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第七章 夜闇が言い訳をしている
鎌と大蛇
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「そ――! その……銀髪は……!」
隊長と、護送の騎士達は、彼女の銀の髪を見て、目に見えてたじろいだ。
バルサ王国最強を誇るワイマーレ騎士団を一夜にして壊滅させたのが、誰もが創世神話で聴かされた覚えのある、伝説上の存在だった筈の“銀の死神”だったという噂は、騎士達の間でも広く囁かれていた。
その伝説的な災厄が、正に今、目の前で不気味に佇んでいる――。騎士達は、その表情に強い恐怖と怯えを浮かべながら、それを振り払わんと剣を握る手にグッと力を込めた。
そんな騎士達を前にして、彼女は、彫像の如く美しい無表情を保ったまま、再度問い直す。
「……もう一度問う。この馬車に乗せられているのは、チャーか?」
「そ……そうだ! それがどうした! 我々の邪魔立てをするというのなら、例えあの“銀の死神”といえど容赦はせぬぞ!」
隊長は、精一杯の勇気と威厳を掻き集め、大音声で叫んだ。
彼女は、隊長の恫喝にも動じる様子は見せず、静かな声で言う。
「……私を“銀の死神”と知った上で、抗うつもりか」
「……」
「――今の私は飢えていない。大人しく、その馬車を置いて立ち去るのであれば、お前達に危害を加える事は無いと保証しよう」
「……痴れ者が! 我らバルサ王国の騎士を舐めるな! たとえ、相手が“銀の死神”といえど、任務を放棄して逃散したとあらば、王国の名に泥を塗り、末代までの恥となろう! そのような恥辱を受ける事を良しとするような腰抜けは、この場には一人も居らぬわ!」
隊長はそう叫ぶと、持っていた松明を前方へ振った。それを合図として、騎士達が騎乗のまま、一斉に前方の死神へ向けて突撃する。
死神は、一瞬目を瞑り、小さく溜息を吐いた様だった。
「……愚かな。小さな誇りの為に、命を無駄に散らすか……」
彼女がそう呟くと同時に、ローブで隠れた左腕の辺りが、不気味に蠢いた。
先頭の騎馬が彼女に迫り、馬上の騎士が、彼女を脳天から一刀両断にせんと、振り上げた剣を裂帛の気合と共に振り下ろす。
「――がふっ……」
くぐもった断末魔の声を上げたのは、銀の死神ではなく、騎士の方だった。
馬ごと胴を横薙ぎに分断された騎士は、凍り付いた表情のまま上半身だけ宙を舞い、一拍おいて地面に叩きつけられた。
後続の騎馬は、首を飛ばされ横倒しになった馬の死骸に進路を遮られ、棒立ちになって急停止する。乗っていた騎士はバランスを崩して落馬し、起き上がろうとした瞬間に、兜ごと脳天を真っ二つに切り割られた。
「――!」
瞬く間に、仲間の騎士を二人も無惨に屠られ、残った騎士達に動揺が広がる。
眼前の死神は、変わらぬ無表情で、その場で佇んでいる。彼女の左腕からは、夜闇よりも一層黒い、巨大な鎌が生えていた。
「――これで解っただろう? お前達には、決して私は斃せない。大人しく馬車を置いて去ってく――」
「ひ――怯むなぁっ! 一斉にかかって、あの死神を討ち取り、手柄とせよ!」
懇願にも聞こえる、死神の言葉を遮るように、隊長は騎士達を叱咤し、再び松明を振り下ろした。
その合図を受けた騎士達は、互いに目配せをすると、三手に分かれ、左右と正面から同時に死神に斬りかかろうと、騎馬を疾駆させる。
「……愚かな」
そう一言だけ、死神は呟いた。その表情には、微かな哀しみの色が混じっていた。
「あ……あ……ああ……」
隊長は、言葉も出ない。ただただ目を見開いて、眼前を凝視するのみだ――。彼の前には、切り刻まれた部下達の欠片が、夥しい血の海に浸り散乱している惨状が広がっていた。
ぶちまけられた血と肉片の中で、ひとり悠然と佇む銀髪の美女が顔を上げ、ゾッとするほど美しい、青く光る瞳で、隊長をジッと見据える。
「……残ったのは、お前ひとりだな」
「ひ――!」
隊長は、情けない悲鳴を上げると、ずり落ちるように馬から下りた。そして、膝や掌が血に塗れるのも厭わず、這い蹲って死神に頭を下げる。
「……た、頼む! 馬車はお前に呉れてやる! チャーも引き渡す! だから……い、命だけは……!」
「……」
死神は、何も言わず、這い蹲る隊長の頭を無表情で見下ろし――、
次の瞬間、硬いブーツを履いた脚で、隊長の頭を蹴り上げた。
「ぶへあっ!」
爪先で鼻頭を潰された隊長は、鼻血を噴き出しながら、仰向けに倒れた。
「――た……たしゅけ――」
「――お前が、もっと早くその言葉を吐いていれば、お前とお前の部下の命は長らえていたものを。――遅すぎだ」
死神の平坦な声に、僅かに怒りの感情が混じる。
隊長は、鼻血が流れ続けるのも構わずに、彼女の脚に縋り付く。
「た、頼む……頼みますぅ! どうか、どうか、私だけでも……!」
「ダメだ」
隊長の懇願を、にべもなく拒絶し、彼女は言葉を継いだ。
「……もう、お前を助ける訳にはいかない。――お前は、自身の矮小な矜恃と愚かな状況判断の末に下された無謀な命令によって、無駄に命を散らした部下達の為にも、今ここで死なねばならない」
そう言い捨てると、彼女は左腕の大鎌の刃を、頭上に掲げる。
と、黒い霧は、瞬く間に大鎌から蠢く大蛇へと、その形を変えた。
「ひ……ひ――――!」
隊長は、顔面を引き攣らせ、ゴキブリのように不様に地面を這いずりながら、死神から離れようと足掻く。
だが、死神の左腕から生えた黒い大蛇は、一片の慈悲無く、彼の首筋に食らいついた。
「ただ殺すだけでは不十分だ……貴様は、喰ってやる」
そして、彼女のそう呟くと同時に、隊長の顔が恐怖と苦痛と苦悶とで歪む。
「あ……ああああ……ああああああああああぁあああっ!」
黒い大蛇の身体が紅と蒼に光り、それと共に、彼の身体は、瑞々しい果物が干からびていくように、みるみる萎んでいく。
やがて、隊長の断末魔の悲鳴は、掠れるように途絶えた。
そこには隊長の姿は無く、彼が身に着けていた鎧だけが、抜け殻のように地面に転がっているだけだった――。
隊長と、護送の騎士達は、彼女の銀の髪を見て、目に見えてたじろいだ。
バルサ王国最強を誇るワイマーレ騎士団を一夜にして壊滅させたのが、誰もが創世神話で聴かされた覚えのある、伝説上の存在だった筈の“銀の死神”だったという噂は、騎士達の間でも広く囁かれていた。
その伝説的な災厄が、正に今、目の前で不気味に佇んでいる――。騎士達は、その表情に強い恐怖と怯えを浮かべながら、それを振り払わんと剣を握る手にグッと力を込めた。
そんな騎士達を前にして、彼女は、彫像の如く美しい無表情を保ったまま、再度問い直す。
「……もう一度問う。この馬車に乗せられているのは、チャーか?」
「そ……そうだ! それがどうした! 我々の邪魔立てをするというのなら、例えあの“銀の死神”といえど容赦はせぬぞ!」
隊長は、精一杯の勇気と威厳を掻き集め、大音声で叫んだ。
彼女は、隊長の恫喝にも動じる様子は見せず、静かな声で言う。
「……私を“銀の死神”と知った上で、抗うつもりか」
「……」
「――今の私は飢えていない。大人しく、その馬車を置いて立ち去るのであれば、お前達に危害を加える事は無いと保証しよう」
「……痴れ者が! 我らバルサ王国の騎士を舐めるな! たとえ、相手が“銀の死神”といえど、任務を放棄して逃散したとあらば、王国の名に泥を塗り、末代までの恥となろう! そのような恥辱を受ける事を良しとするような腰抜けは、この場には一人も居らぬわ!」
隊長はそう叫ぶと、持っていた松明を前方へ振った。それを合図として、騎士達が騎乗のまま、一斉に前方の死神へ向けて突撃する。
死神は、一瞬目を瞑り、小さく溜息を吐いた様だった。
「……愚かな。小さな誇りの為に、命を無駄に散らすか……」
彼女がそう呟くと同時に、ローブで隠れた左腕の辺りが、不気味に蠢いた。
先頭の騎馬が彼女に迫り、馬上の騎士が、彼女を脳天から一刀両断にせんと、振り上げた剣を裂帛の気合と共に振り下ろす。
「――がふっ……」
くぐもった断末魔の声を上げたのは、銀の死神ではなく、騎士の方だった。
馬ごと胴を横薙ぎに分断された騎士は、凍り付いた表情のまま上半身だけ宙を舞い、一拍おいて地面に叩きつけられた。
後続の騎馬は、首を飛ばされ横倒しになった馬の死骸に進路を遮られ、棒立ちになって急停止する。乗っていた騎士はバランスを崩して落馬し、起き上がろうとした瞬間に、兜ごと脳天を真っ二つに切り割られた。
「――!」
瞬く間に、仲間の騎士を二人も無惨に屠られ、残った騎士達に動揺が広がる。
眼前の死神は、変わらぬ無表情で、その場で佇んでいる。彼女の左腕からは、夜闇よりも一層黒い、巨大な鎌が生えていた。
「――これで解っただろう? お前達には、決して私は斃せない。大人しく馬車を置いて去ってく――」
「ひ――怯むなぁっ! 一斉にかかって、あの死神を討ち取り、手柄とせよ!」
懇願にも聞こえる、死神の言葉を遮るように、隊長は騎士達を叱咤し、再び松明を振り下ろした。
その合図を受けた騎士達は、互いに目配せをすると、三手に分かれ、左右と正面から同時に死神に斬りかかろうと、騎馬を疾駆させる。
「……愚かな」
そう一言だけ、死神は呟いた。その表情には、微かな哀しみの色が混じっていた。
「あ……あ……ああ……」
隊長は、言葉も出ない。ただただ目を見開いて、眼前を凝視するのみだ――。彼の前には、切り刻まれた部下達の欠片が、夥しい血の海に浸り散乱している惨状が広がっていた。
ぶちまけられた血と肉片の中で、ひとり悠然と佇む銀髪の美女が顔を上げ、ゾッとするほど美しい、青く光る瞳で、隊長をジッと見据える。
「……残ったのは、お前ひとりだな」
「ひ――!」
隊長は、情けない悲鳴を上げると、ずり落ちるように馬から下りた。そして、膝や掌が血に塗れるのも厭わず、這い蹲って死神に頭を下げる。
「……た、頼む! 馬車はお前に呉れてやる! チャーも引き渡す! だから……い、命だけは……!」
「……」
死神は、何も言わず、這い蹲る隊長の頭を無表情で見下ろし――、
次の瞬間、硬いブーツを履いた脚で、隊長の頭を蹴り上げた。
「ぶへあっ!」
爪先で鼻頭を潰された隊長は、鼻血を噴き出しながら、仰向けに倒れた。
「――た……たしゅけ――」
「――お前が、もっと早くその言葉を吐いていれば、お前とお前の部下の命は長らえていたものを。――遅すぎだ」
死神の平坦な声に、僅かに怒りの感情が混じる。
隊長は、鼻血が流れ続けるのも構わずに、彼女の脚に縋り付く。
「た、頼む……頼みますぅ! どうか、どうか、私だけでも……!」
「ダメだ」
隊長の懇願を、にべもなく拒絶し、彼女は言葉を継いだ。
「……もう、お前を助ける訳にはいかない。――お前は、自身の矮小な矜恃と愚かな状況判断の末に下された無謀な命令によって、無駄に命を散らした部下達の為にも、今ここで死なねばならない」
そう言い捨てると、彼女は左腕の大鎌の刃を、頭上に掲げる。
と、黒い霧は、瞬く間に大鎌から蠢く大蛇へと、その形を変えた。
「ひ……ひ――――!」
隊長は、顔面を引き攣らせ、ゴキブリのように不様に地面を這いずりながら、死神から離れようと足掻く。
だが、死神の左腕から生えた黒い大蛇は、一片の慈悲無く、彼の首筋に食らいついた。
「ただ殺すだけでは不十分だ……貴様は、喰ってやる」
そして、彼女のそう呟くと同時に、隊長の顔が恐怖と苦痛と苦悶とで歪む。
「あ……ああああ……ああああああああああぁあああっ!」
黒い大蛇の身体が紅と蒼に光り、それと共に、彼の身体は、瑞々しい果物が干からびていくように、みるみる萎んでいく。
やがて、隊長の断末魔の悲鳴は、掠れるように途絶えた。
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