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第九章 Lakeside Woman Blues
【回想】墓標と告別
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ジャスミンとアザレアは、冬の早い黄昏に紛れて、建物の影から影を伝って街の外へと急ぐ。
時折、街の住民が総督庁の兵士に囲まれて、強制的に集められている光景が目に入った。アザレアは、見知った顔を見付けては、ジャスミンの袖を引っ張るが、その度に彼は激しく首を横に振って、先を急ぐ。
助けたいのはやまやまだったが、子供の力では、あの兵士の群れには到底敵わないし、仮に助けたところで、連れだって一緒に逃げる訳にもいかない。
アザレアも、それは理解しているので、彼が首を横に振る度に哀しい顔をするだけで、それ以上は何も言わなかった。
――どのくらい経っただろう。
「……ジャス、ちょっと待ってて」
アザレアが、ジャスミンの家を出てから初めて口を開いた。
ジャスミンは、余裕の無い顔で振り返る。
「何だよ、アザリー。そんなに余裕……あ――」
彼女を制止して先を急ごうとしたジャスミンだが、アザレアが指さしている先に目を遣ると、彼女の意図を理解した。
「……最後に、さよならを言っておきたいの」
彼らが歩く道の横に広がる開けた土地。
白い雪を被る、等間隔で建てられた柱たち。
――そこは、街の共同墓地だった。
「……うん。分かった」
ジャスミンは頷き、閑散とした墓地の敷地へと歩を進める。
積もったばかりの新雪を踏みしめると、雪の軋む音が辺りに響く。
ふたりは、周囲の様子に気を配りながら、目的の墓標を探し、やがてそれを見付けた。
「あった……」
真新しい柱が一本立っているだけの、粗末な墓。供えられたばかりの供物の上に、薄く雪が積もっている。
その墓標には――『ロゼリア・シドマリエス』とだけ、ぞんざいに刻まれていた。
3日前、何者かによって殺害され、自宅と共に焼き払われた、アザレアの姉の墓。
「……姉様」
アザレアは、よろよろと墓標の前に歩み寄る。
彼女は、墓標の上に積もった雪を小さな手で払い除け、刻まれた文字を撫でる。
「……姉様、ごめん。……アザレアは、この街から出て行くの。しばらくここには来られなくなるけど、必ず――戻ってくるから。待っててね……姉……さ……」
気丈に話していたが、彼女の声は、途中で嗚咽に変わった。ジャスミンは、震えるアザレアの肩にそっと手を添える。
「……」
――墓標に縋り付いてひとしきり泣いた後、アザレアは顔を上げた。その紅い瞳には、敢然たる決意が漲っている。
彼女は、上着の隠しから黒焦げになった髪留めを取り出し、墓前に供えようとして――。
「――ごめん、姉様。……この髪留めは、アザレアがもらってもいいかな……。この髪留めを抱いてると、姉様が側で笑ってくれている気がするの……」
そう呟くと、髪留めに愛おしげに頬を擦り寄せた。
「……高い空の上から……アザレアを見守っていてね――姉様」
「……アザリー。――もういいのか?」
おずおずとアザレアに尋ねるジャスミンに、彼女は淋しげな微笑を浮かべて答えた。
「――うん。ありが……」
「おい! 貴様たち、こんな所で何をしている!」
アザレアの感謝の言葉は、無骨な男の声に遮られた。
顔を引き攣らせながら振り返ったジャスミンの目に、漆黒の鎧を纏った兵士たちの群れが映る。
「! やべえ! 総督庁の兵士たちに見つかった! に――逃げるぞ、アザリーッ!」
狼狽しながら、ジャスミンはアザレアの手を引っ張った。
「おい! 待てっ! 貴様ら、防衛隊の徴用命令を聞いておらんのか? 逃げるのなら、敵前逃亡と見なして、斬り捨てるぞ!」
兵士が叫ぶが、言われた通りに待つ訳が無い。
ふたりは、降り積もった雪を掻き分けながら、墓地奥の森の中へと逃げ込む。
「ま……待てええええい!」
兵士たちは、腰の剣を抜き、二人を追うが、深い雪の中に重い甲冑姿で踏み込むのは自殺行為だった。彼らは深い雪だまりに足を取られ、遅々として前に進めない。
「今だ! アザリー、今のうちに逃げ切ろう!」
兵士たちがもたついている内に、体重が軽い子供ふたりはどんどん先に進み、兵士たちから距離を稼いでいく。
「……よし、逃げ切れそうだ!」
「じゃ、ジャス……逃げるって、どこまで逃げれば……いいの?」
「もう少し行けば、ライナド川に出る! そこに、父ちゃんが使ってたカヌーがあるはずだから……それを使って川を一気に下れば――」
――逃げ切れる! そう言おうとしたジャスミンは、背中に激しい熱さを感じた。
「――か……ハッ――?」
「ジャスッ!」
アザレアの悲鳴も、彼にはどこか遠くから響く木霊のように聴こえていた。
ジャスミンは、激しく呼吸を乱しながら、自分の背中に手をやる。――突き立った長い棒の感触。
兵士の一人が放った矢が、ジャスミンの背中に命中したのだ。
「ジャス! 矢……矢が!」
彼の背中に目をやったアザレアが、パニックに陥る。――が、その彼女の肩を叩いて、真っ青な顔を無理矢理綻ばせて、ジャスミンは強がった。
「……だ――大丈夫だ。かすり傷だよ、こんなモン! さ……さあ、先を急ごうぜ!」
そう言うと、彼はふらつく足を両手で叩いて、しっかりと踏ん張ると、アザレアの手を引き、再び走り出したのだった。
時折、街の住民が総督庁の兵士に囲まれて、強制的に集められている光景が目に入った。アザレアは、見知った顔を見付けては、ジャスミンの袖を引っ張るが、その度に彼は激しく首を横に振って、先を急ぐ。
助けたいのはやまやまだったが、子供の力では、あの兵士の群れには到底敵わないし、仮に助けたところで、連れだって一緒に逃げる訳にもいかない。
アザレアも、それは理解しているので、彼が首を横に振る度に哀しい顔をするだけで、それ以上は何も言わなかった。
――どのくらい経っただろう。
「……ジャス、ちょっと待ってて」
アザレアが、ジャスミンの家を出てから初めて口を開いた。
ジャスミンは、余裕の無い顔で振り返る。
「何だよ、アザリー。そんなに余裕……あ――」
彼女を制止して先を急ごうとしたジャスミンだが、アザレアが指さしている先に目を遣ると、彼女の意図を理解した。
「……最後に、さよならを言っておきたいの」
彼らが歩く道の横に広がる開けた土地。
白い雪を被る、等間隔で建てられた柱たち。
――そこは、街の共同墓地だった。
「……うん。分かった」
ジャスミンは頷き、閑散とした墓地の敷地へと歩を進める。
積もったばかりの新雪を踏みしめると、雪の軋む音が辺りに響く。
ふたりは、周囲の様子に気を配りながら、目的の墓標を探し、やがてそれを見付けた。
「あった……」
真新しい柱が一本立っているだけの、粗末な墓。供えられたばかりの供物の上に、薄く雪が積もっている。
その墓標には――『ロゼリア・シドマリエス』とだけ、ぞんざいに刻まれていた。
3日前、何者かによって殺害され、自宅と共に焼き払われた、アザレアの姉の墓。
「……姉様」
アザレアは、よろよろと墓標の前に歩み寄る。
彼女は、墓標の上に積もった雪を小さな手で払い除け、刻まれた文字を撫でる。
「……姉様、ごめん。……アザレアは、この街から出て行くの。しばらくここには来られなくなるけど、必ず――戻ってくるから。待っててね……姉……さ……」
気丈に話していたが、彼女の声は、途中で嗚咽に変わった。ジャスミンは、震えるアザレアの肩にそっと手を添える。
「……」
――墓標に縋り付いてひとしきり泣いた後、アザレアは顔を上げた。その紅い瞳には、敢然たる決意が漲っている。
彼女は、上着の隠しから黒焦げになった髪留めを取り出し、墓前に供えようとして――。
「――ごめん、姉様。……この髪留めは、アザレアがもらってもいいかな……。この髪留めを抱いてると、姉様が側で笑ってくれている気がするの……」
そう呟くと、髪留めに愛おしげに頬を擦り寄せた。
「……高い空の上から……アザレアを見守っていてね――姉様」
「……アザリー。――もういいのか?」
おずおずとアザレアに尋ねるジャスミンに、彼女は淋しげな微笑を浮かべて答えた。
「――うん。ありが……」
「おい! 貴様たち、こんな所で何をしている!」
アザレアの感謝の言葉は、無骨な男の声に遮られた。
顔を引き攣らせながら振り返ったジャスミンの目に、漆黒の鎧を纏った兵士たちの群れが映る。
「! やべえ! 総督庁の兵士たちに見つかった! に――逃げるぞ、アザリーッ!」
狼狽しながら、ジャスミンはアザレアの手を引っ張った。
「おい! 待てっ! 貴様ら、防衛隊の徴用命令を聞いておらんのか? 逃げるのなら、敵前逃亡と見なして、斬り捨てるぞ!」
兵士が叫ぶが、言われた通りに待つ訳が無い。
ふたりは、降り積もった雪を掻き分けながら、墓地奥の森の中へと逃げ込む。
「ま……待てええええい!」
兵士たちは、腰の剣を抜き、二人を追うが、深い雪の中に重い甲冑姿で踏み込むのは自殺行為だった。彼らは深い雪だまりに足を取られ、遅々として前に進めない。
「今だ! アザリー、今のうちに逃げ切ろう!」
兵士たちがもたついている内に、体重が軽い子供ふたりはどんどん先に進み、兵士たちから距離を稼いでいく。
「……よし、逃げ切れそうだ!」
「じゃ、ジャス……逃げるって、どこまで逃げれば……いいの?」
「もう少し行けば、ライナド川に出る! そこに、父ちゃんが使ってたカヌーがあるはずだから……それを使って川を一気に下れば――」
――逃げ切れる! そう言おうとしたジャスミンは、背中に激しい熱さを感じた。
「――か……ハッ――?」
「ジャスッ!」
アザレアの悲鳴も、彼にはどこか遠くから響く木霊のように聴こえていた。
ジャスミンは、激しく呼吸を乱しながら、自分の背中に手をやる。――突き立った長い棒の感触。
兵士の一人が放った矢が、ジャスミンの背中に命中したのだ。
「ジャス! 矢……矢が!」
彼の背中に目をやったアザレアが、パニックに陥る。――が、その彼女の肩を叩いて、真っ青な顔を無理矢理綻ばせて、ジャスミンは強がった。
「……だ――大丈夫だ。かすり傷だよ、こんなモン! さ……さあ、先を急ごうぜ!」
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