好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜(アルファポリス版)

朽縄咲良

文字の大きさ
82 / 176
第七章 夜闇が言い訳をしている

死神と粛清

しおりを挟む
 死神は、邪魔者を排除した後、御者が逃げ出してそのままになっている馬車に近づいた。本能で危機と恐怖を感じ取り、怖れ嘶く馬たちと馬車とを繋ぐハーネスを、左腕の大鎌で容易く裁ち切る。
 拘束から解放された馬たちは、声高く嘶き、街道に蹄の音を響かせながら一目散に走り去った。
 彼女は、それには目もくれず、馬車側面のドアをこじ開ける。

「あ……アンタは――死神……いえ、ゼラ! 助けにきてく――おあああああああっ!」

 窓すら潰された馬車の中で、何事が起こっているのかすら分からず怯えていたチャーは、彼女の顔を見た途端、その蝦蟇のような醜悪な顔を喜色で綻ばせ――次の瞬間、死神に首根っこを掴まれて、まるで物のように馬車の外へと放り出された。
 ドスンと重い音を立てて、尻を強かに地面に打ちつけたチャーは、悲鳴を上げながら、尻を押さえてゴロゴロと転がり回る。

「い……痛った――い! ちょっとアンタ、もっと優しく助けなさいよぉん!」

 涙目で眼前の死神ゼラに食ってかかるチャーを、彼女は感情の欠片も浮かばない、冷え切った目で見下ろしていた。
 そして彼女は、凍りついた湖を思わせるような声で、彼に言う。

「……助ける? 何を言っている?」
「……ハァ?」

 ゼラの言葉に、チャーは一瞬呆気にとられた。首を傾げ、そして、その言葉の示す意味を理解した彼の顔色は、一瞬で蒼白になった。

「え――? ちょ、ちょっと待ってよ……。ジョ……冗談でしょ?」
「……」

 水面に上がった鯉のように、口をパクパクさせながら、チャーはジリジリと後ずさる。両手首を縛る縄を解こうと必死で藻掻くが、きつく締められた結び目は解けない。

「……ひょっとして、私がお前を助けに来たとでも思ったのか?」
「そ……そうでしょ? それ以外に無いじゃない! アイツが……いや、大公パパが、アタシを見捨てるなんて事……ありえないでしょ!」

 チャーは、激しく首を左右に振りながら喚く。

「大公は、アタシの事を、目に入れても痛くない程に可愛がっているのよ! だから、シュダの過剰な資金援助の要求にも、嫌な顔一つしないで応じてくれていたのよ! そんな大事なアタシを殺しなんてしたら――」
「――そう言うだろうと、あの男シュダは予想していた」

 ゼラは、チャーの話を途中で遮ると、懐から一通の書面を取り出し、チャーの目の前に突き出した。

「――読め。シュダから、お前への――“惜別の書”だそうだ」
「せ……惜別……ですって?」

 チャーは、緊張と恐怖で乾ききった口の中で舌を縺れさせながら、かすれた声で彼女の言葉を反芻し、彼女の手の上に乗せられた書状を、引ったくるように受け取った。
 両手を繋がれた上に震える指先で苦労しながら、ようやく封を破り、馬車の脇に吊るされたランタンの光の下で書状を広げると、目を血走らせながら文字を追う。

「…………ば、バカな……! ウソ……でしょ……?」

 彼の顔が、絶望と怒りと焦燥とで、醜く歪んだ。
 ――書面には、こう書いてあった。

『――やあ、元気かい、チャーくん……いや、グリティヌス公。
 残念ながら、君はもう用済みだ。
 此の度、クレオーメ大公陛下は、しろがねの死神ゼラの力に、いたく感銘をお受けになられ、彼女のである私に対して、これまで以上の莫大な援助を与える事をご決断なされた。――公国にとっての厄介者である君を保護し、監視してやるではない、純粋な組織支援としての手厚い援助をね。
 ――で、我々がその援助を与える為の条件として、君のを、大公から仰せつかった。大公陛下の御落胤を君の存在が、公国にとっての多大なリスクになるとの判断だろうね。
 まあ……つまり君は、些か好き勝手にやり過ぎたという事だよ。
 そういう訳だから、我がダリア傭兵団の為に、大人しく殺されて呉れ給え。
 ――本来は、アザレアに、姉の仇として討たれてほしかったのだがね……。
 とことん使えない男だよ、君は。

 では、チャーくん、御機嫌よう。
 私は、君の事が――――

 反吐が出る程嫌いだったよ』

 ――チャーは、書状を読み終えると、顔を伏せて、プルプルと小刻みに震え始めた。

「……い……いや……っ! 死にたく……死にたくないッ!」

 チャーは、涙と鼻水と涎で塗れた顔をクシャクシャにして、恥も外聞もなく泣き叫ぶ。

「ねェ! ゼラ……いえ、ゼラ様! どうか……どうかアタシを見逃してぇん! アタシの……アタシの全てをあげるからぁん!」

 そう叫ぶと、チャーは、ゼラに向けて身体を投げ出した。
 意外な行動に、ゼラは意表を突かれたのか、咄嗟にチャーを胸で受け止め、彼を抱きかかえる姿勢になる。
 彼女の胸に顔を埋めたチャーは――ニヤリと笑った。

「――隙ありよぉん! 『アイサムの かいなを以て 掻き抱く 熱き抱擁 全てを凍らす』!」

 瞬間、チャーの腕から凄まじい冷気が発散された。
 空気中の水分がゼラの周囲を取り巻く様に凍りつき、瞬く間に彼女の身体を、巨大な氷の柱の中に閉じ込める。

「――は、ハハッ! アハハハハハッ!」

 チャーは、それまでの緊張と恐怖から解き放たれ、狂った様な哄笑を氷柱の中のゼラに浴びせる。

「ギャハハハッ! 銀の死神ゼラと持て囃されても、大した事無いわねぇん! アタシの奥の奥の手を以てすれば、アンタなんか……」

 勝ち誇ったチャーの言葉は、途中でかき消された。
 凍りつかされたはずのゼラの青い瞳が、ギロリと動いて、彼を見据えたのだ。

「ヒ――ヒエエッ!」

 次の瞬間、彼女の左腕……を象った黒い霧の集まりが、みるみる膨張していく。
 黒い霧は、氷柱の僅かな亀裂や隙間をあまねく浸食していき、徐々に亀裂を、深く長く広げていく。

 ピシッ……ビシィッ……

「え……? ――う、ウソでしょ?」

 氷柱の中から響き始めた不吉な音に、チャーは激しく狼狽える。彼の眼前の氷の柱は、膨張し続ける“質量を持った黒い霧”のせいで、無数の亀裂が入っている。

「そ……んなバカな……! その氷の柱は、タダの氷の柱なんかじゃないのよん! 決して溶けず、割れず、砕けな――!」

 彼の声は、氷の柱が砕け散る、耳をつんざく轟音に掻き消された。

「ば……バ……バカなあぁぁぁんッ!」

 絶望の悲鳴を上げるチャーに、無数の氷の欠片が降り注ぐ。
 両腕で顔を庇う彼の目の前には、氷柱を粉々に砕いた黒い霧を、左腕の切断面へと収束させつつあるゼラが、相変わらずの無表情で立っていた。

「ひ……ヒイイッ! こ……このバケモノがああぁッ!」
「……生憎と、その呼び方は言われ慣れている」

 彼の罵倒にも眉根一つ動かさず、ゼラは左腕の霧を新たな形態へと変える。
 蠢きながら、黒い霧が形作ったのは……、巨大なバスタードソードだった。

「……そろそろ、終わりにしよう」
「ひ……ヒイイッ! 止めて……アタシはまだ、死にたくなぁいッ!」

 チャーは、ペタリと地べたにへたり込み、必死で命乞いをする。だが、ゼラは漆黒のバスタードソードを頭上に掲げながら、静かに告げる。

「……お前にも、安らかな死を」
「い……いやあああアッ!」

 チャーの悲鳴を裁ち切るように、ゼラは無慈悲に大剣を、彼の眉間目掛けて振り降ろす。哀れ、チャーの顔面は真っ二つにに両断――

「…………!」

 ――されなかった。
 彼女の必殺の一撃は、巨大な棍棒によって受け止められていた。

「――おいおい。知らない内に、騎士どもに置き去りにされちまって、慌てて追いかけてきたら、実に良いタイミングで追い付けたみたいだな!」

 ゼラの遥か頭上から、大地に炸裂する稲妻の如き声が降ってきた。
 彼女は、無表情のまま、左上を見上げる。
 馬車のランタンの光に、全身古傷まみれの、巨大な体躯を持つ男が照らし出された。

「よぉ、はじめまして。お前が、噂に名高い“しろがねの死神”って奴だな」

 彼はそう尋ねると、口角を上げて、巨大な牙の様な犬歯を剥き出しにして豪快に笑う。

「会えて嬉しいぜ。俺はヒースだ。いわゆるひとつの――お前を斃す男だよ」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

事務仕事しかできない無能?いいえ、空間支配スキルです。~勇者パーティの事務員として整理整頓していたら、いつの間にか銅像が立っていました~

水月
恋愛
「在庫整理しかできない無能は不要だ」 第一王子から、晩餐会の場で婚約破棄と国外追放を告げられた公爵令嬢ユズハ。 彼女のギフト【在庫整理】は、荷物の整理しかできないハズレスキルだと蔑まれていた。 だが、彼女は知っていた。 その真価は、指定空間内のあらゆる物質の最適化であることを。 追放先で出会った要領の悪い勇者パーティに対し、ユズハは事務的に、かつ冷徹に最適化を開始する。 「勇者様、右腕の筋肉配置を効率化しました」 「魔王の心臓、少し左にずらしておきましたね」 戦場を、兵站を、さらには魔王の命までをも在庫として処理し続けた結果、彼女はいつしか魔王討伐勇者パーティの一人として、威圧感溢れる銅像にまでなってしまう。 効率を愛する事務屋令嬢は、自分を捨てた国を不良債権として切り捨て、再出発する。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

ジャングリラ~悪魔に屠られ魔王転生。死の森を楽園に変える物語~

とんがり頭のカモノハシ
ファンタジー
「別の世界から勇者を召喚する卑怯な手口」に業を煮やした堕天使・ルシファーにより、異世界へ魔王として転生させられた大学生・左丹龍之介。 先代・魔王が勇者により討伐されて100年――。 龍之介が見たものは、人魔戦争に敗れた魔族が、辺境の森で厳しい生活を余儀なくされている姿だった。 魔族の生活向上を目指し、龍之介は元魔王軍の四天王、悪魔公のリリス、フェンリルのロキア、妖狐の緋魅狐、古代龍のアモンを次々に配下に収めていく。 バラバラだった魔族を再び一つにした龍之介は、転生前の知識と異世界の人間の暮らしを参考に、森の中へ楽園を作るべく奔走するのだが……

処理中です...