109 / 176
第九章 Lakeside Woman Blues
月と本気
しおりを挟む
村を挙げての大祝宴に湧くファジョーロ村。
祝宴会場の中央広場から離れた、村唯一の宿屋『レムの揺り籠亭』。宴会の喧騒が風に乗って微かに聴こえる二階の一室で、ジャスミンは昏々と眠り続けていた。
その傍らで、ランプの明かりの下で、あかがね色の表紙の本を静かにめくるのは、アザレアだった。
彼女は、顔を上げると窓の外に目を遣り、ふと呟く。
「……もう、こんなに暗くなってたんだ……」
本に夢中で、時間が経つのを忘れていたらしい。彼女は立ち上がると、読みさしの本に栞を挟んで、傍らのローテーブルの上に置いた。
そして、ジャスミンの額に乗せたタオルを取り、枕元の桶に満たした水に浸す。タオルをきつく絞って彼の額に乗せ直そうとして――、彼女の手が止まる。
しばらくの間、アザレアはジャスミンの寝顔を覗き込んだ後、
「――おい」
彼の頬を軽く叩いた。
「…………」
が、ジャスミンは微動だにせず、固く目を瞑ったままだ。
アザレアは、なおもジーッと彼の顔を観察していたが、
「はあ……」
と溜息を吐くと、持っていた濡れタオルでジャスミンの鼻と口を塞いだ。そして、声をかけずに、彼の様子を観察し続ける。
「……」
「……」
「…………ブ……」
「…………」
「……ぶ、ブハアアアアッ! こ、殺す気か、アザリーッ!」
窒息しかかったジャスミンが、顔を真っ赤にして跳ね起きた。
アザレアは、その様子を冷ややかなジト目で見届ける。
「おはよう、ジャス……やっぱり、狸寝入りしてたのね、貴方」
「だ――だからって……ひど……ひどいぞぉ~!」
涙目で抗議するジャスミンの様子に、クスリと微笑んだアザレアは、椅子に腰を落とした。
「ずっと寝たふりしてる貴方が悪いのよ。――でもまあ……意識が戻って良かったわ、ジャス……」
(あのまま起きなかったら、って思ったら……)という言葉はグッと飲み込んで、彼女は水差しからコップに水を注いで、ジャスミンに差し出す。
「……でも、何で、ずっと寝たふりしてたのよ」
「心配した?」
「は? だ、誰がよ? 私が? そ、そんな訳ないじゃない! あ……あのまま死なれたら、私がトドメを刺したみたいになって、目覚めが悪いって……そ、それだけよ!」
「ふーん……」
「な……何よ、そのニヤニヤ笑い!」
「いや、べーつーにー」
狼狽するアザレアの様子を見ながら、顔が緩みっぱなしのジャスミン。
「し……質問に答えなさいよっ!」
アザレアは、顔を紅く染めて、目を逸らしながらもう一度聞く。
その問いかけに、ジャスミンは大きく伸びをしながら答えた。
「いや……だって、目ぇ醒ましたら、あの祝賀ぱーてーに強制連行されちまうじゃん。嫌だよ」
「……そうなんだ。てっきり、ああいう馬鹿騒ぎが大好きなのかと思ってたけど」
意外そうな顔をするアザレアに、ブンブンと首を横に振るジャスミン。
「嫌だよ。いや、パーティー自体は好きだよ。サンクトルの時みたいな、盛大で豪華で、可愛い娘がいっぱい居るパーティーならさ」
そう言うと、ジャスミンは立ち上がり、窓を開けて夜の涼しい風を全身に浴びる。
「……でもさ、こんな小さな村のぱーてーじゃ、そこら辺は絶望的じゃん。どうせ、豆づくしの素朴な料理に、飲むモンといえば、あの後味最悪の豆酒だろ?」
「……ま、多分そうでしょうね」
「だったら、寝たフリでぱーてーをバックレてさ……」
そう言って、彼はアザレアの方に向き直って、彼女の耳元に口を寄せると、静かな声で囁いた。
「……アザリーと一緒に、綺麗な月でも眺めてた方がずっと良いと思ってさ」
「――え? は……はっ?」
唐突に甘く囁きかけられて、アザレアは耳の先まで真っ赤になった。
「……アケマヤフィトで別れてから、ずっと探してた」
「……ジャス――」
「サンクトルで再会してから、ずっと言いそびれてたけど……また会えて嬉しいよ、アザリー……」
ジャスミンは、その黒曜石の瞳を微かに潤ませ、ルビーの様な真紅の瞳をじっと見つめる。
そして、彼女の顎を指で支え持ち、自分の顔をゆっくりと寄せていく――。
「……ジャ、ジャス……?」
戸惑うアザレアの唇を、自分の唇で塞ごうと――
する寸前に、ジャスミンの顔は、彼女の手で押し退けられた。
「……あら?」
「……こ……この村に若い女の子が居ないからって、私を……代用品にしないでよっ!」
「……は?」
アザレアは、強めの口調でそう言うと、彼の胸を押して身を離した。
「え? あ、あの……違う、違うんだけど――」
「……私、もう行くから!」
「ちょ、待てよ――」
慌ててジャスミンが引き止めようとしたが、時既に遅し。アザレアは、目にも止まらぬ早さで部屋の扉を開けて、脱兎の如き早さで走り去っていった。
「…………あーあ……」
ひとり、部屋に取り残されたジャスミンは、大きく息を吐くと、ベッドに倒れ込んだ。
ベッドに仰向けになって、ボーッと天井を見つめながら、彼は独りごちる。
「あー……これが……『色事師の因果応報』ってヤツかな……? どうでもいい時には上手くいくのに、本気な時に限って、それが裏目に出る……ってか」
そして、額にかかる前髪を掻き上げながら、空にポツンと浮かぶ紅い月を見上げ、苦笑いを浮かべた。
「――皮肉なもんだぜ、まったく」
祝宴会場の中央広場から離れた、村唯一の宿屋『レムの揺り籠亭』。宴会の喧騒が風に乗って微かに聴こえる二階の一室で、ジャスミンは昏々と眠り続けていた。
その傍らで、ランプの明かりの下で、あかがね色の表紙の本を静かにめくるのは、アザレアだった。
彼女は、顔を上げると窓の外に目を遣り、ふと呟く。
「……もう、こんなに暗くなってたんだ……」
本に夢中で、時間が経つのを忘れていたらしい。彼女は立ち上がると、読みさしの本に栞を挟んで、傍らのローテーブルの上に置いた。
そして、ジャスミンの額に乗せたタオルを取り、枕元の桶に満たした水に浸す。タオルをきつく絞って彼の額に乗せ直そうとして――、彼女の手が止まる。
しばらくの間、アザレアはジャスミンの寝顔を覗き込んだ後、
「――おい」
彼の頬を軽く叩いた。
「…………」
が、ジャスミンは微動だにせず、固く目を瞑ったままだ。
アザレアは、なおもジーッと彼の顔を観察していたが、
「はあ……」
と溜息を吐くと、持っていた濡れタオルでジャスミンの鼻と口を塞いだ。そして、声をかけずに、彼の様子を観察し続ける。
「……」
「……」
「…………ブ……」
「…………」
「……ぶ、ブハアアアアッ! こ、殺す気か、アザリーッ!」
窒息しかかったジャスミンが、顔を真っ赤にして跳ね起きた。
アザレアは、その様子を冷ややかなジト目で見届ける。
「おはよう、ジャス……やっぱり、狸寝入りしてたのね、貴方」
「だ――だからって……ひど……ひどいぞぉ~!」
涙目で抗議するジャスミンの様子に、クスリと微笑んだアザレアは、椅子に腰を落とした。
「ずっと寝たふりしてる貴方が悪いのよ。――でもまあ……意識が戻って良かったわ、ジャス……」
(あのまま起きなかったら、って思ったら……)という言葉はグッと飲み込んで、彼女は水差しからコップに水を注いで、ジャスミンに差し出す。
「……でも、何で、ずっと寝たふりしてたのよ」
「心配した?」
「は? だ、誰がよ? 私が? そ、そんな訳ないじゃない! あ……あのまま死なれたら、私がトドメを刺したみたいになって、目覚めが悪いって……そ、それだけよ!」
「ふーん……」
「な……何よ、そのニヤニヤ笑い!」
「いや、べーつーにー」
狼狽するアザレアの様子を見ながら、顔が緩みっぱなしのジャスミン。
「し……質問に答えなさいよっ!」
アザレアは、顔を紅く染めて、目を逸らしながらもう一度聞く。
その問いかけに、ジャスミンは大きく伸びをしながら答えた。
「いや……だって、目ぇ醒ましたら、あの祝賀ぱーてーに強制連行されちまうじゃん。嫌だよ」
「……そうなんだ。てっきり、ああいう馬鹿騒ぎが大好きなのかと思ってたけど」
意外そうな顔をするアザレアに、ブンブンと首を横に振るジャスミン。
「嫌だよ。いや、パーティー自体は好きだよ。サンクトルの時みたいな、盛大で豪華で、可愛い娘がいっぱい居るパーティーならさ」
そう言うと、ジャスミンは立ち上がり、窓を開けて夜の涼しい風を全身に浴びる。
「……でもさ、こんな小さな村のぱーてーじゃ、そこら辺は絶望的じゃん。どうせ、豆づくしの素朴な料理に、飲むモンといえば、あの後味最悪の豆酒だろ?」
「……ま、多分そうでしょうね」
「だったら、寝たフリでぱーてーをバックレてさ……」
そう言って、彼はアザレアの方に向き直って、彼女の耳元に口を寄せると、静かな声で囁いた。
「……アザリーと一緒に、綺麗な月でも眺めてた方がずっと良いと思ってさ」
「――え? は……はっ?」
唐突に甘く囁きかけられて、アザレアは耳の先まで真っ赤になった。
「……アケマヤフィトで別れてから、ずっと探してた」
「……ジャス――」
「サンクトルで再会してから、ずっと言いそびれてたけど……また会えて嬉しいよ、アザリー……」
ジャスミンは、その黒曜石の瞳を微かに潤ませ、ルビーの様な真紅の瞳をじっと見つめる。
そして、彼女の顎を指で支え持ち、自分の顔をゆっくりと寄せていく――。
「……ジャ、ジャス……?」
戸惑うアザレアの唇を、自分の唇で塞ごうと――
する寸前に、ジャスミンの顔は、彼女の手で押し退けられた。
「……あら?」
「……こ……この村に若い女の子が居ないからって、私を……代用品にしないでよっ!」
「……は?」
アザレアは、強めの口調でそう言うと、彼の胸を押して身を離した。
「え? あ、あの……違う、違うんだけど――」
「……私、もう行くから!」
「ちょ、待てよ――」
慌ててジャスミンが引き止めようとしたが、時既に遅し。アザレアは、目にも止まらぬ早さで部屋の扉を開けて、脱兎の如き早さで走り去っていった。
「…………あーあ……」
ひとり、部屋に取り残されたジャスミンは、大きく息を吐くと、ベッドに倒れ込んだ。
ベッドに仰向けになって、ボーッと天井を見つめながら、彼は独りごちる。
「あー……これが……『色事師の因果応報』ってヤツかな……? どうでもいい時には上手くいくのに、本気な時に限って、それが裏目に出る……ってか」
そして、額にかかる前髪を掻き上げながら、空にポツンと浮かぶ紅い月を見上げ、苦笑いを浮かべた。
「――皮肉なもんだぜ、まったく」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
事務仕事しかできない無能?いいえ、空間支配スキルです。~勇者パーティの事務員として整理整頓していたら、いつの間にか銅像が立っていました~
水月
恋愛
「在庫整理しかできない無能は不要だ」
第一王子から、晩餐会の場で婚約破棄と国外追放を告げられた公爵令嬢ユズハ。
彼女のギフト【在庫整理】は、荷物の整理しかできないハズレスキルだと蔑まれていた。
だが、彼女は知っていた。
その真価は、指定空間内のあらゆる物質の最適化であることを。
追放先で出会った要領の悪い勇者パーティに対し、ユズハは事務的に、かつ冷徹に最適化を開始する。
「勇者様、右腕の筋肉配置を効率化しました」
「魔王の心臓、少し左にずらしておきましたね」
戦場を、兵站を、さらには魔王の命までをも在庫として処理し続けた結果、彼女はいつしか魔王討伐勇者パーティの一人として、威圧感溢れる銅像にまでなってしまう。
効率を愛する事務屋令嬢は、自分を捨てた国を不良債権として切り捨て、再出発する。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ジャングリラ~悪魔に屠られ魔王転生。死の森を楽園に変える物語~
とんがり頭のカモノハシ
ファンタジー
「別の世界から勇者を召喚する卑怯な手口」に業を煮やした堕天使・ルシファーにより、異世界へ魔王として転生させられた大学生・左丹龍之介。
先代・魔王が勇者により討伐されて100年――。
龍之介が見たものは、人魔戦争に敗れた魔族が、辺境の森で厳しい生活を余儀なくされている姿だった。
魔族の生活向上を目指し、龍之介は元魔王軍の四天王、悪魔公のリリス、フェンリルのロキア、妖狐の緋魅狐、古代龍のアモンを次々に配下に収めていく。
バラバラだった魔族を再び一つにした龍之介は、転生前の知識と異世界の人間の暮らしを参考に、森の中へ楽園を作るべく奔走するのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる