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第五章 NYAH NYAH NYAH
第五十七話 おっちょこちょいとぶきっちょ
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それから一週間後。
バイトが終わった俺は、駅から自宅に向かって、大通りを歩いていた。
と、
「あ、悠馬さーん!」
「……え?」
唐突に背後から名前を呼ばれた俺は、怪訝に思いながら振り返る。
そして、片手を耳に当て、もう片方の手をこっちに向けて振りながら、小走りで駆け寄ってきた人が誰なのか分かった途端、目を飛び出さんばかりに見開いた。
「ふぇっ? か、か……かなみさん……ッ?」
「こんばんはー!」
ビックリしている俺の横まで来たかなみさんは、ぺこりと頭を下げてから、柔和な笑顔を浮かべる。
「駅の改札で後ろ姿をお見かけしたんで、急いで追いかけてきました」
「ふぁっ? ま、マジっすか……?」
かなみさんの言葉を聞いた俺は、胸がドキドキするのを感じながら、思わず訊き返した。
「か、かなみさんも帰り道ですか?」
「はい。大学から帰って来たところです。今日はゼミの日だったんで、いつもよりも遅くなって……」
「あぁ……そうだったんですね……」
「そう言う悠馬さんも……?」
「あ! お、俺はバイト帰りっす、ハイ!」
かなみさんに訊き返された俺は、上ずった声で答えながら、ガチガチに強張った表情筋を無理やり動かして笑顔をこしらえる。当然、自分の顔は見えないが、ものすごい表情を浮かべているのだろう。それは、すれ違う通行人が一様に驚きながら、そそくさと俺から距離を取る事からも明らかだ……。
だが、当の俺は、そんな周囲の事に気を回す余裕など皆無だった。
(ど……どうしよう、この先……)
こういう時は、どう対応した方がいいんだろう?
かなみさんも帰る途中だというのなら、行く先は同じアパートだ。つまり、歩く道も同じだから、「じゃあ、これで……」と告げて別れるのは、どう考えても不自然だ。
かといって、「じゃあ、一緒に帰りましょう」と提案するのは、“年齢=彼女いない歴”な俺にはハードルが高すぎる……っていうか、絶対に馴れ馴れしいと思われて嫌がられそう……。
と、俺が心の中で思いあぐねていたその時、
「じゃあ……」と、かなみさんが少し躊躇いがちに口を開いた。
「あの……帰り道は同じですから、ご迷惑じゃなかったら……その、一緒に帰っても……いいですか?」
「……へ?」
思いもかけぬかなみさんの言葉に、俺は一瞬思考がフリーズする。
そんな俺のリアクションに、かなみさんはハッとした顔をして、頬を真っ赤に染めながら、慌てて言った。
「あっ……ごめんなさい! や、やっぱりご迷惑ですよね……。やっぱり、今のは無しで――」
「い、いやいやいや! 待って待って!」
そそくさと立ち去ろうとするかなみさんの事を、俺は慌てて引き止める。
そして、左胸の奥で心臓がバクバクと跳ねまくっているのを感じながら、千切れんばかりに首を縦に振った。
「め、迷惑だなんて滅相も無いっ! 全然オッケーです! むしろ、是非ともお供させて下さいお願いします!」
「あ……そ、そうですか……」
かなみさんは、俺の懇願にビックリした様子で目をパチクリさせていたが、すぐにその口元を綻ばせてはにかみ笑いを浮かべる。
「じゃあ……一緒に帰りましょうか」
「は……はい、喜んで……」
かなみさんに促された俺は、ゴキゴキゴキという擬音が鳴りそうなくらいにぎこちなく首を縦に振ると、ウィーンガチャンウィーンガチャンといういう擬音を鳴らしながら、彼女の横に並んで歩き出した。
……き、緊張する……。
夜道をかなみさんとふたりで歩くのは、この前ハジ軍団にニャおニャールをあげに行って偶然出会った時に続いて二度目だが、今日は通行人の多い大通りだ。
どうしても、人目が気になってしまう。すれ違う人たちの目に、俺たちがどう映っているのだろうか……?
そんな事を俺が考えていると、
「……あっ」
突然、隣を歩くかなみさんが小さな声を上げた。
「いけない……落っこちちゃった」
「え?」
かなみさんの呟きを耳にした俺は、思わず彼女の方に顔を向ける。
そして、かなみさんが視線を向けている地面の方に目を遣った。
すると……街灯が照らし出すアスファルトの歩道の上を、何か白くて小さなものがコロコロと転がっている事に気付く。
「おっ……と!」
それが彼女が声を上げた原因だと悟った俺は、急いで膝を曲げて、転がる白い物体を指で摘まみ上げた。
そして、摘まんだ物体をまじまじと見つめる。
「これは……」
「あ、私のブルートゥースイヤホンです。耳から外して、袋に入れようとしたら落としちゃって……」
そう答えながら、かなみさんは照れ笑いを浮かべた。
「良くあるんですよねぇ、私。前のも、それで側溝の中に落ちちゃって取れなくなっちゃったり、その前のは知らない間に落としちゃって失くしちゃったりで……」
「あぁ……」
そういえば、この前かなみさんの部屋でお茶をご馳走になった時に、そんな事を言ってたような気がする。『ブルートゥースイヤホンとかも持ってるんですけど、それもすぐどっかに行っちゃうので』……って。
どうやらかなみさんは、しっかりしてそうな外見とは裏腹に、かなりのおっちょこちょい&ぶきっちょらしい。
(――うん、最高じゃあないか。これがギャップ萌えか……)
そんなよこしまな事を考えながらも、俺はすまし顔で摘み上げたブルートゥースイヤホンをかなみさんに差し出す。
「じゃあこれ……どうぞ」
「えと……ありがとうございます、悠馬さん」
イヤホンを受け取りながら、かなみさんははにかみ笑いを浮かべた。
そんな彼女の顔を見ながら、俺は確信する。
……あっ、やべえ。
これ、好きになっちゃうやつだ……。
バイトが終わった俺は、駅から自宅に向かって、大通りを歩いていた。
と、
「あ、悠馬さーん!」
「……え?」
唐突に背後から名前を呼ばれた俺は、怪訝に思いながら振り返る。
そして、片手を耳に当て、もう片方の手をこっちに向けて振りながら、小走りで駆け寄ってきた人が誰なのか分かった途端、目を飛び出さんばかりに見開いた。
「ふぇっ? か、か……かなみさん……ッ?」
「こんばんはー!」
ビックリしている俺の横まで来たかなみさんは、ぺこりと頭を下げてから、柔和な笑顔を浮かべる。
「駅の改札で後ろ姿をお見かけしたんで、急いで追いかけてきました」
「ふぁっ? ま、マジっすか……?」
かなみさんの言葉を聞いた俺は、胸がドキドキするのを感じながら、思わず訊き返した。
「か、かなみさんも帰り道ですか?」
「はい。大学から帰って来たところです。今日はゼミの日だったんで、いつもよりも遅くなって……」
「あぁ……そうだったんですね……」
「そう言う悠馬さんも……?」
「あ! お、俺はバイト帰りっす、ハイ!」
かなみさんに訊き返された俺は、上ずった声で答えながら、ガチガチに強張った表情筋を無理やり動かして笑顔をこしらえる。当然、自分の顔は見えないが、ものすごい表情を浮かべているのだろう。それは、すれ違う通行人が一様に驚きながら、そそくさと俺から距離を取る事からも明らかだ……。
だが、当の俺は、そんな周囲の事に気を回す余裕など皆無だった。
(ど……どうしよう、この先……)
こういう時は、どう対応した方がいいんだろう?
かなみさんも帰る途中だというのなら、行く先は同じアパートだ。つまり、歩く道も同じだから、「じゃあ、これで……」と告げて別れるのは、どう考えても不自然だ。
かといって、「じゃあ、一緒に帰りましょう」と提案するのは、“年齢=彼女いない歴”な俺にはハードルが高すぎる……っていうか、絶対に馴れ馴れしいと思われて嫌がられそう……。
と、俺が心の中で思いあぐねていたその時、
「じゃあ……」と、かなみさんが少し躊躇いがちに口を開いた。
「あの……帰り道は同じですから、ご迷惑じゃなかったら……その、一緒に帰っても……いいですか?」
「……へ?」
思いもかけぬかなみさんの言葉に、俺は一瞬思考がフリーズする。
そんな俺のリアクションに、かなみさんはハッとした顔をして、頬を真っ赤に染めながら、慌てて言った。
「あっ……ごめんなさい! や、やっぱりご迷惑ですよね……。やっぱり、今のは無しで――」
「い、いやいやいや! 待って待って!」
そそくさと立ち去ろうとするかなみさんの事を、俺は慌てて引き止める。
そして、左胸の奥で心臓がバクバクと跳ねまくっているのを感じながら、千切れんばかりに首を縦に振った。
「め、迷惑だなんて滅相も無いっ! 全然オッケーです! むしろ、是非ともお供させて下さいお願いします!」
「あ……そ、そうですか……」
かなみさんは、俺の懇願にビックリした様子で目をパチクリさせていたが、すぐにその口元を綻ばせてはにかみ笑いを浮かべる。
「じゃあ……一緒に帰りましょうか」
「は……はい、喜んで……」
かなみさんに促された俺は、ゴキゴキゴキという擬音が鳴りそうなくらいにぎこちなく首を縦に振ると、ウィーンガチャンウィーンガチャンといういう擬音を鳴らしながら、彼女の横に並んで歩き出した。
……き、緊張する……。
夜道をかなみさんとふたりで歩くのは、この前ハジ軍団にニャおニャールをあげに行って偶然出会った時に続いて二度目だが、今日は通行人の多い大通りだ。
どうしても、人目が気になってしまう。すれ違う人たちの目に、俺たちがどう映っているのだろうか……?
そんな事を俺が考えていると、
「……あっ」
突然、隣を歩くかなみさんが小さな声を上げた。
「いけない……落っこちちゃった」
「え?」
かなみさんの呟きを耳にした俺は、思わず彼女の方に顔を向ける。
そして、かなみさんが視線を向けている地面の方に目を遣った。
すると……街灯が照らし出すアスファルトの歩道の上を、何か白くて小さなものがコロコロと転がっている事に気付く。
「おっ……と!」
それが彼女が声を上げた原因だと悟った俺は、急いで膝を曲げて、転がる白い物体を指で摘まみ上げた。
そして、摘まんだ物体をまじまじと見つめる。
「これは……」
「あ、私のブルートゥースイヤホンです。耳から外して、袋に入れようとしたら落としちゃって……」
そう答えながら、かなみさんは照れ笑いを浮かべた。
「良くあるんですよねぇ、私。前のも、それで側溝の中に落ちちゃって取れなくなっちゃったり、その前のは知らない間に落としちゃって失くしちゃったりで……」
「あぁ……」
そういえば、この前かなみさんの部屋でお茶をご馳走になった時に、そんな事を言ってたような気がする。『ブルートゥースイヤホンとかも持ってるんですけど、それもすぐどっかに行っちゃうので』……って。
どうやらかなみさんは、しっかりしてそうな外見とは裏腹に、かなりのおっちょこちょい&ぶきっちょらしい。
(――うん、最高じゃあないか。これがギャップ萌えか……)
そんなよこしまな事を考えながらも、俺はすまし顔で摘み上げたブルートゥースイヤホンをかなみさんに差し出す。
「じゃあこれ……どうぞ」
「えと……ありがとうございます、悠馬さん」
イヤホンを受け取りながら、かなみさんははにかみ笑いを浮かべた。
そんな彼女の顔を見ながら、俺は確信する。
……あっ、やべえ。
これ、好きになっちゃうやつだ……。
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