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第四章 三匹が食う(ニャおニャールを)!
第五十二話 理由と目的
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「……はい。本当にただの応急処置でごめんなさい……」
「あ……いえいえっ!」
言葉通り、申し訳なさそうな顔で謝るかなみさんに、俺は慌てて首を大きく左右に振った。
「謝んないで下さい! ここまでしてもらって、こっちこそ恐縮です……!」
そう言いながらペコペコと頭を下げる俺の右手の甲には、可愛らしいネコモチーフのキャラクターのイラストが入った絆創膏が貼られている。かなみさんが持ち合わせていたもので、寅次郎に引っかかれた傷に貼ってくれたのだ。
正直、みみずばれになった傷口は熱を帯びてジンジンと痛み……いや、痒みを発している。正直、今すぐに掻き毟りたい気分なのだが、せっかくかなみさんが貼ってくれた絆創膏を剥がして掻き毟るなんて罰当たりな事は出来ないし、したくもない。
それに、せっかく“治療”してくれたかなみさんの目の前でそんな事をしたら失礼だし――そう考えて、俺は必死で痒みを耐えながら、平気なフリをした。
そんな俺に、かなみさんは心配そうな顔をしながら言う。
「でも、ばい菌が入って感染症とかになったら大変ですし……。家に帰ったら、ちゃんと水で傷口を洗って、薬を塗って下さいね」
「あ……了解です!」
かなみさんの忠告に、俺は天にも昇るような心持ちになりながらコクコクと頷いた。
……まあ、そう言われても、水で洗ったりなんてする気は無い。だって、そんな事をしたら、さっき感じたかなみさんの指と掌の感触が薄れてしまうじゃないか。
最低でも三日くらいは手洗いせず、この至高の感触を脳味噌に深く刻み込んでおこう……。
そう考えながら、俺はかなみさんに深々と頭を下げた。
「すみません。こんなひっかき傷で、ここまで気遣ってもらっちゃって」
「いえいえ、どういたしまして」
かなみさんは、俺の感謝の言葉にはにかみ笑いを見せながら頷く。
そんな彼女の顔をうっとりと眺めていた俺の頭に、ふとある疑問が浮かんだ。
「……ところで、どうしたんですか? こんな夜に、こんな人気のないところに……?」
「あ、それはですね……」
俺の問いかけに、かなみさんは何かを思い出した様子で、手に提げていたコンビニ袋の中から何かを取り出した。
すると――、
「みゃおおお~ん」
「ふみぃぃぃ」
「にゃあおうぅ」
それまでずっと彼女の脚に纏わりついていた三匹の猫たちが一斉に甘えた声で鳴く。
そんな猫たちにニッコリと微笑みかけたかなみさんは、レジ袋の中から何か細長いものを数本取り出した。
「はーい、みんなにおみやげだよ~」
彼女が取り出したのは――ついさっき俺が猫たちにあげたのと同じ――にゃおニャールの袋だった。
それを見た瞬間、猫たちの目の色が変わる。
「みゃああああああっ!」
「ふにゅうううう――!」
「にゃああああああっ!」
彼らは興奮した声で鳴きながら、かなみさんが持つにゃおニャールの袋に向けて目一杯に背を伸ばした。
「はいはーい。今あげるから、そんなに興奮しないで~」
かなみさんは、まるで蜘蛛の糸を掴もうとする地獄の亡者のように、必死ににゃおニャーに向けて前脚を伸ばす猫たちを宥めながら、俺に笑顔を向ける。
「実は……帰り道にいつもいるこの子たちが可愛くって、このおやつをあげればもっと仲良くなれるかなと思って……」
「あぁ……そういう事っすか」
彼女が浮かべた照れ笑いに胸を高鳴らせながら、俺もぎこちない笑みを浮かべた。
……と、その時、かなみさんは俺が手に持っていた餌皿に気付き、「あ……」と声を漏らして目を丸くする。
「ひょっとして……三枝さんも……ですか?」
「あ……」
かなみさんのといかけに、俺は少し気まずげに頷いた。
「ま、まあ……そんなところです、ハイ」
本当は『仕事に対する報酬の支給』なんだけど、それをバカ正直に答える訳にもいかないよな……。
と、俺の答えを聞いたかなみさんが困ったような表情を浮かべた。
「あ、そうだったんですね……。じゃあ、私もあげたらマズいかな……?」
「えっ?」
「みゃっ?」
「ふにゅっ?」
「にゃにゃっ?」
かなみさんの言葉に、俺と三匹の猫たちは当惑の声を上げる。
「だって……あんまりたくさん食べたら、身体にも良くないと思いますし。それに……三枝さんがあげたのなら、もうお腹いっぱいで食べてくれないんじゃないでしょうか……?」
「「「……ッ!」」」
彼女の表情と声色で内容を察したのか、三匹の猫たちは一斉に俺に顔を向け、無言のまま毛を逆立てた。
『せっかくおかわりできそうだったのに、邪魔しやがって……後でシメる』――彼らが俺に向けた鋭い目は、雄弁にそう語っている。
ま……マズい! このままじゃ、かなみさんがいなくなった途端、確実に俺はコイツらに襲われる――!
「あ! で、でも……!」
身の危険を感じた俺は、慌てて声を上げた。
そして、急に叫んだ俺に驚いてキョトンとした顔をしているかなみさんに、引き攣った笑みを向ける。
「だ、大丈夫っすよ! もう一袋くらいあげちゃっても……多分!」
「そうですか? でも――」
「そ、それに!」
俺は、彼女の脚元で二足立ちしている猫たちを指さしながら、必死に言葉を継いだ。
「こ、こんなに欲しがってるのにお預けにしちゃ、さすがにちょっとコイツらが可哀そうっすよ」
「……そうですね」
かなみさんは、俺の言葉に小さく頷く。
「確かにかわいそうですよね。――じゃあ」
そう言うと、かなみさんは猫たちに向けてニッコリと微笑みかけた。
「そうしたら、一袋ずつあげようかなぁ」
「「「みゃああああああ~!」」」
かなみさんの言葉に、猫たちが上げた歓喜の鳴き声が見事にハモる。
「うふふ、じゃあ順番にあげるから、ケンカしないで食べてね」
「「「みゃっ!」」」
短く返事した猫たちは、尻尾をピンと上げてゆっくりと左右に振る。
……良かった。どうやら、猫たちの機嫌は直ったようだ。
「やれやれ……」
にゃおニャールを持つかなみさんの手元に群がる猫たちのお尻を眺めながら、俺はホッと安堵の息を吐くのだった……。
「あ……いえいえっ!」
言葉通り、申し訳なさそうな顔で謝るかなみさんに、俺は慌てて首を大きく左右に振った。
「謝んないで下さい! ここまでしてもらって、こっちこそ恐縮です……!」
そう言いながらペコペコと頭を下げる俺の右手の甲には、可愛らしいネコモチーフのキャラクターのイラストが入った絆創膏が貼られている。かなみさんが持ち合わせていたもので、寅次郎に引っかかれた傷に貼ってくれたのだ。
正直、みみずばれになった傷口は熱を帯びてジンジンと痛み……いや、痒みを発している。正直、今すぐに掻き毟りたい気分なのだが、せっかくかなみさんが貼ってくれた絆創膏を剥がして掻き毟るなんて罰当たりな事は出来ないし、したくもない。
それに、せっかく“治療”してくれたかなみさんの目の前でそんな事をしたら失礼だし――そう考えて、俺は必死で痒みを耐えながら、平気なフリをした。
そんな俺に、かなみさんは心配そうな顔をしながら言う。
「でも、ばい菌が入って感染症とかになったら大変ですし……。家に帰ったら、ちゃんと水で傷口を洗って、薬を塗って下さいね」
「あ……了解です!」
かなみさんの忠告に、俺は天にも昇るような心持ちになりながらコクコクと頷いた。
……まあ、そう言われても、水で洗ったりなんてする気は無い。だって、そんな事をしたら、さっき感じたかなみさんの指と掌の感触が薄れてしまうじゃないか。
最低でも三日くらいは手洗いせず、この至高の感触を脳味噌に深く刻み込んでおこう……。
そう考えながら、俺はかなみさんに深々と頭を下げた。
「すみません。こんなひっかき傷で、ここまで気遣ってもらっちゃって」
「いえいえ、どういたしまして」
かなみさんは、俺の感謝の言葉にはにかみ笑いを見せながら頷く。
そんな彼女の顔をうっとりと眺めていた俺の頭に、ふとある疑問が浮かんだ。
「……ところで、どうしたんですか? こんな夜に、こんな人気のないところに……?」
「あ、それはですね……」
俺の問いかけに、かなみさんは何かを思い出した様子で、手に提げていたコンビニ袋の中から何かを取り出した。
すると――、
「みゃおおお~ん」
「ふみぃぃぃ」
「にゃあおうぅ」
それまでずっと彼女の脚に纏わりついていた三匹の猫たちが一斉に甘えた声で鳴く。
そんな猫たちにニッコリと微笑みかけたかなみさんは、レジ袋の中から何か細長いものを数本取り出した。
「はーい、みんなにおみやげだよ~」
彼女が取り出したのは――ついさっき俺が猫たちにあげたのと同じ――にゃおニャールの袋だった。
それを見た瞬間、猫たちの目の色が変わる。
「みゃああああああっ!」
「ふにゅうううう――!」
「にゃああああああっ!」
彼らは興奮した声で鳴きながら、かなみさんが持つにゃおニャールの袋に向けて目一杯に背を伸ばした。
「はいはーい。今あげるから、そんなに興奮しないで~」
かなみさんは、まるで蜘蛛の糸を掴もうとする地獄の亡者のように、必死ににゃおニャーに向けて前脚を伸ばす猫たちを宥めながら、俺に笑顔を向ける。
「実は……帰り道にいつもいるこの子たちが可愛くって、このおやつをあげればもっと仲良くなれるかなと思って……」
「あぁ……そういう事っすか」
彼女が浮かべた照れ笑いに胸を高鳴らせながら、俺もぎこちない笑みを浮かべた。
……と、その時、かなみさんは俺が手に持っていた餌皿に気付き、「あ……」と声を漏らして目を丸くする。
「ひょっとして……三枝さんも……ですか?」
「あ……」
かなみさんのといかけに、俺は少し気まずげに頷いた。
「ま、まあ……そんなところです、ハイ」
本当は『仕事に対する報酬の支給』なんだけど、それをバカ正直に答える訳にもいかないよな……。
と、俺の答えを聞いたかなみさんが困ったような表情を浮かべた。
「あ、そうだったんですね……。じゃあ、私もあげたらマズいかな……?」
「えっ?」
「みゃっ?」
「ふにゅっ?」
「にゃにゃっ?」
かなみさんの言葉に、俺と三匹の猫たちは当惑の声を上げる。
「だって……あんまりたくさん食べたら、身体にも良くないと思いますし。それに……三枝さんがあげたのなら、もうお腹いっぱいで食べてくれないんじゃないでしょうか……?」
「「「……ッ!」」」
彼女の表情と声色で内容を察したのか、三匹の猫たちは一斉に俺に顔を向け、無言のまま毛を逆立てた。
『せっかくおかわりできそうだったのに、邪魔しやがって……後でシメる』――彼らが俺に向けた鋭い目は、雄弁にそう語っている。
ま……マズい! このままじゃ、かなみさんがいなくなった途端、確実に俺はコイツらに襲われる――!
「あ! で、でも……!」
身の危険を感じた俺は、慌てて声を上げた。
そして、急に叫んだ俺に驚いてキョトンとした顔をしているかなみさんに、引き攣った笑みを向ける。
「だ、大丈夫っすよ! もう一袋くらいあげちゃっても……多分!」
「そうですか? でも――」
「そ、それに!」
俺は、彼女の脚元で二足立ちしている猫たちを指さしながら、必死に言葉を継いだ。
「こ、こんなに欲しがってるのにお預けにしちゃ、さすがにちょっとコイツらが可哀そうっすよ」
「……そうですね」
かなみさんは、俺の言葉に小さく頷く。
「確かにかわいそうですよね。――じゃあ」
そう言うと、かなみさんは猫たちに向けてニッコリと微笑みかけた。
「そうしたら、一袋ずつあげようかなぁ」
「「「みゃああああああ~!」」」
かなみさんの言葉に、猫たちが上げた歓喜の鳴き声が見事にハモる。
「うふふ、じゃあ順番にあげるから、ケンカしないで食べてね」
「「「みゃっ!」」」
短く返事した猫たちは、尻尾をピンと上げてゆっくりと左右に振る。
……良かった。どうやら、猫たちの機嫌は直ったようだ。
「やれやれ……」
にゃおニャールを持つかなみさんの手元に群がる猫たちのお尻を眺めながら、俺はホッと安堵の息を吐くのだった……。
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