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第二部七章 帰陣
乱破と尼僧
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「佐助……っ!」
開いた襖の向こうから現れた佐助の姿を見た昌幸は、思わず狼狽の声を上げた。
それを聞いて昌幸の方を一瞥した佐助は、訝しげに眉を顰める。
「……どうした源五郎? まるで妖でも見たような顔をして」
「い、いや……」
佐助の問いかけに、昌幸は決まりが悪そうに視線を逸らしながら首を左右に振った。
一方、
「おお、佐助。良いところに戻ってきたな」
信繁は、佐助の姿に喜色を露わにし、彼に手招きをする。
「ちょうどお主に頼みたい任務が出来たところだ。まあ入れ」
「……分かった」
佐助は、信繁の手招きに無表情で頷くと、静かに立ち上がった。
部屋の中に入り、後ろ手で襖を閉めた佐助は、そのまま腰を下ろし、ピンと背筋を伸ばす。
申し訳程度にも頭を下げぬ佐助の不遜な態度に苦笑いしながら、信繁は声をかけた。
「昌幸に命じられて、何事かを探っていたと聞いたが」
「ああ」
「なにか分かったのか?」
「……!」
佐助にかけた信繁の問いに、彼の傍らに控えている昌幸が表情を強張らせる。
そんな彼の表情の変化を視界の端で捉えながら、佐助は小さく頷いた。
「……まあな」
「て、典厩様ッ!」
佐助の言葉を遮るように、昌幸が慌てて声を上げる。
「そ、その話はまた後で! あ、あくまで、拙者の口から報告いたしとう御座います!」
「……そうだな」
声を上ずらせながら昌幸が訴えた言葉に、佐助も同意した。
「確かに、此度の任務は、源五郎から依頼されたものだ。だから、依頼の結果は源五郎に伝えるのが筋だろう」
「確かに……」
佐助の言葉に、信繁は頷く。
「お主の言う通りだ。そもそも、昌幸が何をお主に頼んだかも知らぬ儂が訊くべきではないな」
そう言って苦笑いを浮かべた信繁は、ふと訝しげに眉を顰めた。
「……はて? では、お主は何をしに来たのだ? まさか、先ほどの話で自分の名が出たのを聞きつけて……ではないよな?」
「ふ……忍びとしては、その方が格好が良いのかもしれんが、さすがに違う」
佐助は、信繁の問いかけに口の端を僅かに上げながら、小さく頭を振る。
「オレが、自分の名前が出た時に丁度良くこの場に居合わせたのは、単なる偶然だ」
「じゃあ、昌幸に仕事の報告をする為に?」
「いや……そうではない」
信繁が重ねた問いかけに再び首を左右に振った佐助は――ふたりのやり取りを黙って見ていた男に目を向けた。
「オレがここに来たのは、アンタに用事があるからだ。竹中半兵衛」
「……私に?」
唐突に名を呼ばれた半兵衛は、少し驚いた様子で目を見開く。
「サスケ……と言ったかな? 私に用事とは、何であろうか?」
「――実はな」
半兵衛の問いかけに、佐助は一瞬だけ目を襖の方に向け、それから淡々とした口調で話し始めた。
「源五郎から頼まれた任務を果たす最中、オレは『武田軍に魚を卸す行商人』に化けていたのだが――数日前、兼山湊のとある宿に泊まるひとりの尼僧から尋ねられたのだ。『今は武田軍の陣内にいらっしゃる竹中半兵衛様に、何とか御目通りする方法はありませんか?』――とな」
「は……?」
佐助の言葉を半兵衛の横で聞いていた仙石久勝が、当惑の声を上げる。
「どういう事だ? なぜ、尼僧が竹中様への御目通りを願う?」
「さあな」
久勝が口にした疑問に、佐助は無表情で首を横に振った。
「オレも理由を訊き出そうとしたが、その尼僧は頑として明かさなかった。……まあ、あの必死な様子からだと、よっぽどの事情があるのだろう」
そう答えると、佐助は半兵衛の顔をじっと見て、僅かに口元を綻ばせる。
「まあ……竹中半兵衛が見目のいい男だという事は知っていたし、その尼僧も随分と器量良しの若い女子だったから、大方そういう間柄なのだろうと思って、そこまで深くは訊かなかった」
「……いや」
佐助の言葉に、半兵衛は少し憮然とした表情を浮かべながら、首を横に振った。
「私には、妻以外にそのような間柄の女はいない」
「そうか。それは失敬」
静かながらも僅かに怒りを帯びた半兵衛の答えに、佐助は軽く頭を下げて詫びた。
そして、先ほど自分が入ってきた襖を指さす。
「……まあ、そんな訳で、その尼僧をここまで連れてきた。今そこの廊下で待たせているが、部屋に入れていいか?」
「なっ……?」
佐助の問いかけに、昌幸は思わず絶句し、それから慌てて頭を振った。
「な、何を言うておるのだ佐助! 入れていい訳が無いだろうが! そんな……どこの馬の骨かも分からぬ怪しき女を――!」
「さ、左様!」
昌幸の言葉に、久勝も大きく頷く。
「竹中様も心当たりが無いと申されただろうが! ま、万が一、その女が右兵衛太夫殿の差し向けた刺客だったら――!」
「ッ! そ、その通りだ!」
久勝の叫びを聞いた昌幸は、慌てて脇に置いていた刀に手を伸ばした。
「もしかしたら、本当の狙いは竹中殿ではなく、典厩様である可能性も――!」
「――ふたりとも落ち着け」
興奮した様子の昌幸と久勝を冷静な声で制したのは、信繁だった。
彼は、ふたりが刀の柄から手を離すのを見てから、佐助に確認する。
「お主の事だ。そのあたりの調べは大方つけた上で、その尼僧を連れてきておるのだろう?」
「――当然だ」
信繁の問いかけに、佐助は無表情で答えた。
彼のぶっきらぼうな答えに苦笑いを浮かべた信繁は、『通せ』と言うように顎をしゃくる。
それを見て無言で立ち上がった佐助は、背後の襖を静かに開けた。
――開けられた襖の向こうで平伏していたのは、まだ真新しい法衣を身に纏った尼僧だった。
「……っ!」
顔を深々と伏せた尼僧の姿を見た瞬間、半兵衛は息を呑んで目を見開いた。
そんな彼の様子を横目で見ながら、信繁は尼僧に向けて優しく声をかける。
「――構わぬ。面を上げよ」
「は……はい……」
信繁に促され、尼僧はおずおずと顔を上げた。
――佐助が言っていた通り、美しい面立ちをした若い女だった。
肩のあたりで切り揃えた尼削ぎの髪は黒々と豊かで、差し込む日の光を受けて艶やかに輝いている。
「つ……」
そんな彼女の姿を凝視する半兵衛の口から、掠れ声が漏れた。
「月……か?」
「だ……旦那様……!」
半兵衛の呼びかけに応えた尼僧の目から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。
尼僧姿の妻を目の当たりにして、信じられないといった表情を浮かべた半兵衛は、上ずった声で問いかけた。
「その姿……一体何が……?」
「……父上が」
法衣の袖で目元を拭いながら、月は夫の問いかけに答える。
「父上が、『半兵衛の元に行け』と言って逃がしてくれたのです。私の髪を落として尼僧に仕立て、領内で死んだ若い娘の屍を替え玉として荼毘に付した際に、他の僧たちの中に紛れ込ませて……」
「安藤様が……」
月の話を聞いた半兵衛は、呆然として呟いた。
と、月はおもむろに法衣の袷に手を入れ、一枚の書状を取り出す。
そして、「ですから……」と言うや、その書状を一気に破り捨て、驚きの表情を浮かべる半兵衛の顔をキッと睨みつけた。
「このような暇文など要らぬのです!」
「……ッ!」
「もう二度と、このようなものを書くのはおやめくださいまし!」
そう言い放った月の両頬を、涙が止めどなく流れ伝う。
「たとえ何があろうと、わたくしはあなた様の妻にござります……! 他の殿方に嫁ぐ気など、毛頭ありませぬ。ですから……もう、離縁などと……」
「月……」
半兵衛は、泣き崩れる月に何と声をかけようか迷った。
……と、
「竹中殿……いや、半兵衛」
そんな彼の肩を、信繁が優しく叩く。
ハッとした顔をして振り返った半兵衛に、信繁は優しく微笑みかけた。
「儂らは席を外すから、誠心誠意を以て奥方に詫びよ。奥方の気が済むまで……な」
「武田殿……」
「皆の者、行くぞ」
自分の事を見上げる半兵衛に小さく頷いた信繁は、急いで立ち上がった他の三人を従えて部屋を出る。
そんな彼らに慌てて平伏しようとした月を、軽く手を挙げて制した信繁は、穏やかな声で彼女に告げた。
「奥方殿、どうぞ思う存分、自分勝手な夫君に灸をお据え下され」
◆ ◆ ◆ ◆
「……おい、佐助」
月に声をかける信繁の後ろで、昌幸は抑えた声で佐助を呼んだ。
振り返った佐助に恨めしげな目を向けながら、彼は小声で囁く。
「……竹中殿の奥方が生きていると知っていたなら、なぜ昨晩に言わなかった!」
「そんなの、昨晩の時点では、あの尼僧が竹中半兵衛の妻だとは知らなかったからに決まっているだろう」
昌幸の抗議に、佐助は涼しい顔で答えた。
「昨晩、お前が言った通りに裏取りしたら、あの尼僧が半兵衛の妻だと割れたのだ。だから、ここまで連れてきた――そういう事だ」
「……本当か?」
「嘘を言ってどうする」
疑いの眼差しを向ける昌幸に、佐助は表情を変えずに言う。
……と、憮然とする昌幸の顔を横目で見ながら、「……だが」と続けた。
「――実はもっと早く話に割り込む事も出来たのだが、半兵衛の妻が自害した事を切り出せぬお前がアタフタしている様が面白くて、こっそり廊下で聞き耳を立てていた」
「……は?」
「いや、なかなか良いものを見せ……もとい、聞かせてもらったぞ。……くくく」
「さ……佐助ッ、お前ええええぇぇ――ッ!」
口元に手の甲を当てて忍び笑いを立てる佐助に、昌幸は顔を真っ赤にしながら声を荒げるのだった……。
開いた襖の向こうから現れた佐助の姿を見た昌幸は、思わず狼狽の声を上げた。
それを聞いて昌幸の方を一瞥した佐助は、訝しげに眉を顰める。
「……どうした源五郎? まるで妖でも見たような顔をして」
「い、いや……」
佐助の問いかけに、昌幸は決まりが悪そうに視線を逸らしながら首を左右に振った。
一方、
「おお、佐助。良いところに戻ってきたな」
信繁は、佐助の姿に喜色を露わにし、彼に手招きをする。
「ちょうどお主に頼みたい任務が出来たところだ。まあ入れ」
「……分かった」
佐助は、信繁の手招きに無表情で頷くと、静かに立ち上がった。
部屋の中に入り、後ろ手で襖を閉めた佐助は、そのまま腰を下ろし、ピンと背筋を伸ばす。
申し訳程度にも頭を下げぬ佐助の不遜な態度に苦笑いしながら、信繁は声をかけた。
「昌幸に命じられて、何事かを探っていたと聞いたが」
「ああ」
「なにか分かったのか?」
「……!」
佐助にかけた信繁の問いに、彼の傍らに控えている昌幸が表情を強張らせる。
そんな彼の表情の変化を視界の端で捉えながら、佐助は小さく頷いた。
「……まあな」
「て、典厩様ッ!」
佐助の言葉を遮るように、昌幸が慌てて声を上げる。
「そ、その話はまた後で! あ、あくまで、拙者の口から報告いたしとう御座います!」
「……そうだな」
声を上ずらせながら昌幸が訴えた言葉に、佐助も同意した。
「確かに、此度の任務は、源五郎から依頼されたものだ。だから、依頼の結果は源五郎に伝えるのが筋だろう」
「確かに……」
佐助の言葉に、信繁は頷く。
「お主の言う通りだ。そもそも、昌幸が何をお主に頼んだかも知らぬ儂が訊くべきではないな」
そう言って苦笑いを浮かべた信繁は、ふと訝しげに眉を顰めた。
「……はて? では、お主は何をしに来たのだ? まさか、先ほどの話で自分の名が出たのを聞きつけて……ではないよな?」
「ふ……忍びとしては、その方が格好が良いのかもしれんが、さすがに違う」
佐助は、信繁の問いかけに口の端を僅かに上げながら、小さく頭を振る。
「オレが、自分の名前が出た時に丁度良くこの場に居合わせたのは、単なる偶然だ」
「じゃあ、昌幸に仕事の報告をする為に?」
「いや……そうではない」
信繁が重ねた問いかけに再び首を左右に振った佐助は――ふたりのやり取りを黙って見ていた男に目を向けた。
「オレがここに来たのは、アンタに用事があるからだ。竹中半兵衛」
「……私に?」
唐突に名を呼ばれた半兵衛は、少し驚いた様子で目を見開く。
「サスケ……と言ったかな? 私に用事とは、何であろうか?」
「――実はな」
半兵衛の問いかけに、佐助は一瞬だけ目を襖の方に向け、それから淡々とした口調で話し始めた。
「源五郎から頼まれた任務を果たす最中、オレは『武田軍に魚を卸す行商人』に化けていたのだが――数日前、兼山湊のとある宿に泊まるひとりの尼僧から尋ねられたのだ。『今は武田軍の陣内にいらっしゃる竹中半兵衛様に、何とか御目通りする方法はありませんか?』――とな」
「は……?」
佐助の言葉を半兵衛の横で聞いていた仙石久勝が、当惑の声を上げる。
「どういう事だ? なぜ、尼僧が竹中様への御目通りを願う?」
「さあな」
久勝が口にした疑問に、佐助は無表情で首を横に振った。
「オレも理由を訊き出そうとしたが、その尼僧は頑として明かさなかった。……まあ、あの必死な様子からだと、よっぽどの事情があるのだろう」
そう答えると、佐助は半兵衛の顔をじっと見て、僅かに口元を綻ばせる。
「まあ……竹中半兵衛が見目のいい男だという事は知っていたし、その尼僧も随分と器量良しの若い女子だったから、大方そういう間柄なのだろうと思って、そこまで深くは訊かなかった」
「……いや」
佐助の言葉に、半兵衛は少し憮然とした表情を浮かべながら、首を横に振った。
「私には、妻以外にそのような間柄の女はいない」
「そうか。それは失敬」
静かながらも僅かに怒りを帯びた半兵衛の答えに、佐助は軽く頭を下げて詫びた。
そして、先ほど自分が入ってきた襖を指さす。
「……まあ、そんな訳で、その尼僧をここまで連れてきた。今そこの廊下で待たせているが、部屋に入れていいか?」
「なっ……?」
佐助の問いかけに、昌幸は思わず絶句し、それから慌てて頭を振った。
「な、何を言うておるのだ佐助! 入れていい訳が無いだろうが! そんな……どこの馬の骨かも分からぬ怪しき女を――!」
「さ、左様!」
昌幸の言葉に、久勝も大きく頷く。
「竹中様も心当たりが無いと申されただろうが! ま、万が一、その女が右兵衛太夫殿の差し向けた刺客だったら――!」
「ッ! そ、その通りだ!」
久勝の叫びを聞いた昌幸は、慌てて脇に置いていた刀に手を伸ばした。
「もしかしたら、本当の狙いは竹中殿ではなく、典厩様である可能性も――!」
「――ふたりとも落ち着け」
興奮した様子の昌幸と久勝を冷静な声で制したのは、信繁だった。
彼は、ふたりが刀の柄から手を離すのを見てから、佐助に確認する。
「お主の事だ。そのあたりの調べは大方つけた上で、その尼僧を連れてきておるのだろう?」
「――当然だ」
信繁の問いかけに、佐助は無表情で答えた。
彼のぶっきらぼうな答えに苦笑いを浮かべた信繁は、『通せ』と言うように顎をしゃくる。
それを見て無言で立ち上がった佐助は、背後の襖を静かに開けた。
――開けられた襖の向こうで平伏していたのは、まだ真新しい法衣を身に纏った尼僧だった。
「……っ!」
顔を深々と伏せた尼僧の姿を見た瞬間、半兵衛は息を呑んで目を見開いた。
そんな彼の様子を横目で見ながら、信繁は尼僧に向けて優しく声をかける。
「――構わぬ。面を上げよ」
「は……はい……」
信繁に促され、尼僧はおずおずと顔を上げた。
――佐助が言っていた通り、美しい面立ちをした若い女だった。
肩のあたりで切り揃えた尼削ぎの髪は黒々と豊かで、差し込む日の光を受けて艶やかに輝いている。
「つ……」
そんな彼女の姿を凝視する半兵衛の口から、掠れ声が漏れた。
「月……か?」
「だ……旦那様……!」
半兵衛の呼びかけに応えた尼僧の目から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。
尼僧姿の妻を目の当たりにして、信じられないといった表情を浮かべた半兵衛は、上ずった声で問いかけた。
「その姿……一体何が……?」
「……父上が」
法衣の袖で目元を拭いながら、月は夫の問いかけに答える。
「父上が、『半兵衛の元に行け』と言って逃がしてくれたのです。私の髪を落として尼僧に仕立て、領内で死んだ若い娘の屍を替え玉として荼毘に付した際に、他の僧たちの中に紛れ込ませて……」
「安藤様が……」
月の話を聞いた半兵衛は、呆然として呟いた。
と、月はおもむろに法衣の袷に手を入れ、一枚の書状を取り出す。
そして、「ですから……」と言うや、その書状を一気に破り捨て、驚きの表情を浮かべる半兵衛の顔をキッと睨みつけた。
「このような暇文など要らぬのです!」
「……ッ!」
「もう二度と、このようなものを書くのはおやめくださいまし!」
そう言い放った月の両頬を、涙が止めどなく流れ伝う。
「たとえ何があろうと、わたくしはあなた様の妻にござります……! 他の殿方に嫁ぐ気など、毛頭ありませぬ。ですから……もう、離縁などと……」
「月……」
半兵衛は、泣き崩れる月に何と声をかけようか迷った。
……と、
「竹中殿……いや、半兵衛」
そんな彼の肩を、信繁が優しく叩く。
ハッとした顔をして振り返った半兵衛に、信繁は優しく微笑みかけた。
「儂らは席を外すから、誠心誠意を以て奥方に詫びよ。奥方の気が済むまで……な」
「武田殿……」
「皆の者、行くぞ」
自分の事を見上げる半兵衛に小さく頷いた信繁は、急いで立ち上がった他の三人を従えて部屋を出る。
そんな彼らに慌てて平伏しようとした月を、軽く手を挙げて制した信繁は、穏やかな声で彼女に告げた。
「奥方殿、どうぞ思う存分、自分勝手な夫君に灸をお据え下され」
◆ ◆ ◆ ◆
「……おい、佐助」
月に声をかける信繁の後ろで、昌幸は抑えた声で佐助を呼んだ。
振り返った佐助に恨めしげな目を向けながら、彼は小声で囁く。
「……竹中殿の奥方が生きていると知っていたなら、なぜ昨晩に言わなかった!」
「そんなの、昨晩の時点では、あの尼僧が竹中半兵衛の妻だとは知らなかったからに決まっているだろう」
昌幸の抗議に、佐助は涼しい顔で答えた。
「昨晩、お前が言った通りに裏取りしたら、あの尼僧が半兵衛の妻だと割れたのだ。だから、ここまで連れてきた――そういう事だ」
「……本当か?」
「嘘を言ってどうする」
疑いの眼差しを向ける昌幸に、佐助は表情を変えずに言う。
……と、憮然とする昌幸の顔を横目で見ながら、「……だが」と続けた。
「――実はもっと早く話に割り込む事も出来たのだが、半兵衛の妻が自害した事を切り出せぬお前がアタフタしている様が面白くて、こっそり廊下で聞き耳を立てていた」
「……は?」
「いや、なかなか良いものを見せ……もとい、聞かせてもらったぞ。……くくく」
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