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第十章 Welcome to the Black Mountain

団長と色事師

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 ギィィ……と軋む音を立てながら、大広間へ続く巨大な鉄の扉がゆっくりと開いた。
 鉄扉が開き切り、目の前に広がった大広間に足を踏み入れたジャスミン達が抱いた印象は、

「暗っ! そして、寒っ!」

 だった。
 ダリア山の上空には、どんよりとした雲がかかっていて、本部の外は昼でも薄暗かったのだが、この大広間には明り取りの窓も少なく、外の光がほとんど入ってきていない。
 仄かな青い光を放つ夜光虫を詰めたガラス管で部屋を照らしているが、光量が絶対的に少なく、大広間はほぼ闇に包まれている。
 壁や調度品も最低限の物しか置いてなく、きざはしの奥には、空の玉座がポツンと据えられていて――『大広間』と呼ぶには殺風景に過ぎた。
 そして、室内が妙に寒い。実際の気温以上に、背筋の辺りが寒く感じる。――何やら、大広間全体にただならぬ者の気配を感じる。

「……ジャスミンさん……」

 と、後ろから弱々しい声で呼ばれ、振り返ると、顔を真っ青にしてガタガタと震えるパームが、縺れる舌を懸命に動かして訴えた。

「……ジャスミンさん、ココはマズいです……。様々な怨念が……部屋いっぱいに……!」
「怨念……? まあ、そんな雰囲気はプンプンするけど……」

 ジャスミンが、パームの言葉に小さく頷き、改めて周りを見回す――。
 その時、

「やあやあ、よく来ましたね。我がダリア傭兵団は、貴方達を心から歓迎しますよ」

 玉座の後ろから、この大広間の陰鬱な雰囲気にはそぐわない明るい調子の声が、三人に向けて掛けられた。
 ただ、声の調子とは裏腹に、声自体には、底知れないゾッとする響きが感じられた。
 敏感にそれを感じ取ったジャスミンとパームの背中に、冷たいものが流れ落ちる。

「ジャスミン君に、パーム君。……あとは、ヒース君だね。会えて嬉しいですよ」

 そんな三人の表情も素知らぬ風に、ご機嫌な体で玉座に座った男は、

「はじめまして。私は、ダリア傭兵団団長シュダと申す者でございます。――以後、お見知りおきを」

 と、軽く一礼した。

「あの肉饅頭から聞いてはいたが……本当に真っ白なんだな。――正気を疑うレベルで」

 ヒースはそう呟くと、皮肉げに口角を吊り上げた。
 ――彼の言う通りだった。
 目の前に座る男は、丈の長い白い上衣を纏い、ズボンもブーツも汚れ一つない白。
 その上、顔面をも化粧でまっ白に塗りたくっており、異装としか言い難い格好をしていた。
 彼の姿で色が付いているのは、赤銅色の髪の毛と、薄く引いた青いアイシャドウ、そして紫色のルージュ……そして、厳冬の冬の湖を彷彿とさせる様な冷たい光を放つ、蒼い瞳だけだった。

「はっはっはっ、これは手厳しい。――私はこの格好が好きなものでね。お見苦しいかもしれませんが、ご寛恕下さい」

 シュダは、ヒースの挑発を笑い飛ばした。ただ――、その目は笑っていない。
 彼の目を見たパームは、唇の先まで青ざめて、小刻みに震えている。

「――ご丁寧なご挨拶どーも。……その割には、お客様を遇する扱いがなってないんじゃないっすか、団長サン?」

 ジャスミンはそう言うと、自分をきつく縛りつける太い縄をシュダに見せつけた。
 シュダは、ニコリと微笑わらい、静かに頭を振った。

「ご不便をおかけして申し訳ありませんが、私も、敵か味方かハッキリしない輩を目の前で自由にする程、お人好しではありませんので……。そちらも併せてお赦し下さい」
「ま、そりゃそうか。……つか、『敵か味方かハッキリしない』ってのは違うと思うけどな」

 要求を退けられた割には、アッサリと引き下がるジャスミンは、ジロリとシュダの蒼い目を見据えて言葉を継いだ。

「今のところ、アンタと俺達は、明確に敵なんだけどさ」
「……ははは。お伺いしているより、随分と率直に物を申される方ですね。――『天下無敵の色事師』ジャスミンさん」

 シュダも負けじとジャスミンの黒曜石の様な瞳を睨めつけて言う。
 少々の間睨み合った後、ジャスミンはニヤリと相好を崩した。

「……じゃ、率直ついでに、単刀直入に訊くけど。――こんな硫黄臭いド田舎の山の中まで、わざわざ俺達を連れてきたのは、一体何の為なんだい、団長サンさ?」

 ジャスミンは、ズバリと切り込み、シュダの出方を窺う。

「……何の為……ですか」

 一方のシュダは、一瞬だけ目を瞑った後、あっさりと答える。

「……一言で言えば、『会って一言お礼を述べたかった』。……それだけですかね」
「は? ……お礼?」
「ええ……お礼です」

 シュダは、ニコリと微笑んで続けた。

「貴方達が、サンクトルでチャーくんを倒してくれたお陰で、前々から私達を支援していた某国と私との繋がりが、より強固なものとなりました。チャーくんというが無くなったおかげでね」
「夾雑物……ねえ」

 ヒースが、その言葉に思わず失笑する。

「……あっちでもこっちでも、随分な言われ様だなあ、あの豚饅頭。哀れが過ぎて、逆に同情するぜ」
「まあ、私の方も、彼の排除の為にアザレアを送り込んでいた訳ですが……結果的に君達が手を貸してくれたお陰で、当初の目的を達する事が出来た訳です。――その事に対して、直接お礼を述べたかったのがひとつ」

 そう言うと、シュダは右手を挙げて人差し指を立てた。

「もう一つは……単に会ってみたかった。――サンクトルの住民を纏め上げ、それなりに統制が取れていたはずの傭兵団を壊滅に至らしめた、『希代の策士』ジャスミンとやらにね」

 そう言って、彼は人差し指に続けて中指も立てた。
 ジャスミンは、満更でもない顔で、頭をポリポリと掻いた。

「そいつはどーも。で、目出度くご対面した訳だが、これからどうしたらいいんだい? 握手でもするかい? ――それとも、そのお洒落な白無垢に、サインでも書いてあげればいいのかい?」
「はははは、そうですね。――でしたら、サインを頂戴したいですね。……ただ、この上着は私のお気に入りなもので、こちらではなく――」

 シュダは、愉快そうに笑うと、懐から一束の書類を取り出し、氷の瞳で三人を見据えながら、感情の乗らない冷徹な声で告げる。

「――こちらの、傭兵団への“入団届”の方にお願いします」
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