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序章 猫はワシである
第四話 顛末と結果
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猫……もとい、(元)初鹿野伝蔵さんは、ヒゲを力無く垂らした顔で、ぽつぽつと話し始めた。
「……ちゅーかの、夕方まではワシは普通に人間じゃったんニャ。この猫は、時々餌をやっていたノラでの。昨日の夕方にも餌を集りにウチに来たんニャ。で、いつもの様に、キャットフードを出そうとして……」
初鹿野さんの視線を辿ると、玄関横の狭い台所の床に、茶色い固形のキャットフードが散乱していた。
「その時に、いきなり頭がこう――グワーンと、バットでぶん殴られたように痛くなってのぉ。あまりの痛みに耐えかねて、ここに倒れたところまでは覚えとるんじゃが、すぐ目の前が真っ暗になっての。気が付いたら、すっかり夜になっておった」
「……」
「あー、いつの間に眠っとったのか、こりゃいかんと思って、起きようとしたら、白目剥いた顔が目の前にあっての。不っ細工な爺じゃニャ、誰ニャこいつと思ってよく見てみたら……自分の顔じゃった! ニャハハハ! 傑作じゃろ?」
「え、えーと……」
すみません、全然笑えません。
「ちょっと冷静になって、色々見回してみたら、鏡にワシの動きに合わせて動くノラの姿が映っておっての。しばらく、訳が分からんかったがニョ。鏡の前で色々試した結果、ようやっと自分が――猫の姿になった自分が映っておるんだと理解したわけだニャ」
そこまで話すと、目の前の白黒の猫は、後ろ足で耳の後ろをコリコリと掻く。
その仕草は、道端で良く見る猫の挙措そのままだった。
「……あの、ついさっきまで人間だった割には、猫の仕草がずいぶん手慣れてるみたいっすね……」
気付いたら、頭に浮かんだ素朴な疑問を無意識に口に出していた。
俺の問いかけを聞いた初鹿野老人は、耳の後ろを掻く事に満足した様で、今度は大きな口を開けて欠伸をしてから答える。
「ああ……これか。どうやら、この身体の中には、人間のワシの意識……魂なのかにょ? まあ、そんニャ感じのモンと、元々のノラの魂がごっちゃになって入り込んでおるみたいニャンだわ」
「ご、ごっちゃになって? それって、一体どういう……」
「んニャぁ……説明しようとすると難しいニョお……。まあ、とにかく、今のワシは初鹿野伝蔵であり、ノラの猫でもある……そんな感じニャ」
「はぁ……」
解ったような、解らないような……と、眉を顰めて首を捻る俺に構わず、皿の言葉を継ぐ。
「だから、人間だったワシにも、ノラの猫の身体の動かし方がニャんとなく分かるんじゃ。本能的に」
「……要するに、今のあなたの身体には、人間だった時の記憶と元の猫が持っていた記憶が並列で存在している……と」
「ヘーレツ……? まあ、それは良く分からんが、そんニャ感じだと思うニャ。多分、今のワシなら猫の言葉も分かるぞい」
ほう……それはちょっと羨ましい。
「で、こんにゃ体になっちまって、これからどうしようかと思ってニョ。何せ、ワシは一人暮らしじゃ。頻繁に人が訪ねてくる訳でも無い。早くワシ……そこに転がっとる方のな……を見つけてもらわんと、色々ヒサンな事にニャると思っての」
「まあ……多いっすからね。孤独死した人が、身体が腐ってドロドロに溶けるまで発見されないとか……」
「そう、それニャ」
俺の言葉に、初鹿野さんは得たりとばかりに手を叩いた。……うわ何その仕草めっちゃきゃわいい。
「……うみゃ! にゃ、にゃにをするにゃ! 勝手に人の手を握ってモミモミと……っ!」
「あ……す、すみません。つい、その肉球が柔らかそうで……」
無意識のうちに初鹿野さんの手を掴み、その掌の肉球を揉みしだいていた俺は、ハッと我に返って、慌てて謝った。
初鹿野さんの肉球は……すんげえ柔らかくて気持ちよかった……。
肉球に癒されグッドトリップをしている俺の顔をジト目で睨む初鹿野さん。
「にゃ、にゃにを言っておるんじゃ……。人の手を馴れ馴れしく握って、そんな気色悪い顔で……」
「……初鹿野さん、人の手じゃなくて、猫の手です」
「やかみゃしいわ!」
俺の鋭い? ツッコミを怒鳴りつけた初鹿野さんは、コホンと咳ばらいをすると、「まあいいニャ」と、話を元に戻す。
「えーと……どこまで話したかニョ?」
「自分の身体を早く発見してもらわないと困る……ってところまでですね」
「ああ、そうじゃったそうじゃった。……ちゅー事で、何とかして、外にこの異変を伝えねばにゃらん。かといって、今のこの姿では、玄関の扉を開ける事も出来ん……。だから、必死に叫んで助けを呼んでおったのニャ」
「あー……いや、発情期の猫がサカって鳴いてるようにしか聞こえませんでしたけど」
「ワシはキチンと叫んでいるつもりじゃったがの。猫のカラダで人間の言葉を操るのに手間取ったんじゃニャ。まあ、今はこの通り、完璧に言葉を操っておるがニョ」
「……いえ、所々語尾がおかしいです」
「ニャガー!」
……どうやら、今でも興奮して我を忘れると猫語に戻るらしい。
初鹿野猫は、ニャゴ、ニャー、ニャー……あー、あー、と発声練習をして、人間の発声を取り戻すと、改まった様子で俺に言った。
「まあ、何はともあれ、君が来てくれて助かったニャ。すまニャいついでに、通報してくれるとありがたいニャ」
「あ――はい。かしこまりッス」
初鹿野さんの頼みに、俺は戸惑いつつも頷く。
そして、自分の部屋にあるスマホを取りに行こうと踵を返そうとした時に、足下に転がっている、人間の初鹿野さんが目に入った。
俺は、白目を剥いて倒れている初鹿野さん(人間)を見下ろしながら、ふと迷う。
(ええと……この場合、119番と110番、どっちに掛ければいいのかなぁ……?)
……と。
「……ちゅーかの、夕方まではワシは普通に人間じゃったんニャ。この猫は、時々餌をやっていたノラでの。昨日の夕方にも餌を集りにウチに来たんニャ。で、いつもの様に、キャットフードを出そうとして……」
初鹿野さんの視線を辿ると、玄関横の狭い台所の床に、茶色い固形のキャットフードが散乱していた。
「その時に、いきなり頭がこう――グワーンと、バットでぶん殴られたように痛くなってのぉ。あまりの痛みに耐えかねて、ここに倒れたところまでは覚えとるんじゃが、すぐ目の前が真っ暗になっての。気が付いたら、すっかり夜になっておった」
「……」
「あー、いつの間に眠っとったのか、こりゃいかんと思って、起きようとしたら、白目剥いた顔が目の前にあっての。不っ細工な爺じゃニャ、誰ニャこいつと思ってよく見てみたら……自分の顔じゃった! ニャハハハ! 傑作じゃろ?」
「え、えーと……」
すみません、全然笑えません。
「ちょっと冷静になって、色々見回してみたら、鏡にワシの動きに合わせて動くノラの姿が映っておっての。しばらく、訳が分からんかったがニョ。鏡の前で色々試した結果、ようやっと自分が――猫の姿になった自分が映っておるんだと理解したわけだニャ」
そこまで話すと、目の前の白黒の猫は、後ろ足で耳の後ろをコリコリと掻く。
その仕草は、道端で良く見る猫の挙措そのままだった。
「……あの、ついさっきまで人間だった割には、猫の仕草がずいぶん手慣れてるみたいっすね……」
気付いたら、頭に浮かんだ素朴な疑問を無意識に口に出していた。
俺の問いかけを聞いた初鹿野老人は、耳の後ろを掻く事に満足した様で、今度は大きな口を開けて欠伸をしてから答える。
「ああ……これか。どうやら、この身体の中には、人間のワシの意識……魂なのかにょ? まあ、そんニャ感じのモンと、元々のノラの魂がごっちゃになって入り込んでおるみたいニャンだわ」
「ご、ごっちゃになって? それって、一体どういう……」
「んニャぁ……説明しようとすると難しいニョお……。まあ、とにかく、今のワシは初鹿野伝蔵であり、ノラの猫でもある……そんな感じニャ」
「はぁ……」
解ったような、解らないような……と、眉を顰めて首を捻る俺に構わず、皿の言葉を継ぐ。
「だから、人間だったワシにも、ノラの猫の身体の動かし方がニャんとなく分かるんじゃ。本能的に」
「……要するに、今のあなたの身体には、人間だった時の記憶と元の猫が持っていた記憶が並列で存在している……と」
「ヘーレツ……? まあ、それは良く分からんが、そんニャ感じだと思うニャ。多分、今のワシなら猫の言葉も分かるぞい」
ほう……それはちょっと羨ましい。
「で、こんにゃ体になっちまって、これからどうしようかと思ってニョ。何せ、ワシは一人暮らしじゃ。頻繁に人が訪ねてくる訳でも無い。早くワシ……そこに転がっとる方のな……を見つけてもらわんと、色々ヒサンな事にニャると思っての」
「まあ……多いっすからね。孤独死した人が、身体が腐ってドロドロに溶けるまで発見されないとか……」
「そう、それニャ」
俺の言葉に、初鹿野さんは得たりとばかりに手を叩いた。……うわ何その仕草めっちゃきゃわいい。
「……うみゃ! にゃ、にゃにをするにゃ! 勝手に人の手を握ってモミモミと……っ!」
「あ……す、すみません。つい、その肉球が柔らかそうで……」
無意識のうちに初鹿野さんの手を掴み、その掌の肉球を揉みしだいていた俺は、ハッと我に返って、慌てて謝った。
初鹿野さんの肉球は……すんげえ柔らかくて気持ちよかった……。
肉球に癒されグッドトリップをしている俺の顔をジト目で睨む初鹿野さん。
「にゃ、にゃにを言っておるんじゃ……。人の手を馴れ馴れしく握って、そんな気色悪い顔で……」
「……初鹿野さん、人の手じゃなくて、猫の手です」
「やかみゃしいわ!」
俺の鋭い? ツッコミを怒鳴りつけた初鹿野さんは、コホンと咳ばらいをすると、「まあいいニャ」と、話を元に戻す。
「えーと……どこまで話したかニョ?」
「自分の身体を早く発見してもらわないと困る……ってところまでですね」
「ああ、そうじゃったそうじゃった。……ちゅー事で、何とかして、外にこの異変を伝えねばにゃらん。かといって、今のこの姿では、玄関の扉を開ける事も出来ん……。だから、必死に叫んで助けを呼んでおったのニャ」
「あー……いや、発情期の猫がサカって鳴いてるようにしか聞こえませんでしたけど」
「ワシはキチンと叫んでいるつもりじゃったがの。猫のカラダで人間の言葉を操るのに手間取ったんじゃニャ。まあ、今はこの通り、完璧に言葉を操っておるがニョ」
「……いえ、所々語尾がおかしいです」
「ニャガー!」
……どうやら、今でも興奮して我を忘れると猫語に戻るらしい。
初鹿野猫は、ニャゴ、ニャー、ニャー……あー、あー、と発声練習をして、人間の発声を取り戻すと、改まった様子で俺に言った。
「まあ、何はともあれ、君が来てくれて助かったニャ。すまニャいついでに、通報してくれるとありがたいニャ」
「あ――はい。かしこまりッス」
初鹿野さんの頼みに、俺は戸惑いつつも頷く。
そして、自分の部屋にあるスマホを取りに行こうと踵を返そうとした時に、足下に転がっている、人間の初鹿野さんが目に入った。
俺は、白目を剥いて倒れている初鹿野さん(人間)を見下ろしながら、ふと迷う。
(ええと……この場合、119番と110番、どっちに掛ければいいのかなぁ……?)
……と。
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