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第十章 Welcome to the Black Mountain
早文と待ち人
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硫黄臭いダリア山の上空には、今日も厚い雲が立ちこめている。
中腹に聳え立つ堅牢なダリア傭兵団本部――その大広間で、全身白ずくめの男が、白塗りされたその顔を緩ませて、クックッと含み笑いを漏らしていた。
「……どうした。笑うなどとは、珍しい事だな」
その傍らで、微かに眉を顰めながら口を開いたのは、“銀の死神”ゼラだった。彼女の異名の元である、豊かで長い銀髪が、照明代わりの夜光虫が放つ青白い光を受け、キラキラと輝く。
白ずくめの男――ダリア傭兵団団長シュダは、彼女の方を振り返ると、手にした巻紙をヒラヒラと振ってみせた。
「いや、何……。やっと、待ち人が来たという報告を受けて、嬉しくてね」
「待ち人……あの赤毛の娘か。――やっと連絡を寄越してきたのか?」
ゼラは、その美しい顔を無表情のまま崩さず、無感動な声で訊いた。
彼女の問いに、シュダは首を横に振って答える。
「……違うのか?」
「――これは、彼女からの“恋文”では無いね……残念ながら」
『残念ながら』と言いつつ、彼の人を食ったような態度には些かの変化も無い。
シュダは、ゼラに巻紙を渡しながら答えを述べる。
「これは、リオルスの村に潜ませている者からの早文だよ。――2日前に、リオルスに、赤毛の女を含んだ旅人の一団が入ってきた、という事だ」
「ほう……」
ゼラは、興味無さげに早文を流し読みしていたが、その途中で目を留めた。
「ほう……これは――」
「へえ……。さっきの君の言葉を、そっくりそのまま返すとしよう」
シュダは、ゼラの様子を面白そうに眺めながら言った。
「君が笑うなんて、随分珍しい事もあるもんだね。――ひょっとして、君の待ち人も、その中にいたのかい?」
「……別に、待っていた訳ではないが――」
ゼラは、微かな怒気を孕んだ声で言いながらも、目は早文の一文から離れない。
「ふふふ、まあいいさ」
そう言って、シュダはゼラの手から早文を掏り取り、もう一度読み直した。
「……にしても、奇妙なパーティーじゃないか? 『赤毛の娘と、軽薄そうな遊び人風の男、金髪の少年神官、全身傷だらけの人並み外れた大男』……」
シュダは、玉座に深く座り直すと、ふふふと嘲笑った。
「……恐らく、『軽薄そうな遊び人』は、サンクトルでチャー傭兵団を嵌めて、壊滅に追い込んだという“ジャスミン”とかいう名前の男。『金髪の少年神官』も、女に化けて、アザレアと共に酒場で働いていたという……“フェーン”だろう。――そして、『全身傷だらけの大男』は、サンクトルでチャー君の護衛をしていたという――」
「ヒース……という名だった」
シュダの言葉を遮って、ゼラは呟くように言った。
その言葉に、シュダは戯けた顔で、大袈裟に驚いてみせた。
「ははあ、君の待ち人は、この彼か。という事は……」
「……チャーを討ち漏らした時に邪魔をした男だ。その時に名を聞いた」
努めて淡々と言うゼラ。シュダは、実に面白そうな顔で、彼女の表情を覗く。
「なるほどね……。君がそこまで関心を持つ男――とても興味深いね」
「…………」
気まずそうに顔を背けるゼラに苦笑して、彼は顎に手を当てながら、真面目な顔になって考え込む。
「……にしても、奇妙だね。なぜ、アザレアはそんな男たちと一緒に旅をして、こちらに近づいてきているのだ?」
「お前のかけた“洗脳”が解けたのではないか?」
「――まさか……それはあり得ないよ」
シュダは、ゼラの言葉を一笑に付した。
「前にも言っただろう? あの記憶操作は、そう易々とは破れない」
「『あり得ない』はあり得ない……とも言うぞ」
「…………」
「――すまない。失言だった」
と、ゼラは短く謝罪を述べて、口を噤んだ。彼女を睨みつけるシュダの目に宿る凄まじい殺気に、思わず気圧されたのだ。
シュダは、フッと目を和らげると、いつもの調子に戻って言った。
「まあ、リオルスまで来たのなら、こちらから迎えを寄越してあげるとしようか」
「……私が行くか?」
「いや――」
ゼラの申し出に、シュダは頭を振った。
「……君の迎えだと、リオルス村ごと消してしまいそうだからね。今回はご遠慮願おう」
シュダは、殊更に皮肉げな笑みを浮かべてみせる。――まるで、チラリと胸に浮かんだ疑念の種から目を背けようとするかのように。
「なに……。アザレアは三人の男を騙して、ここまで連れてきただけに決まっているから、そんなに大層な仕事にはならないだろうさ……きっとね」
中腹に聳え立つ堅牢なダリア傭兵団本部――その大広間で、全身白ずくめの男が、白塗りされたその顔を緩ませて、クックッと含み笑いを漏らしていた。
「……どうした。笑うなどとは、珍しい事だな」
その傍らで、微かに眉を顰めながら口を開いたのは、“銀の死神”ゼラだった。彼女の異名の元である、豊かで長い銀髪が、照明代わりの夜光虫が放つ青白い光を受け、キラキラと輝く。
白ずくめの男――ダリア傭兵団団長シュダは、彼女の方を振り返ると、手にした巻紙をヒラヒラと振ってみせた。
「いや、何……。やっと、待ち人が来たという報告を受けて、嬉しくてね」
「待ち人……あの赤毛の娘か。――やっと連絡を寄越してきたのか?」
ゼラは、その美しい顔を無表情のまま崩さず、無感動な声で訊いた。
彼女の問いに、シュダは首を横に振って答える。
「……違うのか?」
「――これは、彼女からの“恋文”では無いね……残念ながら」
『残念ながら』と言いつつ、彼の人を食ったような態度には些かの変化も無い。
シュダは、ゼラに巻紙を渡しながら答えを述べる。
「これは、リオルスの村に潜ませている者からの早文だよ。――2日前に、リオルスに、赤毛の女を含んだ旅人の一団が入ってきた、という事だ」
「ほう……」
ゼラは、興味無さげに早文を流し読みしていたが、その途中で目を留めた。
「ほう……これは――」
「へえ……。さっきの君の言葉を、そっくりそのまま返すとしよう」
シュダは、ゼラの様子を面白そうに眺めながら言った。
「君が笑うなんて、随分珍しい事もあるもんだね。――ひょっとして、君の待ち人も、その中にいたのかい?」
「……別に、待っていた訳ではないが――」
ゼラは、微かな怒気を孕んだ声で言いながらも、目は早文の一文から離れない。
「ふふふ、まあいいさ」
そう言って、シュダはゼラの手から早文を掏り取り、もう一度読み直した。
「……にしても、奇妙なパーティーじゃないか? 『赤毛の娘と、軽薄そうな遊び人風の男、金髪の少年神官、全身傷だらけの人並み外れた大男』……」
シュダは、玉座に深く座り直すと、ふふふと嘲笑った。
「……恐らく、『軽薄そうな遊び人』は、サンクトルでチャー傭兵団を嵌めて、壊滅に追い込んだという“ジャスミン”とかいう名前の男。『金髪の少年神官』も、女に化けて、アザレアと共に酒場で働いていたという……“フェーン”だろう。――そして、『全身傷だらけの大男』は、サンクトルでチャー君の護衛をしていたという――」
「ヒース……という名だった」
シュダの言葉を遮って、ゼラは呟くように言った。
その言葉に、シュダは戯けた顔で、大袈裟に驚いてみせた。
「ははあ、君の待ち人は、この彼か。という事は……」
「……チャーを討ち漏らした時に邪魔をした男だ。その時に名を聞いた」
努めて淡々と言うゼラ。シュダは、実に面白そうな顔で、彼女の表情を覗く。
「なるほどね……。君がそこまで関心を持つ男――とても興味深いね」
「…………」
気まずそうに顔を背けるゼラに苦笑して、彼は顎に手を当てながら、真面目な顔になって考え込む。
「……にしても、奇妙だね。なぜ、アザレアはそんな男たちと一緒に旅をして、こちらに近づいてきているのだ?」
「お前のかけた“洗脳”が解けたのではないか?」
「――まさか……それはあり得ないよ」
シュダは、ゼラの言葉を一笑に付した。
「前にも言っただろう? あの記憶操作は、そう易々とは破れない」
「『あり得ない』はあり得ない……とも言うぞ」
「…………」
「――すまない。失言だった」
と、ゼラは短く謝罪を述べて、口を噤んだ。彼女を睨みつけるシュダの目に宿る凄まじい殺気に、思わず気圧されたのだ。
シュダは、フッと目を和らげると、いつもの調子に戻って言った。
「まあ、リオルスまで来たのなら、こちらから迎えを寄越してあげるとしようか」
「……私が行くか?」
「いや――」
ゼラの申し出に、シュダは頭を振った。
「……君の迎えだと、リオルス村ごと消してしまいそうだからね。今回はご遠慮願おう」
シュダは、殊更に皮肉げな笑みを浮かべてみせる。――まるで、チラリと胸に浮かんだ疑念の種から目を背けようとするかのように。
「なに……。アザレアは三人の男を騙して、ここまで連れてきただけに決まっているから、そんなに大層な仕事にはならないだろうさ……きっとね」
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