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第九章 Lakeside Woman Blues
【回想】約束と別離
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ジャスミンとアザレアは、追手の影に怯えながらも、ライナド川へと急ぐ。日は既に暮れ、空には満天の星々を従えた蒼月が、蒼い光を地上へ向けて照射していた。雪が月光を反射している為、足元は灯りが不要な程明るい。
やがて――、
「――着いた! ライナド川だ」
彼らの目の前に、キラキラと輝く川面が現れた。
ライナド川は、ザナト山脈の頂から流れてくる大河である。その急峻な流れの為、極寒のザナト地方にあっても川面が氷結する事は無いのだ。
「……あった!」
ジャスミンは、川岸に積もった雪を掻き分け、小さな木製のカヌーを掘り出した。数年前に死んだ、彼の父親が所有していたカヌーだ。父親の死後も、ジャスミンが夏の間に使っていた為、最低限の手入れはされている。
「よし、傷みも無い。大丈夫そうだ」
ジャスミンは、雪の中から引きずり出したカヌーのチェックを終え、安堵の表情を浮かべた。
ふたりは、力を合わせてカヌーの船尾を押し、川の中にカヌーを運ぼうとするが、いかんせん子供ふたり。更に、ジャスミンは背中に突き立った矢傷の痛みを堪えての作業の為、カヌーは遅々として前に進まない。
――と、
「おい! 居たぞ! 川岸だ!」
「あれは……カヌー?」
「あのクソガキども、川を渡って逃げるつもりか?」
「逃がすな!」
野太い兵士たちの叫び声が、風に乗ってふたりの耳に届いた。
ふたりは、怯えた顔を見合わせる。
「……アザリー、急ごう!」
「――うん!」
ふたりは、カヌーを押す手に一層の力を込める。
遂に、カヌーが川の上に浮かんだ。ふたりは、急いでカヌーに飛び乗る。
ジャスミンは、オールを手にして、背中の痛みに顔を顰めながら、思い切り川岸を押す。
カヌーはゆっくりと、急な川の流れに乗り、川岸から離れ始める――。
その時、
「――! 危ないっ!」
アザレアが叫ぶと同時に、ジャスミンに飛びかかり、船底へと押し倒した。一瞬の後、ゾッとする風切り音を立てながら、数本の矢が彼女の頭の上を通過した。
恐る恐る船端から顔だけ出して様子を窺う。
川岸で、兵士たちがカヌーと併走しながら、弓に次の矢を番えているのが見えた。
ヒュオォッと、再び矢が飛来する音が聞こえた。乾いた音を立てて、数本がカヌーの横腹に突き立つ。
「クソッ。しつこいなあ、もう!」
ジャスミンが身を起こし、川岸を睨みつけながら、必死でオールを漕ぎ続ける。
カヌーは、急な川の流れに乗って、どんどん加速していく。そのスピードに、川岸を併走する兵士も追いつけなくなる。
「……逃げ切れる? ジャス……」
不安と安堵がない交ぜになった表情で訊ねるアザレアに、必死で左右交互にオールを漕いで、バランスを取るジャスミンが、叫ぶように答える。
「――兵士の方からは……な! ――でも、今度は、川の流れの方が……ヤバい、かも!」
「キャアッ!」
ジャスミンの言葉と同時に、カヌーの船底が岩に乗り上げ、カヌーは激しく横に揺れる。
ふたりはカヌーから振り落とされないように、船体の縁に掴まり、足を踏ん張る。
……が、
「う……うわああああっ!」
背中の傷で、踏ん張りがきかなかったジャスミンの身体が、船縁を乗り越えてしまった――。
「ジャ……ジャス――ッ!」
アザレアが、必死で手を伸ばすが、僅かに届かない。
大きな水飛沫を上げて、ジャスミンの身体が、真っ暗な川の中に落下してしまった。
「ジャスッ! 顔を見せてぇっ!」
アザレアは、船縁から身を乗り出して、荒れ狂う水面に目を凝らしてジャスミンの姿を探す。
「――――ぶはぁっ!」
「――ジャスッ!」
カヌーから大分離れた所の川面が割れて、見慣れた小さな頭が飛び出してきた。
ジャスミンは、顔をキョロキョロさせて、カヌーを探しているようだ。
「ジャス! ジャスッ! ――こっちよ、こっち!」
アザレアは必死で手を伸ばすが、ジャスミンまではとても届かない。
やがて、ジャスミンは、アザレアの声に気付いた。彼の黒曜石の瞳が、カヌーの上のルビーの瞳を真っ直ぐ見る。
そして、川の水に凍えて、真っ青な顔をしながらも、ニッコリと笑いかけた。
「……アザリー……お前は、先に行って!」
「な――何を言ってるのよ! 何を諦めてるのよ!」
アザレアは、半狂乱になって叫ぶ。
「あんた……さっき言ったばっかりじゃない! 『今は俺の為に生きてくれ』――って! ……その言葉、そのまま返すわよっ! ジャス……この、アザレアの為に生きなさいっ!」
「何……言ってる、アザ……リー……」
ジャスミンは、川の流れに浮き沈みし、その冷たさに朦朧としながらも、右手を掲げて親指を立ててみせた。
「そんなの……決まってる――だろ! 俺は……お前を置いて――死なないよっ。……だから、先に行って……待ってて……」
「ジャスゥ――――ッ!」
アザレアが、涙を流しながら、黒い川面に向かって絶叫するが――、
「…………」
彼女の目の前で、激流の中に沈んだジャスミンの顔が再び浮き上がってくる事は無かった――。
やがて――、
「――着いた! ライナド川だ」
彼らの目の前に、キラキラと輝く川面が現れた。
ライナド川は、ザナト山脈の頂から流れてくる大河である。その急峻な流れの為、極寒のザナト地方にあっても川面が氷結する事は無いのだ。
「……あった!」
ジャスミンは、川岸に積もった雪を掻き分け、小さな木製のカヌーを掘り出した。数年前に死んだ、彼の父親が所有していたカヌーだ。父親の死後も、ジャスミンが夏の間に使っていた為、最低限の手入れはされている。
「よし、傷みも無い。大丈夫そうだ」
ジャスミンは、雪の中から引きずり出したカヌーのチェックを終え、安堵の表情を浮かべた。
ふたりは、力を合わせてカヌーの船尾を押し、川の中にカヌーを運ぼうとするが、いかんせん子供ふたり。更に、ジャスミンは背中に突き立った矢傷の痛みを堪えての作業の為、カヌーは遅々として前に進まない。
――と、
「おい! 居たぞ! 川岸だ!」
「あれは……カヌー?」
「あのクソガキども、川を渡って逃げるつもりか?」
「逃がすな!」
野太い兵士たちの叫び声が、風に乗ってふたりの耳に届いた。
ふたりは、怯えた顔を見合わせる。
「……アザリー、急ごう!」
「――うん!」
ふたりは、カヌーを押す手に一層の力を込める。
遂に、カヌーが川の上に浮かんだ。ふたりは、急いでカヌーに飛び乗る。
ジャスミンは、オールを手にして、背中の痛みに顔を顰めながら、思い切り川岸を押す。
カヌーはゆっくりと、急な川の流れに乗り、川岸から離れ始める――。
その時、
「――! 危ないっ!」
アザレアが叫ぶと同時に、ジャスミンに飛びかかり、船底へと押し倒した。一瞬の後、ゾッとする風切り音を立てながら、数本の矢が彼女の頭の上を通過した。
恐る恐る船端から顔だけ出して様子を窺う。
川岸で、兵士たちがカヌーと併走しながら、弓に次の矢を番えているのが見えた。
ヒュオォッと、再び矢が飛来する音が聞こえた。乾いた音を立てて、数本がカヌーの横腹に突き立つ。
「クソッ。しつこいなあ、もう!」
ジャスミンが身を起こし、川岸を睨みつけながら、必死でオールを漕ぎ続ける。
カヌーは、急な川の流れに乗って、どんどん加速していく。そのスピードに、川岸を併走する兵士も追いつけなくなる。
「……逃げ切れる? ジャス……」
不安と安堵がない交ぜになった表情で訊ねるアザレアに、必死で左右交互にオールを漕いで、バランスを取るジャスミンが、叫ぶように答える。
「――兵士の方からは……な! ――でも、今度は、川の流れの方が……ヤバい、かも!」
「キャアッ!」
ジャスミンの言葉と同時に、カヌーの船底が岩に乗り上げ、カヌーは激しく横に揺れる。
ふたりはカヌーから振り落とされないように、船体の縁に掴まり、足を踏ん張る。
……が、
「う……うわああああっ!」
背中の傷で、踏ん張りがきかなかったジャスミンの身体が、船縁を乗り越えてしまった――。
「ジャ……ジャス――ッ!」
アザレアが、必死で手を伸ばすが、僅かに届かない。
大きな水飛沫を上げて、ジャスミンの身体が、真っ暗な川の中に落下してしまった。
「ジャスッ! 顔を見せてぇっ!」
アザレアは、船縁から身を乗り出して、荒れ狂う水面に目を凝らしてジャスミンの姿を探す。
「――――ぶはぁっ!」
「――ジャスッ!」
カヌーから大分離れた所の川面が割れて、見慣れた小さな頭が飛び出してきた。
ジャスミンは、顔をキョロキョロさせて、カヌーを探しているようだ。
「ジャス! ジャスッ! ――こっちよ、こっち!」
アザレアは必死で手を伸ばすが、ジャスミンまではとても届かない。
やがて、ジャスミンは、アザレアの声に気付いた。彼の黒曜石の瞳が、カヌーの上のルビーの瞳を真っ直ぐ見る。
そして、川の水に凍えて、真っ青な顔をしながらも、ニッコリと笑いかけた。
「……アザリー……お前は、先に行って!」
「な――何を言ってるのよ! 何を諦めてるのよ!」
アザレアは、半狂乱になって叫ぶ。
「あんた……さっき言ったばっかりじゃない! 『今は俺の為に生きてくれ』――って! ……その言葉、そのまま返すわよっ! ジャス……この、アザレアの為に生きなさいっ!」
「何……言ってる、アザ……リー……」
ジャスミンは、川の流れに浮き沈みし、その冷たさに朦朧としながらも、右手を掲げて親指を立ててみせた。
「そんなの……決まってる――だろ! 俺は……お前を置いて――死なないよっ。……だから、先に行って……待ってて……」
「ジャスゥ――――ッ!」
アザレアが、涙を流しながら、黒い川面に向かって絶叫するが――、
「…………」
彼女の目の前で、激流の中に沈んだジャスミンの顔が再び浮き上がってくる事は無かった――。
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