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第四章 Cross Thought
大教主と使者
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アタカードの関は、バルサ王国首都チュプリと自由貿易都市サンクトルの間に広がる、果無の樹海を横断する唯一の街道、コドンテ街道の中間地点に設けられた巨大な関所である。
石造りの厚い防壁に覆われた様は、もはや堅牢な城塞であった。
樹海を横断できる経路は、現状コドンテ街道しかない。必然的にチュプリとサンクトルを行き来する旅人や商人、そしてキャラバン隊は、必ずこの関所を通過する事になる。
更に、バルサ王国東部より、軍勢が王都に向かって押し寄せようとする場合も同様。アタカードの関を抜けなければ、チュプリに侵攻する事は叶わない。
逆に言えば、アタカードの関を陥されてしまうと、チュプリから東部へ抜ける道が閉ざされ、バルサ王国が東部へ及ぼす影響力を著しく削ぐ事になる。それどころか、東部からの侵攻に対して、王都はその柔らかい横腹を晒す事になるのだ。
その為、このアタカードの関所は、戦略的に非常に重要な拠点だと言えた。
そして現在、アタカードの関には、通常駐屯している2000人の守備隊に加えて、バルサ二世直属の近衛軍1500人も駐留している。
とはいえ、以前は3000人だったのを考えると、大分減っている。
しかも、国王バルサ二世はここにはもう居ない。国王は、事態の膠着化に伴い、一ヶ月前にチュプリへと戻っていた。
……何故、バルサ王国とチャー傭兵団の対立が膠着しているのか……それは、サンクトルのギルド長の存在の為だ。
バルサ二世が、近衛軍3000を率い、アタカードの関に到着し、いざサンクトルへ進軍しようという矢先、チャー傭兵団に厳重に護衛されたサンクトルギルド長の使者が、謁見を乞いに現れた。
使者は、一通の親書を携えており、その内容は
『現在のサンクトルは、英明なるチャー傭兵団団長の元で適切に統治されており、救援の為の派兵は不要である』
――というものだった。
バルサ王国側は、この親書にひどく困惑した。
『バルサ王国軍の派兵は望まない』と、サンクトルの統治者たるギルド長直筆の書状に明記されている以上、バルサ王国軍は、サンクトルへ侵攻する大義名分を喪う。
サンクトルは、バルサ王国領ではなく、どこにも属さない自由貿易都市である。無許可での武力動員は、自治権への侵害となる。
――もちろん、ギルド長の親書が、チャー傭兵団が彼に対して無理矢理書かせたであろう事は明白ではある。
――だが、否定するに足る決定的証拠が無い。
結局、バルサ王国側はギルド長の親書の意向通り、軍事行動を中止せざるを得なかった――。
そして、事態は膠着したまま現在へと至り、本日再び、サンクトルからの使者がアタカードの関を訪れたのである――。
◆ ◆ ◆ ◆
アタカードの関の一室で、サンクトルからの使者が二人、跪いて待っている所へ、一人の老人が部屋に入ってきた。
しわくちゃの顔に、白い顎髭をたくわえ、額には神職最高位を示す『アッザムの聖眼』を刻み込んだ――ラバッテリア教大教主その人であった。
「これはこれは、お待たせして申し訳ございせぬな。私が、この地にてバルサ二世陛下の名代を務めさせております、ヘリアンサスと申します。」
大教主は、頭を少し下げて挨拶をする。その表情は、一見にこやかなものだったが、目には油断のならない光が宿っている。
対する、チャー傭兵団よりの使者であるゲソスは、緊張で顔面を蒼白にしながら、ボソボソと口を開く。
「お……恐れ入ります。私は、ゲソスと申しまして……え――……大教主様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「ホッホッホッ、今更堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。――顔をお上げ下され……えーと……ゲソス殿と……?」
「……ジャスミンと申します」
そう言って、チャー傭兵団からの使者に付き従う者は、目深に被ったフードを脱ぐ。キラキラ輝く黒曜石を彷彿とさせる瞳を持った、端正な容貌が露わになる。
「――! ホッホッホッ……これはこれは――」
「本日、謁見を賜りました用件につきましては、まずこの親書に目をお通し下さい」
思いもかけぬ顔と再会し、内心でひどく驚いた大教主だが、ジャスミンが彼の言葉を中途で遮り、微かに首を横に振ったのを見て、全てを察して、小さく頷く。
「――拝見致しましょう」
大教主は、ゲソスの手から書状を受け取ってその封を切り、中の文面に目を通す。
「――ホホッ。これはまた……」
読み終わった大教主の口から、思わず苦笑がこぼれた。
「――随分と身の程知らず……大胆なご提案を為されますな。『サンクトルでのチャー傭兵団の正式支配を認めろ』と仰られますか」
糸のように細い、大教主の目が、ギラリと剣呑な光を放った。
「あ――あの……いえ……その」
「大変恐縮でございますが、些か解釈が違います」
大教主の眼光をまともに受けて、オロオロと狼狽えるゲソスに代わって、口を開いたのはジャスミンだった。
「『認めろ』ではなく、『チャー傭兵団が正式に支配したのでヨロシク』……という、事実の宣告です」
「…………ほう」
「お……オイ、貴様! もう少し柔らかい表現で……」
ジャスミンの直接的すぎる物言いに、大教主は眉を顰め、ゲソスは慌てて窘める。
「だって、それが事実でしょ? 今更オブラートに包んでもまだるっこしいだけですって! さっさと渡す親書渡して帰りましょうよ! モタモタしてたら、蒼紅並月祭パーティーに間に合わなくなりますよ!」
「おい! あまりベラベラ喋るな……」
「ホッホッホッ……何かイベントでもなさるのですか?」
ジャスミンの発言に反応する大教主。ジャスミンは、ウインクしてそれに答える。
「あ、ハイ。今度の双満月の夜に、サンクトルの住民と、チャー傭兵団全員が集まって、どんちゃん騒ぎをやろうって話になってまして。いやー、今から楽しみです! あ、良かったら、大教主様も如何ですか?」
「ホッホッホッ、それは楽しそうですねぇ……」
大教主は愉快そうに顎髭をしごいた。そして、手にした親書をひらひらさせながら言う。
「……とりあえず、この親書の件は、チュプリへとお伝えさせて頂きます。私では裁可できぬ事なので」
そう言うと、大教主は頭を下げて、
「……ご用件がそれだけなら、お引き取り下さい。誰かさんのお陰で私も色々と多忙な身ゆえ、ご容赦下され」
ニッコリ笑った。
ゲソスとジャスミンは、顔を見合わせると、大教主に深々と一礼して部屋を出ようとする。
――と、
「……ああ、そうそう、ジャスミン殿」
大教主は呼び止めた。
ジャスミンは足を止めて振り返る。
「……はい?」
「……パーム……という神官をご存知ですか?」
大教主は、真剣な顔で尋ねる。
「数ヶ月程前に、サンクトルへ用事に出したのですが、現在行方不明でして……そちらには居ないですか?」
「……さあ、分かりませんね」
ジャスミンは、首を横に振り、大教主の顔色が僅かに変わる。
が、ジャスミンは構わずに言葉を続けた。
「――ああ、そうそう」
「――?」
「サンクトルの歓楽街に、『飛竜の泪亭』という居酒屋がありましてね。そこに最近、フェーンという金髪碧眼の可愛い娘が入ったんですよ」
「……金髪碧眼――!」
大教主は、一瞬考えた後、ハッと目を見開いた。
ジャスミンは、ニコリと笑って言った。
「大教主様も一度会ってみれば、色々面白いと思いますよ」
「……ええ。是非とも近い内にお会いしたいと思います」
大教主も、そう答えるとニコリと笑った。――心からの笑顔で。
「……な、何の話だ?」
「はいはーい。部外者……じゃない、ゲソス様、サッサと帰りますよ~。早く帰って、パーティーの準備にかからないとね!」
ゲソスの背中を押し出しながら、ジャスミンは大教主にさり気なくウインクし、部屋から出ていった。
◆ ◆ ◆ ◆
――その日の夜。
「……では、ちょっと出かけてきますので、留守番をお願いしますよ」
略式神官旅装姿に身を包んだ大教主に突然そう言われ、近衛軍司令官は仰天した。
「……出かけるとは……? 大教主様、いったいどちらへ?」
「ホッホッホッ。いや何、パーティーのご招待を頂きましてね」
大教主は愉快そうに顎髭をしごく。
「ちょっと、どんちゃん騒ぎに混ざってくるだけですよ。ホッホッホッ」
石造りの厚い防壁に覆われた様は、もはや堅牢な城塞であった。
樹海を横断できる経路は、現状コドンテ街道しかない。必然的にチュプリとサンクトルを行き来する旅人や商人、そしてキャラバン隊は、必ずこの関所を通過する事になる。
更に、バルサ王国東部より、軍勢が王都に向かって押し寄せようとする場合も同様。アタカードの関を抜けなければ、チュプリに侵攻する事は叶わない。
逆に言えば、アタカードの関を陥されてしまうと、チュプリから東部へ抜ける道が閉ざされ、バルサ王国が東部へ及ぼす影響力を著しく削ぐ事になる。それどころか、東部からの侵攻に対して、王都はその柔らかい横腹を晒す事になるのだ。
その為、このアタカードの関所は、戦略的に非常に重要な拠点だと言えた。
そして現在、アタカードの関には、通常駐屯している2000人の守備隊に加えて、バルサ二世直属の近衛軍1500人も駐留している。
とはいえ、以前は3000人だったのを考えると、大分減っている。
しかも、国王バルサ二世はここにはもう居ない。国王は、事態の膠着化に伴い、一ヶ月前にチュプリへと戻っていた。
……何故、バルサ王国とチャー傭兵団の対立が膠着しているのか……それは、サンクトルのギルド長の存在の為だ。
バルサ二世が、近衛軍3000を率い、アタカードの関に到着し、いざサンクトルへ進軍しようという矢先、チャー傭兵団に厳重に護衛されたサンクトルギルド長の使者が、謁見を乞いに現れた。
使者は、一通の親書を携えており、その内容は
『現在のサンクトルは、英明なるチャー傭兵団団長の元で適切に統治されており、救援の為の派兵は不要である』
――というものだった。
バルサ王国側は、この親書にひどく困惑した。
『バルサ王国軍の派兵は望まない』と、サンクトルの統治者たるギルド長直筆の書状に明記されている以上、バルサ王国軍は、サンクトルへ侵攻する大義名分を喪う。
サンクトルは、バルサ王国領ではなく、どこにも属さない自由貿易都市である。無許可での武力動員は、自治権への侵害となる。
――もちろん、ギルド長の親書が、チャー傭兵団が彼に対して無理矢理書かせたであろう事は明白ではある。
――だが、否定するに足る決定的証拠が無い。
結局、バルサ王国側はギルド長の親書の意向通り、軍事行動を中止せざるを得なかった――。
そして、事態は膠着したまま現在へと至り、本日再び、サンクトルからの使者がアタカードの関を訪れたのである――。
◆ ◆ ◆ ◆
アタカードの関の一室で、サンクトルからの使者が二人、跪いて待っている所へ、一人の老人が部屋に入ってきた。
しわくちゃの顔に、白い顎髭をたくわえ、額には神職最高位を示す『アッザムの聖眼』を刻み込んだ――ラバッテリア教大教主その人であった。
「これはこれは、お待たせして申し訳ございせぬな。私が、この地にてバルサ二世陛下の名代を務めさせております、ヘリアンサスと申します。」
大教主は、頭を少し下げて挨拶をする。その表情は、一見にこやかなものだったが、目には油断のならない光が宿っている。
対する、チャー傭兵団よりの使者であるゲソスは、緊張で顔面を蒼白にしながら、ボソボソと口を開く。
「お……恐れ入ります。私は、ゲソスと申しまして……え――……大教主様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「ホッホッホッ、今更堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。――顔をお上げ下され……えーと……ゲソス殿と……?」
「……ジャスミンと申します」
そう言って、チャー傭兵団からの使者に付き従う者は、目深に被ったフードを脱ぐ。キラキラ輝く黒曜石を彷彿とさせる瞳を持った、端正な容貌が露わになる。
「――! ホッホッホッ……これはこれは――」
「本日、謁見を賜りました用件につきましては、まずこの親書に目をお通し下さい」
思いもかけぬ顔と再会し、内心でひどく驚いた大教主だが、ジャスミンが彼の言葉を中途で遮り、微かに首を横に振ったのを見て、全てを察して、小さく頷く。
「――拝見致しましょう」
大教主は、ゲソスの手から書状を受け取ってその封を切り、中の文面に目を通す。
「――ホホッ。これはまた……」
読み終わった大教主の口から、思わず苦笑がこぼれた。
「――随分と身の程知らず……大胆なご提案を為されますな。『サンクトルでのチャー傭兵団の正式支配を認めろ』と仰られますか」
糸のように細い、大教主の目が、ギラリと剣呑な光を放った。
「あ――あの……いえ……その」
「大変恐縮でございますが、些か解釈が違います」
大教主の眼光をまともに受けて、オロオロと狼狽えるゲソスに代わって、口を開いたのはジャスミンだった。
「『認めろ』ではなく、『チャー傭兵団が正式に支配したのでヨロシク』……という、事実の宣告です」
「…………ほう」
「お……オイ、貴様! もう少し柔らかい表現で……」
ジャスミンの直接的すぎる物言いに、大教主は眉を顰め、ゲソスは慌てて窘める。
「だって、それが事実でしょ? 今更オブラートに包んでもまだるっこしいだけですって! さっさと渡す親書渡して帰りましょうよ! モタモタしてたら、蒼紅並月祭パーティーに間に合わなくなりますよ!」
「おい! あまりベラベラ喋るな……」
「ホッホッホッ……何かイベントでもなさるのですか?」
ジャスミンの発言に反応する大教主。ジャスミンは、ウインクしてそれに答える。
「あ、ハイ。今度の双満月の夜に、サンクトルの住民と、チャー傭兵団全員が集まって、どんちゃん騒ぎをやろうって話になってまして。いやー、今から楽しみです! あ、良かったら、大教主様も如何ですか?」
「ホッホッホッ、それは楽しそうですねぇ……」
大教主は愉快そうに顎髭をしごいた。そして、手にした親書をひらひらさせながら言う。
「……とりあえず、この親書の件は、チュプリへとお伝えさせて頂きます。私では裁可できぬ事なので」
そう言うと、大教主は頭を下げて、
「……ご用件がそれだけなら、お引き取り下さい。誰かさんのお陰で私も色々と多忙な身ゆえ、ご容赦下され」
ニッコリ笑った。
ゲソスとジャスミンは、顔を見合わせると、大教主に深々と一礼して部屋を出ようとする。
――と、
「……ああ、そうそう、ジャスミン殿」
大教主は呼び止めた。
ジャスミンは足を止めて振り返る。
「……はい?」
「……パーム……という神官をご存知ですか?」
大教主は、真剣な顔で尋ねる。
「数ヶ月程前に、サンクトルへ用事に出したのですが、現在行方不明でして……そちらには居ないですか?」
「……さあ、分かりませんね」
ジャスミンは、首を横に振り、大教主の顔色が僅かに変わる。
が、ジャスミンは構わずに言葉を続けた。
「――ああ、そうそう」
「――?」
「サンクトルの歓楽街に、『飛竜の泪亭』という居酒屋がありましてね。そこに最近、フェーンという金髪碧眼の可愛い娘が入ったんですよ」
「……金髪碧眼――!」
大教主は、一瞬考えた後、ハッと目を見開いた。
ジャスミンは、ニコリと笑って言った。
「大教主様も一度会ってみれば、色々面白いと思いますよ」
「……ええ。是非とも近い内にお会いしたいと思います」
大教主も、そう答えるとニコリと笑った。――心からの笑顔で。
「……な、何の話だ?」
「はいはーい。部外者……じゃない、ゲソス様、サッサと帰りますよ~。早く帰って、パーティーの準備にかからないとね!」
ゲソスの背中を押し出しながら、ジャスミンは大教主にさり気なくウインクし、部屋から出ていった。
◆ ◆ ◆ ◆
――その日の夜。
「……では、ちょっと出かけてきますので、留守番をお願いしますよ」
略式神官旅装姿に身を包んだ大教主に突然そう言われ、近衛軍司令官は仰天した。
「……出かけるとは……? 大教主様、いったいどちらへ?」
「ホッホッホッ。いや何、パーティーのご招待を頂きましてね」
大教主は愉快そうに顎髭をしごく。
「ちょっと、どんちゃん騒ぎに混ざってくるだけですよ。ホッホッホッ」
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