病弱令嬢の戦略

二合 富由美(ふあい ふゆみ)

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05 新米メイドの雇用

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 歓楽街から裏路地を抜けて、スラムの方に移動する十名程の姿があった。
 何か事件があった様だ。

「おいっ、そっちだ!見失うなよ」
「くそっ、小さな抜け道をチョロチョロと!」

 金属鎧の音を響かせながら、彼等が追っているのは娼婦姿の若き女性だ。

「捕まえないと、俺達の首が飛ぶぞ」
「口よりも足を動かせ!」

 追ってる方にも焦りが見える。
 双方が土地カンを持っているらしく、逃げる方も捕まらないが、追う方も包囲網を縮めつつある様だ。

 流石に多勢に無勢。
 逃げる女性は近くまで追っ手が迫った事で、やむを得ない手段に出たのだった。

「こんな所に貴族の使用人メイドか?一応は御貴族様だから、十分か?」

 追ってきた者達も、貴族の娘を盾にすれば、そう簡単には手だしできないと考えたのだ。
 逃げてきた女性は、路上に一人で居た使用人の背後に回り込み、その喉笛にナイフを向けた。

「動くな、人質になってもらうわ」

 そう脅す女性のナイフからは、わずかだが血が滴っている。
 だが、その直後に彼女は、言い知れぬ悪寒に襲われてナイフを落とした。

 カツン、カツン

 人質とされた使用人が、石畳を蹴って踵を二度鳴らす。
 動揺さめやらぬ犯人に、人質の使用人は笑みを浮かべてコートを脱いだ。
 使用人は、まだ幼い少女の様だ。

「そんな事では逃げ切れなくてよ。これを被って顔を伏せなさい」
「いったい、何を?」
「生き延びたいのでしょ?」

 少女は、ナイフを突き付けられた割に、恐ろしいほどに落ち着いている。
 対して、まだ動揺している女性は、言われるままに使用人コートを羽織って衣服を隠し、フードを深々と被った。
 少女は少し前に歩き、女性の落としたナイフを足元に隠している。 

 ちょうど、金属鎧の者達二人が到着したのは、女性が買い物籠をも持たされた直後だった。

「おいっ、お前等は?」

 場違いな存在に誰何すいかするのは、彼等警備隊の習性でもある。

「気安く声を掛けるでないわ下郎。わらわを誰と心得る?」
「誰って・・・」

 高そうなドレス姿ではあるが、顔も知らない少女に言われたら、誰でもムカッとくる言葉だ。

 警備兵が剣に手を掛けようとした瞬間、彼等の背後に回り込み、目にナイフを突き付ける黒装束の者が存在していた。

「無礼者!御嬢様の前で、頭が高い」

 見れば少女のドレスには、貴族の家紋が刺繍されている。

「まさか、その紋章はバル・・・」
「しっ!【御忍び】と言うやつじゃ。気安く家名を口にするではないわ」

 いつの間にか背後の黒装束は消え、警備兵は片膝を付いた。

「いったい、何の騒ぎなのじゃ?」

 ドレス姿の少女が、警備兵に問いただした。

「実は、先ほどガゼル伯爵御子息が、娼婦に刺されまして」
「あの、噂に聞く放蕩息子か?難儀な事じゃなあぁ」

 警備兵の二人は、顔を歪ませて沈黙を守った。

「では、先ほど駆け抜けた者が犯人なのかえ?」
「恐らくは・・・」

 少女は扇子で口元を隠し、少し考えた様だった。

「妾は忍んで来ておる。良いな?妾は、ここにはらぬ。お主等は誰にも会ってはおらぬ。だから無礼な行為は無かった。良いな?」
「仰せのままに」

 二人の警備兵は深々と頭を下げる。
 平民である警備兵が、地位のある者に無礼が有れば、家族や同僚までも無礼討ちされる。
 これは伯爵案件だが、更に上位の者にとっては些細な事でしかないのだ。

「では、己の職務を全うせよ」
「はっ!御前ごぜんを失礼致します」

 二人の警備兵は、再度深々と頭を下げて、逃げる様に 立ち去った。

 残されたのは、少女と使用人コートを着た女性。

「いったい、どういうつもりなの?」
「なに、貴族の酔狂じゃ。まだ追っ手は増えるじゃろうから、妾が匿ってやろうではないか?」
「そんな・・・」
「妾の酔狂に付き合うか?ここで死ぬか?好きな方を選ばせてやろうぞ」
「・・・・選択肢はないんじゃない」

 その視線から、女性には潜んでいる【影】の位置が分かっている様だった。

「ふっ、やはりソノ手の者であったか?見立て通りじゃな」

 少女エリーシアは、笑みを浮かべて屋敷への帰途についた。
 エリーシアが動いた後には、既にナイフは姿を消している。



『つけられております』

 繁華街を通る際に、すれ違った行商人がエリーシアに囁いた。
 彼女には、いつの間にか高級コートが掛けられている。
 夜風が身体に悪いと、配下が持ってきた物らしい。
 今の見た目は、どこかの御嬢様と使用人の二人連れといったところだ。

「恐らくは、こやつの関係者じゃろう。屋敷に入れなければ良い」
『承知いたしました。監視のみ続けます』

 返事をしたのは、すれちがっていく、別の貴族の使用人服を着たメイドだった。

 エリーシア達は、そのまま屋敷に到着した。

「ここって、バルドの・・」
「家の者以外、誰も妾の顔を知らぬ。先の兵にも言ったが、妾はココにはらぬのじゃ」

 微笑みながら、エリーシアは通用口から入っていく。

「御嬢様、おかえりなさいませ」

 待っていたのは、メイド長マリアナだった。

「新しくメイドを雇う事にしました。マリアナの知人という事になさい」
「承知いたしました」
「メイド?何を勝手な・・」

 反論しようとした女性に、また悪寒が走る。
 辺りから、多くの殺意を感じたのだ。

「名前は【シンシア】とかでよろしいんじゃなくて?」
「では、知り合いの姓を付けて【シンシア・マカルス】と致します」
「私にだって名前くらいはは・・・」
「笑止、暗殺者が本名を名乗るのかえ?」
「・・・」

 エリーシアの言葉に、女性は言葉を引っ込めた。

「お話は明日になさって、御嬢様は御休み下さい。御茶の御用意ができております」
「ふむっ、意外と寒かったからな」

 そう言ったマリアナが頭を下げる前を、エリーシアが通る。
 後を追おうとした【シンシア】が、マリアに首根っこを押さえられて止まった。

「貴女は【洗浄】と身仕度です。野良猫がっ」

 マリアナにしてみれば、汚れた野良猫をそのまま屋敷に入れる事が我慢ならないのだ。

「あのにゃあ~」

 【シンシア】は、借りてきた猫状態で、大人しく従う他に無かった。



 翌朝、身仕度を終えたエリーシアの前に放り出されたのは、メイド服に身を包み、猿轡さるぐつわの上にロープでぐるぐる巻きにされたシンシアだった。

「あらまぁ。これは?」

 予想外の状態に、流石のエリーシアも、状況が掴めない。

「夜中に、何度も逃げ出そうとしましたので」
「本当に【野良猫】なのね」

 マリアナの説明に、呆れるしかないエリーシアだ。

「命の恩人に礼の一つも言えないケダモノは、飼主に一言いってやらなきゃならないわね」

 エリーシアに何かしらの作意があったにしろ、確かに命を救った彼女に、シンシアは礼を言ってはいなかった。
 そして、丸半日経って指摘された今さら、礼を言うのも意味はない。

「兎に角、ついて来なさい」

 縄をほどかれてエリーシアについていくと、彼女は正面玄関に止めてあった豪華な馬車に乗り込んだ。
 周りには側仕えと護衛が立っている。

「貴女は、コッチよ」

 メイド服の女性が、シンシアの手を引っ張って、少し離れた場所にある安そうな馬車へと連れ込んだ。
 中には数人のメイドと男性使用人が乗っていた。

「あなた達は【影】ね?」
「口を慎め。『口は災いの元』と言う言葉を身体に刻んでやろうか?」

 服で隠されているが、使用人達の手が、暗器に掛かったのをシンシアは感じ取った。
 自分とは違う【殺し慣れた者】の気配だ。

 『何処へ行くの?』と聞ける状態でないまま、馬車はゆっくりと走り出した。
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