病弱令嬢の戦略

二合 富由美(ふあい ふゆみ)

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01 それぞれの転機

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 好機チャンスは誰にでも訪れるものではない。
 世界には、生まれるチャンスにも出会えずに、流れていく存在も多々有るのだ。
 生きている事すら【幸運】であり、決して【普通】ではない。

 だからこそ、何かの転機にはソレを掴んで、好機に変える努力をしなければならない。
 そうしないと人間の人生は、ただ谷底へと堕ちていくだけのものとなるだろう。



 小雨の降る中、馬に鞭打ち走らせる男性が居た。
 中年だが美形のナイスミドルで、身なりも高級品で揃えられており、俗に【貴族】と呼ばれる人種だ。
 その中でも王家に連なる血族の一員である位を持つ彼は、それらが際立っている。

 だが、その美貌と身なりに勿体無い事に、彼は全身が雨に晒されていても、髪や衣服が風で乱れていても、なりふり構わず馬を駆っていた。

「旦那様、御待ち下さい」

 従者らしき男性達が、その後ろから同じ様に馬で追って叫んでいる。

「待てだと?今まで何年待ったと思っておるのだ!」
「しかし、危のうございます」
「待ちに待った子供の誕生なのだ。これ以上待てるものか!」
「御気持ちは分かりますが・・・」

 彼にとっては、結婚後十年目にして初めて授かった子供だった。
 妻が産気付いたと聞いて、城での執務を放り出してきたのが、この現状だった。
 勿論、これは家臣にとっても待望の後継者だ。
 このまま世継ぎが産まれなければ養子をとる事となり、最悪は他家や分家に本家が家臣ごと入れ替えられて、乗っ取られる可能性も有るのだから。

 この貴族にとっては、まさに【転機】が訪れていたのだ。

 しかし、全ての【転機】が、必ずしも【好機】になるとは限らない。
 【転機】には【好機チャンス】と【窮地ピンチ】の両方があるのだから。

 そして、どうやら彼、フェラルド・バルド公爵・ノウルは転機の掴み方を間違えてしまった様だった。

 元より、明らかに貴族の物とわかる装飾をされた馬が、ひづめの音をたてながら疾走しているのだから、誰もが道を開けていた。

 加えて雨で人通りのまばらな大通りを妻の居る別宅へと急ぐ彼を、阻む者は無かった。
 日本人の知る中世に該当するコノ世界では、多くの者が雨の中での屋外作業を忌み嫌うからだ。

 だが、誰もが『今日は雨だから休む』とか『効率悪いが室内で』などと言える訳ではない。

 大きな交差点に差し掛かった所で脇からやって来た行商人馬車が目に入り、馬の挙動が急変した。
 馬のいななきとともに天地が反転して、フェラルドの意識は闇に沈んでいったのだった。


 どの位の時が経ったのだろう?フェラルドは腰の痛みで目を覚ました。

「うっ!くっ、ぐぐっ!」
「旦那様、大丈夫でございますか?私がお分かりになりますか?」
「?ダニエル?くっ!どうなったのだ?ここは?」

 フェラルドの顔を覗き込んでいたのは、ノウル家侍従長のダニエルだった。
 
「御屋敷でございます。旦那様は馬車を避けきれず、雨のせいもあって落馬なさったのです」

 聞けば、三日ほど意識不明だったらしい。

「そうか、それで腰が痛いのだな?そうか・・・いや、そうだ、子供は?子供は、どうなった?後継ぎは?」
「元気に御誕生なさいました」
「そうか!産まれたか!」

 腰痛に歪んでいたフェラルドの顔が一気に笑顔になった。

「はい。立派な御嬢様でございます」
「女?お、女か?そうか・・・・女か・・・」

 喜んでいたダニエルは、一気に落胆の色を見せる。
 彼が望んでいたのは、自分の地位を引き継いでくれる【息子】だったのだ。

「旦那様、まだ次がございます。それに、御子様が産まれれば、これで領内も落ち着きます」
「そうだな。ひとまずは喜ぶべきだな」

 例え女子しか産まれなくとも婿養子を取れば血筋が保たれ、家臣の総入れ換えが行われる事はない。
 長らく子が産まれなかったノウル家では、家臣の間に不安が広がっていたのだった。

「では、お目覚めになった事を、奥様と家臣の方々に御伝えしてまいります。奥様は初産で動けませんが、旦那様がお喜びだと御伝えしてまいります」
「あぁ、その様に」

 フェラルドは腰の痛みと戦いながらも、必死に感情を整理してダニエル侍従長を見送った。

「そうだ、まだ次がある」

 妻は過去三度、妊娠の兆候があったが、一つは勘違いで、二つは早期流産だった。
 陣痛まで行ったのは今回が初めてだが、使用人達に聞くと、世間では珍しくない事らしい。
 そして、一度出産経験がある女性は、第二子以降の出産が安定すると聞いている。

「やっと産まれた我が子なのだ。大切に育てなければ」

 現実世界でも、洋の東西を問わず、中世においては妊娠や子供の誕生は対外的には大々的に祝われない。
 身近な者にだけ伝えられるのが習わしだ。
 それは、子供が十歳になる前に死亡する事が頻繁にあるからだった。

 日本における七五三等は『よくぞ生き延びた』と祝う内輪の儀式だったと言われている。
 医療の整った現代日本でも、いまだに乳幼児突然死症候群SIDSは存在し、2023年でも48人が記録されており、乳幼児死亡原因の5位となっている。

 そんな子供の誕生や死亡を公表すれば、縁者でなくとも祝いや御悔やみを言わねばならず、頻繁に起きれば、その度に負担も大きくなる。

 西洋貴族での社交界デビューは成人式であると共に、『我が家には、この様な子供が居ます』と対外的に御披露目する場でもある。
 昔は対外的には、成人するまでは【公的には存在しない】のが子供だったらしい。
 また、この様に死亡率が高いが故に、中世では子作りは頻繁に行われていた。

「医者を呼んでまいります」
「ああ、腰の痛みが激しいし、脚が冷たくてかなわない」
「痛み止と湯タンポをお持ちいたします」

 残った側仕えがせわしなく動き出した。
 例え寝室やトイレでも、地位のある者が一人になる事は、有り得ない。
 部屋の側仕えが少なくなったところで、フェラルドの耳元で小さな声がした。

『旦那様。くだんの行商人は、いかが致しますか?いまだ留め置きしておりますが?』
「それか?今回の事は、対外的には儂に否があると言われるだろう。一応は無事だったので、領内での処分は【司法】として聞こえが悪い」

 フェラルドは、誰も居ない【闇】に向かって答えた。

『では、領外へ出た所で【事故】に』
「処置は任せる」
『御意』

 声の気配が消えるとフェラルドは、痛みで再び意識を失った。

 このフェラルドが更なる【転機】、不幸を自覚するのは、痛みがおさまる一週間後のこととなる。


◆◆◆◆◆


 ちょうどソノ頃、王宮の図書室では、五歳になった皇太子【ガルドニア・アーバン・リアリント】が、一冊の本に出会っていた。

「【英雄王アーバン・リアリント】?これは初代国王陛下の物語りでは?」

 勉強以外で読む本をと探しに来た皇太子が図書室で見つけたのは、自国であるリアリント王国の成り立ちを、誇張して書かれた【物語り】【英雄譚】だった。
 当然、図書室には史実に基づく資料もあったが、古語で書かれたソレを文字を覚えたての子供に理解する事ができなかったのだ。

「御先祖様は、こうやって周囲の蛮族を倒して国を作ったのか?」

 国民や子供向けに作られた本は、史実を巧妙に抜粋し、すげ替えて書かれている。

 【物語り】に描かれている初代国王は、自ら軍の先頭に立ち、馬で駆け抜けながら野蛮人を斬り倒し、敵の大将と側近を一人で一刀両断するものだった。
 その勇姿は、子供の心をドキドキさせた。
 豊かな土地を部下や民に与えて、国の礎を築いたのが自分の先祖だと聞けば、奮い立つのも仕方無いのかも知れない。

「私もいずれは祖先の様な偉業を成し遂げて、歴史に名を残す様になるんだ!」

 小さな子供が叫ぶ大きな決意に、同行した教育係や、世話係り達が微笑んでいたが、この出会いが国を戦乱に巻き込む可能性までは、考えていなかっただろう。
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