好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜(アルファポリス版)

朽縄咲良

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第三章 酒と泪と色事師と女将

色事師と看板娘

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 サンクトルの町を、夜のとばりがとっぷりと覆う。
 閉店した『飛竜の泪亭』の店内では、カウンター席に座ったシレネが、帳簿をつけながら一人ニマニマとしていた。
 本日、『飛竜の泪亭』は、過去最高の売り上げを記録したのだった。しかも、それまでの最高売り上げをダブルスコアでぶっちぎる、圧倒的な数字。シレネの顔が緩むのも致し方なかろう。
 その売り上げの立役者である、新人のは、隣の席に座ったまま、カウンターに突っ伏して寝こけている。
 慣れない仕事給仕で、心身共に疲れたのであろう……。その美しくも幼い顔に、ふっと微笑むと、シレネは彼女にフェーンにそっと毛布を掛けてあげた。
 と、

「お疲れちゃーん♪」

 カウンター裏から、一人の男がふらりと現れた。
 彼は、カウンター裏の棚から、手慣れた様子でワインボトルとワイングラスを2脚取り出し、シレネの右隣に座る。

「……ちょっと、ソレ、ウチの売り物なんだけど」

 帳簿をつけながら、視線も上げずにシレネは言う。

「まあまあ、固い事言うなって」

 ジャスミンは、シレネの小言も意を介さず、ボトルのコルク栓を開け、2脚のグラスに、真っ赤なワインを注ぐ。
 カウンターに、熟成されたワインの芳香が漂った。

「良かったじゃん。物凄い客の入りだったな」
「……どうも」

 ジャスミンは、ワイングラスを掲げて微笑む。シレネも、やれやれという顔をしながらも、満更でもないような様子で、グラスを持つ。

「……乾杯」

 チンッと、グラスが触れる音が、だだっ広い店内に響く。
 ジャスミンは、グラスを揺らして香りを楽しんでから、一気にワインを口に含んだ。
 一方のシレネは、一口だけ口をつけて、グラスを置く。

「――んー、美味い。さすが、エキセロ産赤ワインの84年もの。味の深さの底が違うわ~」

 ジャスミンは、満足げに言うと、ボトルから2杯目を注ぐ。

「だから、他人の店のお酒を勝手に飲まないでよ」

 シレネが嗜めるが、責めるような口調でもない。

「……ねえ、あなた、知ってたんでしょう?」

 帳簿に売り上げを書き込む手は止めずに、シレネはジャスミンに尋ねた。

「――ん? 何を?」

 また一口ワインを呷ってから、ジャスミンは聞き返す。
 シレネは、帳簿から目を離すと、左隣を指さして言った。

この子パームが、メガネを外したらこんな美貌の持ち主だったって事」
「――まあね」

 ジャスミンは、ニヤリと笑う。

「――でも、キチンと化粧をしたら、ここまで化けるとまでは、さすがに思わなかったよ」
「うーん……。この子に関しては、メイクはあんまり関係無いかも」

 苦笑しながら、シレネは言った。

「おでこの『アッザムの聖眼入れ墨』だけは、しっかりファンデーションで消したけど、それ以外は、簡単なベースメイクと口紅を引いてあげただけだもの。まだ若いから、肌の瑞々しさが半端なくって、女の私でも羨ましくなったわ……」
「――もし、コイツが女だったら、どうなったかな?」

 ジャスミンの問いに、シレネは困った様に微笑わらった。

「う――ん、多分、国のひとつやふたつは傾けられたかもね」
「おいおい……それじゃまるで、女版『傾城の色事師』じゃないかよ……」

 そう苦笑すると、ジャスミンはグラスを呷り、言葉を続けた。

「――俺も同意見だよ」
「そういうあなたは? ――もし、この子が神官じゃなくて、あなたと同じ色事師だったとしたら、何処までいけると思う?」

 いたずらっぽく笑うシレネ。ジャスミンは、目を心なしか逸らしながら答える。

「ま――まあ……『天下無敵の色事師』の次くらいにはなれるだろうな……」
「『天下無敵の色事師あなた』にそこまで言わせるって事は、相当なのね、やっぱり……」
「……」

 ジャスミンは、苦い顔をして、また1杯、ワインを注いだ。

「……まあ、だからなんだろうな。大教主が、コイツに伊達メガネを付けさせてまで素顔を隠そうとしたのは……」
「――でしょうね」

 シレネは、頷く。

「こんな綺麗な顔じゃ、パーム君本人はもちろん、周りの神官達も、修行どころじゃないでしょうからね……」
「そう考えると、コイツも大変な星の下に生まれたと言えるのかな……?」

 涎を垂らして、寝こけているパームの顔を見ながら、ジャスミンは呟いた。

「――まあ、俺としては、コイツパームが俺と同じ道に進まないでくれて良かった……と、心から思うよ」

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「さて……帳簿もつけ終わったし、私はもうそろそろ寝るわ」

 シレネは、帳簿を片付けながら言った。

「悪いけど、灯りとパーム君をお願いしてもいい?」
「おう」

 手を挙げて応えるジャスミン。
 シレネは、飲みさしのグラスを左手に取ると、右手の指でグラスの縁を擦ってから、くいっと一気に呷った。

「ごちそうさま――って、どうしたの、ジャス?」

 シレネは、ジャスミンが目を見開いて、彼女の指先を見つめているのに気付いて、何気なく尋ねた。

「――あ、いや。……別に」

 ジャスミンは、声をかけられた事に、一瞬遅れて気付き、上の空という感じで答えた。
 シレネは、彼の様子に首を傾げながら言った。

「ちょっと……。あんまり飲み過ぎないでよ? 大丈夫?」
「あ――ああ、大丈夫……ちょっと考え事をしてた――」

 ジャスミンは、そう言うと微笑んだ。

「お休み、シレネ」
「お休みなさい、ジャス」

 シレネが、あくびを噛み殺しながら立ち去った後、ジャスミンは難しい顔でグラスを呷る。
 そして、小さく呟いた。

「……あの飲み干す時のクセ……まさか……な」
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