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第十一章 “DEATH”TINY
【回想】炎矢と闇刃
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「――イヤッ!」
差しのべられた手を平手で払って、ロゼリアは立ち上がり、よろめきながら後ずさって、フジェイルから距離を取った。
誘いを拒まれたフジェイルは、顔を曇らせながら、わざとらしく肩を竦めてみせる。
「……おやおや、随分意固地ですね、ロゼリア。昔は、私の言う事なら何でも聞いてくれるような、素直な良い子でしたのに……。乞えば、簡単に肌を許してくれるような――」
「言うなッ!」
フジェイルの言葉に、赤髪を逆立て、眦を決して叫ぶ。
「……あの時の私は、まだほんの子供で……貴方の本性が分からなかった……だから……」
「ククク……でも結果的には、それは正しい選択だったでは無いですか。だから、あの6人の中で、貴女だけは生き残れた――」
そう言うと、フジェイルは卑猥に舌なめずりをした。
「そして、今回も。私は貴女だから、事前に助かるチャンスを与えてあげているのですよ」
「――“事前に助かるチャンス”……?」
その言葉に対し、嫌な予感で身を震わせるロゼリアを見下ろしながら、フジェイルは嗜虐的な嗤いを浮かべる。
「ロゼリア、私が“銀の死神”のエサとして用意しようとしているのが、公国軍の騎士達だけだとでもお思いですか?」
「……ま……まさか……」
驚愕と絶望で崩れ落ちそうになるのを、必死で抑えながら、彼女はフジェイルの顔を凝視する。彼は、心底愉快そうに哄笑しながら、言葉を吐く。
「私の計算では、公国軍の騎士が総懸かりで仕掛けてきて、それを彼女が全て平らげたとしても、足りないのですよ……“銀の死神”の完全復活にはね。――ですから」
彼の吐く言葉の続きを想像できたロゼリアは、遂にへたり込む。
そして、フジェイルの薄い唇は、無情な言葉を紡ぎ出した。
「このアケマヤフィトの住民も、ついでに喰わせてしまおうかと。……こんな退廃に満ちた、どうしようもない都市の愚鈍な民衆の魂でも、私の夢……そして伝説の存在の、文字通り肥やしになるのです。寧ろ、感謝して欲しいくらいですよ。アハハハハハッ!」
「…………」
ロゼリアは、目の前で狂ったように大笑するフジェイルの姿を茫然と見つめながら、心の中で固く決意を固めた。
(この男は、ここで斃さなければならない……!)
アケマヤフィトの約20万の住民の為、クレオーメ公国の騎士達の為、この大陸に住まう全ての人類の為、――そして何より、
最愛の妹の為――!
ロゼリアは、唇を噛み締めると、腹を抱えて嗤い続けるフジェイルに向けて指先を向け、聖句を唱える。
『怒りもて 猛火に滾りし フェイムの血 凝り集まりて 炎の矢を成すッ!』
忽ち、彼女の指先から真っ赤な炎が噴き出し、収束して巨大な炎の矢と化した。
「フジェイルゥッ!」
ロゼリアは、血を吐くような絶叫を発して、彼に向けて豪炎の炎を放――つ事は出来なかった。
「……!」
彼女は、本当に口から血を噴き出した。一度顕現した炎の矢は、燃え尽きた蝋燭に灯る火のように儚く消える。
ロゼリアは、霞む眼で自分の胸元を見た。
「……ッ!」
そして、思わず息を呑む。
――彼女の乳房の間から、鮮血に塗れた真っ黒な刃が生えていたからだ。
苦痛に顔を歪めながら、ロゼリアは背後を振り返る。
視界に、黒いローブの老婆が、先程と変わらない位置で飄然と立っていた。
――その左腕から闇のように黒い剣の刃が伸びて、彼女の背中から胸元までを真っ直ぐに貫いている。
「……残念でしたね、ロゼリア」
彼女の動きに気付いたフジェイルがゆっくりと振り返る。嘲笑にほんの少しの憐憫の情が交ざった顔をしながら。
「私も残念です。貴女と私、いい関係になれると思っていたんですがね……」
「……だ……誰、が……あなた……なんか……と……――ッ!」
彼女の言葉は、途中から声にならない悲鳴に変わった。背後の“銀の死神”が、伸ばした黒刃を一層深く押し込んだのだ。
「……」
「――カ……ハ……」
突然、ロゼリアは目を剥いて苦悶の表情を浮かべた。体中の力が吸い取られていく――そんな感覚を覚えた。
と、フジェイルが口を開く。
「――待て、ゼラ」
「……」
「彼女は喰うな」
「……」
「聞こえないのかッ!」
「……」
フジェイルが強い口調で怒鳴ると、力が抜けていく感覚が無くなり、胸を刺し貫いていた黒い刃も消えた。支えがなくなったロゼリアの身体は、糸が切れた操り人形のように、その場に頽れる。
「おやおや、まだ死ぬのは早いですよ、ロゼリアさん」
今際の際にあるロゼリアの耳を、愉悦に弾んだフジェイルの声が打ち、彼女は前髪を掴まれて、無理矢理顔を上げさせられた。
早くも目に膜が張り始めた彼女の視界いっぱいに、フジェイルの蛇のような酷薄な顔が映る。
「こんな結果になって残念です。――事ここに至っては、仕方ありませんね」
そう言うと、フジェイルの顔に凄惨で酷薄な薄ら笑いが浮かぶ。
「……貴女には、私のコレクションのひとつになってもらいましょう」
――コレクション。
……それなら知っている。ロゼリアは、朦朧とした意識の中で、ぼんやりと考えていた。
屍術士フジェイルの操る屍人形――それを彼は“コレクション”と呼んでいた。……彼らしい、皮肉と冒瀆に満ちた呼び方だ。
(……私も……あれのひとつに……)
ロゼリアは、ぼんやりと考えた。身体の方は、もう抗う力も気力も無く、フジェイルにされるがままだった。
(……ア)
――その時、彼女の脳裏に、一人の少女の幼い顔が浮かぶ。姉によく似た紅い髪に、姉よりも鮮やかな紅玉のような紅い瞳。
(……アザリー……)
私が死んでしまったら、あの娘はどうなってしまうのだろう……。ロゼリアは、ふと考えた。
……考えてみれば、全部彼女を守る為だった。
――“紅蓮のロゼリア”という忌まわしい二つ名を付けられながら、後ろ暗い稼業に身を落としたのも、
――フジェイルの言葉に踊らされ、“組織”を文字通り焼き払ったのも、
――フジェイルに乞われるまま、彼の劣情の捌け口となったのも、
全ては、幼い妹を守り、育てていく為。
(……でも、これからは……?)
このままでは、自分はフジェイルの屍人形のひとつへと堕ちる。
そうなったら、たったひとりになってしまった彼女を守る事が出来ない。
そして、目の前の男の性格を、彼女はイヤと言うほど知り尽くしていた。
だから、確信できる。
――この男は、
(――私が死んだら、今度はアザリーを毒牙にかけようとするだろう)
それだけは、ハッキリしていた。
(――いやだな……)
ピクリと、彼女の指先が動く。
(いや……だ――。それだけは――それだけは……絶対に!)
――ロゼリアの膜が張った真紅の瞳に、輝きが戻った――。
差しのべられた手を平手で払って、ロゼリアは立ち上がり、よろめきながら後ずさって、フジェイルから距離を取った。
誘いを拒まれたフジェイルは、顔を曇らせながら、わざとらしく肩を竦めてみせる。
「……おやおや、随分意固地ですね、ロゼリア。昔は、私の言う事なら何でも聞いてくれるような、素直な良い子でしたのに……。乞えば、簡単に肌を許してくれるような――」
「言うなッ!」
フジェイルの言葉に、赤髪を逆立て、眦を決して叫ぶ。
「……あの時の私は、まだほんの子供で……貴方の本性が分からなかった……だから……」
「ククク……でも結果的には、それは正しい選択だったでは無いですか。だから、あの6人の中で、貴女だけは生き残れた――」
そう言うと、フジェイルは卑猥に舌なめずりをした。
「そして、今回も。私は貴女だから、事前に助かるチャンスを与えてあげているのですよ」
「――“事前に助かるチャンス”……?」
その言葉に対し、嫌な予感で身を震わせるロゼリアを見下ろしながら、フジェイルは嗜虐的な嗤いを浮かべる。
「ロゼリア、私が“銀の死神”のエサとして用意しようとしているのが、公国軍の騎士達だけだとでもお思いですか?」
「……ま……まさか……」
驚愕と絶望で崩れ落ちそうになるのを、必死で抑えながら、彼女はフジェイルの顔を凝視する。彼は、心底愉快そうに哄笑しながら、言葉を吐く。
「私の計算では、公国軍の騎士が総懸かりで仕掛けてきて、それを彼女が全て平らげたとしても、足りないのですよ……“銀の死神”の完全復活にはね。――ですから」
彼の吐く言葉の続きを想像できたロゼリアは、遂にへたり込む。
そして、フジェイルの薄い唇は、無情な言葉を紡ぎ出した。
「このアケマヤフィトの住民も、ついでに喰わせてしまおうかと。……こんな退廃に満ちた、どうしようもない都市の愚鈍な民衆の魂でも、私の夢……そして伝説の存在の、文字通り肥やしになるのです。寧ろ、感謝して欲しいくらいですよ。アハハハハハッ!」
「…………」
ロゼリアは、目の前で狂ったように大笑するフジェイルの姿を茫然と見つめながら、心の中で固く決意を固めた。
(この男は、ここで斃さなければならない……!)
アケマヤフィトの約20万の住民の為、クレオーメ公国の騎士達の為、この大陸に住まう全ての人類の為、――そして何より、
最愛の妹の為――!
ロゼリアは、唇を噛み締めると、腹を抱えて嗤い続けるフジェイルに向けて指先を向け、聖句を唱える。
『怒りもて 猛火に滾りし フェイムの血 凝り集まりて 炎の矢を成すッ!』
忽ち、彼女の指先から真っ赤な炎が噴き出し、収束して巨大な炎の矢と化した。
「フジェイルゥッ!」
ロゼリアは、血を吐くような絶叫を発して、彼に向けて豪炎の炎を放――つ事は出来なかった。
「……!」
彼女は、本当に口から血を噴き出した。一度顕現した炎の矢は、燃え尽きた蝋燭に灯る火のように儚く消える。
ロゼリアは、霞む眼で自分の胸元を見た。
「……ッ!」
そして、思わず息を呑む。
――彼女の乳房の間から、鮮血に塗れた真っ黒な刃が生えていたからだ。
苦痛に顔を歪めながら、ロゼリアは背後を振り返る。
視界に、黒いローブの老婆が、先程と変わらない位置で飄然と立っていた。
――その左腕から闇のように黒い剣の刃が伸びて、彼女の背中から胸元までを真っ直ぐに貫いている。
「……残念でしたね、ロゼリア」
彼女の動きに気付いたフジェイルがゆっくりと振り返る。嘲笑にほんの少しの憐憫の情が交ざった顔をしながら。
「私も残念です。貴女と私、いい関係になれると思っていたんですがね……」
「……だ……誰、が……あなた……なんか……と……――ッ!」
彼女の言葉は、途中から声にならない悲鳴に変わった。背後の“銀の死神”が、伸ばした黒刃を一層深く押し込んだのだ。
「……」
「――カ……ハ……」
突然、ロゼリアは目を剥いて苦悶の表情を浮かべた。体中の力が吸い取られていく――そんな感覚を覚えた。
と、フジェイルが口を開く。
「――待て、ゼラ」
「……」
「彼女は喰うな」
「……」
「聞こえないのかッ!」
「……」
フジェイルが強い口調で怒鳴ると、力が抜けていく感覚が無くなり、胸を刺し貫いていた黒い刃も消えた。支えがなくなったロゼリアの身体は、糸が切れた操り人形のように、その場に頽れる。
「おやおや、まだ死ぬのは早いですよ、ロゼリアさん」
今際の際にあるロゼリアの耳を、愉悦に弾んだフジェイルの声が打ち、彼女は前髪を掴まれて、無理矢理顔を上げさせられた。
早くも目に膜が張り始めた彼女の視界いっぱいに、フジェイルの蛇のような酷薄な顔が映る。
「こんな結果になって残念です。――事ここに至っては、仕方ありませんね」
そう言うと、フジェイルの顔に凄惨で酷薄な薄ら笑いが浮かぶ。
「……貴女には、私のコレクションのひとつになってもらいましょう」
――コレクション。
……それなら知っている。ロゼリアは、朦朧とした意識の中で、ぼんやりと考えていた。
屍術士フジェイルの操る屍人形――それを彼は“コレクション”と呼んでいた。……彼らしい、皮肉と冒瀆に満ちた呼び方だ。
(……私も……あれのひとつに……)
ロゼリアは、ぼんやりと考えた。身体の方は、もう抗う力も気力も無く、フジェイルにされるがままだった。
(……ア)
――その時、彼女の脳裏に、一人の少女の幼い顔が浮かぶ。姉によく似た紅い髪に、姉よりも鮮やかな紅玉のような紅い瞳。
(……アザリー……)
私が死んでしまったら、あの娘はどうなってしまうのだろう……。ロゼリアは、ふと考えた。
……考えてみれば、全部彼女を守る為だった。
――“紅蓮のロゼリア”という忌まわしい二つ名を付けられながら、後ろ暗い稼業に身を落としたのも、
――フジェイルの言葉に踊らされ、“組織”を文字通り焼き払ったのも、
――フジェイルに乞われるまま、彼の劣情の捌け口となったのも、
全ては、幼い妹を守り、育てていく為。
(……でも、これからは……?)
このままでは、自分はフジェイルの屍人形のひとつへと堕ちる。
そうなったら、たったひとりになってしまった彼女を守る事が出来ない。
そして、目の前の男の性格を、彼女はイヤと言うほど知り尽くしていた。
だから、確信できる。
――この男は、
(――私が死んだら、今度はアザリーを毒牙にかけようとするだろう)
それだけは、ハッキリしていた。
(――いやだな……)
ピクリと、彼女の指先が動く。
(いや……だ――。それだけは――それだけは……絶対に!)
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