸惑う様な表情を浮かべ、それから苦笑した。

「……そういえば、あたし、アナタの名前をまだ知らなかったわ。――おかしいね。あんなに本気で戦ってた相手の名前も知らないなんて――」
「――香月碧こうづきあおい
「え……?」

 思わずキョトンとする天音に向かって優しく微笑みかけた碧は、自分の顔を指さした。

「私の名前。香月碧って言うんだ。アオイって呼んで。アマネちゃん」
「……アタシの名前は知ってるんだ」
「ハヤテさん――から聞いたからね」
「……そっか」

 碧の口から幼馴染の名が出た事に、一瞬顔を強張らせた天音だったが、すぐに表情を緩めると、碧と同じように自分を指さしながら言った。

「……でも、アナタが名乗ったんだから、あたしもちゃんと名乗るべきよね。――あたし、秋原天音あきはらあまね。呼び方は……好きにしていいわ」
「うん。よろしくね、アマネちゃん」
「よ……よろしく――」
「……」
「な……何よ……?」

 真顔で自分を見つめる碧を前にたじろぐ天音だったが、碧が何を言いたいかを察すると、口を尖らせた。
 そして、一瞬視線を彷徨わせた彼女だった、小さく息を吐くと、僅かに頬を染めて口を開く。

「……宜しく、コウヅキ――」
「え~! 苗字呼びなの? 私は下の名前で呼んでるのに?」
「う……わ、分かったわよ……」

 碧の言葉に、アマネは観念した様子で言い直す。

「よ、宜しく……アオイ……」
「よろしくね、アマネちゃん!」

 そう言い交わしたふたりの少女は、互いに表情を和らげると、満天の星空の下で朗らかに笑い合うのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

装甲列車、異世界へ ―陸上自衛隊〝建設隊〟 異界の軌道を行く旅路―

EPIC
ファンタジー
建設隊――陸上自衛隊にて編制運用される、鉄道運用部隊。 そしてその世界の陸上自衛隊 建設隊は、旧式ながらも装甲列車を保有運用していた。 そんな建設隊は、何の因果か巡り合わせか――異世界の地を新たな任務作戦先とすることになる―― 陸上自衛隊が装甲列車で異世界を旅する作戦記録――開始。 注意)「どんと来い超常現象」な方針で、自衛隊側も超技術の恩恵を受けてたり、めっちゃ強い隊員の人とか出てきます。まじめな現代軍隊inファンタジーを期待すると盛大に肩透かしを食らいます。ハジケる覚悟をしろ。 ・「異世界を――装甲列車で冒険したいですッ!」、そんな欲望のままに開始した作品です。 ・現実的な多々の問題点とかぶん投げて、勢いと雰囲気で乗り切ります。 ・作者は鉄道関係に関しては完全な素人です。 ・自衛隊の名称をお借りしていますが、装甲列車が出てくる時点で現実とは異なる組織です。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

処理中です...