好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜(アルファポリス版)

朽縄咲良

文字の大きさ
136 / 176
第十一章 “DEATH”TINY

白面と素顔

しおりを挟む
 「…………」
「――どうかしたのかい? 黙ってしまったね、アザレア。……いいのだよ、無理をしなくても」

 額から脂汗を浮かべながら、浅い息を吐くアザレアに、シュダは優しい言葉をかける。
 だが、いつもと変わらぬその言葉の響きには、厳冬のアケマヤフィトを思わせるような、凍える響きが含まれている――。今の彼女には、

「……」

 アザレアはゴクリと唾を飲み込むと、意を決した。胸元に手を入れ、胸の間に挟んでいた小瓶を取り出す。
 その小瓶を見たシュダの眉が、ピクリと動く。

「……それは……何かな?」

 知らず、声色に若干の訝しげな響きが混じる。

『……止めろ! ……触れるな! ……引き返せ! ……』
ッ……!」

 脳内に響くくぐもった声が語気を強め、頭痛も増す。アザレアは顔を顰めるが、唇を噛んで、その痛みを堪える。
 彼女は、痺れた唇を苦労して動かしながら、必死で言葉を紡ぐ。

「……シュダ様……お願いがございます」
「……お願い?」
「……はい」

 アザレアは、シュダの問い返しに小さく頷き、小瓶を彼の方へと差し出した。

「――これは、私が使っている変装落とし用のクレンジングオイルです。……それを使って、私に貴方の素顔を拝見させて頂きたいのです」
「……どうしてか、理由を聞いてもいいかな?」

 頬杖をついたまま、上目遣いで彼女に訊くシュダ。その冬の湖色の瞳には、探るような光が宿っている。
 彼に見据えられたアザレアは、緊張と恐怖で塞がりそうになる気道を必死で開いて、言葉を捻り出す。

「……私は、貴方の素顔を見た事がありません。初めて出会った時も、貴方の顔は白粉で隠されていました。その為、サンクトルで浮かんでしまった、シュダ様に対する微かな疑いを頭から消し去る事が出来ないのです。――大変失礼なお願いだとは、重々承知しておりますが……」

 そう言うと、彼女は絨毯張りの床の上に片膝をつき、深々と頭を下げた。

「私の中にある、疑念の火を完全に消し去る為に……何卒、私の我が儘をお聞き入れ下さいますよう……」
「…………」

 彼女の言葉に、シュダはしばらくの間、口を開かなかった。――夜光虫の光しか光源の無い、薄暗い部屋の中は、耳が痛いほどの静寂に包まれる。
 ――その静寂を破ったのは、シュダだった。
 彼は、厚く白塗りされた顔面に浮かぶ表情を和らげて苦笑して言った。

「……分かったよ。君のたってのお願いというのなら、聞き届けないわけにもいかないだろうね」
「――!」

 意外だと言わんばかりに目を見開いたアザレアの手から小瓶を取り上げ、栓を抜く。

「あ――」
「これで、君の疑問がハッキリするのなら、喜んでやってあげよう」

 そう言うと、彼はニヤリと笑った。――ゾッとするような、酷薄な微笑だった。

「……ジャ」

 シュダの笑顔を見た瞬間、何故か彼女の脳裏には別の笑顔が浮かんだ。――ある男が浮かべた、黒曜石の瞳を細めた、優しい微笑を。

 ――何故かは、解らない。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 クレンジングオイルを手に、奥の洗面台へと消えていったシュダを、アザレアは身じろぎもせずに待っていた。
 緊張で握った掌が、嫌な汗をかいているのを感じる。心臓も先程からバクバクと喧しい音を立て続けている。

(――私は、どちらを望んでいるのだろう?)

 顔を伏せたまま、彼女は自問自答し続けている。
 白塗りの化粧を取り去ったシュダの顔が、果たして彼女の全く知らない顔なのか……、
 それとも――。

「――やあ、待たせたね、アザレア」
「――!」

 シュダのくぐもった声に、アザレアはビクリと身体を震わせた。心臓の拍動がますます早まるのを感じる。

「いや、さすが、変装用のメイクを落とす為に使うものなだけはあるね。随分と良く落ちる……」

 シュダの声に、いつもと変わったところは無い。それでも、アザレアは伏せた顔を上げる事が出来なかった。小刻みに震え、カチカチと歯を鳴らしながら、毛羽だった絨毯の柄を凝視するだけだった。

「……どうしたんだい? せっかく、君の希望でメイクを落としてあげたんだよ。見てくれないかな、
「…………は……はい」

 アザレアは、いまや頭の中で、鐘の音の様に反響して響き渡っている『見るな! 引き返せ!』という、おぞましい絶叫を振り切り、覚悟を決めた。
 彼女は、固く目を瞑ると、頭を上げ――、そして、恐る恐る目を開ける。

 まず、白装束の上衣が目に入った。――アザレアは、震えながらゆっくりと……ゆっくりと視線を上げる。
 そして、遂に彼女は見た。

 ――醜い火傷の痕で爛れ落ちた左半面と、

 見間違えるはずも無い……

 ――十年前、の朝に、玄関口に立っていた男と同じ顔をした右半面を――!
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

事務仕事しかできない無能?いいえ、空間支配スキルです。~勇者パーティの事務員として整理整頓していたら、いつの間にか銅像が立っていました~

水月
恋愛
「在庫整理しかできない無能は不要だ」 第一王子から、晩餐会の場で婚約破棄と国外追放を告げられた公爵令嬢ユズハ。 彼女のギフト【在庫整理】は、荷物の整理しかできないハズレスキルだと蔑まれていた。 だが、彼女は知っていた。 その真価は、指定空間内のあらゆる物質の最適化であることを。 追放先で出会った要領の悪い勇者パーティに対し、ユズハは事務的に、かつ冷徹に最適化を開始する。 「勇者様、右腕の筋肉配置を効率化しました」 「魔王の心臓、少し左にずらしておきましたね」 戦場を、兵站を、さらには魔王の命までをも在庫として処理し続けた結果、彼女はいつしか魔王討伐勇者パーティの一人として、威圧感溢れる銅像にまでなってしまう。 効率を愛する事務屋令嬢は、自分を捨てた国を不良債権として切り捨て、再出発する。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

ジャングリラ~悪魔に屠られ魔王転生。死の森を楽園に変える物語~

とんがり頭のカモノハシ
ファンタジー
「別の世界から勇者を召喚する卑怯な手口」に業を煮やした堕天使・ルシファーにより、異世界へ魔王として転生させられた大学生・左丹龍之介。 先代・魔王が勇者により討伐されて100年――。 龍之介が見たものは、人魔戦争に敗れた魔族が、辺境の森で厳しい生活を余儀なくされている姿だった。 魔族の生活向上を目指し、龍之介は元魔王軍の四天王、悪魔公のリリス、フェンリルのロキア、妖狐の緋魅狐、古代龍のアモンを次々に配下に収めていく。 バラバラだった魔族を再び一つにした龍之介は、転生前の知識と異世界の人間の暮らしを参考に、森の中へ楽園を作るべく奔走するのだが……

処理中です...