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第十二章 アザレアBABY
絶望と失望
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焼け焦げ、熱によって変形した黒い鎧の隙間から、ブスブスと黒い煙を吹き上げながら、屍人形は、鋭い剣閃を放つ。
「くっ――!」
アザレアは、紙一重のところで、その鋭い一撃を躱した。
が、続けざまに放たれたワイマーレの強烈な体当たりをまともに食らい、彼女の身体はいとも容易く吹き飛び、背中を石壁に強かに叩きつけられる。
「が――は……!」
激しい衝撃と痛みで、気が遠くなる。肺が機能を喪ったように感じ、息を吸う事が出来なくなった。
(……い……いけない!)
手放しかけた意識を、必死でたぐり寄せる。真っ白に染まった視界が、再び色を取り戻す――銀色の煌めきを!
「――!」
彼女は、咄嗟に横っ飛びに跳んで、銀色の剣呑な光を避ける。
一瞬後、彼女の居た場所に、ワイマーレの大剣の刃が突き立つ。
「アハハハハ! 不様だねえ、アザレア! さっきまでの勢いはどうしたんだい? 今じゃ逃げの一手じゃないか?」
向こう側から、憎い怨敵の嘲笑が聞こえた。アザレアは、ギリッと唇を噛み締めた。
鉄の味と臭いが、口中に広がる。
彼女は、黒い鎧の屍人形と、その奥でヘラヘラ嗤っている屍術士を睨みつけると、右手で握る長鞭をグッと固く握りしめ、聖句を唱える。
『火を統べし フェイムの息吹 命の炎! 我が手に宿り 全てを燃やせッ!』
が――、
いつものように、長鞭が炎を纏う事は無かった。
「……やっぱり、ダメだ。……何で?」
雄氣切れ? ――いや、そんな筈は無い。如何に大技である轟炎爆破火術と炎壁隆立火術の混合火術を放ったといっても、まだ、雄氣は尽きていないはず……。
「随分、不思議そうだねえ、アザレア? 教えてあげようか……君の疑問への答えを!」
戸惑うように、自分の手元を覗き込むアザレアに、フジェイルは声をかけた。
無言で彼を睨み返すアザレアに、最高に嫌味な笑みを見せてやり、彼は言葉を継いだ。
「――君が望むのに、火術が発生しない……それはつまり、君が完全に絶望しきってしまったからさ!」
「……絶望? 私が? ま、まさか……!」
フジェイルの言葉に、激しく頭を振るアザレア。
「そ……そんな訳無いじゃない! 絶望なんてするはずが無いでしょう? せっかく、目の前に姉様の仇が居て、もう少しで仕留められそうなの……に!」
「――でも、仕留められなかった」
「……!」
フジェイルの切り返しに、思わず言葉を詰まらせるアザレア。――ふと気付くと、彼女は、自分の身体が小刻みに震えている事に気が付いた。思わず両腕で己の身体を抱きしめるが、震えは一向に止まらない。――いや、寧ろひどくなっていく一方だった。
フジェイルは、火傷で引き攣れた左頬を歪ませて、嘲るような表情を浮かべながら言った。
「君も、心の中では解っているんだ。もう、私には勝てない。――君の姉、ロゼリアの仇を討つ事は出来ないんだ、と」
「…………黙れ」
「――恐らく、さっきの攻撃が、君の放てる最大級の切り札だったんだろう? ――それでも、私を斃すには足りなかった。『ああ、もうムリだ。手詰まりだ』――そう、君は理解ってしまっている」
「……うるさい」
「私に勝てない事を理解し、許容しようとする君と、それを認めたくない君――そんな千々に乱れた心理状態で、火術など操れる訳が無いだろう? その鞭を炎で覆い尽くす事はおろか、蝋燭に火を灯す事すら出来ない……それが、今の君の状態だよ」
「五月蠅いッ! 黙ってて!」
アザレアは、再び激しく頭を振ると、鞭を固く握りしめ、再び聖句を唱える。
『――火を統べし フェイムの息吹 命の炎ォ! 我が手に宿り 全てを燃やせーッ!』
――だが、
フジェイルの言葉の通り、彼女の掌からは、火花のひとつも出なかった。
アザレアは茫然と立ち竦む。
「……何で……。何でよ……! 何で、諦めてるのよ、私っ! もう少し……もう少しなのよ……」
俯いた彼女の目から、大粒の涙が数滴溢れ、頬を伝う。
そんなアザレアの様子を、冷ややかな薄笑みを浮かべて眺めていたフジェイルは、
「……さて、絶望に沈む君の姿を眺めるのも楽しいのだが、さすがに飽きてきた。――そろそろ終劇といこうか。……この喜劇の、ね!」
そう皮肉ると、指をパチンと鳴らした。
と――、アザレアの周囲の床がメリメリと音を立てて浮き上がり、遂には突き破られた。
床の中から突き出てきたのは、無数の腐りかけた腕・腕・腕――!
「――な!」
アザレアの顔が恐怖と驚愕で引き攣る。耐えがたい腐臭を放つ、土気色の腕達は、アザレアの脚を強い力で掴み、拘束する。
「な――何をっ! 放せ――!」
「さっきも言っただろう? 『木偶屍鬼を、部屋の至る所に隠し置いている』ってね。そこにも仕掛けてあったんだよ。ふふふふ……」
そう言うと、フジェイルはゆっくりとアザレアの方へと歩いてくる。
アザレアはゾンビの腕から逃れようと藻掻くが、その力は強く、彼女の思うようにはいかなかった。
そして遂に、フジェイルがアザレアの目の前に立つ。充血した目を見開き、顔を歪ませて、彼女の顔を至近距離で見つめる。
アザレアは、目を逸らす事無く、憎しみと憤怒で燃え滾る真紅の瞳でキッと睨み返す。
「……その、あくまでも私に逆らおうとする小癪な目。……まったく、どこまでもそっくりだな、君たち姉妹は」
「……お前が、姉様を語るな! 汚れる!」
そう叫ぶと、アザレアはフジェイルに向かって唾を吐いた。彼の火傷で崩れた左頬に、吐き捨てられた唾が当たった。
フジェイルはゆっくりとした所作で、唾を拭き取ってから、アザレアの頬を力一杯張り飛ばした。
「――ッ!」
アザレアは、頬を張られながらも、歯を食いしばって耐える。
「ふん、まあいいさ! これで終わりだよ、アザレア。――いや、これが新たな始まりだ……そう言うべきかな?」
「……どういう――まさか!」
問い返す途中で、彼の言葉の意味を察したアザレアは、顔面蒼白になる。
フジェイルは、そんな彼女の表情の変化を、愉快そうな顔で嘲笑し、大きく頷いた。
「そう――。私が君の姉にしてやりたいと切望しつつ、結局果たせなかった事を、妹である君にしてあげようというのさ」
彼は、アザレアの耳に顔を近づけ、小さな声で囁いた。
「……君には、私のコレクションのひとつになってもらう事にしよう」
「くっ――!」
アザレアは、紙一重のところで、その鋭い一撃を躱した。
が、続けざまに放たれたワイマーレの強烈な体当たりをまともに食らい、彼女の身体はいとも容易く吹き飛び、背中を石壁に強かに叩きつけられる。
「が――は……!」
激しい衝撃と痛みで、気が遠くなる。肺が機能を喪ったように感じ、息を吸う事が出来なくなった。
(……い……いけない!)
手放しかけた意識を、必死でたぐり寄せる。真っ白に染まった視界が、再び色を取り戻す――銀色の煌めきを!
「――!」
彼女は、咄嗟に横っ飛びに跳んで、銀色の剣呑な光を避ける。
一瞬後、彼女の居た場所に、ワイマーレの大剣の刃が突き立つ。
「アハハハハ! 不様だねえ、アザレア! さっきまでの勢いはどうしたんだい? 今じゃ逃げの一手じゃないか?」
向こう側から、憎い怨敵の嘲笑が聞こえた。アザレアは、ギリッと唇を噛み締めた。
鉄の味と臭いが、口中に広がる。
彼女は、黒い鎧の屍人形と、その奥でヘラヘラ嗤っている屍術士を睨みつけると、右手で握る長鞭をグッと固く握りしめ、聖句を唱える。
『火を統べし フェイムの息吹 命の炎! 我が手に宿り 全てを燃やせッ!』
が――、
いつものように、長鞭が炎を纏う事は無かった。
「……やっぱり、ダメだ。……何で?」
雄氣切れ? ――いや、そんな筈は無い。如何に大技である轟炎爆破火術と炎壁隆立火術の混合火術を放ったといっても、まだ、雄氣は尽きていないはず……。
「随分、不思議そうだねえ、アザレア? 教えてあげようか……君の疑問への答えを!」
戸惑うように、自分の手元を覗き込むアザレアに、フジェイルは声をかけた。
無言で彼を睨み返すアザレアに、最高に嫌味な笑みを見せてやり、彼は言葉を継いだ。
「――君が望むのに、火術が発生しない……それはつまり、君が完全に絶望しきってしまったからさ!」
「……絶望? 私が? ま、まさか……!」
フジェイルの言葉に、激しく頭を振るアザレア。
「そ……そんな訳無いじゃない! 絶望なんてするはずが無いでしょう? せっかく、目の前に姉様の仇が居て、もう少しで仕留められそうなの……に!」
「――でも、仕留められなかった」
「……!」
フジェイルの切り返しに、思わず言葉を詰まらせるアザレア。――ふと気付くと、彼女は、自分の身体が小刻みに震えている事に気が付いた。思わず両腕で己の身体を抱きしめるが、震えは一向に止まらない。――いや、寧ろひどくなっていく一方だった。
フジェイルは、火傷で引き攣れた左頬を歪ませて、嘲るような表情を浮かべながら言った。
「君も、心の中では解っているんだ。もう、私には勝てない。――君の姉、ロゼリアの仇を討つ事は出来ないんだ、と」
「…………黙れ」
「――恐らく、さっきの攻撃が、君の放てる最大級の切り札だったんだろう? ――それでも、私を斃すには足りなかった。『ああ、もうムリだ。手詰まりだ』――そう、君は理解ってしまっている」
「……うるさい」
「私に勝てない事を理解し、許容しようとする君と、それを認めたくない君――そんな千々に乱れた心理状態で、火術など操れる訳が無いだろう? その鞭を炎で覆い尽くす事はおろか、蝋燭に火を灯す事すら出来ない……それが、今の君の状態だよ」
「五月蠅いッ! 黙ってて!」
アザレアは、再び激しく頭を振ると、鞭を固く握りしめ、再び聖句を唱える。
『――火を統べし フェイムの息吹 命の炎ォ! 我が手に宿り 全てを燃やせーッ!』
――だが、
フジェイルの言葉の通り、彼女の掌からは、火花のひとつも出なかった。
アザレアは茫然と立ち竦む。
「……何で……。何でよ……! 何で、諦めてるのよ、私っ! もう少し……もう少しなのよ……」
俯いた彼女の目から、大粒の涙が数滴溢れ、頬を伝う。
そんなアザレアの様子を、冷ややかな薄笑みを浮かべて眺めていたフジェイルは、
「……さて、絶望に沈む君の姿を眺めるのも楽しいのだが、さすがに飽きてきた。――そろそろ終劇といこうか。……この喜劇の、ね!」
そう皮肉ると、指をパチンと鳴らした。
と――、アザレアの周囲の床がメリメリと音を立てて浮き上がり、遂には突き破られた。
床の中から突き出てきたのは、無数の腐りかけた腕・腕・腕――!
「――な!」
アザレアの顔が恐怖と驚愕で引き攣る。耐えがたい腐臭を放つ、土気色の腕達は、アザレアの脚を強い力で掴み、拘束する。
「な――何をっ! 放せ――!」
「さっきも言っただろう? 『木偶屍鬼を、部屋の至る所に隠し置いている』ってね。そこにも仕掛けてあったんだよ。ふふふふ……」
そう言うと、フジェイルはゆっくりとアザレアの方へと歩いてくる。
アザレアはゾンビの腕から逃れようと藻掻くが、その力は強く、彼女の思うようにはいかなかった。
そして遂に、フジェイルがアザレアの目の前に立つ。充血した目を見開き、顔を歪ませて、彼女の顔を至近距離で見つめる。
アザレアは、目を逸らす事無く、憎しみと憤怒で燃え滾る真紅の瞳でキッと睨み返す。
「……その、あくまでも私に逆らおうとする小癪な目。……まったく、どこまでもそっくりだな、君たち姉妹は」
「……お前が、姉様を語るな! 汚れる!」
そう叫ぶと、アザレアはフジェイルに向かって唾を吐いた。彼の火傷で崩れた左頬に、吐き捨てられた唾が当たった。
フジェイルはゆっくりとした所作で、唾を拭き取ってから、アザレアの頬を力一杯張り飛ばした。
「――ッ!」
アザレアは、頬を張られながらも、歯を食いしばって耐える。
「ふん、まあいいさ! これで終わりだよ、アザレア。――いや、これが新たな始まりだ……そう言うべきかな?」
「……どういう――まさか!」
問い返す途中で、彼の言葉の意味を察したアザレアは、顔面蒼白になる。
フジェイルは、そんな彼女の表情の変化を、愉快そうな顔で嘲笑し、大きく頷いた。
「そう――。私が君の姉にしてやりたいと切望しつつ、結局果たせなかった事を、妹である君にしてあげようというのさ」
彼は、アザレアの耳に顔を近づけ、小さな声で囁いた。
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