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第二章 サンクトルまで何ケイム?
白銀と蒼白
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そして――。
復讐の炎を、その真紅の瞳に宿したアザレアが出ていった後、ひとり、部屋に残ったシュダ。
眼を閉じて佇んでいた彼は、眼を開けると、暗闇に向かって声を発した。
「……ところで、何時までそこで見ているつもりだい? ゼラ……」
「――気付いていたのか」
闇の向こうから、闇よりも昏い影が現れる。
部屋の燭台の僅かな光に照らされ、銀糸のような長髪がキラキラと光った。
「流石だな。勘がいい」
「伝説の“銀の死神”にお褒め頂けるとは、光栄だよ」
彼の前には、長身の女の姿があった。見る者が息を吐くのを忘れて見惚れてしまう程、美しい――銀の死神の姿が。
だが、シュダは、伝説の死神を前にしても物怖じもせず、皮肉げに口の端を歪ませる。
「意外だね。伝説の存在ともあろう者が、男女の秘密の会話を盗み聞きとは……」
「そのような艶っぽい話ではなかったように聞こえたがな」
死神は、ツカツカとシュダの前に立つと、その首を右手で鷲掴みする。
「おいおい……暴力反対だよ」
「……貴様は……何を考えている?」
彼女の美しい顔は、何の感情も感じられない“無表情”のままだったが、その口調には、ごくごく僅かだが、明らかに怒りの感情が混ざり込んでいた。
「――珍しいね。君が怒っているだなんて」
「怒ってなどいない。貴様の行動が理解できずに苛立っているだけだ」
「『苛立つ』だって――?」
シュダの顔が嘲笑で歪む。
「驚きだね。数千年の時を経た、人を超越した存在である君に、まだそんなプリミティブな感情が残っていたとはね」
「…………」
シュダの、挑発紛いの言葉にも、ゼラは一瞬頬を引き攣らせた以外、表情を変えなかった。
彼女は、シュダの首を掴んだ手を乱暴に離し、昏い海の底のような暗灰色の瞳で彼を睨めつけたまま、静かにシュダを詰問する。
「……何故、あの娘にチャーの暗殺を唆した? わざわざ、あんなでまかせの嘘まで吐いて」
「…………」
「あの娘は、まだ己の手を血で汚した事が無いのだろう? そんな娘より、私の方が、素早く、確実にチャーを殺せる……」
「ああ、それは分かっているさ」
シュダは、あっさりと言い、首を横に振りながら、言葉を継いだ。
「確かに君なら、チャーの首を取るなど、実に造作も無い事だろうな。だがね……君は必要以上に人を喰いすぎる」
「――確かに」
ゼラは、自嘲笑うように言う。
「『喰わない』という保証は出来ないな……」
「――正直な所、チャー君に保有戦力をごっそり持って行かれたせいで、ここダリア山の戦力は、文字通り半減しているのだよ。だから――」
シュダは、ニヤリと笑ってから、言葉を続けた。
「今回の独立反乱の罪と……ついでにアザレアの姉上殺害の罪を、全部チャー君ひとりに被ってもらい、他の傭兵達は、出来るだけ無傷のまま当方に復帰させる……というのが、私の描く理想の結末だよ」
「戦力など不要だろう。私が、減った兵の分まで働けば良いだけの話だ」
ゼラは、不満げな声を上げる。シュダは、彼女の言葉に軽く頷く。
「――確かに、君ひとりで、下手な兵千人よりも頼りになる事は、重々承知しているよ。しかし、それでは、我が傭兵団のスポンサー様が納得できないらしい。あの方々は『戦いは数』だと、頑迷に信じ続けている人種だからね」
「……クレオーメ公国か……」
ゼラは、呟き、ふと疑問が湧いた。
「ならば何故、クレオーメ公国は、結団当初からこれまで、一貫して傭兵団の援助を続けていたのだ? ここまで規模が大きくなったのは、つい最近の事だろう?」
「――チャー君さ」
「チャー? 何故……」
その名前が? と続けようとするゼラの唇を指で押さえて、シュダは微笑んだ。
「これは、現在進行形の秘匿事項なんだがね……。実は、チャー君は、クレオーメ大公陛下の隠し子なんだ」
「――――!」
無表情のゼラの顔に、微かに驚きの感情が過るのを見て、シュダはニヤリとする。
「コレで、合点がいっただろう? あんな無能な人豚が、今までずっと、副団長としてふんぞり返っていられた理由――」
シュダは、くくくく、と愉快そうに嗤う。
「チャー君がいるだけで、クレオーメ公国は、我々に莫大な支援をしてくれる。――それは、裏を返せば、チャー君が居なくなってしまうと、支援を得られなくなってしまうという事。――それが……それだけが、今日までチャー君を処分できなかった理由だよ」
「――という事は、今後は……」
「ああ。これからは、ある程度の戦力を備えさえしていれば、クレオーメ公国は、チャー君の存在の有無など関係無く、我々に喜んで資金を貢いでくれることだろう。ゼラ……君が、ワイマーレ騎士団を鏖殺した事で、その人智を遥かに超える力というものが、彼らに広く認知されたお陰でね」
シュダは、そう言うと、満面の笑みを、その白面に浮かべた。
「くくくく……。ずっと目の上の瘤だったチャー君が、まさかダリア傭兵団を自ら去ってくれるとはね……! 彼が独立するとほざいていると、あの使者から聞かされた時は、内心で腸が煮えくりかえるどころでは無かったが……今にして思えば、チャー君は、実に私の事を思いやった決断を下してくれたよ! 自ら屠殺場へ歩みを進めてくれるとは、まったく健気なブタじゃないか? あはははははははは!」
シュダの嗤いは止まらない。遂には、腹を抱えて、床を笑い転げる。
「我ながら、全てが上手く回りすぎて怖いくらいだよ! はははははははは!」
復讐の炎を、その真紅の瞳に宿したアザレアが出ていった後、ひとり、部屋に残ったシュダ。
眼を閉じて佇んでいた彼は、眼を開けると、暗闇に向かって声を発した。
「……ところで、何時までそこで見ているつもりだい? ゼラ……」
「――気付いていたのか」
闇の向こうから、闇よりも昏い影が現れる。
部屋の燭台の僅かな光に照らされ、銀糸のような長髪がキラキラと光った。
「流石だな。勘がいい」
「伝説の“銀の死神”にお褒め頂けるとは、光栄だよ」
彼の前には、長身の女の姿があった。見る者が息を吐くのを忘れて見惚れてしまう程、美しい――銀の死神の姿が。
だが、シュダは、伝説の死神を前にしても物怖じもせず、皮肉げに口の端を歪ませる。
「意外だね。伝説の存在ともあろう者が、男女の秘密の会話を盗み聞きとは……」
「そのような艶っぽい話ではなかったように聞こえたがな」
死神は、ツカツカとシュダの前に立つと、その首を右手で鷲掴みする。
「おいおい……暴力反対だよ」
「……貴様は……何を考えている?」
彼女の美しい顔は、何の感情も感じられない“無表情”のままだったが、その口調には、ごくごく僅かだが、明らかに怒りの感情が混ざり込んでいた。
「――珍しいね。君が怒っているだなんて」
「怒ってなどいない。貴様の行動が理解できずに苛立っているだけだ」
「『苛立つ』だって――?」
シュダの顔が嘲笑で歪む。
「驚きだね。数千年の時を経た、人を超越した存在である君に、まだそんなプリミティブな感情が残っていたとはね」
「…………」
シュダの、挑発紛いの言葉にも、ゼラは一瞬頬を引き攣らせた以外、表情を変えなかった。
彼女は、シュダの首を掴んだ手を乱暴に離し、昏い海の底のような暗灰色の瞳で彼を睨めつけたまま、静かにシュダを詰問する。
「……何故、あの娘にチャーの暗殺を唆した? わざわざ、あんなでまかせの嘘まで吐いて」
「…………」
「あの娘は、まだ己の手を血で汚した事が無いのだろう? そんな娘より、私の方が、素早く、確実にチャーを殺せる……」
「ああ、それは分かっているさ」
シュダは、あっさりと言い、首を横に振りながら、言葉を継いだ。
「確かに君なら、チャーの首を取るなど、実に造作も無い事だろうな。だがね……君は必要以上に人を喰いすぎる」
「――確かに」
ゼラは、自嘲笑うように言う。
「『喰わない』という保証は出来ないな……」
「――正直な所、チャー君に保有戦力をごっそり持って行かれたせいで、ここダリア山の戦力は、文字通り半減しているのだよ。だから――」
シュダは、ニヤリと笑ってから、言葉を続けた。
「今回の独立反乱の罪と……ついでにアザレアの姉上殺害の罪を、全部チャー君ひとりに被ってもらい、他の傭兵達は、出来るだけ無傷のまま当方に復帰させる……というのが、私の描く理想の結末だよ」
「戦力など不要だろう。私が、減った兵の分まで働けば良いだけの話だ」
ゼラは、不満げな声を上げる。シュダは、彼女の言葉に軽く頷く。
「――確かに、君ひとりで、下手な兵千人よりも頼りになる事は、重々承知しているよ。しかし、それでは、我が傭兵団のスポンサー様が納得できないらしい。あの方々は『戦いは数』だと、頑迷に信じ続けている人種だからね」
「……クレオーメ公国か……」
ゼラは、呟き、ふと疑問が湧いた。
「ならば何故、クレオーメ公国は、結団当初からこれまで、一貫して傭兵団の援助を続けていたのだ? ここまで規模が大きくなったのは、つい最近の事だろう?」
「――チャー君さ」
「チャー? 何故……」
その名前が? と続けようとするゼラの唇を指で押さえて、シュダは微笑んだ。
「これは、現在進行形の秘匿事項なんだがね……。実は、チャー君は、クレオーメ大公陛下の隠し子なんだ」
「――――!」
無表情のゼラの顔に、微かに驚きの感情が過るのを見て、シュダはニヤリとする。
「コレで、合点がいっただろう? あんな無能な人豚が、今までずっと、副団長としてふんぞり返っていられた理由――」
シュダは、くくくく、と愉快そうに嗤う。
「チャー君がいるだけで、クレオーメ公国は、我々に莫大な支援をしてくれる。――それは、裏を返せば、チャー君が居なくなってしまうと、支援を得られなくなってしまうという事。――それが……それだけが、今日までチャー君を処分できなかった理由だよ」
「――という事は、今後は……」
「ああ。これからは、ある程度の戦力を備えさえしていれば、クレオーメ公国は、チャー君の存在の有無など関係無く、我々に喜んで資金を貢いでくれることだろう。ゼラ……君が、ワイマーレ騎士団を鏖殺した事で、その人智を遥かに超える力というものが、彼らに広く認知されたお陰でね」
シュダは、そう言うと、満面の笑みを、その白面に浮かべた。
「くくくく……。ずっと目の上の瘤だったチャー君が、まさかダリア傭兵団を自ら去ってくれるとはね……! 彼が独立するとほざいていると、あの使者から聞かされた時は、内心で腸が煮えくりかえるどころでは無かったが……今にして思えば、チャー君は、実に私の事を思いやった決断を下してくれたよ! 自ら屠殺場へ歩みを進めてくれるとは、まったく健気なブタじゃないか? あはははははははは!」
シュダの嗤いは止まらない。遂には、腹を抱えて、床を笑い転げる。
「我ながら、全てが上手く回りすぎて怖いくらいだよ! はははははははは!」
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