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第二部八章 使者
将軍と御内書
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「去る七月二十八日――」
居住まいを正した光秀は、信繁たちの顔に眼差しを向けながら、滔々とした口ぶりで話し始めた。
「覚慶様は、夜半過ぎに細川兵部大輔様や一色式部少輔様の手引きによって興福寺を脱出なされました」
「細川様か……」
光秀の言葉を聞いた信繁の脳裏に、昨年の秋に第十三代征夷大将軍・足利義輝の使者として躑躅ヶ崎館を訪れた細川藤孝の顔が浮かぶ。
――『さても孝行者の息子殿を持ち、道有殿も幸せ者ですな』
それと同時に、副使として躑躅ヶ崎館に帰ってきた父・信虎の死を報告した際に藤孝が見せた冷たい反応も思い出してしまった信繁は、不快感を覚えて僅かに顔を顰めた。
「……どうかなされましたか?」
「あ、いや……」
彼の僅かな表情の変化に目ざとく気付いた光秀に問いかけられ、信繁は慌てて頭を振る。
「……失礼いたした。どうかお気になさらず、お続け下され」
「はっ……畏まりました」
光秀は、信繁の表情に一瞬怪訝な表情を浮かべたものの、すぐに小さく頷いた。
そして、細く息を吐いてから、再び話を続ける。
「――興福寺を出た覚慶様は、細川様に導かれ、一先ず前公方様の遺臣である和田伊賀守 (惟政)様の居城である甲賀(今の滋賀県南部)の和田城に入り、三好三人衆らの追及の目を逃れたのです」
「北近江ではなく、甲賀だったのですか?」
昌幸は、光秀の言葉に驚きの声を上げた。
「甲斐に伝わった噂では、北近江との話でしたが……」
「それは、細川様が三好家の目を逸らす為に撒いた虚報ですね」
光秀は、昌幸の言葉に微笑みながら答える。
「何せ、もし覚慶様が和田城に御座す事が露見すれば、前公方様の御舎弟の身柄を押さえるべく、三好勢が攻め寄せてくるは必定でしたからな。もしもそうなったら、失礼ながら和田様の手勢だけでは到底太刀打ちできませぬ」
「なるほど。言われてみれば確かに……」
昌幸は、光秀の言葉に納得し、それから深々と頭を下げた。
「話の腰を折ってしまって申し訳御座いませぬ、明智殿。どうぞ先を……」
「いえ」
微笑みながら首を軽く横に振った光秀は、咳払いをひとつしてから、話の続きを口にする。
「……覚慶様と細川様は、そのまま和田城に潜み続け、雪辱を晴らす機会を窺っておりましたが、その機会は案外と早く訪れました」
「……前の公方様を弑した畿内の三好三人衆と松永弾正の対立か……」
「左様に御座ります」
信繁の呟きに、光秀は小さく頷いた。
「共に時の征夷大将軍を弑逆したとはいえ、三好三人衆と松永弾正久秀は一枚岩ではありません。……そもそも、松永弾正は光源院様 (足利義輝の戒名)の暗殺に乗り気ではなかったという話もあり、互いに含むところがあったようです」
「……かねてより燻っていた火種が、公方様亡き後の幕政の主導権争いという形で一気に燃え上がったという訳だな」
曽根昌世が差し出した茶碗の薬湯を啜りながら、信玄が口を開く。
その言葉に「左様に御座ります」と答えた光秀は、更に話を続けた。
「両者の対立は、十一月に決定的なものになります。三好家当主の義継を担いだ三好三人衆が松永弾正と断交しました。それによって、現在の三好家は二つに分かれ、互いに争っているのです」
「……つまり」
光秀の話を聞いた信繁が、指で顎を撫でながら眉を顰める。
「覚慶様は、三好家が乱れている現在の状況を、自身が京に戻って新たな征夷大将軍の座に就く絶好の機会と捉えておられる……と」
「ご明察の通りに御座ります」
信繁の言葉に、光秀は口元を綻ばせ、更に言葉を継いだ。
「覚慶様は、三好家の内訌の予兆が見え始めた十月半ば頃から、各地の大名に向けて御内書を送り、互いに相争う事を止め、直ちに逆賊である三好家を打倒すべしと呼びかけました」
“御内書”とは、形式こそ私的な書状と同じだが、実際は幕府の征夷大将軍が発給した公文書である。
……つまり、
「あえて御内書の形式で送る事で、覚慶様は、自分こそが前の公方様が横死した後の幕府を継ぐ正当な後継者であると内外に示した訳か……」
「左様に御座ります」
光秀は、信繁が漏らした言葉に頷いた。
と、そんな彼に昌幸がおずおずと尋ねる。
「明智殿……もし差し支えなければ、覚慶様が御内書をお送りになられた大名たちの具体的な名を挙げて頂きたいのですが……」
「ええ、構いませぬ。今となっては、特に隠さねばならぬ理由も御座いませぬから」
昌幸の頼みを、光秀は微笑みながら気安い様子で請け負った。
「例えば――安芸の毛利陸奥守 (元就)様、肥後の相良遠江守 (義陽)様、越前の朝倉左衛門督 (義景)様……それに、駿河の今川上総介 (氏真)様に――もちろん、武田様へも」
「――大方、三河の松平蔵人佐 (家康)と尾張の織田弾正忠 (信長)にもであろう?」
各地の大名の名を列挙する光秀を遮るように口を挟んだのは、信玄である。
彼は、苦笑を浮かべながら言った。
「覚慶様の御内書のおかげで、当初考えていたよりも早く松平と今川の和与を結ばされる羽目になった。出来れば、もう少し松平の若造を叩いておきたかったのだがな……」
ぼやき混じりの信玄の口調から考えて、あの時機での松平との和与には、御内書を送ってきた覚慶の意向が少なからずあったらしい事が容易に察せられる。
……と、
「まあ……この際、松平と織田の事は別に良い。それよりも、儂があの御内書の中で看過できぬのは――」
そう続けた信玄は、明らかに不機嫌そうな顔をした。
「――越後との和睦を求められた事よ」
居住まいを正した光秀は、信繁たちの顔に眼差しを向けながら、滔々とした口ぶりで話し始めた。
「覚慶様は、夜半過ぎに細川兵部大輔様や一色式部少輔様の手引きによって興福寺を脱出なされました」
「細川様か……」
光秀の言葉を聞いた信繁の脳裏に、昨年の秋に第十三代征夷大将軍・足利義輝の使者として躑躅ヶ崎館を訪れた細川藤孝の顔が浮かぶ。
――『さても孝行者の息子殿を持ち、道有殿も幸せ者ですな』
それと同時に、副使として躑躅ヶ崎館に帰ってきた父・信虎の死を報告した際に藤孝が見せた冷たい反応も思い出してしまった信繁は、不快感を覚えて僅かに顔を顰めた。
「……どうかなされましたか?」
「あ、いや……」
彼の僅かな表情の変化に目ざとく気付いた光秀に問いかけられ、信繁は慌てて頭を振る。
「……失礼いたした。どうかお気になさらず、お続け下され」
「はっ……畏まりました」
光秀は、信繁の表情に一瞬怪訝な表情を浮かべたものの、すぐに小さく頷いた。
そして、細く息を吐いてから、再び話を続ける。
「――興福寺を出た覚慶様は、細川様に導かれ、一先ず前公方様の遺臣である和田伊賀守 (惟政)様の居城である甲賀(今の滋賀県南部)の和田城に入り、三好三人衆らの追及の目を逃れたのです」
「北近江ではなく、甲賀だったのですか?」
昌幸は、光秀の言葉に驚きの声を上げた。
「甲斐に伝わった噂では、北近江との話でしたが……」
「それは、細川様が三好家の目を逸らす為に撒いた虚報ですね」
光秀は、昌幸の言葉に微笑みながら答える。
「何せ、もし覚慶様が和田城に御座す事が露見すれば、前公方様の御舎弟の身柄を押さえるべく、三好勢が攻め寄せてくるは必定でしたからな。もしもそうなったら、失礼ながら和田様の手勢だけでは到底太刀打ちできませぬ」
「なるほど。言われてみれば確かに……」
昌幸は、光秀の言葉に納得し、それから深々と頭を下げた。
「話の腰を折ってしまって申し訳御座いませぬ、明智殿。どうぞ先を……」
「いえ」
微笑みながら首を軽く横に振った光秀は、咳払いをひとつしてから、話の続きを口にする。
「……覚慶様と細川様は、そのまま和田城に潜み続け、雪辱を晴らす機会を窺っておりましたが、その機会は案外と早く訪れました」
「……前の公方様を弑した畿内の三好三人衆と松永弾正の対立か……」
「左様に御座ります」
信繁の呟きに、光秀は小さく頷いた。
「共に時の征夷大将軍を弑逆したとはいえ、三好三人衆と松永弾正久秀は一枚岩ではありません。……そもそも、松永弾正は光源院様 (足利義輝の戒名)の暗殺に乗り気ではなかったという話もあり、互いに含むところがあったようです」
「……かねてより燻っていた火種が、公方様亡き後の幕政の主導権争いという形で一気に燃え上がったという訳だな」
曽根昌世が差し出した茶碗の薬湯を啜りながら、信玄が口を開く。
その言葉に「左様に御座ります」と答えた光秀は、更に話を続けた。
「両者の対立は、十一月に決定的なものになります。三好家当主の義継を担いだ三好三人衆が松永弾正と断交しました。それによって、現在の三好家は二つに分かれ、互いに争っているのです」
「……つまり」
光秀の話を聞いた信繁が、指で顎を撫でながら眉を顰める。
「覚慶様は、三好家が乱れている現在の状況を、自身が京に戻って新たな征夷大将軍の座に就く絶好の機会と捉えておられる……と」
「ご明察の通りに御座ります」
信繁の言葉に、光秀は口元を綻ばせ、更に言葉を継いだ。
「覚慶様は、三好家の内訌の予兆が見え始めた十月半ば頃から、各地の大名に向けて御内書を送り、互いに相争う事を止め、直ちに逆賊である三好家を打倒すべしと呼びかけました」
“御内書”とは、形式こそ私的な書状と同じだが、実際は幕府の征夷大将軍が発給した公文書である。
……つまり、
「あえて御内書の形式で送る事で、覚慶様は、自分こそが前の公方様が横死した後の幕府を継ぐ正当な後継者であると内外に示した訳か……」
「左様に御座ります」
光秀は、信繁が漏らした言葉に頷いた。
と、そんな彼に昌幸がおずおずと尋ねる。
「明智殿……もし差し支えなければ、覚慶様が御内書をお送りになられた大名たちの具体的な名を挙げて頂きたいのですが……」
「ええ、構いませぬ。今となっては、特に隠さねばならぬ理由も御座いませぬから」
昌幸の頼みを、光秀は微笑みながら気安い様子で請け負った。
「例えば――安芸の毛利陸奥守 (元就)様、肥後の相良遠江守 (義陽)様、越前の朝倉左衛門督 (義景)様……それに、駿河の今川上総介 (氏真)様に――もちろん、武田様へも」
「――大方、三河の松平蔵人佐 (家康)と尾張の織田弾正忠 (信長)にもであろう?」
各地の大名の名を列挙する光秀を遮るように口を挟んだのは、信玄である。
彼は、苦笑を浮かべながら言った。
「覚慶様の御内書のおかげで、当初考えていたよりも早く松平と今川の和与を結ばされる羽目になった。出来れば、もう少し松平の若造を叩いておきたかったのだがな……」
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……と、
「まあ……この際、松平と織田の事は別に良い。それよりも、儂があの御内書の中で看過できぬのは――」
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