66 / 66
宰相閣下による幕引き
僕の最愛の人③(最終話)
聖女様と出会った運命の年から4年後。
僕は16歳になっていた。
いつか聖女様を迎えに行き、彼女を自由にしてあげたい。
そんな夢を心に抱き、僕は日々次期公爵としての勉強に励んだ。その結果……何故か次の宰相候補に名前が上がるほどになっていた。
――何故だ。
もちろん、いくら候補に名前が上がろうが、宰相試験に合格しないと宰相にはなれない。
それに、僕は別に国を動かす人間になるつもりはない。
ただ、自分にとって大切な屋敷の人間や、領地を守れればそれでいいと思っていた。
そして、聖女様に会えるだけの身分があれば、それで。
――この間王都に行った時に見た聖女様、すごく綺麗になっていたな。
先日、所用があって王城へ行った。その帰り道、そっと教会の方へ足を伸ばしたのだ。ひと目だけでもお会いしたかった。
あれから4年だから、聖女様は10歳だろうか。
黒髪黒目の人間なんてこの国にはそうそういないから、遠目から見ただけですぐに聖女様だとわかった。
凛とした佇まいで以前よりも『聖女』らしくなった彼女は、以前と変わらず慌ただしく働いているようだった。
――やっぱり僕は、聖女様が好きだ。
社交界で話しかけてくるどんな令嬢とも違う。
どんなに声をかけられてもほかの令嬢なんて鬱陶しいとしか思えないのに、聖女様のことはどうしても目が追ってしまう。
たまに王城へ行く時くらいしか姿を見ることは出来ないし、臆病な僕は話しかけることもできないのに。
それでも、僕の中の聖女様への気持ちは褪せることなく続いていた。
そんなある日のことだった。
聖女様がこの国の第一王子であるアルバート殿下と婚約したという話を知ったのは。
『アルバート王太子殿下(13)、噂の聖女様と婚約を発表!』
新聞に大きく書かれたその見出しを見て、僕は絶望してしまった。
――アルバート殿下と結婚!? 公爵の身分じゃ、王太子にかなうわけないじゃないか。
いつもはかしましいメイドたちが、僕の様子を見てめずらしくおろおろしている。
それほどまでに絶望に打ちひしがれた僕は、よろよろと部屋にひきこもった。
昼になり、西日が沈み、空に月が昇っても、それでも僕は部屋から出られなかった。
こんなに悲しいと思ったのは、生まれて初めてだった。
身分は自分の力だけではどうにもならない。
アルバート殿下は、聖女様のことを幸せにしてくれるような男だろうか。
ぐるぐると考えて、考えて、ますます溺れていくような心地だ。
そんな僕の部屋に押し入ってきたのは父だった。
「リシャルト。落ち込んでいるのは聖女様のことか?」
父が静かに尋ねてきて、僕はベッドにうずくまったまま答えた。
僕の聖女様への想いは特に隠してはいなかったので、身内にはとうにバレていた。
「……はい」
「リシャルトよ。欲しいものがあるなら、諦めてはならない」
静かに、だけれどはっきりと。芯のある声で言われる。
その言葉は、僕の胸に強く響いた。
「欲しいものがあるなら諦めるな。聖女様に婚約者がいようが、王太子が相手だろうが、どんな手を使ってでも掴み取れ」
「……ちち、うえ」
父の言葉は、暗闇の中に差し込んだ一筋の光のようだった。
――ああ、そうだ。僕はまだ、まともにアプローチさえできていないじゃないか。
言葉を交わしたのは、幼い頃の数日だけ。
あとはただ遠目から眺めることしか出来なかった。
それだけで諦められるわけがない。
諦めるにしても、せめて聖女様に直接振られたい。
――じゃあどうしたらいい? 今のままでは聖女様にお会いすることすら難しい。
地方に住む公爵の息子という立場では、頻繁に王城へ行ける訳では無いのだ。
瞬間、僕の脳裏によぎったのは、宰相候補の件だった。
――それだ。
公爵の息子という身分で不足なら、王族に並び立てる身分を得よう。
宰相の立場ならアルバート殿下のこともよく分かるだろうし、聖女様にも今より会える。
――もし、聖女様がアルバート殿下との婚約を望んでいたなら、その時は潔く身を引こう。
そして、もうひとつ考える。
――でももし……、聖女様がアルバート殿下との婚約を望んでいなくて、聖女様の自由をただ阻むものなのだとしたら。
僕は王族さえも操る、そんな人間にでもなろう。
◇◇◇◇◇◇
朝日が窓から差し込んでくる。
薄いレースのカーテンを抜けて部屋を照らすその光に、僕は瞼を開いた。
――……夢か。
長い夢を見ていた気がする。
聖女様に出会って、僕が宰相となることを決意した時の夢。
「り……しゃると、さま」
聞こえてきた甘やかな声に、僕はふと横に視線を動かした。
僕の隣には、すやすやと穏やかな表情で眠るかつての聖女様――キキョウがいる。
寝言で僕の名前を呼んでくれたのだろうか。あまりの可愛さに、朝から暴走してしまいそうだ。
目を閉じ約3秒。心を落ち着かせる。危ない危ない。
長年の片思いを経てようやく結ばれることのできた彼女の左手薬指には、銀のリングがはめられていた。
――僕は、とても幸せだ。
「キキョウ」
――僕は、あなたを幸せにできていますか?
「愛しています」
僕は天使のように眠っている愛しの妻に、そっと口付けを落とした。
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません
綾森れん
恋愛
「お前のような真面目くさった女はいらない。婚約は破棄させてもらう!」
婚約者だった公爵令息に冷酷に言い放たれたリラ・プリマヴェーラ。
だが、彼女の心にあったのは悲しみではなく―― 十年前の王族暗殺事件を調査したいという情熱だった。
伯爵令嬢であるリラは、鉄の掟を守る『鬼の騎士団長』の娘。
彼女には恋よりも何よりも優先すべき使命があった。それは、十年前に幼い王子が暗殺された事件の真相を暴き、父を、そして王国を陰謀から救うこと。
婚約破棄直後、彼女の前に現れたのは、天使の歌声を持つ美貌のカストラート(去勢歌手)、アルカンジェロだった。
彼が十年前の事件について密かに調べていることを、リラは知ってしまう。
真相を探るため、リラは彼を自分の音楽教師として迎え入れ、距離を縮めていく。
事件解決の協力者として彼と接するうち、リラは謎めいたアルカンジェロに危機を救われることになる。
しかし、リラは知らない。
アルカンジェロの正体が、十年前に暗殺されたはずの第三王子であることを。
そして彼にとってリラこそが、初恋の女性であることを。
彼は十年間、密かにリラを想い続けていたのだ。
王位を狙う者たちから身を隠すため、声楽の技術を駆使して、教会歌手として大聖堂で生き延びてきたアルカンジェロだったが、王家を巡る不穏な陰謀が静かに動き始めていた。
捜査に猪突猛進な堅物令嬢と、彼女を影から支え執着を見せる、カストラート歌手のふりをした王子。
宮廷の闇を切り裂く二人の恋と事件の行方は――?
※本作は、過去に投稿していた『真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています』の設定・キャラクター・構成を大幅に改稿し、新作として再構成したものです。
物語の結末やキャラクターの掘り下げを強化しておりますので、初めての方も、以前お読みいただいた方もお楽しみいただけます。
悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!
naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』
シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。
そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─
「うふふ、計画通りですわ♪」
いなかった。
これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である!
最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。
婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~
白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」
枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。
土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。
「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」
あなた誰!?
やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!
虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。
傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~
日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】
https://ncode.syosetu.com/n1741iq/
https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199
【小説家になろうで先行公開中】
https://ncode.syosetu.com/n0091ip/
働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。
地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?
愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!
香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。
ある日、父親から
「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」
と告げられる。
伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。
その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、
伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。
親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。
ライアンは、冷酷と噂されている。
さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。
決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!?
そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?
【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます!
読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。
家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~
チカフジ ユキ
恋愛
叔父から使用人のように扱われ、冷遇されていた子爵令嬢シルヴィアは、十五歳の頃家政ギルドのギルド長オリヴィアに助けられる。
そして家政ギルドで様々な事を教えてもらい、二年半で大きく成長した。
ある日、オリヴィアから破格の料金が提示してある依頼書を渡される。
なにやら裏がありそうな値段設定だったが、半年後の成人を迎えるまでにできるだけお金をためたかったシルヴィアは、その依頼を受けることに。
やってきた屋敷は気持ちが憂鬱になるような雰囲気の、古い建物。
シルヴィアが扉をノックすると、出てきたのは長い前髪で目が隠れた、横にも縦にも大きい貴族男性。
彼は肩や背を丸め全身で自分に自信が無いと語っている、引きこもり男性だった。
その姿をみて、自信がなくいつ叱られるかビクビクしていた過去を思い出したシルヴィアは、自分自身と重ねてしまった。
家政ギルドのギルド員として、余計なことは詮索しない、そう思っても気になってしまう。
そんなある日、ある人物から叱責され、酷く傷ついていた雇い主の旦那様に、シルヴィアは言った。
わたしはあなたの側にいます、と。
このお話はお互いの強さや弱さを知りながら、ちょっとずつ立ち直っていく旦那様と、シルヴィアの恋の話。
*** ***
※この話には第五章に少しだけ「ざまぁ」展開が入りますが、味付け程度です。
※設定などいろいろとご都合主義です。
※小説家になろう様にも掲載しています。
国外追放ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私は、セイラ・アズナブル。聖女候補として全寮制の聖女学園に通っています。1番成績が優秀なので、第1王子の婚約者です。けれど、突然婚約を破棄され学園を追い出され国外追放になりました。やった〜っ!!これで好きな事が出来るわ〜っ!!
隣国で夢だったオムライス屋はじめますっ!!そしたら何故か騎士達が常連になって!?精霊も現れ!?
何故かとっても幸せな日々になっちゃいます。
ちくしょう!おもしろかったからついお気に入りにして投票までしちまったぜ!続きも楽しみなんだぜ!
ぬこぽん。様
感想ありがとうございます´`*
作品を楽しんでもらえたようで嬉しいです。
わあ!投票まで!
ありがとうございます(*_ _))
ノコノコ様
感想ありがとうございます♪
キキョウが助けた男の子=リシャルトです´`*
リシャルト様の性格が伝わっているようで何よりです🙌