甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良

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第二部八章 使者

配置と信頼

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 心中を誓う半兵衛と久勝を前に満足げに微笑んだ信玄は、小さなしわぶきをしてからふたりの顔を見回し、「さて……」と続けた。

「今後のお主らの処遇だが……」
「……っ!」
「はっ」

 信玄の言葉に、久勝は緊張で表情を強張らせ、半兵衛は落ち着いた様子で新たな主の顔を真っ直ぐに見つめる。
 そんなふたりの反応に、信玄は小さく頷きかけてから、まずは久勝の方へ目を向けた。

「仙石新八郎よ」
「は……はっ! 何でございましょうっ?」

 信玄に名を呼ばれた久勝は、気を落ち着かせようと細く息を吐きながら、少し上ずった声で応える。
 そんな彼のどこか初々しい反応を前に、信玄は僅かに苦笑を浮かべながら、穏やかな声で言った。

「年が明けたら、我が末弟である一条右衛門大夫 (信龍)が、伊那の飯田城の城代として南信濃に赴く事になっておってな。お主には、右衛門大夫の与力のひとりとして、共に飯田城に詰めてもらいたい」
「与力……」

 信玄の命を聞いた久勝は、少しだけ戸惑った様子で呟く。
 彼の表情を見た信玄は、太い眉をピクリと上げた。

「不服か?」
「あ……いえ! 滅相も御座りませぬ!」

 久勝は、信玄の問いかけに慌てた様子で首を左右に振るが、そんな彼の反応に煮え切らぬものを感じた信玄は、穏やかなれども誤魔化させぬという意志を感じる声で言う。

「構わぬ。言いたい事があるなら、遠慮なく申せ。斎藤家の事は知らぬが、当家に関してはそのような気遣いは不要ぞ」
「……!」
「不満を持ったままの者に務めを任せると、大抵は意気が上がらず、満足な成果を得られぬからな。だから、その者の意に出来るだけ沿うた務めに就かせるべき――儂はそう考えておる」

 信玄は、目を丸くしている久勝にフッと微笑みかけ、言葉を継いだ。

「そういう事だから、不服ならばそう申せ。必ずお主の希望に沿うと確約は出来ぬが、可能な限り意を汲もう」
「い、いえ……本当に、不服に思っている訳では御座りませぬ」

 久勝は、おずおずと首を横に振ったが、「……ただ」と、少し躊躇いながら続けた。

「斎藤家から降ったばかりの、新参も新参な拙者が、いきなり信玄公……お屋形様の御舎弟の与力を命じられた事が驚き……というか、正直不思議で……」
「不思議?」
「はい。てっきり、拙者に二心が無いか見極める為に、暫くは目付の監視の下に置かれるものと……」
「ああ、そういう事か」

 信玄は、久勝の答えに思わず苦笑いを浮かべると、「今更、お主の真意を測る必要などあるまい」と言いながら、手にした扇子の先で、その場にいるひとりの男を指し示した。

「何せ、お主はそこの典厩が連れてきた男だからな」
「……!」

 久勝は、ハッとした表情を浮かべて、信繁の方を見る。
 彼の視線を受けた信繁は、少し照れくさそうな様子で微笑を浮かべた。
 そんな弟に小さく頷きかけてから、信玄は久勝に向けて言葉を紡ぐ。

「儂は、典厩が人を見る目の確かさを何よりも信じておる。そんな典厩が見込んで、儂と引き合わせる為にわざわざ美濃から連れてきた男だ。今更、お主の為人ひととなりを見極める必要などあるまい」
「あ、いや……そこまで某の事を買い被られるのは、少し……」

 信玄の言葉を聞いた信繁が、さすがに少し困った様子で首を横に振った。
 だが、すぐに久勝の方に目を向け、「されど……」と続ける。

「新八郎と半兵衛に関しては、自信をもって保証できまする。この者たちが、武田家の家臣として無二の忠勤を励んでくれる事を……」
「この昌幸も、典厩様の仰る通りだと思います」

 信繁の言葉に同意の意を示したのは、昌幸だった。

「おふたりとは、美濃から甲斐府中へ戻るまでの短い間ですが、共に時を過ごしました。そこでおふたりの為人ひととなりに触れた結果、充分に信頼に値する方であると、拙者も確信した次第です」

 そう言って、彼は力強く頷く。
 ……もっとも、彼は信繁とは少し違い、「念の為に」と佐助に命じてふたりの身元を秘かに検めさせていた。
 その結果、何も怪しいものが出なかったという事を確かめた上で、「信頼できる」と判断したのである。

「喜兵衛殿……!」

 昌幸が自分の事を秘かに検めていた事など露とも知らない久勝は、彼の言葉に感動した様子で声を上ずらせ、

「……」

 一方の半兵衛は、ふっと口元を綻ばせながら、何も言わずに昌幸へ向かって意味深に会釈してみせた。
 そんな彼らの様子を見て、苦笑とも微笑ともつかない表情を浮かべた信玄は、咳払いをひとつしてから口を開く。

「……そういう訳だ。納得がいったか、新八郎?」
「はっ!」

 信玄の問いかけに、久勝は顔を紅潮させながら大きな声で応えた。

「篤と分かり申した。この仙石新八郎久勝、皆々様の御信頼と御期待に応えられるよう、粉骨砕身して務めを果たす所存に御座ります!」
「うむ」

 久勝の言葉に、信玄は満足げに頷く。

「頼んだぞ、新八郎。まだ若輩の右衛門大夫の事を良くたすけてやってくれ」
「はっ! 畏まって御座ります!」

 信玄の言葉に、久勝は両手をついて深々と頭を下げた。
 そんな彼にもう一度頷きかけた信玄は、今度は半兵衛の方に目を向ける。

「……して、半兵衛だが」
「はい」

 信玄に名を呼ばれた半兵衛は、涼やかな声で答えながら、軽く頭を下げた。

「いずこなりとも赴きます。何なりとお申し付け下さい」
「……いや」

 だが、半兵衛の言葉に、信玄は小さくかぶりを振る。

「お主は、この信玄の側に仕えてもらう」

 そう言うと、彼は半兵衛の秀麗な顔を真っ直ぐに見つめ、静かな声で言った。

「――四年前に川中島で戦死した山本勘助と同じく……我が武田家の軍師として、な」
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