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第七章 夜闇が言い訳をしている
無表情と笑顔
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「おおっと」
ヒースは、迫り来る黒い大蛇を、大棍棒ではたき落とした。同時に、左脚を振り上げ、死角から襲いかかってきたもう一匹の黒蛇を蹴り飛ばす。
「――!」
「無駄だ! 今のお前の攻撃には殺気が籠もっている。――バレバレなんだよっ!」
彼は、二匹の黒蛇の元――暗闇に潜む死神の方を正確に向いて叫んだ。
「――どうした? さっきとはまるで違うじゃねえか? さっきまでは、まるで霞かレイスを相手にしているように、フワフワと掴み所の無い戦いっぷりだったが、今のお前は、殺気が漏れまくりで――つまらねえっ!」
「……!」
また、気配が揺らいだ。――次の瞬間、音も無く跳躍した死神が、暗黒の闇の中からヒースに向かって突っ込んでくる。
だが、彼女の殺気を感じているヒースには、その動きは手に取るように分かっていた。
「だから――!」
ヒースは、彼の心臓目がけて突き出された漆黒の槍の穂先を最小限の動きで躱し、彼女の顔面に向けて、交差法気味の裏拳を繰り出した。――裏拳といえど、巨漢のヒースの放つ超重量級の裏拳だ。まともに食らえば、致死級のダメージを彼女に与えるであろう。
ゼラは、身を屈めて裏拳を躱そうとしたが、僅かに及ばず、ヒースの拳が彼女の頭部を僅かにかすった。その為、顔面をグシャグシャに潰される事は回避できたものの、かすめた拳の衝撃と風圧で、体勢を崩し、石畳の上に、激しく身体を打ちつける。
「おうらああああっ!」
ヒースは、ドラゴンの咆吼のような雄叫びを上げて、彼女の顔面目がけて、巨大な脚を振り下ろす。
ゼラは、石畳を転がって、間一髪でその攻撃を回避した。
「逃がす――か……!」
すかさず追い打ちをかけようとして、ヒースは違和感を感じて立ち止まった。
――彼の脇腹に、ゼラの左腕から伸びた、黒い大蛇が牙を突き立てていた。
「……転がっている間に変化させていたのか――!」
「……終わりだ」
目を丸くするヒースに、ただ一言そう告げると、ゼラは左腕の大蛇に意識を集中させた。先程の隊長にした時と同じように、大蛇の顎を以て、ヒースの身体に満ちる“雄氣”と“雌氣”――即ち“生氣”を吸い出し尽くそうとする。
ヒースの身体からゼラの方へと、紅と蒼の光が、大蛇の身体を経由してどんどん吸い出されていく。
「う……うおっ!」
ヒースは、激しい倦怠感を感じて、片膝をついた。その顔が、初めて歪む。
気力と一緒に、意識まで持っていかれそうだ――。
ヒースは、拳を握って、脇腹に食らいついた大蛇を力の限り打擲し、己の脇腹から引き剥がそうと藻掻く。――が、彼の尋常ならざる怪力の全てを以てしても、食いついた蛇の顎は外れない。
――ならば!
「ぐ……ぐ……ぐおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」
即断したヒースは、獅子でさえ怯え竦むような咆哮を上げながら、力を尽くして引きちぎった。
――大蛇に食いつかれた己の脇腹の肉を。
「が……はあっ! はあぁっ……!」
自ら肉を抉った脇腹から夥しい血を流しながら、ヒースはゼラの方へと向き直った。激しく息を乱しながら、血走った目で彼女を睨みつける。
「…………」
――ゼラは、目の前で起こった事に、茫然として、地面に投げ出された漆黒の大蛇を凝視していた。
そして、顔を俯けて、右手で前髪を捩り始める。
「…………ふ……ふふ」
「……な、何だよ……?」
「……フフフフッ! アハハハハハハ!」
「――な、な?」
「アハハハハハハハハハハハ――ッ!」
突然、ゼラは堰を切ったように爆笑い出した。先程までの、冷徹で寡黙な彼女の突然の豹変に、ヒースは大いに戸惑う。
「――いいな、お前! 実にいい!」
「――! ――?」
混乱するヒースを尻目に、実に愉快そうな声でゼラは笑い、その顔を上げた。
――先程までの無表情とは打って変わった、満面の笑みが、その顔には広がっていた。
「――――!」
ゼラの顔は、彼女の人並外れた美貌をこの上なく引き立てた――厳冬を乗り越え、春に咲き誇る花のような目映い笑顔だった。
――ヒースは、彼女の笑顔に、全く彼らしくもなく、見惚れてしまった。
「……私の“捕食”を切り抜けたのは、お前が初めてだ。――気に入った。……お前ならば、この私を壊せるかもしれない」
「……『壊せる』、だと?」
訝しげに聞き返すヒースの声には応えず、ゼラは、黒い大蛇を霧散させて、元の左腕の形に変化させ直した。
そして、乱れたコートの裾を直す彼女の顔は、元の無表情に戻っていた。
彼女は、平坦な声で、淡々と告げる。
「――今日はこの辺で失礼する。――また見えよう……ええと」
「……何でい……忘れたのかよ? ――俺はヒースだ。覚えておけ」
「ヒース……分かった。覚えよう」
そう反芻すると、ゼラは頷き、微かに笑みを浮かべた。――その艶やかな微笑に、ヒースの心臓の鼓動が、また少し乱れる。
「では、ヒース……またな。また会える日を楽しみにしているぞ」
「……て、マジで逃げるのかよ! まだ勝負はついてね――!」
「逃げではない。対象が逃散した為に、これ以上戦う理由も、ここに留まる理由も無くなっただけだ。それに――」
そう言うと、彼女はヒースの脇腹を指差した。
「お前とは、改めて万全の状態で戦いたい。……そう遠くない内に、その機会は訪れるだろう」
「……」
「では……またな」
その声を残して、ゼラの気配は忽然と消え去った。
一人残されたヒースは、血が流れ続け、焼けるように痛む脇腹の傷も忘れたように、茫然と佇み続けていた。
ヒースは、迫り来る黒い大蛇を、大棍棒ではたき落とした。同時に、左脚を振り上げ、死角から襲いかかってきたもう一匹の黒蛇を蹴り飛ばす。
「――!」
「無駄だ! 今のお前の攻撃には殺気が籠もっている。――バレバレなんだよっ!」
彼は、二匹の黒蛇の元――暗闇に潜む死神の方を正確に向いて叫んだ。
「――どうした? さっきとはまるで違うじゃねえか? さっきまでは、まるで霞かレイスを相手にしているように、フワフワと掴み所の無い戦いっぷりだったが、今のお前は、殺気が漏れまくりで――つまらねえっ!」
「……!」
また、気配が揺らいだ。――次の瞬間、音も無く跳躍した死神が、暗黒の闇の中からヒースに向かって突っ込んでくる。
だが、彼女の殺気を感じているヒースには、その動きは手に取るように分かっていた。
「だから――!」
ヒースは、彼の心臓目がけて突き出された漆黒の槍の穂先を最小限の動きで躱し、彼女の顔面に向けて、交差法気味の裏拳を繰り出した。――裏拳といえど、巨漢のヒースの放つ超重量級の裏拳だ。まともに食らえば、致死級のダメージを彼女に与えるであろう。
ゼラは、身を屈めて裏拳を躱そうとしたが、僅かに及ばず、ヒースの拳が彼女の頭部を僅かにかすった。その為、顔面をグシャグシャに潰される事は回避できたものの、かすめた拳の衝撃と風圧で、体勢を崩し、石畳の上に、激しく身体を打ちつける。
「おうらああああっ!」
ヒースは、ドラゴンの咆吼のような雄叫びを上げて、彼女の顔面目がけて、巨大な脚を振り下ろす。
ゼラは、石畳を転がって、間一髪でその攻撃を回避した。
「逃がす――か……!」
すかさず追い打ちをかけようとして、ヒースは違和感を感じて立ち止まった。
――彼の脇腹に、ゼラの左腕から伸びた、黒い大蛇が牙を突き立てていた。
「……転がっている間に変化させていたのか――!」
「……終わりだ」
目を丸くするヒースに、ただ一言そう告げると、ゼラは左腕の大蛇に意識を集中させた。先程の隊長にした時と同じように、大蛇の顎を以て、ヒースの身体に満ちる“雄氣”と“雌氣”――即ち“生氣”を吸い出し尽くそうとする。
ヒースの身体からゼラの方へと、紅と蒼の光が、大蛇の身体を経由してどんどん吸い出されていく。
「う……うおっ!」
ヒースは、激しい倦怠感を感じて、片膝をついた。その顔が、初めて歪む。
気力と一緒に、意識まで持っていかれそうだ――。
ヒースは、拳を握って、脇腹に食らいついた大蛇を力の限り打擲し、己の脇腹から引き剥がそうと藻掻く。――が、彼の尋常ならざる怪力の全てを以てしても、食いついた蛇の顎は外れない。
――ならば!
「ぐ……ぐ……ぐおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」
即断したヒースは、獅子でさえ怯え竦むような咆哮を上げながら、力を尽くして引きちぎった。
――大蛇に食いつかれた己の脇腹の肉を。
「が……はあっ! はあぁっ……!」
自ら肉を抉った脇腹から夥しい血を流しながら、ヒースはゼラの方へと向き直った。激しく息を乱しながら、血走った目で彼女を睨みつける。
「…………」
――ゼラは、目の前で起こった事に、茫然として、地面に投げ出された漆黒の大蛇を凝視していた。
そして、顔を俯けて、右手で前髪を捩り始める。
「…………ふ……ふふ」
「……な、何だよ……?」
「……フフフフッ! アハハハハハハ!」
「――な、な?」
「アハハハハハハハハハハハ――ッ!」
突然、ゼラは堰を切ったように爆笑い出した。先程までの、冷徹で寡黙な彼女の突然の豹変に、ヒースは大いに戸惑う。
「――いいな、お前! 実にいい!」
「――! ――?」
混乱するヒースを尻目に、実に愉快そうな声でゼラは笑い、その顔を上げた。
――先程までの無表情とは打って変わった、満面の笑みが、その顔には広がっていた。
「――――!」
ゼラの顔は、彼女の人並外れた美貌をこの上なく引き立てた――厳冬を乗り越え、春に咲き誇る花のような目映い笑顔だった。
――ヒースは、彼女の笑顔に、全く彼らしくもなく、見惚れてしまった。
「……私の“捕食”を切り抜けたのは、お前が初めてだ。――気に入った。……お前ならば、この私を壊せるかもしれない」
「……『壊せる』、だと?」
訝しげに聞き返すヒースの声には応えず、ゼラは、黒い大蛇を霧散させて、元の左腕の形に変化させ直した。
そして、乱れたコートの裾を直す彼女の顔は、元の無表情に戻っていた。
彼女は、平坦な声で、淡々と告げる。
「――今日はこの辺で失礼する。――また見えよう……ええと」
「……何でい……忘れたのかよ? ――俺はヒースだ。覚えておけ」
「ヒース……分かった。覚えよう」
そう反芻すると、ゼラは頷き、微かに笑みを浮かべた。――その艶やかな微笑に、ヒースの心臓の鼓動が、また少し乱れる。
「では、ヒース……またな。また会える日を楽しみにしているぞ」
「……て、マジで逃げるのかよ! まだ勝負はついてね――!」
「逃げではない。対象が逃散した為に、これ以上戦う理由も、ここに留まる理由も無くなっただけだ。それに――」
そう言うと、彼女はヒースの脇腹を指差した。
「お前とは、改めて万全の状態で戦いたい。……そう遠くない内に、その機会は訪れるだろう」
「……」
「では……またな」
その声を残して、ゼラの気配は忽然と消え去った。
一人残されたヒースは、血が流れ続け、焼けるように痛む脇腹の傷も忘れたように、茫然と佇み続けていた。
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