【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。

雨宮羽那

文字の大きさ
44 / 58
第4章

42・踏み込む夜

しおりを挟む

 気づけば私は、クラウス様の腕の中に抱きとめられていた。
 一瞬の出来事で、何が起きたのか理解が追いつかない。
 クラウス様は、ベッドに半ば乗りあげる形の私を優しく抱き締めてくる。

「……クラ、ウス様……?」
 
 信じられない思いで瞬きを繰り返していると、上からクラウス様の声が降ってきた。

「俺は、あなた以外と結婚するつもりは無い」

「……っ」

「俺はそもそも、あなたが聖女だと思っていたからこの婚姻を受け入れた。あなたが本物の聖女でなかったとしても、何も変わらない。俺にとっての聖女はあなただけだ」
 
 響きこそ穏やかだが、その声には確かな意思が宿っていた。
 まっすぐに告げられて、思わず顔が熱くなる。……顔だけでは無い。胸の奥にまでじんわりと熱が広がっていく。

「引き離されれば取り戻しに行く。俺は何があっても、あなたを離したりしない」

 クラウス様の言葉は、まるで私の中の不安を溶かしていくようだった。
 守られている安心感が、ただ私を包む。

「俺はあなたの騎士であり、あなたの夫だ。もっと頼ってくれ。して欲しいことがあればなんでも言ってほしい」

 言いながら、大きな手のひらが私の背中を往復するように撫でてきた。
 不思議な感覚だ。クラウス様に撫でられるたびに、胸のざわめきが静まっていく。

 (……して欲しいこと)

 クラウス様の言葉に、ふとどうしてもお願いしたいことが私の胸に湧いた。
 
「クラウス、様……。名前を……呼んでいただけませんか」

「…………っ」

「……なんでもって言ってくださいましたよね。だったら、名前を呼んでほしいです」

 いつもクラウス様は私のことを「聖女殿」か「あなた」と呼ぶ。だが、好きな人には名前で呼ばれたいのが乙女心というものだ。

 私のお願いに、クラウス様は一瞬言葉を失ってしまったようだった。沈黙の中、おそらく言葉を探しているのだろう。
 ちらりと視線を向ければ、クラウス様の耳がほんのり赤く染まっていた。

「…………レティ、ノア」

「……!」

 たった一言。名前を呼ばれるだけで、心の奥が締め付けられるように震えた。
 
「レティノア……」

 一度呼べば照れは引いたようで、クラウス様は私の名前を大切そうに繰り返してくれる。
 優しく私の名を呼ぶ声が、緩やかに頭を撫でてくれる大きな手が、すべてが心地よい。

 (……どうしよう。もう一つわがままを言ってもいいかしら)

 わがままを言って甘えても、この人なら許してくれるだろうか。

「……出来たら、このままここで、眠ってもいいでしょうか……?」

「――ッ!?」
 
 おそるおそる私が口にした瞬間、それまで穏やかに頭を撫でてくれていたクラウス様の手がびくりと跳ね上がった。

「……クラウス様の腕の中なら、安心して眠れる気がして……」

 言葉を付け加えたものの、クラウス様は困惑してしまっているようだ。
 少し体を離して見上げれば、クラウス様は額にうっすらと汗を浮かべ、どこか焦ったような表情をしていた。

「そ、れは……」

「ダメでしょうか……?」

 言いながら、私自身無茶なことをお願いしているという自覚はあった。

 (……それでも……。今夜だけでいい。もう少しだけ、クラウス様のそばにいたい)

 クラウス様はしばしの間逡巡した後、やがて片手で前髪を乱すようにかきあげた。

「構わないが……。俺が、あなたに手を出してしまうかもという可能性は考えないのか……?」

 低く呻くように言うと、クラウス様は私の首の裏に手を回した。

「え――」

 そのまま強く引き寄せられ、私の唇がクラウス様のものと重なる。

「……っん……」
 
 優しく触れ合わされ、至近距離で琥珀の瞳と目が合った。

 (……どうしよう、目がそらせない)

 いつもは凛とした涼し気な琥珀の瞳が、熱をたたえて私を見ている。
 その瞳を見ていると、私の胸の奥から熱いものが流れでて、呼吸さえままならなくなるような気がした。
 
「俺がどれだけあなたを求めているか……。どれだけ今、抑えているか……。理解していないんだろう?」

 クラウス様は、私の耳元で低く苦しげな声で囁いた。
 だが言葉とは裏腹に、そのまま腰を引き寄せられ、距離がさらに縮まる。
 突然すぎて心が追いつかない。

「……レティノア。俺はあなたを愛している」

 それでも、真っ直ぐなクラウス様の言葉は、確かに私の心へ届いたのだ。

 (……私もです。クラウス様)

 クラウス様となら、不安を乗り越えられるかもしれない。
 けれど、あの両親やミレシアがどう出てくるのか分からない今、「愛している」と返すのが怖かった。
 伝えられない代わりに、私はそっと目を伏せて、もう一度近づいてくるクラウス様の唇を受け入れた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~

白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…? 全7話です。

恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様! しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが? だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど! 義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて…… もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。 「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。 しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。 ねえ、どうして?  前妻さんに何があったの? そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!? 恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。 私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。 *他サイトにも公開しています

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎる」 その一言で、王太子アルトゥーラから婚約を破棄された令嬢エミーラ。 有能であるがゆえに疎まれ、努力も忠誠も正当に評価されなかった彼女は、 王都を離れ、辺境アンクレイブ公爵領へと向かう。 冷静沈着で冷徹と噂される公爵ゼファーとの関係は、 利害一致による“白い契約結婚”から始まったはずだった。 しかし―― 役割を果たし、淡々と成果を積み重ねるエミーラは、 いつしか領政の中枢を支え、領民からも絶大な信頼を得ていく。 一方、 「可愛げ」を求めて彼女を切り捨てた元婚約者と、 癒しだけを与えられた王太子妃候補は、 王宮という現実の中で静かに行き詰まっていき……。 ざまぁは声高に叫ばれない。 復讐も、断罪もない。 あるのは、選ばなかった者が取り残され、 選び続けた者が自然と選ばれていく現実。 これは、 誰かに選ばれることで価値を証明する物語ではない。 自分の居場所を自分で選び、 その先で静かに幸福を掴んだ令嬢の物語。 「完璧すぎる」と捨てられた彼女は、 やがて―― “選ばれ続ける存在”になる。

この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら
恋愛
 婚約相手のいない婚約式。  通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。  ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。  さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。  けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。 (まさかのやり直し……?)  先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。  ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。 小説家になろう様にも投稿しています。

天才すぎて追放された薬師令嬢は、番のお薬を作っちゃったようです――運命、上書きしちゃいましょ!

灯息めてら
恋愛
令嬢ミーニェの趣味は魔法薬調合。しかし、その才能に嫉妬した妹に魔法薬が危険だと摘発され、国外追放されてしまう。行き場を失ったミーニェは隣国騎士団長シュレツと出会う。妹の運命の番になることを拒否したいと言う彼に、ミーニェは告げる。――『番』上書きのお薬ですか? 作れますよ? 天才薬師ミーニェは、騎士団長シュレツと番になる薬を用意し、妹との運命を上書きする。シュレツは彼女の才能に惚れ込み、薬師かつ番として、彼女を連れ帰るのだが――待っていたのは波乱万丈、破天荒な日々!?

罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~

上下左右
恋愛
「貴様のような疫病神との婚約は破棄させてもらう!」  触れた魔道具を壊す体質のせいで、三度の婚約破棄を経験した公爵令嬢エリス。家族からも見限られ、罰として鬼将軍クラウス辺境伯への嫁入りを命じられてしまう。  しかしエリスは周囲の評価など意にも介さない。 「顔なんて目と鼻と口がついていれば十分」だと縁談を受け入れる。  だが実際に嫁いでみると、鬼将軍の顔は認識阻害の魔術によって醜くなっていただけで、魔術無力化の特性を持つエリスは、彼が本当は美しい青年だと見抜いていた。  一方、エリスの特異な体質に、元婚約者の伯爵が気づく。それは伝説の聖女と同じ力で、領地の繁栄を約束するものだった。  伯爵は自分から婚約を破棄したにも関わらず、その決定を覆すために復縁するための画策を始めるのだが・・・後悔してももう遅いと、ざまぁな展開に発展していくのだった  本作は不遇だった令嬢が、最恐将軍に溺愛されて、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である ※※小説家になろうでも連載中※※

数多の令嬢を弄んだ公爵令息が夫となりましたが、溺愛することにいたしました

鈴元 香奈
恋愛
伯爵家の一人娘エルナは第三王子の婚約者だったが、王子の病気療養を理由に婚約解消となった。そして、次の婚約者に選ばれたのは公爵家長男のリクハルド。何人もの女性を誑かせ弄び、ぼろ布のように捨てた女性の一人に背中を刺され殺されそうになった。そんな醜聞にまみれた男だった。 エルナが最も軽蔑する男。それでも、夫となったリクハルドを妻として支えていく決意をしたエルナだったが。 小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...