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第1章
9・しれっと真顔で
しおりを挟む義母と義父が青ざめて固まっている中、シリウス様は優雅な仕草で一礼し、静かに口を開いた。
「お初にお目にかかります。魔術省で魔術師長をつとめております、シリウス・ヴェルナーと申します」
その瞬間、義母が弾かれたように上擦った声を上げた。
「ももも、もちろん存じあげておりますとも! 魔術師長様……! この国で、魔術師長様のことを知らないものなどおりませんわ! ねぇ、あなた!」
義母に肘でつつかれた義父も、慌てて言葉を継ぐ。
「あ、ああ! 先日も、隣国との小競り合いへ魔術師長自ら出向かれ、あっという間に鎮められたとか!」
さっきまでの偉そうな態度は、本当にどこへいってしまったのか。
どもりながらも、二人は必死でシリウス様を持ち上げている。
「お耳に入っていたとは光栄ですが……私はまだ研鑽の途中。どうか、あまりかしこまらないでいただきたい」
シリウス様は淡々と、しかし柔らかくそう告げた。
(国のトップの魔術師がまだ研鑽中って……)
この人は一体どこまで上り詰める気なのだろうか……。
ただの謙遜なのか本音なのかは分からないが、少なくとも威圧するつもりはないらしい。
「そっ、それで……ど、どうしてこちらに……?」
「ああ、そうでした」
義母が恐る恐る問いかけると、シリウス様は元から良い姿勢を更にぴんと伸ばした。
「本日は、セレフィアさんとの結婚をお許しいただければとご挨拶に伺いました。お時間をいただけますか」
義両親が顔を見合わせたのはほんの一瞬。
二人はすぐに何度も頷いた。
「も、もちろんでございますとも! どうぞこちらへ……!」
義父が先頭に立ち、義母がその後ろを小走りでついていく。
そこにはいつものだらしなさは影も形もない。
特に義父なんて、さっきまでだらしなくワインを飲んでいた人と同一人物とは思えないくらいだ。
「行きましょうか、セレフィアさん」
「は、はい……!」
(セレフィアさん、か。そう呼ばれたのは初めてだわ)
義両親の前だからだろうが、慣れないその響きが少しばかりくすぐったいような気がした。
(……あれ、そういえばお義兄様は?)
皆で客間へと向かうなか、ふと気になった私は振り返る。
アルフレッドは、一人玄関に取り残されたように立ち尽くしていた。
「結婚の話……か」
義両親とは違い、動揺するわけでも、慌てているわけでもない。
ただ、床の一点を見つめたまま、低く呟いている。
「お義兄様……?」
影のさしている横顔へ声をかけると、アルフレッドはゆっくりと顔を上げた。
「……ん? ああごめん。今行くよ」
返事を返す姿は、いつもの穏やかなもののはず。それなのに、心ここに在らずなように感じられた。
◇◇◇◇◇◇
客間に入るとすでに義母と義父は腰かけており、落ち着かない様子でそわそわと視線をさ迷わせていた。
シリウス様と私は横並びで義両親の向かいへ座る。
遅れてやってきたアルフレッドは、ソファの近くへ腕を組んで立っていた。
「そ、それで、その……セレフィアと結婚とは一体……」
緊張のせいか、喉を鳴らしながら義母が口を開く。
「セレフィアさんとは、かねてよりお付き合いをさせていただいておりまして。是非、今後も将来を共にさせていただきたいのです」
シリウス様は微動だにせず、落ち着き払った声で答えた。
よくもまあ、真顔ですらすらと嘘がつけるものだ……。
(ある意味すごいわ……。自信満々に言われるとそんな気がしてくるから不思議)
シリウス様があまりにも自然な調子で嘘をつくものだから、私は逆に感心してしまった。
これは愛も何もない契約結婚のはずだし、そもそもかねてよりと言えるほどの関係は一切ないはずだ。
なのに、この堂々たる言いざまは何なのだろう。
「亡きお父上、そしてあなた方に代わり……私が必ず、セレフィアさんを幸せにします」
「……っ」
シリウス様の言葉に、義両親も、アルフレッドも……そして私までもが息をのんでしまった。
(これも、嘘よ。うちの親を説得するための、演技に決まってる)
それなのに心を揺さぶられてしまったのはきっと、シリウス様の声色が思った以上に真剣だったからだ。
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