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第五章 NYAH NYAH NYAH

第五十八話 帰路と決断

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 その後――、
 俺とかなみさんは、とりとめのない世間話をしながら一緒に大通りを歩き、細い路地に入る横道のところまで来た。
 会話もそれなりに弾み、(まあ、話題を投げかけるのはかなみさんの方ばかりで、俺の方はその話題に対して、まるでロールプレイングゲームの主人公のように、「そうですね」「そうなんですか」「はい」「いえ」のどれかを返すだけだったのだが)取りあえず、沈黙が続くという気まずい事態に陥る事は無かった。

「なーご」
「にゃあお」
「みゃうう」

 俺とかなみさんが薄暗い路地に入ると、聞き覚えのある三通りの猫の鳴き声が聞こえてきた。
 声のした方に目を向けると、暗闇の中で蹲っている三つの影。
 と、俺に続いて暗がりの方に目を向けたかなみさんが、顔を輝かせる。

「わぁ~、今日はみんな居るんだねぇ」
「みゃおぉん」
「ふにゃああ」
「みいぃ」

 かなみさんが弾んだ声をかけると同時に、三匹の猫たちが甘えた鳴き声を上げながら、暗がりの中から姿を現した。
 言うまでもなく、ハジ軍団の構成員である、寅次郎・十兵衛・ルリ子さんである。
 三匹の猫たちは、尻尾をピンと上に伸ばしながら、かなみさんの元へ真っ直ぐ向かった。……当然のように、その隣に立つ俺の事はガン無視である。
 三匹の猫たちは、親愛の気持ちを示すように、自分の体をかなみさんの脚に擦り寄せた。

「うふふ、くすぐったいよ~」

 それに対して、かなみさんも嬉しそうな声を上げながら、満面の笑みを浮かべる。
 ……うーん、羨ましいぞ!
 俺も、かなみさんの脚にスリスリ……あ、じゃなくって、かなみさんみたいに猫たちから懐かれてえ……!

「フーッ!」
「あ……スンマセン……」

 ルリ子さんの背中に恐る恐る手を伸ばしたら思いっ切り威嚇され、俺はしょぼんとしながら、おずおずと手を引っ込める。
 そして、少し意気消沈しながら、キレイな女の人に三匹の猫たちがじゃれつく心和む光景を傍観する事に徹するのだった……。
 ――それから五分ほど経ってから、

「じゃあね、みんな」

 猫たちにそう言いながら、かなみさんが立ち上がった。

「みゃう……」
「ふみぃ……」
「にゃお……」

 猫たちは、彼女の言葉にさみしそうな声を上げる。
 そんな猫たちの反応に、少し名残惜しげな表情を浮かべたかなみさんは、更に言葉を付け加えた。

「後でまたおやつを持って来てあげるから、ちょっと待っててね」
「にゃあ!」
「ごろろろろ!」
「みいぃぃっ!」

 “おやつ”という単語を耳にした途端、さっきまでとは打って変わって上機嫌な声を上げる猫たち。
 ……まったく、現金な奴らめ。どっかの黒白猫ハジさんにそっくりだ……。
 と、振り返ったかなみさんが、俺に向かって申し訳なさそうに頭を下げた。

「ごめんなさい、悠馬さん……。すっかりお待たせしちゃって」
「あっ、いえいえっ!」

 かなみさんに謝られた俺は、慌てて首を左右に振る。

「お、俺の事なんか全然お構いなく、どうぞ気の済むまで遊んじゃって下さい!」
「あ……いえ、本当に大丈夫です」

 俺の言葉にそう答えたかなみさんは、「それに……」と続けた。

「あんまり悠馬さんの帰りが遅くなると、ハジちゃんが寂しがりそうですから……」
「あぁ……」

 かなみさんの言葉に、俺は思わず苦笑しながら頷く。

「あの人……いや、あのは、別に寂しがってはいないと思いますけど、確かに腹を空かせて待ってそうではありますね」
「そうですよ。だから、もう帰りましょう」

 俺の答えに微笑んだかなみさんは、再びハジ軍団の方を向き、「また後でね」と言いながら手を振った。
 それを聞いて、耳をペタンと伏せてしょげ返っている猫たちに、俺は(かなみさんは俺が送っていくから、ハジさんに合図しなくていいからな)と、かなみさんに気付かれないようジェスチャーする。
 ……案の定ガン無視されたけど、多分ちゃんと伝わった……はず。
 そう考えて、俺はかなみさんと並んで、アパートに向かって歩き出した。

「……」

 俺は、傍らを歩くかなみさんをチラリと見る。
 まっすぐ前を向いている彼女の横顔は、やっぱり綺麗だった。
 でも……ハジ軍団の猫たちとじゃれ合っていた時のかなみさんは、まるで少女のように無邪気で――

「……可愛かったなぁ……」
「……え?」

 思わず口に出してしまった心の声を、かなみさんに聞きつけられてしまった……。
 その事に気付いた俺は、顔がボッと熱くなるのを感じながら、慌てて首を左右に振った。

「あ……い、いや! い、今のは、その……け、決してそういうアレでは……」
「そうですよね! 可愛かったですよね!」

 必死で言い繕おうとする俺に、かなみさんは満面の笑みを浮かべながら大きく頷いた。
 そして、思わずポカンとした俺の顔にも気付かぬ様子で、弾んだ声で言葉を続ける。

「猫ちゃんたち!」
「……へ? あ……あぁ、猫ちゃんたち……あぁ~」

 てっきり、かなみさんが自分の事を『可愛い』と言ったのかと思って当惑した俺だったが、彼女が『俺が猫の事を可愛いと言ったと勘違いしている』だけだと気付いて、思わず脱力した。
 そして、心の中で彼女が勘違いしている事に感謝と安堵をしながら、コクコクと頷く。

「そ、そうですよねぇっ! か、可愛いっスよね、猫! あ、アハハハハハ!」

 と、わざとらしい馬鹿笑いでごまかす俺。
 かなみさんも、俺につられるようにクスクスと笑っている。
 ……うん、やっぱり可愛い……。
 そう心の底から思った俺は、秘かにある決断をした。
 ふと前方を見ると、俺たちの住んでいるアパートの屋根と――狭い道の半分くらいを塞ぐように停まっている白い軽バンが目に入る。
 いつもはほとんど車が通らない狭い道に車が停まっている事が少し気になったものの、今の俺にはそんな事に拘泥している心の余裕は無かった。
 何故なら、俺はこれから生涯初の“告白”というものをしようとしていたからだ。

「あ、あの……かなみさんっ!」

 軽バンの数メートル手前で、俺はおもむろに声を上げた。
 俺の上ずった声を耳にしたかなみさんが、少しびっくりした様子で俺の顔を見返す。
 彼女の瞳に見つめられた俺は、心臓がバクバクとけたたましい音を立てて鼓動しているのを感じながら、大きく息を吸い込んで――言葉と共に一気に吐き出した。

「あ、あの! も、もしよろしかったら、俺と――」

 「付き合って下さい!」と言おうとした、その時――

 “ゴスッ!”

 という鈍い音と同時に、激しい衝撃が俺の頭を襲った。

(え……?)

 一瞬、何が起こったのか理解できぬまま、俺の視界は急激に斜めになる。
 そして、アスファルトの地面がみるみる眼前に迫るのを見ながら、俺の耳はかなみさんのくぐもった悲鳴を聞いた。

「た……タクミっ? 悠馬さんに何をしたのッ? こ、この人たち……誰……?」

 ――それが、俺が気を失う前に聞いた最後の声だった――。
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