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第十二章 アザレアBABY

悲惨と無惨、そして推参

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 ――コレクション。

 その単語を聞いたアザレアの顔色が変わった。彼女は当然、フジェイルが使う際の、その単語が持つ意味を知っている。

「……!」

 彼女は思わず、フジェイルの後方に佇む、黒い鎧を纏った屍人形ワイマーレを見た。――彼の、焦点の定まらない濁った瞳と、弛緩して涎を垂れ流すばかりの口元が目に入り、アザレアは嫌悪感で気を失いそうになった。

(――このままでは、私もアレと同じように……!)

 アザレアは、背筋が凍りつく思いに身震いし、何とかフジェイルの手から逃れようと、必死で身を捩り藻掻く。……が、地面から生えた腐りかけの腕達は、彼女の脚をガッチリと掴んで離さない。

「ああ……! いいよ、実に良い! アザレア……君の、その恐怖に引き攣る表情……! まったく……ゾクゾクさせてくれるじゃないか!」

 フジェイルは、火傷で真っ赤に引き攣れた左半面を愉悦で歪ませながら狂笑わらう。
 そして、アザレアの炎色の髪の毛を、右手で無造作に掴み、彼女の顔を無理矢理持ち上げる。

「痛――!」

 ブチブチと髪の毛が千切れる音がして、アザレアの顔が苦痛で歪む。

「……や、止め……」
「クハハハッ! 憎き姉の仇に対して、懇願か! 先程までの威勢はどうしたんだい、アザレア?」

 狂気に満ちた目を更に大きく見開いて、フジェイルは嘲笑する。
 歯を食いしばるアザレアの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。

「おやおや、今度は泣くのかい? まったく、不様だねぇ、君は」

 フジェイルは、呆れるように肩を竦めると、おもむろに彼女に顔を近づけ、真っ赤な舌を伸ばして、頬を伝う涙を舐め取った。

「――ッ!」

 突然の事に、目を見開き、身体を硬直させるアザレア。フジェイルはぺろりと舌なめずりをして、目を細める。

「……や、止めろ……この、変態野郎が!」

 その偏執的な表情に、計り知れない嫌悪感を覚えたアザレアは、憤怒の形相で、腕を振り回す。黒い長鞭が、空気を切りながら、フジェイルの顔を襲う。

 ――バチィッ!

 辺りに乾いた打撃音が響き渡る。――が、

「ウフフ……残念でした!」

 彼女が狙ったはずの、フジェイルの顔面は無事のまま。長鞭の先端は、いつの間に彼の横に現れたワイマーレの手に、ガッチリと掴まれていた。

「クッ!」

 アザレアの顔が、悔しさと絶望で歪む。

「やれやれ……。往生際の悪い娘だ。本当に、あの忌々しい姉とそっくりだな、君は!」

 フジェイルは、そう吐き捨てると、パチンと指を鳴らす。
 直後、ワイマーレが素早くアザレアの背後に回り込むと、片手で彼女の両腕を捻り挙げた。激しい痛みに苛まれ、アザレアの呼吸が荒くなる。

「――これで、ようやく大人しくなってくれるかな?」

 フジェイルはそう呟くと、彼女の顔面を己の手でガッチリと鷲掴みする。

「さて……実に愉しい時間だったが、もう終わりにしようか。――安心するがいい。君の意識は消えるが、君の身体は美しいまま。時を止めて、永遠に私の傍らにあるのだよ。光栄に思い給え!」
「…………え……さま……」
「――ん?」

 フジェイルの耳が、アザレアの微かな声を拾った。彼は、それに興味を覚え、薄笑みを浮かべながら彼女の口元に耳を近づける。

君が発する最後の言葉か……聞いてやろう。――何だって?」
「……だい……えさま……」

 と、アザレアの真紅の瞳に、力強い光が戻った。

「――姉様ッ! 勇気を、ちょうだいッ! 『火を統べし フェイムの息吹 命の炎! 我が手に宿り 全てを燃やせッ!』」
「――ッ!」

 屍人形の筈のワイマーレが、微かに動揺の色を見せた。アザレアの腕を掴む彼の手が、激しい炎に包まれたのだ。一瞬、ワイマーレの手の締め付けが緩む。
 アザレアは、その隙を逃さなかった。すかさず、ワイマーレのクラッチを外すと、左手を上げて、左耳の上に差していた黒焦げの髪留めをむしり取る。

(……姉様。ごめんなさい……。あの術、使うね!)

 彼女の脳裏に、哀しそうな顔をした姉の姿が浮かび、――そして、

(さよなら……ジャス!)

 目尻に溜まった涙と一緒に、黒曜石の瞳を持つ幼馴染の幻影を振り払い、彼女は叫ぶ。

『火の女神 フェイムの魂 猛る炎! 我が身を代に 全てを燃やせッ!』

 そして、自分の左胸目がけて、髪留めの尖った先端を突き立てんとする――
 が、

「――ああ、その動きは

 フジェイルの、冷静で陰気な声が、彼女の耳朶を打った。

「え――?」

 呆けたような声をアザレアが上げた時には、彼女の手にあったはずの髪留めは弾き飛ばされ、澄んだ音を立てて床を転がっていた。

「――何度も言うが、本当に、ビックリするほどそっくりだね、君たち姉妹は。最後の奥の手まで同じとはな。……だが私は、同じ手を二度も食らうほど迂闊では無いのでね!」
「…………」

 フジェイルの言葉に、アザレアは言葉も無かった。――ただ、彼女の頬を幾筋もの涙が流れ落ち、その身体から、フッと力が抜けた。
 フジェイルは、そんな彼女を鼻で嗤うと、彼女の頭を掴む手に力を込める。

「やれやれ、やっと。――じゃあ、始めよう。大丈夫、すぐ終わるさ」

 そして彼は、目を細め、薄い唇の間から、呪句を紡ぎ出す。

『――我 命ズ ソノ魂 骸ニ留メ 我ガ 僕トナレ……クロキヤミ スベテヲスベル ダレ――』
「やらせないぜ、団長さんっ!」

 呪句を唱え始めたフジェイルの顔面を目がけて、黒光りする何かが、風を切って飛来した。

「――なっ?」

 完全に不意を打たれたフジェイルは、咄嗟にアザレアの頭から手を離して、自分を目がけて飛んでくる何かをはたき落とす。
 甲高い金属音を鳴らしながら、それは床に突き立った。
 ――それは、黒く塗られたクナイ。
 フジェイルの左掌が傷つき、皮膚がパックリと裂ける。

「お! 見様見真似の割りには、上手く飛んだんじゃね? ひょっとして、俺って才能ある?」
「……貴様は――!」
「そう――」

 ――この場に全くそぐわない軽薄な声がした方へ、苛立ちと怒りを込めて、フジェイルは睨みつける。
 フジェイルの視線に気付いたは、にへらあと、皮肉たっぷりの笑みを浮かべ、殊更に挑発するように、手を上げてヒラヒラさせてみせた。

「愛しい女の、涙あるところには必ず……いや、駆けつける――『天下無敵の色事師』ジャスミン、ここに推参! ……そんな感じかな?」
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