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第三章 酒と泪と色事師と女将
看板娘と巨人
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「コレは確かに……噂に違わぬ、だな」
ジザスは、柄にもなく見惚(みと)れて、口に咥えたシケモクが床に落ちたのにも気付かなかった。
彼の視線の先には、甲斐甲斐しく給仕をする、肩まで伸びた軽くクセのついた金髪と蒼く大きな瞳が印象的なメイド服の娘が居た。
「フェーンちゃん! こっちにもバルを頼む!」
「フェーンたん、こっち向いてぇっ!」
「フェーン様の……スマイルは0エィンですか?」
「フェーン! フェーン! フェーン! バンザアアアイ!」
開店してまだ間もないというのに、テーブルに座る男たちの熱狂は、もはや異常なテンションになりつつある。
ジザスとヒースは、店内に入ろうとして……諦めた。店内は、もう既に腰を落ち着ける様な隙間も無かったし、そもそも、この店の天井の高さでは、巨体のヒースは常に膝立ちで移動するしかない。
「おーい、姐ちゃーん!」
ジザスが入り口の扉の前で、手をブンブン振りながら声を上げるが、店内の喧騒に掻き消されて、忙しく店内を動き回る娘には届かない。
「ダメか……聞こえてねえ」
「――どれ、俺に任せてみろや」
ヒースは、ニヤリと笑うとジザスを押しのける。
「……おいおい、あんまりやり過ぎるなよ」
ヒースの意図を察したジザスは冷や汗混じりに、彼に声をかける。
「分かってるって」
ヒラヒラと手を振ってから、彼は大きく息を吸い込む。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオイイイイイイイッ!」
「うわあああああっ!」
彼の発した大音声に、店内の傭兵たちは仰天し、ある者は耳を押さえ、ある者は椅子からひっくり返り、またある者は天変地異かと机の下に潜り込んだ。
あちこちで、グラスやボトルが割れる音が響き渡る。
「おう! お嬢ちゃん、こっちだこっち!」
「――やり過ぎるなって言っただろうが……」
ジザスは、耳を塞いでいた両手を離しながらぼやいた。
が、自分達の方へ、例の看板娘が小走りでやって来るのを見て、慌てて自分の服を整え、跳ねた髪の毛を撫でつける。
そして、口の回りにびっしりと生える無精髭に気付き、店に来る前に剃ってくるんだったと後悔した。
「――あ、あの。……い、いらっしゃい……ませ」
ふたりの前に辿り着いたメイド服の娘はそう言うと、若干怯え顔ながらもにっこり笑ってみせた。
そして、スカートの裾を抓んでちょこんと首を傾げる。
「……可憐だ」
ジザスは、心の中でそう呟かずにはいられなかった。
遠目で見てもかなりの美貌だったが、近くで見ると、言葉にできない可愛さだ。
なるほど、傭兵団の中でたちまち人気沸騰するのも分かる……。
彼は、年甲斐もなく胸の奥が熱くなるのを感じていた。
(いけねえいけねえ……俺とした事が――)
ジザスは、気を取り直すと、横目で傍らのヒースの様子を窺うが、
「おう。いらっしゃったぜ」
と、ジザスと違って、その横柄な態度はまったく変わらない。『女に興味がない』という彼の言葉は本当だった、という事か――?
「酒を飲みに来たんだが、店が小さすぎて、中に入れねえ。どうしたらいい?」
「あ……た、確かにそうですね……。ど、どうしましょう……?」
ヒースの問いかけに、メイド姿の娘は、目を見開いてオロオロする。
その時、
「フェーンちゃん!」
店内から、女の声がした。
名前を呼ばれた少女は、
「あ、はい!」
と返事をして、「ちょ、ちょっと待ってて下さいね」と言って、店の奥へ小走りで向かった。
カウンターの中から、娘を手招きしているのは、茶髪の、気の強そうな女だった。
「お。ちゃんとした女もいるんじゃねえか」
ヒースは、遠目で彼女を確認すると、ニヤリと笑った。
「は? 何言ってんだ、お前?」
ジザスは、首を傾げる。
「それじゃまるで、あのフェーンって娘がちゃんとしてないみたいじゃねえかよ」
「あ? そうだが」
ジザスのツッコミに、キョトンとした顔で答えるヒース。
「『そうだが』……て、どういう意味だよ?」
「ん? もしかして、気付いてねえのか? ――あのフェーンとかいうヤツは……」
ヒースは、そこまで言いかけると、口をつぐむ。
「――やっぱり、言うの止めた。色々事情があるんだろうな、アイツにも……」
「ちょ、おま! そこまで言いかけて止めるんじゃねえよ! 気になるだろうが!」
ジザスは、頭にきて、ヒースの鋼の鎧のような分厚い胸板を、渾身の力で殴りつける。
「あ……、お待たせしました~!」
ジザスが、ヒースの鋼のように硬い筋肉に跳ね返されて痛めた拳の痛みに悶絶している間に、フェーンが小走りで戻ってきた。
「シレネさんからなんですけど……。お店の外でお飲み頂く形でも宜しいですか? テーブルと椅子を2脚用意いたしますので……大変申し訳ないんですが……」
そう言いながら、心の底から恐縮した顔で頭をペコペコ下げるフェーン。
ヒースは、鷹揚に頷いた。
「ああ。それでいいぜ。というかよ、狭苦しい部屋ん中で飲むっていうのは、俺の性に合わねえからよ、寧ろその方がいい」
そう言うと、ヒースはジザスの方を見る。
「おい、鍵師。お前はどうだ? それでいいか?」
いきなり振られて、柄にもなく狼狽えながら、
「あ、ああ、もちろん。か、構わねえよ」
なるべく余裕あるオトナの体を取り繕って答えた。
「あ! それは良かった! ありがとうございます!」
ふたりの言葉を聞いたフェーンの顔に、花のような笑顔が浮かぶ。
「――可憐だ」
ジザスは、再びそう呟かざるを得なかった。
「じゃ、じゃあ、すぐにテーブルと椅子を用意しますね! お待ち下さい!」
そう言って、店内に消えるフェーンの後ろ姿を見送りながら、胸をときめかせているジザスの顔を横目で見ながら、ヒースは心中密かに悩んでいた。
(うーん。コイツに、アイツが男だと言ってやるべきか……黙っててやった方がいいのか……難しいな……)
ジザスは、柄にもなく見惚(みと)れて、口に咥えたシケモクが床に落ちたのにも気付かなかった。
彼の視線の先には、甲斐甲斐しく給仕をする、肩まで伸びた軽くクセのついた金髪と蒼く大きな瞳が印象的なメイド服の娘が居た。
「フェーンちゃん! こっちにもバルを頼む!」
「フェーンたん、こっち向いてぇっ!」
「フェーン様の……スマイルは0エィンですか?」
「フェーン! フェーン! フェーン! バンザアアアイ!」
開店してまだ間もないというのに、テーブルに座る男たちの熱狂は、もはや異常なテンションになりつつある。
ジザスとヒースは、店内に入ろうとして……諦めた。店内は、もう既に腰を落ち着ける様な隙間も無かったし、そもそも、この店の天井の高さでは、巨体のヒースは常に膝立ちで移動するしかない。
「おーい、姐ちゃーん!」
ジザスが入り口の扉の前で、手をブンブン振りながら声を上げるが、店内の喧騒に掻き消されて、忙しく店内を動き回る娘には届かない。
「ダメか……聞こえてねえ」
「――どれ、俺に任せてみろや」
ヒースは、ニヤリと笑うとジザスを押しのける。
「……おいおい、あんまりやり過ぎるなよ」
ヒースの意図を察したジザスは冷や汗混じりに、彼に声をかける。
「分かってるって」
ヒラヒラと手を振ってから、彼は大きく息を吸い込む。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオイイイイイイイッ!」
「うわあああああっ!」
彼の発した大音声に、店内の傭兵たちは仰天し、ある者は耳を押さえ、ある者は椅子からひっくり返り、またある者は天変地異かと机の下に潜り込んだ。
あちこちで、グラスやボトルが割れる音が響き渡る。
「おう! お嬢ちゃん、こっちだこっち!」
「――やり過ぎるなって言っただろうが……」
ジザスは、耳を塞いでいた両手を離しながらぼやいた。
が、自分達の方へ、例の看板娘が小走りでやって来るのを見て、慌てて自分の服を整え、跳ねた髪の毛を撫でつける。
そして、口の回りにびっしりと生える無精髭に気付き、店に来る前に剃ってくるんだったと後悔した。
「――あ、あの。……い、いらっしゃい……ませ」
ふたりの前に辿り着いたメイド服の娘はそう言うと、若干怯え顔ながらもにっこり笑ってみせた。
そして、スカートの裾を抓んでちょこんと首を傾げる。
「……可憐だ」
ジザスは、心の中でそう呟かずにはいられなかった。
遠目で見てもかなりの美貌だったが、近くで見ると、言葉にできない可愛さだ。
なるほど、傭兵団の中でたちまち人気沸騰するのも分かる……。
彼は、年甲斐もなく胸の奥が熱くなるのを感じていた。
(いけねえいけねえ……俺とした事が――)
ジザスは、気を取り直すと、横目で傍らのヒースの様子を窺うが、
「おう。いらっしゃったぜ」
と、ジザスと違って、その横柄な態度はまったく変わらない。『女に興味がない』という彼の言葉は本当だった、という事か――?
「酒を飲みに来たんだが、店が小さすぎて、中に入れねえ。どうしたらいい?」
「あ……た、確かにそうですね……。ど、どうしましょう……?」
ヒースの問いかけに、メイド姿の娘は、目を見開いてオロオロする。
その時、
「フェーンちゃん!」
店内から、女の声がした。
名前を呼ばれた少女は、
「あ、はい!」
と返事をして、「ちょ、ちょっと待ってて下さいね」と言って、店の奥へ小走りで向かった。
カウンターの中から、娘を手招きしているのは、茶髪の、気の強そうな女だった。
「お。ちゃんとした女もいるんじゃねえか」
ヒースは、遠目で彼女を確認すると、ニヤリと笑った。
「は? 何言ってんだ、お前?」
ジザスは、首を傾げる。
「それじゃまるで、あのフェーンって娘がちゃんとしてないみたいじゃねえかよ」
「あ? そうだが」
ジザスのツッコミに、キョトンとした顔で答えるヒース。
「『そうだが』……て、どういう意味だよ?」
「ん? もしかして、気付いてねえのか? ――あのフェーンとかいうヤツは……」
ヒースは、そこまで言いかけると、口をつぐむ。
「――やっぱり、言うの止めた。色々事情があるんだろうな、アイツにも……」
「ちょ、おま! そこまで言いかけて止めるんじゃねえよ! 気になるだろうが!」
ジザスは、頭にきて、ヒースの鋼の鎧のような分厚い胸板を、渾身の力で殴りつける。
「あ……、お待たせしました~!」
ジザスが、ヒースの鋼のように硬い筋肉に跳ね返されて痛めた拳の痛みに悶絶している間に、フェーンが小走りで戻ってきた。
「シレネさんからなんですけど……。お店の外でお飲み頂く形でも宜しいですか? テーブルと椅子を2脚用意いたしますので……大変申し訳ないんですが……」
そう言いながら、心の底から恐縮した顔で頭をペコペコ下げるフェーン。
ヒースは、鷹揚に頷いた。
「ああ。それでいいぜ。というかよ、狭苦しい部屋ん中で飲むっていうのは、俺の性に合わねえからよ、寧ろその方がいい」
そう言うと、ヒースはジザスの方を見る。
「おい、鍵師。お前はどうだ? それでいいか?」
いきなり振られて、柄にもなく狼狽えながら、
「あ、ああ、もちろん。か、構わねえよ」
なるべく余裕あるオトナの体を取り繕って答えた。
「あ! それは良かった! ありがとうございます!」
ふたりの言葉を聞いたフェーンの顔に、花のような笑顔が浮かぶ。
「――可憐だ」
ジザスは、再びそう呟かざるを得なかった。
「じゃ、じゃあ、すぐにテーブルと椅子を用意しますね! お待ち下さい!」
そう言って、店内に消えるフェーンの後ろ姿を見送りながら、胸をときめかせているジザスの顔を横目で見ながら、ヒースは心中密かに悩んでいた。
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