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第八章 ある日、湖上で
寒村と湖
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ジャスミン達に助けを乞うた老人は、自身をファジョーロの村長だと名乗った。面倒臭そうな雰囲気を全身から醸し出すジャスミンの様子にも気付かぬ様子で、促されてもいないのに、勝手に彼らのテーブルの一角に陣取る。
「おいおい、爺さん……。村長だか何だか知らないけどさぁ、俺達には大事な――」
「旅人の皆様、この村を見て、どうお感じになりましたか?」
ジャスミンの言葉を途中で遮り、村長は口角泡を飛ばして捲し立てる。
「――いいえ、仰られずとも解ります! 『豆以外何も無い、寂れ切った潰れかけの寒村』……といったところでしょう!」
「…………あ、ま……まあ、そうですね……ごめんなさい……」
パームが、気まずげに言って、何故か謝罪した。
村長は、彼の言葉に目を丸くすると、大げさに頭を振った。
「ああ、いえいえ! 神官様、どうぞ頭をお上げ下さい! ――皆様がそうお感じになるのも当然で御座います! 実際、その通りですからの!」
そう捲し立てると、村長は興奮で真っ赤になった顔面を、ズイッと三人に近付ける。
「……ですがの。本当のファジョーロ村は、こんな寒村では無いのです……!」
「――“本当の”……って、どういう意味……?」
村長の言葉に、アザレアは首を傾げる。
老村長は、大きく頷くと、口を開――こうとして、喉の渇きを覚えたのか、テーブルの上のジョッキを取り、一気に飲み干した。
「――て、おい! そりゃ俺の豆酒……!」
「……つい5年ほど前までは、この村は今とは比べ物にならぬ繁栄を築いておりました……」
ジャスミンの抗議にも聞く耳を持たず、村長は話を続ける。
「村の名産品も、サチモ豆だけではなくて、ファジョーロ羊やラントアカリンゴ、それを原料とした果実酒などなど、豊富にありましての……。その農業・酪農収入によって、村人は皆、裕福に暮らしておりました」
老村長は、往時の繁栄を思い出すかの様に、しばしの間、うっとりした表情で上を向いて瞑目していたが、
「……しかし、5年前を境に、状況はみるみる悪化しました」
そう、暗い声で呟くと、先程とは打って変わった絶望に満ちた表情で、再び口を開いた。
「……ナバアル湖の湖賊のせいで……!」
「……ナバアル湖の、湖賊……?」
ジャスミン達は、お互いに当惑した顔を見合わせた。
老村長は、青い顔で頷く。
「はい……。ナバアル湖とは、この村の北にある小さな湖です」
村長は、胸の隠しから古びた羊皮紙の巻紙を取り出し、テーブルの上に広げた。
「これは――このファジョーロ村の、地図?」
「その通りで御座います。ナバアル湖は――コレですな」
村長は、節くれだった指先で、地図の上を指差す。
「……この湖の丁度中央に、小さな島が浮かんでおります。5年前……、この小島に、どこぞから逃げ延びてきた兵隊崩れや盗賊どもが住み着いたのです」
「……大体、話は読めたぜ、村長さん」
豆酒を飲んで、その後味の悪さに顔を顰めながら、ジャスミンはジロリと村長の顔を見た。
「大方、そいつらが湖賊に転職して、この村を襲ってくる……ってんだろ?」
「――ご明察の通り……ですが、それだけでは無いのです」
「……へえ。"それだけでは無い"って、具体的には?」
村長の含みある言葉に、興味を惹かれた様子のジャスミン。
「3年前より、湖賊どもは、『略奪されたくなければ、貢物を出せ』という要求をしてくる様になりました。その為、わが村の農作物の殆どを、湖賊に貢物として差し出さなくてはならなくなり、この村はみるみる疲弊し――終に、ご覧の通りの有様と成り果てた訳で御座います……」
そこまで言うと、村長はガックリと肩を落とした。
「――でも」首を傾げたのは、パームだった。
「それなら、この地方の領主様に陳情して、湖賊達を退治してもらえば良いのではないですか……?」
「もちろん、最初のウチはそうしておりましたよ……しかし」
村長は、キッとして反論した。
「湖賊の中に、腕の立つ“魔獣遣い”が居るようで、何度も領主様より派遣された掃討軍が、その都度返り討ちに遭い……」
村長は、ギリギリと歯を食いしばって、拳でテーブルを叩いた。
「――その内に、あろう事か、領主様と湖賊は手を結んだ様なのです。それからは、領主様は我々の陳情を黙殺される様になり、湖賊の要求は更に苛烈さを増す様になりました……」
「……そんな」
「まあ……よくある事だわな。湖賊が、アガリの幾ばくかを領主側に流し、その見返りとして、領主サマは開いてる目を瞑ってやったり、ヨロシク便宜を計ってあげる、ってのはさ」
「……どこの国でも居るのね……。どうしようもないクズの様な支配者っていうのは」
アザレアは、何かを思い返すように、苦々しい顔で呟いた。
老村長は、大きな溜息を一つ吐くと、ふるふると白髪混じりの頭を振る。
「――そして、先日、奴らは遂に、どうしても譲る事ができないモノを要求してきたのです……!」
そう言うと、村長は立ち上がり、居酒屋の扉を開ける。
扉の外には、いずれも十代と思しき三人の娘が立っていた。
「……それは、私の……可愛い孫娘たちです……!」
「おいおい、爺さん……。村長だか何だか知らないけどさぁ、俺達には大事な――」
「旅人の皆様、この村を見て、どうお感じになりましたか?」
ジャスミンの言葉を途中で遮り、村長は口角泡を飛ばして捲し立てる。
「――いいえ、仰られずとも解ります! 『豆以外何も無い、寂れ切った潰れかけの寒村』……といったところでしょう!」
「…………あ、ま……まあ、そうですね……ごめんなさい……」
パームが、気まずげに言って、何故か謝罪した。
村長は、彼の言葉に目を丸くすると、大げさに頭を振った。
「ああ、いえいえ! 神官様、どうぞ頭をお上げ下さい! ――皆様がそうお感じになるのも当然で御座います! 実際、その通りですからの!」
そう捲し立てると、村長は興奮で真っ赤になった顔面を、ズイッと三人に近付ける。
「……ですがの。本当のファジョーロ村は、こんな寒村では無いのです……!」
「――“本当の”……って、どういう意味……?」
村長の言葉に、アザレアは首を傾げる。
老村長は、大きく頷くと、口を開――こうとして、喉の渇きを覚えたのか、テーブルの上のジョッキを取り、一気に飲み干した。
「――て、おい! そりゃ俺の豆酒……!」
「……つい5年ほど前までは、この村は今とは比べ物にならぬ繁栄を築いておりました……」
ジャスミンの抗議にも聞く耳を持たず、村長は話を続ける。
「村の名産品も、サチモ豆だけではなくて、ファジョーロ羊やラントアカリンゴ、それを原料とした果実酒などなど、豊富にありましての……。その農業・酪農収入によって、村人は皆、裕福に暮らしておりました」
老村長は、往時の繁栄を思い出すかの様に、しばしの間、うっとりした表情で上を向いて瞑目していたが、
「……しかし、5年前を境に、状況はみるみる悪化しました」
そう、暗い声で呟くと、先程とは打って変わった絶望に満ちた表情で、再び口を開いた。
「……ナバアル湖の湖賊のせいで……!」
「……ナバアル湖の、湖賊……?」
ジャスミン達は、お互いに当惑した顔を見合わせた。
老村長は、青い顔で頷く。
「はい……。ナバアル湖とは、この村の北にある小さな湖です」
村長は、胸の隠しから古びた羊皮紙の巻紙を取り出し、テーブルの上に広げた。
「これは――このファジョーロ村の、地図?」
「その通りで御座います。ナバアル湖は――コレですな」
村長は、節くれだった指先で、地図の上を指差す。
「……この湖の丁度中央に、小さな島が浮かんでおります。5年前……、この小島に、どこぞから逃げ延びてきた兵隊崩れや盗賊どもが住み着いたのです」
「……大体、話は読めたぜ、村長さん」
豆酒を飲んで、その後味の悪さに顔を顰めながら、ジャスミンはジロリと村長の顔を見た。
「大方、そいつらが湖賊に転職して、この村を襲ってくる……ってんだろ?」
「――ご明察の通り……ですが、それだけでは無いのです」
「……へえ。"それだけでは無い"って、具体的には?」
村長の含みある言葉に、興味を惹かれた様子のジャスミン。
「3年前より、湖賊どもは、『略奪されたくなければ、貢物を出せ』という要求をしてくる様になりました。その為、わが村の農作物の殆どを、湖賊に貢物として差し出さなくてはならなくなり、この村はみるみる疲弊し――終に、ご覧の通りの有様と成り果てた訳で御座います……」
そこまで言うと、村長はガックリと肩を落とした。
「――でも」首を傾げたのは、パームだった。
「それなら、この地方の領主様に陳情して、湖賊達を退治してもらえば良いのではないですか……?」
「もちろん、最初のウチはそうしておりましたよ……しかし」
村長は、キッとして反論した。
「湖賊の中に、腕の立つ“魔獣遣い”が居るようで、何度も領主様より派遣された掃討軍が、その都度返り討ちに遭い……」
村長は、ギリギリと歯を食いしばって、拳でテーブルを叩いた。
「――その内に、あろう事か、領主様と湖賊は手を結んだ様なのです。それからは、領主様は我々の陳情を黙殺される様になり、湖賊の要求は更に苛烈さを増す様になりました……」
「……そんな」
「まあ……よくある事だわな。湖賊が、アガリの幾ばくかを領主側に流し、その見返りとして、領主サマは開いてる目を瞑ってやったり、ヨロシク便宜を計ってあげる、ってのはさ」
「……どこの国でも居るのね……。どうしようもないクズの様な支配者っていうのは」
アザレアは、何かを思い返すように、苦々しい顔で呟いた。
老村長は、大きな溜息を一つ吐くと、ふるふると白髪混じりの頭を振る。
「――そして、先日、奴らは遂に、どうしても譲る事ができないモノを要求してきたのです……!」
そう言うと、村長は立ち上がり、居酒屋の扉を開ける。
扉の外には、いずれも十代と思しき三人の娘が立っていた。
「……それは、私の……可愛い孫娘たちです……!」
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