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第十章 Welcome to the Black Mountain
仮面と黒衣
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最初に窓に飛び込んでガラスを破ったのはヒースだった。巨体の彼なら、宿屋の2階から飛び降りる程度の事は造作も無い。地響きを立てて宿屋の外の地面に飛び降りたヒースは、振り返って2階へ手を伸ばした。
「ほら、ふたりとも、早く飛び降りてきな。俺が優しく受け止めてやるから」
「気色悪い事言うなや、オッサン!」
続けて顔を出したジャスミンが、ヒースの言葉に顔を歪めて舌を出す。彼の背中からは濛々とした白煙が、勢いよく部屋の中から外へと溢れ出す。
「――どいてろ、オッサン!」
ジャスミンは、片手でどくようにジェスチャーしながら叫んで、飛び降りた。足が地に付くや、くるんと前転して、着地の衝撃を受け流す。
「おうおう、上手いもんだな、色男」
「そりゃ、2階からの飛び降り程度、夜這い先から逃げる時に経験済みよ」
「いや、胸を張るようなもんでもねえだろ、それ」
なぜかドヤ顔のジャスミンに呆れながら、ヒースは宿屋の方へ向き直り、残ったパームに呼びかける。
「おおい、坊ちゃん、まだ生きてるか~?」
「ゴホゴホ……は、はい!」
「早く降りてこい。その煙、有害かもしれねえからよ!」
「ゆうが――は、はい! 分かりま――」
と、突然、パームの頭が唐突に部屋の中へと引っ込んだ。
「? どうした、坊ちゃ――!」
2階へ呼びかけようとしたヒースの頬を、高速で飛来した何かが掠めた。
「うおっ!」
足元で、ジャスミンの悲鳴も聞こえた。ヒースが目を移すと、ジャスミンの開いた股の間に、黒羽の矢が突き立っている。
「お、危なかったなぁ、色男。もう少しでお前の商売道具が再起不能になるところだったぞ」
「やめろオッサン。洒落にならねー……」
冷や汗を流しながら、素早く立ち上がり、ヒースと背中合わせで無ジンノヤイバを構えるジャスミン。
チラリと宿屋の2階を見るが、金髪の神官の顔は見えない。
「――捕まったかな、アイツ?」
「多分、な。――で、どうする?」
「まあ、取りあえずは、身にかかる火の粉ってヤツを払わなきゃ、だろうねえ」
「違えねえ!」
得たりと、ヒースが犬歯を見せて凄味のある笑みを浮かべると同時に、闇の向こうから風切り音が鳴る。
すかさず、ジャスミンは無ジンノヤイバの柄尻を叩いて、即座に薄桃色の光の楯を発生させる。
カツーン、という乾いた音を立てて、飛来したものが桃色の楯に弾かれ、地面に突き刺さる。
それは、夜闇に紛れるよう、羽から鏃の先まで黒く塗った矢だった。
「おいおい、随分本気モードで殺しに来てくれちゃってるんですけど! オッサン、大丈夫か?」
「――やれやれ。そりゃ、誰に向かって言ってるんだ?」
ジャスミンの問いかけに、ヒースは鼻で笑って答えてみせる。
「こんなもんじゃ、腹ごなしにもなりゃしねえ」
そう言い捨てると、ヒースは飛んできたところを片手で掴み取った矢を、握力だけで握り折った。
「今の攻撃で、大体の場所が分かったな。――色男、ケガしたくなければお前は隠れてていいぜ。あとは俺が引き受けてやる」
「――何かムカつくなぁ、その言い草。……ま、荒事はオッサンに任せるわ。俺は、ちょっと2階の様子を見に行って――」
「ああ、それには及ばぬぞ。探し者はここにあるからな」
ふたりの会話に、突然割込む第三者の声。ヒースとジャスミンは、声のした闇の奥へと視線を走らせる。
ズルズルという音が聞こえ、黒装束を着た仮面の者が現れた。
その手に襟首を掴まれて引きずられてきたのは、意識を喪ってグッタリとしている、神官服の少年だった。
彼が、夜闇から浮き出るように姿を見せると同時に、ジャスミンとヒースの四方から、弓に矢を番えたままの黒衣の者たちが現れ、じりじりと間合いを詰めてくる。
パームを引きずってきた仮面の者は、昏倒している彼を片手で持ち上げると、その首筋に短刀の刃を当てた。
「――陳腐な台詞だが、言わせてもらおう。――この者の命が惜しかったら、得物を捨てて手を上げる事だ」
「……もうちょっと捻れや」
「こういう時は、案外陳腐な台詞の方が効果がある。これは豆知識だ」
「ふ~ん。じゃあ、今度人質を取った時にはそう言ってみるわ。教えてくれてありがとうよ」
ジャスミンは、軽口を叩いて、殊更に襲撃者の神経を逆撫でる。
が、仮面の者に、苛立ったりした様子は見られない。無言でパームの首筋に当てた短刀に力を込めた。
パームの細く白い首から、ツーと一筋、赤い血が流れる。
「――脅しだと思っているようなら、この周囲が真っ赤に染まるだけだ」
「……どうする? アイツは本気っぽいぞ。――ここは先方の要求に従った方が――」
ヒースは、声を顰めてジャスミンに耳打ちする。が、ジャスミンは首を横に振った。
「――おいおい、色男よぉ……。坊ちゃんを見殺しにする気か?」
「えー? しょうがないじゃん。だって、俺は人……特に男に指図されるのが大っ嫌いなんだもんよ。――大丈夫! ここで命を落としても、心清い神官サマは恨みもせずに昇天してくれる……筈だよ!」
「――某が言うのも何だが……お前、酷いな」
仮面の者は、逆に呆れた声で言った。
そして、ボソッと呟く。
「……あの方の仰った通りか」
「……何か言ったか?」
仮面の者の言葉を聞き咎めるジャスミン。
襲撃者は、仮面の奥で薄笑んだ様だ。その纏う気配がふと緩んだ。
「いや……。ならば、これならどうかな?」
そう言うと、仮面の者はクイッと顎を上げて、配下へ合図を送る。
ジャスミンとヒースは、彼の顎の動いた先に目を遣り――ジャスミンの目と動きが固まった。
「…………お前ら……!」
「……ジャス……ごめん」
彼の視線の先には、後ろ手で縛られて、首筋に短刀を突きつけられたアザレアが、懇願するような目をして立っていた。
「ほら、ふたりとも、早く飛び降りてきな。俺が優しく受け止めてやるから」
「気色悪い事言うなや、オッサン!」
続けて顔を出したジャスミンが、ヒースの言葉に顔を歪めて舌を出す。彼の背中からは濛々とした白煙が、勢いよく部屋の中から外へと溢れ出す。
「――どいてろ、オッサン!」
ジャスミンは、片手でどくようにジェスチャーしながら叫んで、飛び降りた。足が地に付くや、くるんと前転して、着地の衝撃を受け流す。
「おうおう、上手いもんだな、色男」
「そりゃ、2階からの飛び降り程度、夜這い先から逃げる時に経験済みよ」
「いや、胸を張るようなもんでもねえだろ、それ」
なぜかドヤ顔のジャスミンに呆れながら、ヒースは宿屋の方へ向き直り、残ったパームに呼びかける。
「おおい、坊ちゃん、まだ生きてるか~?」
「ゴホゴホ……は、はい!」
「早く降りてこい。その煙、有害かもしれねえからよ!」
「ゆうが――は、はい! 分かりま――」
と、突然、パームの頭が唐突に部屋の中へと引っ込んだ。
「? どうした、坊ちゃ――!」
2階へ呼びかけようとしたヒースの頬を、高速で飛来した何かが掠めた。
「うおっ!」
足元で、ジャスミンの悲鳴も聞こえた。ヒースが目を移すと、ジャスミンの開いた股の間に、黒羽の矢が突き立っている。
「お、危なかったなぁ、色男。もう少しでお前の商売道具が再起不能になるところだったぞ」
「やめろオッサン。洒落にならねー……」
冷や汗を流しながら、素早く立ち上がり、ヒースと背中合わせで無ジンノヤイバを構えるジャスミン。
チラリと宿屋の2階を見るが、金髪の神官の顔は見えない。
「――捕まったかな、アイツ?」
「多分、な。――で、どうする?」
「まあ、取りあえずは、身にかかる火の粉ってヤツを払わなきゃ、だろうねえ」
「違えねえ!」
得たりと、ヒースが犬歯を見せて凄味のある笑みを浮かべると同時に、闇の向こうから風切り音が鳴る。
すかさず、ジャスミンは無ジンノヤイバの柄尻を叩いて、即座に薄桃色の光の楯を発生させる。
カツーン、という乾いた音を立てて、飛来したものが桃色の楯に弾かれ、地面に突き刺さる。
それは、夜闇に紛れるよう、羽から鏃の先まで黒く塗った矢だった。
「おいおい、随分本気モードで殺しに来てくれちゃってるんですけど! オッサン、大丈夫か?」
「――やれやれ。そりゃ、誰に向かって言ってるんだ?」
ジャスミンの問いかけに、ヒースは鼻で笑って答えてみせる。
「こんなもんじゃ、腹ごなしにもなりゃしねえ」
そう言い捨てると、ヒースは飛んできたところを片手で掴み取った矢を、握力だけで握り折った。
「今の攻撃で、大体の場所が分かったな。――色男、ケガしたくなければお前は隠れてていいぜ。あとは俺が引き受けてやる」
「――何かムカつくなぁ、その言い草。……ま、荒事はオッサンに任せるわ。俺は、ちょっと2階の様子を見に行って――」
「ああ、それには及ばぬぞ。探し者はここにあるからな」
ふたりの会話に、突然割込む第三者の声。ヒースとジャスミンは、声のした闇の奥へと視線を走らせる。
ズルズルという音が聞こえ、黒装束を着た仮面の者が現れた。
その手に襟首を掴まれて引きずられてきたのは、意識を喪ってグッタリとしている、神官服の少年だった。
彼が、夜闇から浮き出るように姿を見せると同時に、ジャスミンとヒースの四方から、弓に矢を番えたままの黒衣の者たちが現れ、じりじりと間合いを詰めてくる。
パームを引きずってきた仮面の者は、昏倒している彼を片手で持ち上げると、その首筋に短刀の刃を当てた。
「――陳腐な台詞だが、言わせてもらおう。――この者の命が惜しかったら、得物を捨てて手を上げる事だ」
「……もうちょっと捻れや」
「こういう時は、案外陳腐な台詞の方が効果がある。これは豆知識だ」
「ふ~ん。じゃあ、今度人質を取った時にはそう言ってみるわ。教えてくれてありがとうよ」
ジャスミンは、軽口を叩いて、殊更に襲撃者の神経を逆撫でる。
が、仮面の者に、苛立ったりした様子は見られない。無言でパームの首筋に当てた短刀に力を込めた。
パームの細く白い首から、ツーと一筋、赤い血が流れる。
「――脅しだと思っているようなら、この周囲が真っ赤に染まるだけだ」
「……どうする? アイツは本気っぽいぞ。――ここは先方の要求に従った方が――」
ヒースは、声を顰めてジャスミンに耳打ちする。が、ジャスミンは首を横に振った。
「――おいおい、色男よぉ……。坊ちゃんを見殺しにする気か?」
「えー? しょうがないじゃん。だって、俺は人……特に男に指図されるのが大っ嫌いなんだもんよ。――大丈夫! ここで命を落としても、心清い神官サマは恨みもせずに昇天してくれる……筈だよ!」
「――某が言うのも何だが……お前、酷いな」
仮面の者は、逆に呆れた声で言った。
そして、ボソッと呟く。
「……あの方の仰った通りか」
「……何か言ったか?」
仮面の者の言葉を聞き咎めるジャスミン。
襲撃者は、仮面の奥で薄笑んだ様だ。その纏う気配がふと緩んだ。
「いや……。ならば、これならどうかな?」
そう言うと、仮面の者はクイッと顎を上げて、配下へ合図を送る。
ジャスミンとヒースは、彼の顎の動いた先に目を遣り――ジャスミンの目と動きが固まった。
「…………お前ら……!」
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