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第七章 夜闇が言い訳をしている

死神と巨人

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 「ふんっ!」

 ヒースは、棍棒を握る右手に力を込めると、黒い霧のバスタードソードを撥ね飛ばした。
 ゼラは、すかさずその場から跳ね退き、ヒースから距離を取る。

「ひ……ヒースちゃんっ! 助けに来てくれたのん? 愛してるわぁん!」
「――気持ち悪ぃ事言ってんじゃねえぞ……怖気が走る!」

 ヒースは、キスしようという勢いで纏わり付いてくるチャーを、丸太のような太い腕を振り回して突き飛ばした。

「ぶべえっ!」
「勘違いしてるんじゃねえぞツチブタ野郎。俺はお前を助けに来た訳じゃねえ」

 吹っ飛ばされ、街道脇の木の幹まで転がったチャーを横目に見て、ヒースは大棍棒を構え直す。

「お前を泳がせておけば、必ず口封じで刺客が差し向けられるだろうと踏んでたからな。暇つぶしになるかと思って、護送隊を追いかけてきたんだよ」

 そう言うと、彼は暗がりの向こうで沈黙を貫く銀の死神を一睨みし、狂暴な笑みを浮かべた。

「そしたら、案の定だったぜ。……にしても、よもやしろがねの死神様が直々に御出になるとはな……ククク、随分とじゃねえか、お前」

 ヒースは、ベロリと舌なめずりをする。

「おかげで、最高にゾクゾクする暇つぶしに――」

 ヒースは、息を吸うと前傾姿勢で膝を曲げ、その人並み外れた脚力で地面を蹴り、

「――なりそうだぜッ!」

 爆発的な加速で死神へと近づき、大きく振りかぶった大棍棒を、彼女の頭上に振り下ろした。

「――!」

 ゼラは、左腕の黒霧のバスタードソードで、大棍棒を受けた……が、ヒースの渾身の一撃に力負けし、大きく体勢を崩される。

「おうらあああああっ!」

 ヒースはその隙を逃さず、受け止められた大棍棒を横にスライドさせ、手首を返し、今度は横薙ぎで彼女の左胴を狙う。

「――」

 と、ゼラの左腕のが、バスタードソードの形状から、文字通り“霧散”した。
 拡散した黒霧は、ゆらゆらと揺らぎながら、別の形状へと変化していく。
 ゴキィッ……と、大質量がぶつかる鈍い音が、夜闇に包まれた樹海に響き渡った。

「ほう……!」

 ヒースは、思わず感嘆の声を漏らす。
 彼女の左腕の黒霧が、一瞬で漆黒の楯へと形を変えて、ヒースの大棍棒を受け止めていた。

「……その能力、あの色男を思い出させるな――」
「……」

 ゼラは、ヒースの呟きにも無反応で、次の行動に移る。
 黒い楯を、今度は黒いワニの口に変化させて、大棍棒をガッチリと銜え込んだ。

「お――?」

 ゼラの左腕の変化に、ヒースは眉を上げた。

「おいおい、随分便利だな、その左腕。そんな変化も出来るのかい?」

 彼女は、ヒースの声にも応えず、銜え込んだ大棍棒を奪い取ろうと力を込めるが、大棍棒はピクリとも動かない。
 ヒースは、ニヤリと笑った。

「ん? 何かしたのかい?」
「……」
「おら、お返しだっ!」

 ヒースは、逆に大棍棒を大きく振った。左腕の黒霧を大ワニのあぎとに変化させて、ヒースの大根棒を深く銜え込んでいた事が災いし、ゼラの身体は振り回された大棍棒に引っ張られるように宙を舞う。

「――!」

 すかさず、ゼラはワニの顎を開き、大棍棒からを離す。彼女は、大きく吹き飛ばされながら、空中で体勢を整えて、20エイム程離れた地面へ音も無く着地する。

「いいわよぉん、ヒースちゃん!」

 木の幹にもたれかかりながら、ヒースに向かって快哉を叫ぶチャーに、思わず渋面になるヒース。

「……何だよ、せっかく楽しんでるのに、汚え声で水を差すんじゃねえよ!」
「何よぉん! 汚い声なんて失礼ねぇん! せっかく応援してあげてるんじゃないのよぉん!」

 むくれるチャーの顔を見て、顔を顰めたヒースは、ズカズカと大股で彼の元へ向かう。

「な……何よぉっ! お……怒ったのぉん? ちょっと……ぼ、暴力ハンターイ!」
「……」

 ヒースはツッコむ気力も失せた顔で、無言でチャーの腕を取った。そして、彼の手首を縛る太い縄を、いとも容易く引き千切った。

「ど……どどど……どうしたの?」
「もう、お前に用は無いからよ。さっさと消えてくれ。折角の楽しい殺し合いたたかいの最中に、さっきみたいな白ける騒音せいえんを聞きたくねぇ……」
「……い、いいの?」
「うるせぇッ! 俺の気が変わらない内に、とっとと失せやがれッ!」

 目をパチクリさせるチャーに、苛立って牙を剥き出しながら、ヒースは怒鳴る。
 チャーは、「ひ、ヒイイッ!」と悲鳴を上げて、一目散に逃げ出した――樹海の奥へと。

「あ――おい、そっちは……!」

 慌てて引き止めるが、恐怖で錯乱したチャーの耳には届かない。彼のバル樽の様な短軀は、あっという間に、樹海の深い闇の中へ消えていった。
 ヒースは、やれやれと肩を竦めて呟く。

「……まあ、いいか。――っと!」

 ヒースは、幽かな風切り音を耳にして、咄嗟に身を翻す。数瞬前まで彼が居た場所に、三体の黒い大蛇が牙を突き立てた。

「……おやおや、お怒りかい?」

 ヒースは、巨躯に似合わぬ軽快な動きで、大きく跳躍し、地響きを立てて着地すると、ニヤリと不敵に嘲笑ってみせた。

「――そりゃそうか。何せ俺が標的ターゲットを逃しちまったから、大切なの言いつけを守れなくなっちまったからな」
「……黙れ」

 闇の向こうから聞こえてきた死神の声を耳にして、ヒースは眉を上げた。彼女の声色に、幽かな感情の揺れを感じ取ったのだ。

「……本当に怒っているのか?」
「…………」

 彼の問いかけの返事として返ってきたのは、あぎとを大きく開けて彼の首筋を狙う、黒い大蛇の群れだった。
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