42 / 58
第4章
40・宣戦布告
しおりを挟む両親(主に継母)の鬼気迫る視線を浴びる、というハプニングはあったものの、庭園開放初日は無事に終わりを迎えた。
私とクラウス様は教会へ帰るために、庭園の出入口へ向かって歩いていた。
(疲れたけど……、でも満たされた気分だわ)
あの後も、国王陛下と王妃殿下は、やたら私とクラウス様を褒めて持ち上げていた。特に王妃殿下は私のことを気に入ってくれた様子で、式典が終わったあとに、人の波が落ち着くまでお茶でも飲みませんか、と誘ってくれたのだ。
恐ろしいくらいの高待遇に、若干戸惑ってしまう。
だが、国王夫妻が喜んでいたこと自体は、きっと嘘ではない。
庭園を守る重たい鉄扉を抜けた先の道には、来た時同様に教会の馬車が停められていた。
「聖女殿、足元には気をつけてくれ」
「はい」
クラウス様の声に頷きながら、私は馬車に乗り込む。
教会へ向けて馬車が出発しようとしたその時、視界の端に見覚えのある金髪が映った気がした。
はっと庭園とは反対側の通りへ視線を向ければ、見慣れた姿がある。
まばゆい夕陽に照らされた鮮やかな金髪に、私は信じられない思いで目を見開いてしまった。
「――ミレシア……?」
ミレシアだ。あの金の髪は間違いない。
ミレシアは馬車の窓越しに私の姿をみとめると、にこりと笑って手を振ってきた。
まるで、見送っているかのようだ。
(……いや、何してるのよ、あの子は!)
「お願いです! 馬車を止めてください!」
あまりにもミレシアの態度が自然すぎて固まってしまっていた。
我に返った私は、慌てて御者席の騎士に向かって叫ぶように言った。
「聖女殿?」
クラウス様が私を呼ぶ声が聞こえたものの、私は馬車が止まったと同時に扉を開けて飛び出した。
「ミレシア! あなた今までどこに行っていたの!」
ミレシアの元まで駆け寄り、私は彼女の腕を掴む。
「お姉様。せっかくあたしがお見送りしてあげているのに、わざわざ降りてきたの?」
つい強い語気になってしまったが、ミレシアは気にした様子もなく、口元を笑みの形にしたままだった。
だが、その瞳の奥はまったく笑っていない。
「……お姉様はいいわよね。全部手に入れて、みんなにチヤホヤされて」
あまりにもミレシアの声音が冷たくて、ぞわりと心臓が震えた気がした。
彼女のこんな冷えきった声を初めて聞いた。
いつもは少し子どもっぽくて甘え上手な子だった。
ワガママに声を荒らげることはあれど、こんな声色で話すミレシアは初めてだ。
「なに、言ってるのよ」
ミレシアに言葉を返しながら、私は気づいてしまった。
ミレシアは、怒っている。
そして、何に怒っているのかは定かではないが、その怒りは私へ向いているものだと。
「だって、あたしはひとりぼっちで、何もかも上手くいかないのに、お姉様はあんまりにも幸せそうなんだもの。そんなのってずるいわ」
(……ひとりぼっち?)
ミレシアの言葉に、私は内心首をひねった。
そういえば、ミレシアはアレクシス様とやらのもとへ行ったのではなかったのか。
だが近くにアレクシスらしき姿は見当たらない。この場にいるのはミレシアだけだ。
「でもその聖女の立場も、クラウス様との結婚も、元々はあたしのものだったはずよね? だから、返してもらってもいーい?」
ミレシアは私の腕を強く振り払うと、逆に私の腕を掴んで引き寄せた。瞬き一つせず、口元に笑みを張りつけたまま、私を凝視してくる。
そのミレシアの姿は、先ほどの式典で見た継母の形相を彷彿とさせた。
「何、言って……」
至近距離で見据えられて声が出ない。
返すも何も、そもそもはミレシアが一方的に押し付けてきたもののはずだ。
私がどうにかいい返そうと口を開きかけたそのとき、背後から足音が聞こえてきた。
「聖女殿……!」
クラウス様だ。
私を追いかけてきてくれたらしい。
クラウス様は私へと向かってきながらも、鋭い視線でミレシアを捉えていた。その片手は剣の柄へと添えられている。
ミレシアの視線が、こちらへと走ってくるクラウス様の姿を舐めるように動く。
まるで、品定めでもするかのようだ。
「ふぅん……近くで見ると意外。噂があるから相当怖ーい顔をしていると思ってたけど、想像よりずっとかっこいいわ。ちょっといいなって思っちゃった」
ミレシアはくすくすと笑い、甘く囁くように言う。
「……!」
私は自分の心臓が嫌な風に跳ねるのを感じていた。とても、嫌な予感がする。
「それじゃあね、お姉様。クラウス様、またね」
クラウス様が私たちの元へたどり着くと直前に、ミレシアはくるりと踵を返した。
振り返ることもなく、ミレシアの背中が夕暮れの城下へと消えていく。
「……聖女殿、あの女性は」
「…………妹です」
取り残された私は項垂れながら、クラウス様の問いに答えるしかなかった。
63
あなたにおすすめの小説
冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~
白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…?
全7話です。
恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。
長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様!
しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが?
だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど!
義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて……
もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。
「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。
しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。
ねえ、どうして? 前妻さんに何があったの?
そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!?
恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。
私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。
*他サイトにも公開しています
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』
鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎる」
その一言で、王太子アルトゥーラから婚約を破棄された令嬢エミーラ。
有能であるがゆえに疎まれ、努力も忠誠も正当に評価されなかった彼女は、
王都を離れ、辺境アンクレイブ公爵領へと向かう。
冷静沈着で冷徹と噂される公爵ゼファーとの関係は、
利害一致による“白い契約結婚”から始まったはずだった。
しかし――
役割を果たし、淡々と成果を積み重ねるエミーラは、
いつしか領政の中枢を支え、領民からも絶大な信頼を得ていく。
一方、
「可愛げ」を求めて彼女を切り捨てた元婚約者と、
癒しだけを与えられた王太子妃候補は、
王宮という現実の中で静かに行き詰まっていき……。
ざまぁは声高に叫ばれない。
復讐も、断罪もない。
あるのは、選ばなかった者が取り残され、
選び続けた者が自然と選ばれていく現実。
これは、
誰かに選ばれることで価値を証明する物語ではない。
自分の居場所を自分で選び、
その先で静かに幸福を掴んだ令嬢の物語。
「完璧すぎる」と捨てられた彼女は、
やがて――
“選ばれ続ける存在”になる。
この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜
氷雨そら
恋愛
婚約相手のいない婚約式。
通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。
ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。
さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。
けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。
(まさかのやり直し……?)
先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。
ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。
小説家になろう様にも投稿しています。
天才すぎて追放された薬師令嬢は、番のお薬を作っちゃったようです――運命、上書きしちゃいましょ!
灯息めてら
恋愛
令嬢ミーニェの趣味は魔法薬調合。しかし、その才能に嫉妬した妹に魔法薬が危険だと摘発され、国外追放されてしまう。行き場を失ったミーニェは隣国騎士団長シュレツと出会う。妹の運命の番になることを拒否したいと言う彼に、ミーニェは告げる。――『番』上書きのお薬ですか? 作れますよ?
天才薬師ミーニェは、騎士団長シュレツと番になる薬を用意し、妹との運命を上書きする。シュレツは彼女の才能に惚れ込み、薬師かつ番として、彼女を連れ帰るのだが――待っていたのは波乱万丈、破天荒な日々!?
罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~
上下左右
恋愛
「貴様のような疫病神との婚約は破棄させてもらう!」
触れた魔道具を壊す体質のせいで、三度の婚約破棄を経験した公爵令嬢エリス。家族からも見限られ、罰として鬼将軍クラウス辺境伯への嫁入りを命じられてしまう。
しかしエリスは周囲の評価など意にも介さない。
「顔なんて目と鼻と口がついていれば十分」だと縁談を受け入れる。
だが実際に嫁いでみると、鬼将軍の顔は認識阻害の魔術によって醜くなっていただけで、魔術無力化の特性を持つエリスは、彼が本当は美しい青年だと見抜いていた。
一方、エリスの特異な体質に、元婚約者の伯爵が気づく。それは伝説の聖女と同じ力で、領地の繁栄を約束するものだった。
伯爵は自分から婚約を破棄したにも関わらず、その決定を覆すために復縁するための画策を始めるのだが・・・後悔してももう遅いと、ざまぁな展開に発展していくのだった
本作は不遇だった令嬢が、最恐将軍に溺愛されて、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である
※※小説家になろうでも連載中※※
数多の令嬢を弄んだ公爵令息が夫となりましたが、溺愛することにいたしました
鈴元 香奈
恋愛
伯爵家の一人娘エルナは第三王子の婚約者だったが、王子の病気療養を理由に婚約解消となった。そして、次の婚約者に選ばれたのは公爵家長男のリクハルド。何人もの女性を誑かせ弄び、ぼろ布のように捨てた女性の一人に背中を刺され殺されそうになった。そんな醜聞にまみれた男だった。
エルナが最も軽蔑する男。それでも、夫となったリクハルドを妻として支えていく決意をしたエルナだったが。
小説家になろうさんにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる