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第十一章 “DEATH”TINY

【回想】狂人と屍人形

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 「……“しろがねの死神”ですって――?」

 ロゼリアは、目の前の男の言葉を一笑に付そうとしたが――出来なかった。
 扉を開けて入ってきた矮小な老婆の全身から立ち上る、何ともいえないおぞましさを感じさせるオーラが、彼女が本当に“銀の死神”だという事を、この上なく雄弁に示していた。
 ロゼリアは、喉に激しい渇きを覚える。
 次いで、胃の中の物が食道を逆流するのを感じ、その場に膝を落とした。

「ガッ……グ――フゥウ……」

 理性が止める間もなく、剥き出しの木の床に吐瀉物をぶちまける。老婆の放つ禍々しい瘴氣ショウキに中てられられたのだ。
 ――そう、

「おやおや、大丈夫ですか……ロゼ――」
「触らないでッ!」

 椅子から立ち上がり、背中を摩ろうとするフジェイルの手を撥ね除けて、ロゼリアは顔を上げて、燃える炎の色をした目で彼を睨みつけた。その目には、憎悪と嫌悪と恐怖と畏怖の光が宿り、ギラギラと輝いている。
 ロゼリアは、息を荒くしながら、途切れ途切れに言葉を吐く。

「フジェ……フジェイル……、貴方――この、死神……は――」
「お察しの通りですよ、ロゼリア」

 フジェイルは、その陰鬱な顔を狂気的に歪め、含み笑いを浮かべながら、自慢げに話し始める。

「実際の彼女――“銀の死神”は、神話おとぎばなしのような、冥神の御業みわざによる聖なる造形物ではありませんでした。――遙か太古の、滅びし旧人類の手によるだったのですよ」
「……屍……人形――」
「もちろん、の屍術士が造るようなチャチな木偶デクどもなどとは、出来のレベルが桁違いですがね。――屍人形ならば、私に使えない訳が無いのですよ。……“屍の冒瀆者”と呼ばれた私ならね……」

 そう言うと、フジェイルは腹を抱えて嗤い出す。狂ったように。
 ……否。

(……既に狂っている)

 彼の哄笑に呆然としながら、そうロゼリアは考えていた。

「私の屍術ネクロマンシーで彼女の魂を縛り、意のままに操る――事は、正直出来てはいませんね。さすがに彼女の呪いの力は強力すぎて、いかに私といえども手に余る……」

 フジェイルは自嘲気味に薄笑みを浮かべた。

「まあ、今の私と彼女の関係は、飼い主と狗のような半従属関係と言っていいでしょうか……。何せ、私が発見した時は、尸氣シキ幽氣ユウキが抜け切って、骨と皮だけのミイラのようになっていましたからね。アケマヤフィトへ持ち込んで、地下の実験室でを遣りながら、大切にここまで育ててやったのですよ」
「……エサ?」

 ロゼリアは思わず聞き返した。“エサ”という、一見とりとめも無いように聴こえるその単語に、何ともいえないおぞましい響きを感じたからだ。
 ロゼリアの言葉に、フジェイルは怖気を震うような嗜虐的な表情を浮かべて答えた。

「それはもちろん――良質の雄氣ゆうき雌氣しきを持つ……人間ですよ、ククククク!」
「――!」

 フジェイルの答えを聞いたロゼリアは、再び激しい吐き気を覚えて、口を押さえた。
 そんな彼女の様子を見下しながら、フジェイルは小首を傾げてみせる。

「……自分の事でも無いのに、なぜ、そんなに苦しむのですか? ご安心を。喰わせていたのは、地下牢に収容されるような、どうしようも無い犯罪者ばかりですよ」
「そういう――そういう問題じゃない!」

 ロゼリアは、フジェイルの言葉に絶叫した。だが、彼は、彼女の声が聞こえていないかのように話を続ける。

「囚人共を喰わせ続けて、ようやくここまで育てたのですが、困った事に、エサが尽きてしまいましてね。もう、地下牢食料庫は空っぽです」

 彼は、戯けて肩を竦めてみせる。

「――なので、これから良質の人間エサを調達しようと思いましてね。に、この都市の総督……グリティヌス公を、バスツールの灰雪宮へ告発してみました」
「え――!」

 フジェイルの言葉に、ロゼリアの目が驚愕で見開かれる。

「既に、グリティヌス公は大公に呼び出されて、監察使にされながら、バスツールへ向かっている最中です。まあ、バスツールまで辿り着けるかは……どうでしょうかね? ふふふ……」

 ロゼリアは、彼の事が心底恐ろしくなって、ブルブルと身体をおこりのように震わせる。
 その様子を、氷の様な冷たい瞳で見下しながら、フジェイルは口元を歪ませる。

「……で、が本番です」
「本番……?」

 ロゼリアの問いに、フジェイルは実に愉快そうに鼻をひくつかせる。

「――当然、灰雪宮からは、アケマヤフィト総督庁の制圧令が発せられます。クレオーメ公国の各地から、活きのいい屈強な男達が列を成して……ほら、よく言うでしょ? 『牛が鍋を運んでやって来る』――ってね。そして、彼女には、存分に腹を満たしてもらう。……です」
「――……狂ってる」

 ロゼリアは震える声で、それでも敢然と彼を睨みつけて言った。

「この死神の力を取り戻させるだけの為に、公国軍の騎士達を贄にしようだなんて……! 狂ってるわ、貴方っ!」
「ええ。その通りです。キチンと自覚はしていますよ」

 フジェイルは、薄ら笑いを絶やす事なく、あっさりと頷く。

「ですが、狂いもするでしょう? 何せ、これだけ強大な銀の死神ちからを手に入れたのです。おかしくならない訳がない! 誰であっても例外ではない!」

 そう声高に叫ぶと、フジェイルは、その陰鬱な顔に凄惨な笑顔を貼り付けて、右手を真っ直ぐロゼリアへと伸ばして言った。

「――たとえ、貴女であってもね。……さあ、ロゼリア。私と一緒に狂いましょう!」
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