【完結】氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那

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第1章

10・策士で有能な魔術師長

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「それと、良ければこれを」

 誰も言葉を発せない空気の中、シリウス様は静かに手を空へと差し出した。
 瞬きをした間に、音もなく布袋に包まれたワインボトルがシリウス様の手の中へと現れる。

「こちらは、とあるツテを使って入手した年代物のワインです。良ければご家族でお召し上がりください」

「……っ! こ、これは……!」

 シリウス様から差し出されたワインボトルを目にした義父は、瞬時に目を輝かせた。
 怖々とした手つきながらもしっかりと、シリウス様からボトルを受け取っている。

「入手困難で諦めていた当たり年……。なんと、なんとありがたい……!」

 義父はうるうるとした瞳でワインボトルを眺めていた。
 よほど欲しかったものらしい。

 (お義父様……完全に懐柔されている)

 シリウス様、策士だ……。
 さすがは国一番の魔術師。
 
 そういえば先日、シリウス様から契約結婚の話を持ちかけられた時に、バクスター家うちのことを調べた、と言っていた。
 だから、義父がワイン好きなことも調べがついていたのだろう。
 賢いというかなんというか。いや、こんな事で国一番だと実感したくないが。
 
「……バクスター家のご事情については、少しばかりではありますが、存じております」
 
 シリウス様は、ボトルを大事そうに抱えて感激している義父へ視線を向けて言葉を重ねた。

「失礼ですが、バクスター家は今苦しい家計状況にあるそうですね」

 鋭い一言に、義両親がそろって肩を揺らす。
 シリウス様に言い当てられて、言葉が出てこないらしい。
 気まずそうに視線を泳がせ、二人は顔を見合せて口をつぐんだ。
 
「ですが、ご安心ください。結婚に関しての費用はすべてこちらが負担いたしますし、持参金なども必要ありません。セレフィアさんの今後の生活については、私に任せていただければと」

「そ、そんな! よろしいのですか!?」

 怪しいレベルで良すぎる条件を並べ立てるシリウス様へ、義母は食い気味に返事をした。

「至らぬ義娘むすめですが、どうかよろしくお願いします」

 義父も、ワインボトルを抱えたまま何度も頷いている。
 
「ありがとうございます」

 (……どうにか話がまとまったみたいでよかった)

 とりあえず義両親は、私たちの結婚へ納得してくれたようだった。
 一時はどうなることかと思っていたが、これで一安心だ。
 
 いつになるかは分からないが、これで私はこの家を出られる見通しがついた。
 私の胸へ、遅れて安堵が広がっていく。

 (……そういえば、一言もお義兄様が話していない気がする)

 ふと思い出した私は、そっと目線を上げてアルフレッドを見やる。
 アルフレッドは腕を組んだままで、ただシリウス様を見定めるように見つめていた。
 そこにはいつもの穏やかな微笑みは欠片もない。
 ただ冷えた赤い瞳が、シリウス様を見据えている。

 私がその異様さに気を取られているすきに、シリウス様はまるでなんでもないことのように、とんでもないことを口にしたのだ。
 
「……それと。本来でしたら、式をあげるまで同居を控えるべきなのはわかっております。しかし、私にはもう、セレフィアさんのいない日常が耐えられません」

「へっ!?」

 思わず間の抜けた声が出てしまって、私は咄嗟に口を手で押さえた。
 
「つきましては、婚前ではありますが、今日の日にセレフィアさんを我が屋敷へと連れて帰っても良いでしょうか。片時も離れたくないのです」

 シリウス様は真顔のまま、さらに追い打ちをかけてくる。

 (聞いてない! そんなこと聞いてないですよ!?)

 私は今日、結婚の挨拶をする、としかシリウス様から聞いていない。
 それがまさか、今日のうちにシリウス様の屋敷へ引っ越すことになるなんて思ってもいなかった。
 まったくの初耳である。
 
 必死に視線だけで隣のシリウス様へ訴えかけるが、シリウス様は私の方を見ようともしてくれなかった。
 
「ええ、ええ、こんな義娘で良ければどうぞ連れ帰ってくださいな!」

 義母は満面の笑みでそう言った。
 おそらく彼女は、バクスター家に負担なく厄介者を追い払えることが嬉しいのだろう。

「それはよかった。セレフィアさん、幸せになりましょうね」

「そうですね……はは……」

 シリウス様は、表情も声色も変えることなく、淡々と甘いセリフを口走っている。
 私はというと、笑い返しながらも頬がひきつるのを止められなかった。

 (真顔で言わないで、怖いから……!)
 
 シリウス様は義両親の手前、『結婚や同居の了承を得て喜ぶ婚約者』を演じているだけだ。
 わかっている。
 頭ではわかっているのに、あんな婚約者に夢中みたいな甘いセリフを真顔で言われたせいで、心が状況に追いついてくれないだけだ。
 
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