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第六章 Fighting Fate
動機と不在証明
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女は、ジャスミンにアザリーと呼ばれると、フッと笑みを浮かべた。
「……久しぶり、ジャス。――いつから気付いていたの?」
「――違和感を感じたのは、果無の樹海の中で最初に会った時……かな?」
ジャスミンは、静かに言った。それを聞いたアザレアの顔に、僅かな当惑が浮かぶ。
「……最初から――?」
「正確には、初対面の女に“ジャス”と呼ばれて、引っかからなかった俺自身にね。……俺をジャスと呼ぶのを許していた女は、今までアザレアとロゼリア姉ちゃんだけだからな。ふたり以外の女にジャス呼ばわりされて、俺の耳が聞き咎めない筈は無いんだ」
「……」
「あとは……言葉の端々に残る、アケマヤフィトで育った者にしか解らないような、僅かな訛り……それに、グラスを飲み干す時の、右手で縁を擦るクセ……それで、大体察してた」
「……さすがね。やたら鋭いのは、昔と変わらないわね。――私の変装も演技も、貴方にはバレバレだったって訳か」
俯いて呟くように言うアザレアに、ジャスミンは微笑んで、肩を竦めてみせる。
「俺は、『天下無敵の色事師』だからな。女の嘘を見破るのは得意さ」
「なら……何で今まで知らんぷりして、私をシレネとして扱っていたのよ?」
「そりゃ、女が必死につく嘘には、黙って騙されてやるのも、男の甲斐性だからさ」
ジャスミンは、そう言うと、一転して厳しい表情をする。
「――だけど、それはダメだ。その肉ダルマは、ロゼリア姉ちゃんの仇なんかじゃ無い。間違った仇討ちで、お前の手が汚れる事は――あの、優しかったロゼリア姉ちゃんを悲しませるだけだ……」
「な――何を言っているの! そんな訳無いじゃない!」
アザレアは、ジャスミンの言葉に対し、激しく首を振る。青ざめた顔を歪ませて、叫ぶ。
「コイツは、姉様の火術士の能力に目を付けて、己のものにしようと迫って拒絶されたから、あの日――姉様を手にかけたのよ!」
「――それは、無理だ」
「――! 無理って……?」
興奮して、目をギラギラと輝かせるアザレアに、ジャスミンは静かに、諭すように語りかける。
「――十年前の、2月12日……チャー……アケマヤフィト総督グリティヌス公は、クレオーメ大公による召還命令を受けて、迎えの騎士隊に囲まれながら、首都バスツールへ向かっている最中だったからさ。――つまり」
ジャスミンは、一呼吸吐いて、言葉を継ぐ。
「――あの日、コイツはアケマヤフィトから100ケイムは離れたところに居たって事だ」
「え――?」
「なあ――。そうだろ? チャー団長……いや、グリティヌス公?」
ジャスミンは、顎をしゃくって、牢の中で蹲る男に話を振った。
「そ――そうよぉん! 確かにアタシは、あの忌々しい召還令状のせいで、クソ寒い雪道を、馬車で首都へと向かわされていたわよん! まるで護送されてるみたいにね!」
「……実際、護送みたいなモンだったんでしょ? 色々ヤバい事が、中央にバレたから」
「何よぉおん! いいじゃないのよぉん! ちょっと、財政のピンハネをしたり、税金をちょ~っとだけ上げたりするくらい……!」
「七公三民を、『ちょ~っとだけ』ねえ……」
チャーの言い分に、呆れ果てた顔で呟くジャスミン。
「……あのべらぼうな税率のおかげで、何人の住民が路頭に迷って、凍死したと思ってんだよ……」
そう言う彼の顔に、一瞬険しいものが浮かんだが、首を振って気を取り直す。
「――で、その後、コイツは首都に入る前に、護送の騎士隊を振り切って逃走し、それから長く行方をくらませた訳だが……まあ、その話は、ココでは置いとこう」
ジャスミンは、難しい顔をする。
「つまり、ロゼリア姉ちゃんの事件が発生した日のグリティヌス公のアリバイは、騎士隊が周りをガッチリと固めていたせいで、ハッキリと成立している訳だ」
「……そ、そうよ! アタシは関係無いわよぉん! 第一、火術士の能力なんて、アタシは全然興味も無かったもの! アンタの姉を殺す動機が無いわよぉん!」
「――嘘! そんなの信じない! 姉様を殺したのは、この男よ! そうに決まっているじゃない!」
ジャスミンの説明にも、チャーの釈明にも、彼女は頑ななまでに納得しない。寧ろ、その怒気を一層強めて、長鞭を握る手に力を込める。
ジャスミンは、ふと表情を曇らせる。そして、彼女に近づき、背後からその肩に手をかけて囁いた。
「――なあ、アザリー……お前、肝心な事を見落として――いや、わざと目を逸らしていないか?」
「み……見落とし? ……わざと目を逸らす? 一体何のこ――」
「あの日、ロゼリア姉ちゃんを殺せるチャンスがあった人間が、一人居る。……いや、寧ろ、そいつしか居ない」
「――?」
ジャスミンの言葉に、当惑した表情を浮かべるアザレア。その顔を見たジャスミンも、怪訝な表情を浮かべる。
「……本当に解らないのか? ――お前、言ってただろう? あの日の朝、お前の家を訪ねてきたフードを被った男……」
ジャスミンは、アザレアの目を見ながら、静かにその名を告げた。
「――総督府のお抱え術士、フジェイルだよ」
「……久しぶり、ジャス。――いつから気付いていたの?」
「――違和感を感じたのは、果無の樹海の中で最初に会った時……かな?」
ジャスミンは、静かに言った。それを聞いたアザレアの顔に、僅かな当惑が浮かぶ。
「……最初から――?」
「正確には、初対面の女に“ジャス”と呼ばれて、引っかからなかった俺自身にね。……俺をジャスと呼ぶのを許していた女は、今までアザレアとロゼリア姉ちゃんだけだからな。ふたり以外の女にジャス呼ばわりされて、俺の耳が聞き咎めない筈は無いんだ」
「……」
「あとは……言葉の端々に残る、アケマヤフィトで育った者にしか解らないような、僅かな訛り……それに、グラスを飲み干す時の、右手で縁を擦るクセ……それで、大体察してた」
「……さすがね。やたら鋭いのは、昔と変わらないわね。――私の変装も演技も、貴方にはバレバレだったって訳か」
俯いて呟くように言うアザレアに、ジャスミンは微笑んで、肩を竦めてみせる。
「俺は、『天下無敵の色事師』だからな。女の嘘を見破るのは得意さ」
「なら……何で今まで知らんぷりして、私をシレネとして扱っていたのよ?」
「そりゃ、女が必死につく嘘には、黙って騙されてやるのも、男の甲斐性だからさ」
ジャスミンは、そう言うと、一転して厳しい表情をする。
「――だけど、それはダメだ。その肉ダルマは、ロゼリア姉ちゃんの仇なんかじゃ無い。間違った仇討ちで、お前の手が汚れる事は――あの、優しかったロゼリア姉ちゃんを悲しませるだけだ……」
「な――何を言っているの! そんな訳無いじゃない!」
アザレアは、ジャスミンの言葉に対し、激しく首を振る。青ざめた顔を歪ませて、叫ぶ。
「コイツは、姉様の火術士の能力に目を付けて、己のものにしようと迫って拒絶されたから、あの日――姉様を手にかけたのよ!」
「――それは、無理だ」
「――! 無理って……?」
興奮して、目をギラギラと輝かせるアザレアに、ジャスミンは静かに、諭すように語りかける。
「――十年前の、2月12日……チャー……アケマヤフィト総督グリティヌス公は、クレオーメ大公による召還命令を受けて、迎えの騎士隊に囲まれながら、首都バスツールへ向かっている最中だったからさ。――つまり」
ジャスミンは、一呼吸吐いて、言葉を継ぐ。
「――あの日、コイツはアケマヤフィトから100ケイムは離れたところに居たって事だ」
「え――?」
「なあ――。そうだろ? チャー団長……いや、グリティヌス公?」
ジャスミンは、顎をしゃくって、牢の中で蹲る男に話を振った。
「そ――そうよぉん! 確かにアタシは、あの忌々しい召還令状のせいで、クソ寒い雪道を、馬車で首都へと向かわされていたわよん! まるで護送されてるみたいにね!」
「……実際、護送みたいなモンだったんでしょ? 色々ヤバい事が、中央にバレたから」
「何よぉおん! いいじゃないのよぉん! ちょっと、財政のピンハネをしたり、税金をちょ~っとだけ上げたりするくらい……!」
「七公三民を、『ちょ~っとだけ』ねえ……」
チャーの言い分に、呆れ果てた顔で呟くジャスミン。
「……あのべらぼうな税率のおかげで、何人の住民が路頭に迷って、凍死したと思ってんだよ……」
そう言う彼の顔に、一瞬険しいものが浮かんだが、首を振って気を取り直す。
「――で、その後、コイツは首都に入る前に、護送の騎士隊を振り切って逃走し、それから長く行方をくらませた訳だが……まあ、その話は、ココでは置いとこう」
ジャスミンは、難しい顔をする。
「つまり、ロゼリア姉ちゃんの事件が発生した日のグリティヌス公のアリバイは、騎士隊が周りをガッチリと固めていたせいで、ハッキリと成立している訳だ」
「……そ、そうよ! アタシは関係無いわよぉん! 第一、火術士の能力なんて、アタシは全然興味も無かったもの! アンタの姉を殺す動機が無いわよぉん!」
「――嘘! そんなの信じない! 姉様を殺したのは、この男よ! そうに決まっているじゃない!」
ジャスミンの説明にも、チャーの釈明にも、彼女は頑ななまでに納得しない。寧ろ、その怒気を一層強めて、長鞭を握る手に力を込める。
ジャスミンは、ふと表情を曇らせる。そして、彼女に近づき、背後からその肩に手をかけて囁いた。
「――なあ、アザリー……お前、肝心な事を見落として――いや、わざと目を逸らしていないか?」
「み……見落とし? ……わざと目を逸らす? 一体何のこ――」
「あの日、ロゼリア姉ちゃんを殺せるチャンスがあった人間が、一人居る。……いや、寧ろ、そいつしか居ない」
「――?」
ジャスミンの言葉に、当惑した表情を浮かべるアザレア。その顔を見たジャスミンも、怪訝な表情を浮かべる。
「……本当に解らないのか? ――お前、言ってただろう? あの日の朝、お前の家を訪ねてきたフードを被った男……」
ジャスミンは、アザレアの目を見ながら、静かにその名を告げた。
「――総督府のお抱え術士、フジェイルだよ」
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