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第七章 夜闇が言い訳をしている
酒宴と溶岩酒
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「サンクトル奪回を祝して~ッ! カンパーイ!」
累計何百回めかの乾杯の音頭と共に、そこかしこで杯が打ち合わされる。
サンクトルギルド庁改めチャー傭兵団本部改めサンクトル新ギルド庁の中庭で開催されている「サンクトル解放記念祝賀祭」は、既に三日目に突入していた。
あちこちで、死体……の様に眠りこける泥酔者達が転がる中、祭のボルテージは下がるどころか、ますます上がる一方だ。
「はいはいはーい! みんな~、おめでと~!」
その祭の中心で見目麗しい美女達に囲まれながら、ジャスミンは、バルが並々と注がれたジョッキを一気に飲み干した。
彼の左腕には、『実行委員長』と書かれた黄色の腕章が巻かれている。
「おう、ジャスミーン! 良い飲みっぷりだねぇ! どれ、もう一杯!」
と、肉屋のセネルが真っ赤な顔でフラつきながら、空になったジョッキに新たなバルを注ぎ込む。
「おいおい、ヘタクソだなぁ! 殆ど泡だけじゃないの!」
ジャスミンは苦笑しながらも、ジョッキを傾け、喉を鳴らしてグビグビと呷る。
「……ごっそさーん!」
「ヒューッ! 気持ちのいい飲みっぷりだなぁ! さすが『天下無敵の色事師』さんだ!」
「ジャスミン様、 ステキーッ!」
何杯ものバルを飲み干しながら、顔色ひとつ変わらないジャスミンに、酔客達からやんやの歓声が浴びせられる。
「ホッホッホッ。楽しい酒宴でございますのぉ、ジャスミン殿」
「お! 大教主の爺さん、お疲れちゃーん!」
背後からかけられた声に、ジャスミンは振り向きもせずに、杯を掲げて答える。
もちろん、他の民衆達は、他ならぬ大教主様に対して、そんなぞんざいな態度を取れるはずもない。皆一斉に顔色を変え、跪こうとする――が、
「ホッホッホッ、どうか皆さんそのままで。無礼講と参りましょうぞ」
そう、戯けた調子で、大教主直々から有難いお言葉を頂戴し、民衆の熱狂は最高潮に達した。
「大教主様に――カンパーイ!」
また、乾杯の音頭が至るところで交わされる。
大教主の前にも、バルを注がれたジョッキが差し出されるが、大教主は柔和な笑顔でそれを断った。
「あ! 失礼しやした……! やっぱり、聖職者様に酒はご法度でしたかね――?」
「いえいえ、そうではなくて――」
ジョッキを差し出したセネルが恐縮するのに、ゆるゆると首を横に振る大教主。
「バルではなくて――私は溶岩酒をストレートで頂戴致します」
「よ――」
「溶岩酒――ッ!」
「――を、ストレートでだって……?」
周囲の民衆達がどよめいた。
無理もない。"溶岩酒"とは、一口飲むだけで、胃の腑に煮え滾った溶岩を流し込んだ様な痛みと熱さをもたらす、超高濃度の蒸留酒である。
火を投げ込めば青く燃え上がる溶岩酒は、もはや酒と言うよりは、『申し訳程度の味が付いたアルコール』と言った方が近い。
そんな“危険物”を、目の前のしわくちゃの老人が飲もうというのだ。しかも、ストレートで――。
周囲を取り巻く住民達は、大教主への期待と不安で、お互いに顔を見合わせる。
「おいおい……ジイさん、マジで大丈夫かよ? 脳の血管トバして逝っちゃったら、実行委員長の俺の責任になるんだけどさぁ」
さすがのジャスミンも、これには心配顔を隠せない。
だが、当の大教主はニコニコ笑いを絶やさずに、溶岩酒が注がれたグラスを受け取り、クイッと一息に呷った。
固唾を呑んで見守るジャスミンと住民達――。
大教主は、空になったグラスを、ドヤ顔で掲げてみせる。
「お――オオオッ――!」
どよめく民衆――を、大教主は掌を挙げて鎮める。
大教主の静止を受けてシンと鎮まった会場を見回し、鷹揚に頷いてから、ジェスチャーで火を求める大教主。
すぐに、火の点いた付け木がリレーで回され、大教主に手渡される。
彼は、付け木の火と自身の口元を交互に指差し、観衆の注目を集めると――火を口元に近付ける。
「――ポッ」
と、止めていた息を吐くと同時に、口元から青い炎が噴き出す。
「……マハルドユドラゴンのマネ……ですじゃ」
「…………」
「……あれま。……ウケない? ――50年前はドッカンドッカンウケまくったのですが……」
狙いに反して、静寂が訪れた会場の雰囲気に、常時沈着冷静な大教主が、オロオロと狼狽える。
「……いやはや……参りましたな……。歳は取りたくな――」
「……お、おお……」
「オオオオオぉ――ッ!」
「大教主ッ! 大教主ッ! 大教主ッ! ウオオオオオ――ッ!」
一拍遅れて、会場はやんやの大喝采に包まれた。
「ホッホッホッ……いやはや……皆さんお人が悪い……。危うくスベったかと思って、何十年ぶりかで肝を冷やしましたぞ……」
と、額に浮いた冷や汗を拭く大教主。
その一方、
「な……何だよ、ジイさん……! そんな大道芸で、美味しいところ全部持っていきやがって……! く……悔しい~ッ!」
と、主役を完全に奪われた格好のジャスミンは、地団駄を踏んで悔しがるのだった……。
累計何百回めかの乾杯の音頭と共に、そこかしこで杯が打ち合わされる。
サンクトルギルド庁改めチャー傭兵団本部改めサンクトル新ギルド庁の中庭で開催されている「サンクトル解放記念祝賀祭」は、既に三日目に突入していた。
あちこちで、死体……の様に眠りこける泥酔者達が転がる中、祭のボルテージは下がるどころか、ますます上がる一方だ。
「はいはいはーい! みんな~、おめでと~!」
その祭の中心で見目麗しい美女達に囲まれながら、ジャスミンは、バルが並々と注がれたジョッキを一気に飲み干した。
彼の左腕には、『実行委員長』と書かれた黄色の腕章が巻かれている。
「おう、ジャスミーン! 良い飲みっぷりだねぇ! どれ、もう一杯!」
と、肉屋のセネルが真っ赤な顔でフラつきながら、空になったジョッキに新たなバルを注ぎ込む。
「おいおい、ヘタクソだなぁ! 殆ど泡だけじゃないの!」
ジャスミンは苦笑しながらも、ジョッキを傾け、喉を鳴らしてグビグビと呷る。
「……ごっそさーん!」
「ヒューッ! 気持ちのいい飲みっぷりだなぁ! さすが『天下無敵の色事師』さんだ!」
「ジャスミン様、 ステキーッ!」
何杯ものバルを飲み干しながら、顔色ひとつ変わらないジャスミンに、酔客達からやんやの歓声が浴びせられる。
「ホッホッホッ。楽しい酒宴でございますのぉ、ジャスミン殿」
「お! 大教主の爺さん、お疲れちゃーん!」
背後からかけられた声に、ジャスミンは振り向きもせずに、杯を掲げて答える。
もちろん、他の民衆達は、他ならぬ大教主様に対して、そんなぞんざいな態度を取れるはずもない。皆一斉に顔色を変え、跪こうとする――が、
「ホッホッホッ、どうか皆さんそのままで。無礼講と参りましょうぞ」
そう、戯けた調子で、大教主直々から有難いお言葉を頂戴し、民衆の熱狂は最高潮に達した。
「大教主様に――カンパーイ!」
また、乾杯の音頭が至るところで交わされる。
大教主の前にも、バルを注がれたジョッキが差し出されるが、大教主は柔和な笑顔でそれを断った。
「あ! 失礼しやした……! やっぱり、聖職者様に酒はご法度でしたかね――?」
「いえいえ、そうではなくて――」
ジョッキを差し出したセネルが恐縮するのに、ゆるゆると首を横に振る大教主。
「バルではなくて――私は溶岩酒をストレートで頂戴致します」
「よ――」
「溶岩酒――ッ!」
「――を、ストレートでだって……?」
周囲の民衆達がどよめいた。
無理もない。"溶岩酒"とは、一口飲むだけで、胃の腑に煮え滾った溶岩を流し込んだ様な痛みと熱さをもたらす、超高濃度の蒸留酒である。
火を投げ込めば青く燃え上がる溶岩酒は、もはや酒と言うよりは、『申し訳程度の味が付いたアルコール』と言った方が近い。
そんな“危険物”を、目の前のしわくちゃの老人が飲もうというのだ。しかも、ストレートで――。
周囲を取り巻く住民達は、大教主への期待と不安で、お互いに顔を見合わせる。
「おいおい……ジイさん、マジで大丈夫かよ? 脳の血管トバして逝っちゃったら、実行委員長の俺の責任になるんだけどさぁ」
さすがのジャスミンも、これには心配顔を隠せない。
だが、当の大教主はニコニコ笑いを絶やさずに、溶岩酒が注がれたグラスを受け取り、クイッと一息に呷った。
固唾を呑んで見守るジャスミンと住民達――。
大教主は、空になったグラスを、ドヤ顔で掲げてみせる。
「お――オオオッ――!」
どよめく民衆――を、大教主は掌を挙げて鎮める。
大教主の静止を受けてシンと鎮まった会場を見回し、鷹揚に頷いてから、ジェスチャーで火を求める大教主。
すぐに、火の点いた付け木がリレーで回され、大教主に手渡される。
彼は、付け木の火と自身の口元を交互に指差し、観衆の注目を集めると――火を口元に近付ける。
「――ポッ」
と、止めていた息を吐くと同時に、口元から青い炎が噴き出す。
「……マハルドユドラゴンのマネ……ですじゃ」
「…………」
「……あれま。……ウケない? ――50年前はドッカンドッカンウケまくったのですが……」
狙いに反して、静寂が訪れた会場の雰囲気に、常時沈着冷静な大教主が、オロオロと狼狽える。
「……いやはや……参りましたな……。歳は取りたくな――」
「……お、おお……」
「オオオオオぉ――ッ!」
「大教主ッ! 大教主ッ! 大教主ッ! ウオオオオオ――ッ!」
一拍遅れて、会場はやんやの大喝采に包まれた。
「ホッホッホッ……いやはや……皆さんお人が悪い……。危うくスベったかと思って、何十年ぶりかで肝を冷やしましたぞ……」
と、額に浮いた冷や汗を拭く大教主。
その一方、
「な……何だよ、ジイさん……! そんな大道芸で、美味しいところ全部持っていきやがって……! く……悔しい~ッ!」
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