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第九章 Lakeside Woman Blues
【回想】我が儘と懇願
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「――アザリーッ!」
ジャスミンは、自宅の扉を開け放つと、部屋の奥の粗末なベッドに向けて叫ぶ。
ベッドの毛布はこんもりと盛り上がっているが、ピクリとも動かない。
「おいっ、アザリー! 寝てる場合じゃないんだよ! 急げ! 少しでも早く、この街から出ないと……!」
「……」
ジャスミンの必死の呼びかけにも、返事は無い。
業を煮やしたジャスミンは、大股でベッドの横に行くと、盛り上がった毛布を思い切り引き剥がした。
「……」
毛布の下で、赤毛の少女が体を丸めていた。両手で黒焦げの髪留めを固く握りしめている。
「おい、アザリー! 早く起きろ!」
「……嫌」
アザレアは、虚ろな真紅の瞳でジャスミンを一瞥した後、彼の手から毛布を奪い返すと、また頭から引っ被った。
「……放っておいて……!」
「で、出来る訳ねえだろ、んな事! これから公国の軍隊が攻めてくるんだぞ、こんな所で呑気に寝てたら、公国軍か総督府の奴らかにぶっ殺されちゃうぞ!」
ジャスミンが、いつになく強い調子で捲し立てるのに驚いた顔で、紅い目を丸くしている。
「せ……攻めてくるって……何で?」
「よく分からないけど、あの蟇蛙公が色々やらかした事がバレたかららしい。――分かったら、さっさと行こう!」
「……いいよ、アザレアは。ジャスひとりで逃げて」
「は――はあ?」
今度は、ジャスミンが黒曜石の瞳を丸くする番だった。
「いいよ、って何だよ! 死にたいのかよ、お前!」
「うん」
「……うん、って――」
あっさりと『死ぬ』という言葉に頷くアザレアに、ジャスミンは絶句する。
アザレアは、掌の髪留めを一際強く握りしめ、虚ろな目でここではない遠くを見つめながら、呟くように言う。
「――もう、死んでもいいの。姉様が居ないのなら、こんな世界でひとりで生きててもしょうが――」
「ふざけんな!」
「!」
ジャスミンに怒鳴りつけられ、アザリーはビクリと身体を震わせ、たちまちその目には大粒の透明な真珠が浮かび上がる。
彼女の泣き顔を見たジャスミンは一瞬たじろぐが、心を鬼にして叫んだ。
「お前は生きろ。生きなきゃならないんだ!」
「……な、なんで、アンタなんかに指図されなきゃならないのよ! 生きようが死のうが、アザレアの勝手でしょ――」
「ああ! そりゃそうだ! お前の生き死には、お前に決める権利がある。それは認めるし、……『ロゼリア姉ちゃんが生きてほしいと思ってるはずだ』とか、不確かでクサい事を言う気も無い。……屍術師でも神官でもない俺なんかには、死んだ人の気持ちなんか分からないし」
「だ……だったら――」
「……それでも、お前には死んでほしくないんだよ! 他の誰でもない、この俺が!」
「――!」
ジャスミンの言葉に、ハッとして目を見開くアザレア。目尻から、一粒の涙が零れ、頬を伝った。
「父ちゃん母ちゃんに、ロゼリア姉ちゃん……それに加えて、お前まで居なくなったら……もう耐えられないんだよ、俺が……」
そう言うと、ジャスミンはアザレアの肩を掴んで、ぎこちなく抱き寄せた。そして、彼女の耳に口を近づけて、震える声で囁く。
「頼む……。今、アザリーがとっっても辛いのは分かる。それでも――今は俺の為に生きてくれ! ……頼む…………頼むよ。お願いだ……」
「……ジャス……」
自分の肩が濡れていくのを感じたアザレアの虚ろな瞳に、光が戻った。
アザレアは、涙を流しながら、くすりと小さく微笑う。――それは、あの雪の日以来の笑顔だった。
彼女は、顔の横で小刻みに震えるジャスミンの頭を、優しく撫でながら言った。
「――分かった……。じゃあ、今はジャスの為に生きてあげる。……でないと、ジャスがいつまでも泣き止まないからね……」
「バ……バカ! だ、誰が泣いてるっ……あ、これは、その……ヨダレだよ!」
「へえ……ジャスのヨダレって、目から出るんだぁ」
「……う、うっさい!」
目を腫らしながら怒るジャスミンに、大粒の涙を流しながらクスクス笑うアザレア。
と、ふたりはじっと、お互いの瞳を見つめ合い、そして同時に口を開いた。
「「ありがとう」」
――と。
ジャスミンは、自宅の扉を開け放つと、部屋の奥の粗末なベッドに向けて叫ぶ。
ベッドの毛布はこんもりと盛り上がっているが、ピクリとも動かない。
「おいっ、アザリー! 寝てる場合じゃないんだよ! 急げ! 少しでも早く、この街から出ないと……!」
「……」
ジャスミンの必死の呼びかけにも、返事は無い。
業を煮やしたジャスミンは、大股でベッドの横に行くと、盛り上がった毛布を思い切り引き剥がした。
「……」
毛布の下で、赤毛の少女が体を丸めていた。両手で黒焦げの髪留めを固く握りしめている。
「おい、アザリー! 早く起きろ!」
「……嫌」
アザレアは、虚ろな真紅の瞳でジャスミンを一瞥した後、彼の手から毛布を奪い返すと、また頭から引っ被った。
「……放っておいて……!」
「で、出来る訳ねえだろ、んな事! これから公国の軍隊が攻めてくるんだぞ、こんな所で呑気に寝てたら、公国軍か総督府の奴らかにぶっ殺されちゃうぞ!」
ジャスミンが、いつになく強い調子で捲し立てるのに驚いた顔で、紅い目を丸くしている。
「せ……攻めてくるって……何で?」
「よく分からないけど、あの蟇蛙公が色々やらかした事がバレたかららしい。――分かったら、さっさと行こう!」
「……いいよ、アザレアは。ジャスひとりで逃げて」
「は――はあ?」
今度は、ジャスミンが黒曜石の瞳を丸くする番だった。
「いいよ、って何だよ! 死にたいのかよ、お前!」
「うん」
「……うん、って――」
あっさりと『死ぬ』という言葉に頷くアザレアに、ジャスミンは絶句する。
アザレアは、掌の髪留めを一際強く握りしめ、虚ろな目でここではない遠くを見つめながら、呟くように言う。
「――もう、死んでもいいの。姉様が居ないのなら、こんな世界でひとりで生きててもしょうが――」
「ふざけんな!」
「!」
ジャスミンに怒鳴りつけられ、アザリーはビクリと身体を震わせ、たちまちその目には大粒の透明な真珠が浮かび上がる。
彼女の泣き顔を見たジャスミンは一瞬たじろぐが、心を鬼にして叫んだ。
「お前は生きろ。生きなきゃならないんだ!」
「……な、なんで、アンタなんかに指図されなきゃならないのよ! 生きようが死のうが、アザレアの勝手でしょ――」
「ああ! そりゃそうだ! お前の生き死には、お前に決める権利がある。それは認めるし、……『ロゼリア姉ちゃんが生きてほしいと思ってるはずだ』とか、不確かでクサい事を言う気も無い。……屍術師でも神官でもない俺なんかには、死んだ人の気持ちなんか分からないし」
「だ……だったら――」
「……それでも、お前には死んでほしくないんだよ! 他の誰でもない、この俺が!」
「――!」
ジャスミンの言葉に、ハッとして目を見開くアザレア。目尻から、一粒の涙が零れ、頬を伝った。
「父ちゃん母ちゃんに、ロゼリア姉ちゃん……それに加えて、お前まで居なくなったら……もう耐えられないんだよ、俺が……」
そう言うと、ジャスミンはアザレアの肩を掴んで、ぎこちなく抱き寄せた。そして、彼女の耳に口を近づけて、震える声で囁く。
「頼む……。今、アザリーがとっっても辛いのは分かる。それでも――今は俺の為に生きてくれ! ……頼む…………頼むよ。お願いだ……」
「……ジャス……」
自分の肩が濡れていくのを感じたアザレアの虚ろな瞳に、光が戻った。
アザレアは、涙を流しながら、くすりと小さく微笑う。――それは、あの雪の日以来の笑顔だった。
彼女は、顔の横で小刻みに震えるジャスミンの頭を、優しく撫でながら言った。
「――分かった……。じゃあ、今はジャスの為に生きてあげる。……でないと、ジャスがいつまでも泣き止まないからね……」
「バ……バカ! だ、誰が泣いてるっ……あ、これは、その……ヨダレだよ!」
「へえ……ジャスのヨダレって、目から出るんだぁ」
「……う、うっさい!」
目を腫らしながら怒るジャスミンに、大粒の涙を流しながらクスクス笑うアザレア。
と、ふたりはじっと、お互いの瞳を見つめ合い、そして同時に口を開いた。
「「ありがとう」」
――と。
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