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第六章 田中天狼のシリアスな日常・捜査編
田中天狼のシリアスな暇潰し
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結局、生徒会と協議した結果、「取り敢えず保留」という事になった。……というか、生徒会側は当面の部室閉鎖を薦めてきたのだが、矢的先輩がその提案を頑として拒否し、最終的には、生徒会も俺たちもそれに押し切られた感じだった。
心配顔で、行方会長と武杉副会長が去った後、俺は椅子に座ってボーッとしていた。
何せ、活動方針未定の我が奇名部。基本的にやるべき事が無いのだ……。その事に今更気づき、俺は愕然とし、途方に暮れた。
だが、待て。まだ慌てる時間じゃない。
俺は、周りを見回す。
――春夏秋冬は、猫じゃらしをブンブン振って、楽しそうにネコと戯れている。
撫子先輩は……何故かテーブルから離れた入り口のすぐ近くで、パイプ椅子に掛けながら、膝の上でノートを開いて、宿題をしている様だ。
「……何でそんな所で? テーブルの方が……」
「……放っといて」
「……え? でも……」
「…………アレが出たら直ぐに部屋から逃げ……出られる様に……だから、放っておいて……」
「……了解しました」
撫子先輩の声色に、剣呑なモノを察した俺は、すぐさま戦略的撤退に移る。……君子危うきに近寄らず、だ。
――矢的先輩は? と、視線を映すと、彼は長テーブルの上にだらしなく足を乗せて、山積みにした茶色いカバーのマンガ本を読んでいた。
「何、学校にこんな大量のマンガを持ち込んでるんですか……」
俺は呆れながら言った言葉に、矢的先輩は、マンガに落としていた視線を上げて、抗弁した。
「……違う。俺は、今回の事件の参考資料を読んでいるだけだぞ」
「参考資料って、アンタ……『ショーテン』が、何の参考になるって言うんですか……」
俺は、呆れながら言った。
矢的先輩が開いているマンガは、
『名探偵の俺が遊園地で敵に毒殺されたら、巻き込まれ属性持ちの小学生に転生した件』
という、やたら長ったらしいタイトルの推理マンガだった。長ったらしすぎて、世間ではもっぱら『ショーテン』と略されている。
テレビアニメ化もされており、毎週土曜日夕方の団欒の場に、情念と怨念に満ちた、凄惨な殺人エピソードを提供し続けている……。
「いや、色々参考になるんだぞ、『ショーテン』。『青酸カリは舐めると分かる』とか、『1万円札でタバコを買う奴は犯人』とか、『モーニングセットがあるのに、単品で頼む奴は怪しい』とか……」
「いや、青酸カリもタバコもモーニングセットも、今回の事件に全然関係無いっすよね!」
「……うるさいなぁ。首筋に毒針打ち込むぞ、コラ」
「…………」
毒針を打ち込まれてはたまらないので、それ以上矢的先輩に構う事は止めた。
(……さて、俺はどうしようかな……)
……こういう時、俺の長年の陰キャ経験が役に立つ。ぼっちと悟られないさり気ない時間潰しには自信がある。
一番基本なのは、『絶技・狸寝入り』だが、硬いテーブルとパイプ椅子では、身体を痛めるリスクがある。
ならば……と、俺はしゃがみ込み、パイプ椅子をガタガタと揺すってみる。
――予想通り、一つガタツキの酷い椅子があった。俺は、ニヤリと微笑い、わざとらしい声を上げる。
「あれ~。この椅子、ガタつき酷いなぁ~。ちょっと直してみようかな~?」
そう、周りに聴こえるボリュームで呟きながら、パイプ椅子を、尤もらしくいじくり回し始める。
もちろん、本気で椅子のガタつきを直そうとは思わない。というか、パイプ椅子の構造自体もよく分からない。
あくまで、モノを直すフリをして時間を経過させる――これぞ選ばれし陰キャの奥義『昇技・欺瞞の勤労』なのだ!
……………………10分経過。
「あ……あれ~、おかしいな~……なかなか上手くいかないぞ~……」
相変わらずパイプ椅子の修理に格闘する(フリの)俺だったが、早くもいじくり回すネタが尽きてきた。……そもそも、パイプ椅子なんて単純な代物、直すにしろ直せないにしても、すぐにハッキリ判るものなのだ。
……つまり、碌な時間稼ぎにならない……。
「『欺瞞の勤労』は、構造が複雑なものを前にしてのみ有効」――俺は、その奥義の発動条件を失念していたのだ……!
な、何という事だ……。
「あ! みんな! あたし、大事な事に気付いたよ!」
その時、苦境の俺を救うかの様な女神の福音が、部室の静寂を破った――!
三人の視線が、春夏秋冬に集まる。
春夏秋冬は、頬を上気させながら、興奮した口調で言った。
「みんな! あたし達、肝心な事をまだ決めてない!」
「肝心な……事?」
春夏秋冬の言葉に、俺たちは首を傾げる。
「そう! だから、これから緊急会議を始めます! ……て、アレ? そういえば、ホワイトボード無かったっけ?」
春夏秋冬は、そう言いながら、キョロキョロと室内を見回した。
「あ、ホワイトボードは、この前に体育倉庫の方に持っていったはず……」
「え~っ! 会議するのにホワイトボードが無いと、カッコがつかないよ~!」
春夏秋冬は頭を抱え、それから、決然とした顔で立ち上がった。
「取ってくる! アンディ先輩、行くよ!」
「え――? なんでオレ? シリウスが居るじゃんかよ……!」
「シリウスくんは、今イスを修理してるじゃん! アンディ先輩はマンガ読んで、ヒマしてるじゃん!」
「えー、めんどくさい……」
「ブツブツ言わないのー! 行くよっ!」
そう言って、春夏秋冬は、矢的先輩の腕を引っ張って、強引に連れ出していった。
「あ……お、俺も行くよ!」
俺も、パイプ椅子を放り出して、後を追おうとするが……、
「田中くんは、行かないで」
入り口の前で、撫子先輩が立ち塞がった。
「え……でも、力仕事だし……男手が――」
「行・か・な・い・で」
俺の言葉を、一音区切りの「行かないで」で、有無を言わせず遮った撫子先輩は、ニッコリと、凄みのある微笑みを浮かべた。
「私を一人にしないで」
「……あ、あの……」
「私をこの部屋でひとりにさせたら……赦さない」
その瞬間、俺は、死神の鎌が自分の首筋に当てられている錯覚を……いや、錯覚では無い。
自分が生死の狭間にいる事を確信した。
「……わ、分かりました」
――いのちをだいじに。
俺のコマンドウインドウには、そのめいれいしか無かった……。
心配顔で、行方会長と武杉副会長が去った後、俺は椅子に座ってボーッとしていた。
何せ、活動方針未定の我が奇名部。基本的にやるべき事が無いのだ……。その事に今更気づき、俺は愕然とし、途方に暮れた。
だが、待て。まだ慌てる時間じゃない。
俺は、周りを見回す。
――春夏秋冬は、猫じゃらしをブンブン振って、楽しそうにネコと戯れている。
撫子先輩は……何故かテーブルから離れた入り口のすぐ近くで、パイプ椅子に掛けながら、膝の上でノートを開いて、宿題をしている様だ。
「……何でそんな所で? テーブルの方が……」
「……放っといて」
「……え? でも……」
「…………アレが出たら直ぐに部屋から逃げ……出られる様に……だから、放っておいて……」
「……了解しました」
撫子先輩の声色に、剣呑なモノを察した俺は、すぐさま戦略的撤退に移る。……君子危うきに近寄らず、だ。
――矢的先輩は? と、視線を映すと、彼は長テーブルの上にだらしなく足を乗せて、山積みにした茶色いカバーのマンガ本を読んでいた。
「何、学校にこんな大量のマンガを持ち込んでるんですか……」
俺は呆れながら言った言葉に、矢的先輩は、マンガに落としていた視線を上げて、抗弁した。
「……違う。俺は、今回の事件の参考資料を読んでいるだけだぞ」
「参考資料って、アンタ……『ショーテン』が、何の参考になるって言うんですか……」
俺は、呆れながら言った。
矢的先輩が開いているマンガは、
『名探偵の俺が遊園地で敵に毒殺されたら、巻き込まれ属性持ちの小学生に転生した件』
という、やたら長ったらしいタイトルの推理マンガだった。長ったらしすぎて、世間ではもっぱら『ショーテン』と略されている。
テレビアニメ化もされており、毎週土曜日夕方の団欒の場に、情念と怨念に満ちた、凄惨な殺人エピソードを提供し続けている……。
「いや、色々参考になるんだぞ、『ショーテン』。『青酸カリは舐めると分かる』とか、『1万円札でタバコを買う奴は犯人』とか、『モーニングセットがあるのに、単品で頼む奴は怪しい』とか……」
「いや、青酸カリもタバコもモーニングセットも、今回の事件に全然関係無いっすよね!」
「……うるさいなぁ。首筋に毒針打ち込むぞ、コラ」
「…………」
毒針を打ち込まれてはたまらないので、それ以上矢的先輩に構う事は止めた。
(……さて、俺はどうしようかな……)
……こういう時、俺の長年の陰キャ経験が役に立つ。ぼっちと悟られないさり気ない時間潰しには自信がある。
一番基本なのは、『絶技・狸寝入り』だが、硬いテーブルとパイプ椅子では、身体を痛めるリスクがある。
ならば……と、俺はしゃがみ込み、パイプ椅子をガタガタと揺すってみる。
――予想通り、一つガタツキの酷い椅子があった。俺は、ニヤリと微笑い、わざとらしい声を上げる。
「あれ~。この椅子、ガタつき酷いなぁ~。ちょっと直してみようかな~?」
そう、周りに聴こえるボリュームで呟きながら、パイプ椅子を、尤もらしくいじくり回し始める。
もちろん、本気で椅子のガタつきを直そうとは思わない。というか、パイプ椅子の構造自体もよく分からない。
あくまで、モノを直すフリをして時間を経過させる――これぞ選ばれし陰キャの奥義『昇技・欺瞞の勤労』なのだ!
……………………10分経過。
「あ……あれ~、おかしいな~……なかなか上手くいかないぞ~……」
相変わらずパイプ椅子の修理に格闘する(フリの)俺だったが、早くもいじくり回すネタが尽きてきた。……そもそも、パイプ椅子なんて単純な代物、直すにしろ直せないにしても、すぐにハッキリ判るものなのだ。
……つまり、碌な時間稼ぎにならない……。
「『欺瞞の勤労』は、構造が複雑なものを前にしてのみ有効」――俺は、その奥義の発動条件を失念していたのだ……!
な、何という事だ……。
「あ! みんな! あたし、大事な事に気付いたよ!」
その時、苦境の俺を救うかの様な女神の福音が、部室の静寂を破った――!
三人の視線が、春夏秋冬に集まる。
春夏秋冬は、頬を上気させながら、興奮した口調で言った。
「みんな! あたし達、肝心な事をまだ決めてない!」
「肝心な……事?」
春夏秋冬の言葉に、俺たちは首を傾げる。
「そう! だから、これから緊急会議を始めます! ……て、アレ? そういえば、ホワイトボード無かったっけ?」
春夏秋冬は、そう言いながら、キョロキョロと室内を見回した。
「あ、ホワイトボードは、この前に体育倉庫の方に持っていったはず……」
「え~っ! 会議するのにホワイトボードが無いと、カッコがつかないよ~!」
春夏秋冬は頭を抱え、それから、決然とした顔で立ち上がった。
「取ってくる! アンディ先輩、行くよ!」
「え――? なんでオレ? シリウスが居るじゃんかよ……!」
「シリウスくんは、今イスを修理してるじゃん! アンディ先輩はマンガ読んで、ヒマしてるじゃん!」
「えー、めんどくさい……」
「ブツブツ言わないのー! 行くよっ!」
そう言って、春夏秋冬は、矢的先輩の腕を引っ張って、強引に連れ出していった。
「あ……お、俺も行くよ!」
俺も、パイプ椅子を放り出して、後を追おうとするが……、
「田中くんは、行かないで」
入り口の前で、撫子先輩が立ち塞がった。
「え……でも、力仕事だし……男手が――」
「行・か・な・い・で」
俺の言葉を、一音区切りの「行かないで」で、有無を言わせず遮った撫子先輩は、ニッコリと、凄みのある微笑みを浮かべた。
「私を一人にしないで」
「……あ、あの……」
「私をこの部屋でひとりにさせたら……赦さない」
その瞬間、俺は、死神の鎌が自分の首筋に当てられている錯覚を……いや、錯覚では無い。
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